103.「」
――従魔の首輪。
と、これはそう呼ばれている魔道具である。
見た目はただの錆びた鉄製の首輪だが、これがなかなかに強力な呪具であるらしい。
この首輪を嵌められると、嵌めた者の命令に一切逆らえなくなるそうだ。大抵の魔獣ならたちどころに懐柔できてしまう、極めて強力なアイテムだという。
一方で人への使用は認められておらず、よほどの非常時でもなければ持ち出すことすらできない禁具にも指定されている代物なのだが。
では何故そんなものを、実の弟であるレドックスに当てがわなければならないのか。
原因はアレだ。
狼化の呪い。
別名で“狂犬の呪い”とも呼ばれるそれは症状が進むほどに対象の理性を蝕み、やがては心も体も荒ぶる獣に変貌させてしまうという恐ろしい呪疫である。
グリムガルドとの交戦中、その呪詛を受けてしまったレドックスも当然、その影響を受けることになったが。なんとレドックスは己の精神力と胆力のみで侵蝕のほとんどを跳ね除け、押さえ込んでしまったのだ。
そんなバカげた話があり得るのか――。
そうとしか考えられない、とルミナリスから見解を聞いたときはライナルトも大いに耳を疑ったものだ。
だがそもそもレドックスは、シャンバラの精神支配すら力づくでねじ伏せ、黙らせてしまったという埒外の実績がすでにある。
『たぶん何かそういう類の才能があるのよ、あんたの弟。資質ってやつかしらね』
言いながら、ルミナリスもお手上げそうにしていた。
そんなこんなレドックスの変調はしばらく、夜間における身体変化のみに限定される。
以前より寝る時間がさらに減ったとか、レア気味のステーキの方がより好みになったとか、細かい変化こそあったみたいだが。
『だからジル、もう気を落とすな。レドはきっと大丈夫だよ』
いったんはそれで落ち着いていた。
だが今や、そのバランスは完全に崩壊してしまっている。
何があっても決してしてはいけないと、再三に渡って釘を刺していたにも関わらず。レドックスがシャンバラの力の一部を解放してしまったからだ。
今でこそ、事情はハッキリしている。
なぜ死の森一帯を覆っていた霧が突然、晴れたのか。
一時期レドックスが包帯やら絆創膏やら、自分では使いそうもないものを持ち出していったのか、その理由も併せて。
『どうしてだ、レド! あれほどダメだって……一体何のために……!?』
『ウタウダ、ウッセェな。ヒスってんじゃねぇぞ、コイツをどうしようと俺の勝手だろーが』
こっちは本気で心配しているのに、当人の態度があんまりなもので。
『勝手なわけないだろうッ!?』
当時はなかなか感情的になって、詰め寄ったりもしてしまったが。
レドックスとしては、ああやって答えを濁すしかなかったのだろう。
アルメリアの素性が擬人化したマンドラゴラであると、成り行きとはいえ知ってしまった裏事情を誰にも悟られないようにするために。あの子を守るために。
これだから手を焼かされる。
何も考えてないように見えて、実はちゃんと考えている。
レドックスにはまま、そういうところがあるから。
ともあれ、だ。
肝要なのは今やレドックスにとって、アルメリアの血が欠かすことのできない精神安定剤となっていること。
しかし、この先もずっとというわけにはいかないのだ。
呪いの方だけでも、何とか対処法を見出さなければならない。
そこでこの首輪の出番というわけだ。
王都に申請していて、どうにか取り寄せることはできたが。
まぁこれが思いのほか大きいし、ゴツい。
お世辞にも巷で流行りのアクセサリーとはいかなそうだ。
そうつまり、あのレドックスにどうこれをウンと言って付けさせるか。
「ぜったい嫌がるだろうなぁ……」
そこが目下の大問題であった。




