第三十話 ルリモト住宅街②
※グロシーンがあります。ご注意ください
「くっ……」
頭から流血したシーバが、憎しみを宿した目で見上げる。彼と同じく、ロープで縛られたイチハナは、芋虫のように地面で体をくねらせた。二人を見下ろす男達三人は、それぞれ鉄パイプや金属バットを持ち笑っている。視線の不安定さから、正気を欠いているらしい事が見てとれる。
男の一人が、イチハナのホルスターとハンドガンを手に取る。
「本物? ……っぽいな。ラッキー」
別の男は、苛ついた様子で足を震わせていた。
「おい、どっかに隠してんだろ? 食いもんさあ……。よこせよ、早く出せよ!」
「落ち着けって。……お前ら、抵抗すっとこれで撃ち殺すからな? ま、抵抗しなくても殺すかもだけど」
嘲笑う男達を、二人は睨みつける。
「住処はどこだ? そこに食いもんあんだろ? 俺達にくれねぇかなー。自分の命の事考りゃわかるよな?」
「…………」
「……あ? なに睨んでんだ? むかつくわ」
「自分らの状況、わかってねぇみてーだな」
男達は、二人の体をボールのように蹴りまくった。
「なんだこいつ、細過ぎて蹴り甲斐ねぇなあ!!」
足蹴にされるうち、二人の体が水溜まりへと落ちる。爆笑する男達に対し、抵抗一つ出来ない。
「ってか、久々サンドバッグ見つけたわー。なんでこの辺、ここ最近人いねぇんだ? お前らなんか知ってる?」
男の一人が、金属バットを弄びながら尋ねる。言い方からして、この男も記憶の一部が欠如しているのだろう、とイチハナは思った。
隣に転がったシーバが、不意ににやりと笑う。
「うっわ。こいつ、頭いってるっぽいな。ひくわー」
「……」
すっと笑顔を消し、彼は歯をギリギリと鳴らした。
「……お前達全員……殺してやる。心臓を抉って、捻じ踏んでやる」
「ハハッ、この状況でどーやって出来んだか。まじイカレてるわ。……あ、そーだそーだ。気づかなくて悪かったなあ。騒いで喉乾いたろ? この水飲んでいいよ」
そう言うと男は、足元の水溜まりを顎でしゃくった。
「どうした? 飲まねぇなら撃ち殺すぞ」
銃口が、シーバの額へと向けられる。イチハナは彼を横目で見た後、水面へ口をつけた。土や血の混じった雨水をずるずると啜り、激しく咳き込む。
「ハハハ! 無様だなあ! そんなにてめぇの命が惜しいかよ!」
「おい、お前もさっさと飲めよ。殺されてぇのか」
シーバは黙したまま、なおも男達を睨んでいる。
「……ゴホッ……。い、いいから飲め。シーバ」
「…………」
「シーバ……!」
「……お前のそういうとこ、吐き気がする程嫌いだよ。僕に指図するな」
嫌悪感を露にする彼に、イチハナは咳き込みながらなおも食い下がる。
「こんなところで、無駄死には出来ない……。無様でも、生きる必要がある。残された住民達や……死んだタマの為にも……」
「……タマ?」
と、シーバが目を丸くする。
「……誰の事だ。遂にイチハナもおかしくなったのか?」
イチハナは嘲笑を浮かべる彼を見つめ、言葉をなくした。
「おい、無駄話してんじゃねえよ! クズ共が!!」
男の一人がそう怒鳴り、イチハナの脇腹を蹴る。
「っ!……し、シーバ」
「チッ……なんだよ、うるさいな」
「……お前の言う通り、俺は……俺達は皆……結局のところ、残念なのかもしれない……。生きているから死に向かうのに、死なない為に生きようとする……」
「…………」
「しかしたとえ、愚かだとしても…………それは美しい、抗いだと思う……」
シーバは黙って、しばらくイチハナを見つめていた。視線を再びずらした時、彼は長い息を吐いた。
「……お前ら他の人間と一緒にするな。僕は生きようとしたつもりはない。ただ、死ぬつもりもなかっただけだ」
彼はそして、誰の顔も見ないまま言った。
「イチハナ。お前の面倒を見てやるのは、これが最後だ」
直後。シーバの肩が、ゴリゴリと音を上げた。――瞬く間の事だった。肩の関節を外しロープをすり抜けた彼は、ポケットからナイフを取り出しざま、銃を持った男の目を横一文字に切り裂く。
「う、うわああああ!」
喉を掻っ切ると、勢いよく鮮血が噴出した。男は声を失って倒れ、首元を両手で押さえながら転げ回った。
『消去しました』
返り血を浴びたシーバが、残り二人の男をゆらりと振り返る。
「ひっ! ひいぃ……!」
男達は戦慄した様子で、足を絡めながら後ずさりする。
