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ダストボックス-消去しました-  作者: 通りすがりの拓井
第二層:イチハナ編
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第二十九話 ルリモト住宅街①

 極彩色の街の中、どこまでも伸びる血塗られた道。その赤と、黒いイチハナの衣服やマスクへ、六花の白が舞い降りては消えていく。

 ずいぶん長い間、ぼんやりと歩き続けていた。目指す場所などなかった。視界には、延々と同じ景色が広がっている。

「……助けてください……」

 ふと、そんな声が聞こえた気がした。イチハナは我に返り、声のほうへ走る。が、近くの民家を訪れてみても人の気配はない。

 しばらく歩いていると、また。

「……助けてください……」

 と声がした。横道を覗いてみるが、やはりそこにも誰一人いない。

「……助けてください……」

 今度は真後ろから聞こえ、素早く振り返る。しかし、なんの姿もない。

「……助けてください……」

「……助けてください……」

「……助けてください……」

 頭の中に、その言葉が反響する。路上の死体から聞こえてくるような錯覚にすら陥りそうになり、意識を保とうと首を振る。

『消去しました』

 携帯電話からの、淡泊な通知。助けを求める幻聴と混ざり不協和音となった声が、イチハナの混乱に拍車をかける。逃げるように路地を抜けた。

 街外れには、寂れた小さな駅がぽつんぽつんと等間隔に設置されていた。当然電車は通っていない。覚束ない足取りで線路上を歩み、そんな駅をいくつも過ぎた。

 再び足が止まったのは、数メートル先で線路が途切れている事に気がついたからだ。その最終地点には脱線した深緑色の車両があり、ひっそりと雪に染められていた。

 イチハナはそこで、がくっと膝を突いた。携帯電話を見下ろした直後『消去しました』という声と共に、四人のデータが表示され消えていった。

 電話を持つ手がわなわなとする。

「……っ!」

 イチハナはそれを、地面へ叩きつけるように放り投げた。空っぽになった掌を、ただただ見つめる。

「…………かな、しい……」

 その感情を持つのがどれ程苦しい事なのか、初めて思い知った。目を閉じ、そのまま自ら線路内へ倒れ込んだ。



『些か中途半端な気もしないか……?』

『しかし、もうこれ以上性能は上げられない。マインドを人間らしくプログラムするようにとの指示だ。他の値を上げたらバランスが崩れてしまう』

『……それでいいの。これが完成形よ』

『か、開発長! いらしてたんですか! そう……そうですよね! マインドはこれで完成。残る外見の形成も、順調に進行しています。鼓動や呼吸まで再現出来れば、我々人間と区別がつかなくなりそうですよ』

『〝ノアプロジェクト〟の成果が今から楽しみですね。……彼は開発班の技術の結晶だ。きっと新国の未来に、希望を運んでくれる――……』



 イチハナが瞼を開くと、いつの間にか雪は雨へと変わっていた。それは線路を打ち、鉄琴のような音色を奏でている。

 ゆっくりと体を起こした。離れた場所で、携帯電話も濡れている。それを拾い上げた時。

「……助けてください……!」

 どこからか、またそう聞こえる。しかし今度こそ確かに存在している気がして、イチハナは声の主を捜した。

 開け放たれた扉から、電車内を覗く。そこには床へ膝を抱えるようにして座る、一人の女がいた。

 その横顔を見て、はっとした。以前会った病院の看護師だ。気配に気づいたらしく、彼女は不安定に視線を向ける。

「た……助けて……」

 純白だったはずの制服は、前半分が赤く変色している。イチハナが傍へ屈んだと同時に、彼女は吐血した。

「わ、私はいいんです……。一つお願いが……あって……」

「……」

「……この子、とても寒がりなんです……。毛布を……持ってきてくれませんか……?」

 縋るように言って、彼女はそうっと腕の中に抱いていたものを見せた。血みどろになったテディベアだった。

 イチハナが脱いだ上着をそれにかけてやると、彼女はほっと微笑む。

「……ありがとうございます……。おかげでこの子も、風邪をひかなくてすみます……」

「…………」

「……ね、こんな都市伝説を知っていますか……?」

 目の前に銃を装備した男がいるというのに、彼女に動じる様子はない。穏やかな表情で、イチハナを見つめる。

「この街には……〝ノア〟という天使がいて……皆を助けて、くれる……らしいんです。驕っている人を、諭して……皆が平和に、暮らせるように……。彼らがいるから、きっと私達……幸せに、生きていける……」

