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100.「」


 ――ピィスケ。


 そんな極めて不本意な呼ばわれ方をするようになったのは、比較的最近。

 予期せぬイズンの襲撃から数日が経ったころだ。


 声が出ないもので、なかなか困難はあったが。

 ポーション造りの実演や筆談を交え、アルメリアはどうにかレドックスに、ことの真相と経緯を伝えている。


 自分が擬人化マンドラゴラであることに加え、なぜイズンに狙われることになったのかまでも包み隠さず。


 ちなみに。


『つーかよオメェ、さっきから言ってるマンドラゴラってなんだ?』


(……はいっ?)


『あー、待てよ。そういや金タマとエログリフもそんなようなこと言ってやがったか?』


 そこでまさか、レドックスがマンドラゴラという存在自体ほとんど知らなかったことも判明する。


(ちょっと待って! じゃああなた、そもそも私のところに何しに来たの!?)


 当然そうなったが。


『何しにだァ? んなモン決まってんだろうが。オメェがやたら幅利かせてるってーから、どんなもんか味見しに行ってやったんだよ』


 そしたらボロ負けしたもので、闘争心に火が付いてしまったと。


(道理で……)


 マンドラゴラのマの字も、彼の口から出てこないわけだ。

 では戦々恐々としていた自分の日々とは何だったのか。


(こんなことならもっと早く……)

『なにヘタってんだ?』


 頭を抱え、ヘナヘナと肩の力が抜けていったものだが。


 さておき。


 それからである。

 レドックスから変な呼ばわれ方をするようになったのは。


 たぶんマンドラゴラというワード自体にまったく無関心で覚える気がないかつ、本当は植物だったというあたりにちなんでだろう。


 ナスビ。

 ヘチマ。

 ホウレンソウ。

 チンゲンサイ。


 そんなラインナップで、ほぼ日替わりで野菜の名称があてがわれる。


(そんな名前じゃない! もういい、わかった! ヒントあげるから)


『あ、ヒントだぁ?』


(私の名前はアから始まります。どお?)


『……アスパラ』


(野菜から離れなさいよ……)


 そんな感じで覚える気はサラサラなさそうだった。


(もういっか、ジャリとかペッタンコよりマシだし。……マシか?)


 ツッコミもままならず、もう諦めかけていたときだ。


『カッ、だったらいいぜ。ちょーどいまオメェにピッタリの呼び名が浮かんだとこだかんな。そっちで呼んでやる』


 いい予感なんて微塵もしないでいたら。

 聞いてみれば案の定、それで進呈されたあだ名が"ピィスケ"だった。


(ちょっとヤダ、なにそれ!? 全然かわいくないっ!)


 全力でエヌジーを出した。

 でも考えた当人としてはかなり気に入ってしまったらしくて、意地悪く連呼される。


 それこそ報復に由来のスクリーム・アタックを見舞ってやりたいところだが、肝心の声も出せず。


『よく見たらオメェ、ツラ構えもピィスケって感じじゃねぇか! カカカッ、決定だな! これ以上ハマる呼び方は他にねぇ!』


(どういう意味よ、それーっ!?)


 ゲラゲラ笑いながら、今やすっかり定着してしまったという次第だった。

 もはや修正は効かず、何を言ってもムダそうなので諦めているが。


「ちったぁふやけたかよ、ピィスケ」

「…………」

「んだよピィスケ。なにムスっとしてやがる、得意の仏頂面かよピィスケ。言いてぇことあんならハッキリ言えやピィスケ。黙りこくってんじゃねぇ、声出ねぇのかピィスケ。そういや出ねぇんだったな、カカカッ!」


 こっちが下手に出てれば、バンチョー座りするなり頭をポンポン。

 本当にやりたい放題にしてくる。


 それでも迎えに来させてしまっているので、強く出られないのが困ったところだ。

 声も出ないとくれば、悔しいが……。

 大人しく、されるがままとなる他ない。



 はぁ。



 不服のため息を漏らしたところで、さしあたって指先にピッと小さく傷を付けるアルメリアだった。


 それをレドックスの口に、パクりと咥えさせる。

 この行為の意味はちょっと複雑だが……。


 簡単に言えばアルメリアの血が現状、レドックスにとって欠かせない薬となっているためだ。


 狼化の呪いとシャンバラの支配。

 いまレドックスは、その二重の脅威にさらされ、精神をむしばまれつつある。


 アルメリアの血はそれらに歯止めをかける特効薬となっているのだ。

 と言っても、もともとはポーションを飲ませていたのだが。


 どうもレドックスはすでに、アルメリアの血の味を知っていたらしい。


 おかしいと思った。

 包帯を変えてくれるというので。


(妙に甲斐甲斐しいわね……。それとも意外に紳士なのかしら?)


 なんて内心で首を傾げていたら。

 ベロり。次の瞬間、包帯に付いた血をレドックスに舐められる。


(ちょっと何やってるの!?)


 慌てて取り返そうとするも、高くに持ち上げられ返してくれない。


 聞けばイズンから救出してくれた帰り道。

 やけにいい匂いがすると、レドックスは手についたアルメリアの血をベロりと舐めてみたのだという。


 魔獣化していたというあたりがポイントなのだろう。

 そしてそれが、とても口にあったそうだ。


(だからって……!)


 使用済みの包帯なんてバッチィに決まっている。

 よもや舐められるなんて、とても見過ごせるはずもなく。


 結果としてこうなった。

 たまにこうして、直接血を舐めさせてあげることに。


 仕方ないだろう。

 力づくにでられたら敵わないのだ。


『寄越さねぇならくぞ』


 それでまた大事なところを見られるよりはマシだし、こっそり処分したところで嗅覚で探り当てられてしまう。


 しつけできないのなら、こうするしかなかった。


(痛いけど……)


 そこは我慢と割り切って、差し出す。

 とくに今は足湯に浸かったばかりなので、さぞ滋養たっぷりなことだろうから。


 ということで。

 アルメリアは気ままに足湯をチャプチャプし、レドックスはシガレットでもむようにその指を舐める。


 片や声が出ず、片や口が塞がり。

 なかなか奇妙な構図での沈黙のなか、空を見上げつつアルメリアは思った。


(ほんとに、何でこんなことになっちゃったかなぁ……)




 それから間もなく、レドックスに負んぶされてアルメリアは山を下りる。


 会話できない道中はヒマなので、漠然と悩ましさに暮れていた。

 さてこれからどうすべきかと。


 一刻も早くここを離れたいのは山々だが、それはできないのだ。マンドラゴラたちのこともそうだが、レドックスのこともあって尚のこと離れられなくなってしまった。


(最低でも引っ越しはしないとな……。あーあ、あのロッジハウス気に入ってたのに。でも、今さらどこに……?)


 途方に暮れていた、あくる日のことだ。

 レドックスが一枚の紙っぺらを持ってきたのは。


「よぉピィスケ、ひょっとしてコイツ使えんじゃねぇか?」


 何かと思えば。


(ポーション屋さん、緊急募集中……?)


 そんな見出しのチラシだった。

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