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ダストボックス-消去しました-  作者: 通りすがりの拓井
第二層:イチハナ編
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第二十八話 タイエイ中学校⑧

※グロシーンがあります。ご注意ください

 敷地から出るなり、公共施設や家の屋根を跳び渡る漆黒の影が、かろうじて確認出来る。それは風のように軽々と、冬の空を縦横無尽に裂いていく。イチハナは走りながら、周囲を見渡す。赤黒い道に、人の姿はない。

 その時、ポケットの携帯電話が震えた。発信者はタマだ。すぐに通話ボタンを押す。

「タマ、どこにいるんだ!」

『な、なに怒ってんだよ。イッチャンこそ、どこいんの? 俺すげー寝て、今ちょー元気だからさ。今まで〝ノア〟に参加出来なかったぶん、取り戻そうかと思って』

 こちらの緊張感は、まるで伝わっていないらしい。相手はのんびりとした調子で、そう言った。イチハナは携帯電話を強く握りしめる。

「〝ゼータ〟がうろついている。お前はMSSの感知範囲外に……。くそっ」

『あ! くそって言った! イッチャンもそんな言葉使うんだ』

「一から説明している暇はない。どこなんだ!」

『あ、えっと……なんか古い公園……? 学校から五百メートルくらいの……』

 イチハナは即座に感づいた。ミナトの死体は、もう片づけ終えている。彼が目にする心配はない。

「よし、そこのトイレに入っていろ。俺がいいと言うまでだ!」

『……な、なんで……。……まあいいや……わかった』

 ほんのわずかに、イチハナは肩の力を抜く。最悪は免れそうだ、と思った。

『あ……イッチャン、ちょっと待った。怪我してる人がいる。先に手当てしてから……』

「今は言う事を聞け。俺もそっちへ向かっている。まずは隠れていろ」

『でも……』

 ――電話越しに、カランという金属音が聞こえた。

 イチハナの思考が、ぴたりと停止した。

「……タマ?」

 電話の向こうから、声が届かない。イチハナは胸騒ぎを覚え、全力で公園へ駛走した。

「はあっ……はあっ……」

 正面に捕えたのは〝ゼータ〟の刀によって串刺しになっているタマの姿。その光景を目の当たりにした瞬間、イチハナは反射的に素早くハンドガンを抜き、引き金を引いていた。他のどんな事柄も頭になく、対象に向けただひたすらに連射した。しかし弾の動きが見えているのか〝ゼータ〟は易々とその攻撃をかわしていく。

「くっ……!」

 狙いを定め放った一発が、遂に胸元へ命中した。赤い液体を噴き出させながらも〝ゼータ〟は鮮やかに空中で身を翻す。それと共に、刀からずるりとタマの体が抜け落ち、地面に叩きつけられた。イチハナは彼の前へ滑り込み、正面の〝ゼータ〟へと立ちはだかる。