と、その時だ。路上に落ちていたイチハナの携帯電話が、ビーッビーッと聞いた事のない音を発し始めた。シーバはそれに構わず一人の後ろ髪をわし掴んで、胸元へ刃を突き立てる。転倒したその男は四肢をマリオネットのようにばたつかせ、すぐに動かなくなった。
『消去しました』
ナイフを引き抜いた後、遠く逃げていった最後の一人を見つめ、彼は悔しそうに顔を歪ませる。仕返しと言わんばかりに、足元の二つの死体を踏みにじった。
携帯電話の警告音は、相変わらず鳴り響いている。この数秒間の出来事に言葉が見つからないまま、イチハナはシーバを見上げた。
「……あれ?」
顔にかかった血も拭わず、シーバが唐突にふっと力を抜く。
「……いつだって皆、僕を信じてくれなかった。僕はこんなにいい子にしてるのに……。でも確か過去に一人だけ、僕を信じてくれた人がいた気がするって、今なんとなく思ったんだけど……」
「……」
「忘れちゃったなあ。アハハ……まあ、いっか」
普段通りに飄々と笑みを浮かべ、彼はイチハナを見下ろした。
「僕は、この汚れた世界の救世主なんだ。〝ノア〟の役に……皆の役に、立っただろ?」
――携帯電話のけたたましい音が、ぷつりと止んだ。
その瞬間、シーバの頭部が破裂し、大量の血液を浴びると共に、肉片の一部がイチハナの頬へ張りついた。ドサッとその肢体が崩れる。
『消去しました』
「……はあっ……はあっ……」
首から上が細切れとなり、ぐちゃぐちゃに散らばっていた。彼の血は方々へ流れ、真っ赤な川を作る。動揺を抑え、イチハナは頭部のなくなったシーバの傍へと体を引きずった。
彼が握りしめていたナイフを取り、自らのロープを切る。男の死体から、ハンドガンを取り返した。
逃げた男の姿は、もう遥か遠方にあった。追いかけるつもりもなく、茫然とそれを眺めていたところ。耳に、どこからかカラカラカラ……という金属音が届く。
弾かれたように、背後を振り返った。数キロメートル離れた民家の屋根に、あの黒い影が確認出来る。イチハナはハンドガンのレバーを解除し、身構えた。
〝ゼータ〟が屋根から屋根へと飛び移り、距離を詰めてくる。射程範囲に差しかかった瞬時に、イチハナは銃を連射した。が、対象は容易く避け、一直線にこちらへ向かってくる。
正しく目の前に、その顔が迫った時――しかし〝ゼータ〟はイチハナを飛び越え、先程逃げていた男の体をぶつ切りにした。血の噴き上がる様は、離れた場所に立つイチハナの視界にも捕える事が出来る。
なにが起きた? なぜだ? と、混乱が増す。改めて意識を手繰り寄せ、〝ゼータ〟へと駆ける。
「……っ!」
照準を定め、その後頭部へと弾を放った。
銃声が響き〝ゼータ〟の額から真っ赤な液体が飛び散る。弾丸がアスファルトへ落ちる音と共に、その顔がぐぐぐっとイチハナのほうへ向いた。
来る! そう神経を研ぎ澄まし、イチハナは連撃を見舞う。しかし〝ゼータ〟の様子は一変し、弾を避けこそするものの、刀を振るう気配はない。よたよたと覚束ない動きで、こちらへ歩んでくるだけだ。負傷し足を引きずりながらもなお、なにかに駆り立てられるように向かい来るその姿は人間そのものであり、イチハナに映画館での老人の話を思い起こさせる。どこか死に場所を求めているかのような、哀愁さえ帯びていた。
「くそっ……!」
まっすぐに発砲したつもりでも、照準が次第にぶれ始める。弾丸は対象を射抜かず空を裂き、カランと次々落ちていく。
最後の一弾となった。イチハナは目を細め、ぐっと引き金に圧を加えた。
――辺りに、轟音が広がった。
〝ゼータ〟を中心として突如起こった爆風により、イチハナは一気に後方へと煽られる。数メートル先で重心を低くし、かろうじてそこへ踏み留まった。砂埃の灰色が、視界を支配する。
風が落ち着くや、煙の中心部へと駆け戻った。……そこに残っていたのは〝ゼータ〟が帯びていた長刀と、電子部品が混じったヘドロのようなものだけだった。
「…………」
上空から、ヘリコプターの音がする。機体に備わった砲身からは、硝煙が流れていた。
ハンドガンをベルトの隙間へ捻じ込み、イチハナはただ、溶解した〝ゼータ〟を見下ろしていた。これが人々を震え上がらせ、惨殺していった脅威の末路か。そう考えると、形容し難い感覚になった。
ヘリコプターの音が、近づいてくる。天を仰いだ瞬間、視界が真っ暗になった。
【続】