「…………」

「あなたも、お祈り……して……。神様と……〝ノア〟の、ご加護を……」

 彼女は瞼を閉じ、眠るように死んだ。

 車両から出ると、雨は上がっていた。イチハナはマスクを外し、空を仰ぐ。

 どこまでも果てしない大空から、澄んだ光が降り注いでいる。これまでの惨劇が全て虚構だと思えるような、清らかな光景だった。


「ハッピバースデートゥーユー。ハッピバースデートゥーユー……」

 老朽化した一軒家の中、親子が身を寄せ合って歌っている。

「お誕生日おめでとう。あなたはママの宝物。ママは、ずっと一緒にいるからね」

「うん」

「生まれてきてくれて、ありがとう」

 ――その様子を塀の外から、シーバはじっと眺めていた。背後から近づいたイチハナが後頭部に銃口を当てると、彼は不機嫌そうに視線をそらす。

「また殺すつもりか」

「……僕は助けてあげてるだけだ」

 イチハナが黙っているうち、シーバはまた家の中へと目を戻した。親子は衰弱した様子だが、それでも幸せそうに笑っている。

「これ以上の秩序低下を防ぐ為には、お前を殺す事は非常に合理的だ」

「……」

 後方へ気を向ける素振りなく、シーバは正面を見つめたままでいる。イチハナはやがて、銃を下ろした。

「いちいち僕を追いかけてくるな」

「自分の過去の行いを恨め。生きている限り、永遠に誰かにマークされる運命だ」

 蛍光の黄色に塗られた、その家屋の塀。青色とオレンジ色の惑星の絵が描かれているが、血しぶきが所々星を潰している。イチハナはシーバの横へ移動し、そこに背を預けた。

「忠告してやる。データによると、お前のGP値はあと十七で限界突破する」

「だから?」

「死にたくなければ、おとなしくしていろ」

「……イチハナ、お前は残念な奴だな」

 彼は吐き捨てるように、そう言った。

「この世界は、救いようもない晴天と驟雨に支配されている。それに左右される人類がどれだけの虚無感に苛まれているか、お前はわかっている?」

「…………」

「このまま生き続けて独りになれば、嫌でもわかるよ」

 空中へ視線をやり、彼はふん、と笑った。

 ――その時。突如イチハナの左側から、中年の男が奇声を発し疾走してきた。包丁を振りかざし「食い物を寄こせ!」と襲いかかってくる。イチハナは片足を軸に方向転換し、冷静にその刃物を撃ち落とした。次いで、銃口を男へ向ける。

「抵抗するな。暴挙に出るようなら、容赦なく撃ち殺す」

 男は悲鳴を上げながら、四つん這いで逃げていった。

 腕を下げるイチハナを一瞥し、シーバがわずかに口の端を上げる。少しは見直した、とでも言いたげだ。ようやく塀から身を離し、隣へ並んだ。

「……それで? お前の中の正義感とは、どう折り合いをつけたんだ?」

「折り合いなんて、つけていない。ただ……俺の正義の中核が、自分から他人に変わっただけだ」

 イチハナは横目で、彼を見た。

「お前の考えは永遠に理解出来ないし、したいとも思わない。しかし俺はその正義に則って、お前を保護する。そうしなければ……」

 そこまでを言うと、言葉が詰まった。脳裏に、これまでの出来事が目まぐるしく蘇る。

「……そうしなければ、今までに過ぎていったたくさんの人間の命や時間が、全て無駄になってしまうからだ」

「…………」

 シーバが顔をしかめる。

「そういう、倫理の教科書みたいなの語られるとゾッとする。やっぱり、お前とは一生わかりあえなかったんだ」

「勝手に言っていろ。……現存する住民全員が助かる手立てを考えるぞ。望みは捨てない。シーバ、お前も外へ連れていく。お前を生かして、必ず更生させる」

「イチハナにどうこう言われる筋合いはない。僕は〝ノア〟を抜けたんだ」

「創設者は俺だ。受理していない」

 煩わしそうに頭を掻き、シーバは溜息を吐いた。

「……やっぱり、〝ノア〟なんかに入るんじゃなかったな」

 ――と、次の瞬間。二人の後ろに、気配が迫った。



【続】

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