「い、う、撃つなよ……怪我してんのに……な、仲間に入れてあげよ……」

「っ……!」

 タマの優しい声が背後から耳に届き、銃口が揺らぎそうになる。

 対象を見据え、三度連続で発砲した。全てが包帯部分を貫き、その身体を染め上げる。〝ゼータ〟は垂直に飛び上ると、再び家屋の屋根を伝い、姿を消した。

「タマ!」

 振り返ると、彼の衣服は夕日よりも赤く色を変えていた。路上に出来た血溜まりが、みるみるうちに広がっていく。

「た……タマ……?」

 遠い場所を見つめたままでいる。イチハナが膝を突きその体を抱えてみると、どろっとした生温い感触が両手に広がった。

 動揺するイチハナを見上げ、彼は口角を上げる。

「へ、へーき……おれ……だ、大丈、夫だから……」

「…………」

 やがて、イチハナの後方に足音が止まった。シーバだ。瞬きをせず、じっとタマを見下ろしている。タマはその彼にも、微笑んだ。

「……タマ……」

 イチハナは眉を寄せ、小さく首を振った。

「無理して、笑わなくていい……」

 その言葉を聞くなり、彼の瞳がじわじわと滲んでくる。涙が溢れ出した。

「う、うう……。ぐすっ……」

 タマはようやく、我慢する事をやめた。イチハナの腕の中、体全体で大きく息をし始める。

「はあっはあっ……! ……なあ、イッチャン……おれ、し、しぬの……?」

「…………」

「おし……おしえろよ、いっ、いっちゃん……おれ、し……しぬんだろ?」

 イチハナは目を細めた。顔を見ているのがつらかった。怒りや使命感といった熱い塊と、悲しみや虚無感といった冷たい塊。その二つが体の中で渦を巻き、破裂しそうになる。

「はあっはあっ……なあ……ごめんって、いっといて……」

「……誰、に……」

「わ……ゲホッ……はあっ……ぁ……っ、……ゲホッ……ぁ…………み、んなに……」

 濁った咳を激しく繰り返し、それでもタマは続ける。

「いっちゃんも、し、しーばもごめん……な、なん……にも……おれ……できなくて……」

「…………」

「はあっ、はあっ……! ……ぃ、いっちゃん……こ、こわいよお……おれ……し、しぬの……?」

「…………」

「う……い、いたい……いだいぃ……! こ……こ、こわいよおお」

 しがみついた手が、イチハナの服を通して皮膚へと食い込む。

「……どけ。僕が楽にしてやる」

 シーバが、低い声でそう呟いた。イチハナは、黙ってタマを見つめ続けた。

 涙に溺れた瞳が、不安定にイチハナを映す。

「い、いっちゃん……おしえてよ……おれ……っ……て……う、うまれた……わ、け……」

「……タマ……」

 と、掠れた声でイチハナが呼ぶ。しかし彼の体はガクガクと痙攣し始め、その言葉を遮った。

「……お……おれ…………おれ……あ…………あ……」

「…………」

「……い…………あ、………………」

 タマの体は、やがて動かなくなった。

『消去しました』

 イチハナは真っ赤に染まった手を伸ばし、彼の金色の髪を柔らかに撫でた。

「生まれてきてくれて……ありがとう……」

 そう囁いたが、彼が再び嬉しそうに笑む事はなかった。


 タマを背負い、シーバと学校へ急ぐ。校門を潜るなり、イチハナは言葉を失った。

 正面玄関の周辺に、ベルベット絨毯の如く広がる真っ赤な海。そこに三人の体が転がっている。ジンは上半身一面を血まみれにし、切断されたマイコの頭部を抱きしめた状態で死んでいた。

「い……いちはな、さん……」

 少し離れた場所に倒れていたロクハの、微かな声。イチハナはタマの体を芝生へ預け、駆け寄った。両足を失ったロクハは青白い顔で、ひゅうひゅうと木枯らしのような呼吸をする。

「二人が、た……タマキを……むかえにいくって、きかなくて……それでそ、外に……出てみたら……」

「話すな。体力を消耗する!」

「た、タマキは……?」

「…………」

 イチハナが顔を伏せると、ロクハは全てを悟ったらしく長い息を吐いた。――手当てすれば、まだ間に合うかもしれない。と、イチハナは彼を抱きかかえようとする。しかしロクハは首を振り「もう、いいんです……」とそれを拒んだ。

「……俺達は……ずっ、と……か、影を背負って生きてきた……。それは世間に認められ……るだとか……そんな事で、な……慰められる、ものじゃない……。お、俺にとっての家族は……園で一緒に暮らしてきた……み、んなだけ……」

「…………」

「家族のし……死体なんて、見たく、ないから……目を、閉、じます……」

「…………」

「イチハナ……さん、生きてまた……楽しい世界をつくって……」

「楽しい……世界?」

 ロクハはぼんやりと空中へ視線をやると、ふっと微笑んだ。

「……なんて、あいまいな……こ、とば、です、よね……。タマキとか、ジン……みたい……」 

 そうして彼の瞼は、静かに閉じた。




 この世界を覆い尽くす虹色の障壁から、空の黒が透けている。海面に浮かんだいくつもの焼死体が、ぷかぷかと波に揺れていた。

 打ち上げられていたオレンジ色の救命ボートに、四人の死体を乗せ白い布をかけた。ロクハの作った小さなランタンを舳先に乗せ、イチハナとシーバはボートを海へと送り出す。

 明かりが、ゆっくりと、少しずつ、小さくなる。二人で、しばらくそれを眺めていた。

「……あいつらの死に、なんの意味がある?」

 遠くの水面を見つめたまま、シーバは言った。

「理由のない物事だって、この世の中にはあるんだ」

「……」

 イチハナは瞳を伏せ、その言葉を噛みしめる他なかった。

「僕は〝ノア〟を抜ける。お前のその不安定な正義論にはうんざりだ。勝手に悩んで、勝手に〝ゼータ〟に惨殺されろ」

 立ち尽くしたままのイチハナを一瞥する事もなく、彼は去っていった。



【続】

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