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ダストボックス-消去しました-  作者: 通りすがりの拓井
第二層:イチハナ編
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第三十一話 ルリモト住宅街③

「出せ!」

 真っ白な機内。細長い透明のケースに隔離されたイチハナは、力の限りそれを叩く。しかし、びくともしない。

 正面に見える運転席には、二人の男の後ろ姿があった。上下黒のスーツ、黒のマスクを着用している。

「今回の素体、案外脆かったなあ。女兵士の肉ってんで、中々期待してたんだが。くそー、記録班との賭けに負けちまった」

「住民を殲滅する前に、あんだけ劣化しちゃあ話になんないっすね。……まあ残りの住民もわずかだし、放っておいてもそのうち餓死するっしょ。充分働いてくれたじゃないすか」

 二人は呑気に談笑している。イチハナはなおも精一杯、ケースを叩き続けた。己の解放はもとより、間近な危機の為に力が強まる。――目の前に、虹色の障壁がどんどん迫っているのだ。

「止まれ! 障壁に触れれば、お前達も死ぬぞ!」

「ハハハ」

 補助席の男の声が、無線機を通して届く。

「心配すんな。俺達は政府下の人間だ。ICチップはオフになってる」

「え……?」

「お前もだ。障壁に当たったからといって、死んだりしない」

 イチハナは目を見開き、狼狽えた。

「お、俺が政府下の人間……?」

 男達は、その呟きを聞くなり笑った。

「おい、すげえな。でも今回は、開発長の才能が裏目に出たな。人の感情を持ちすぎてる」

 理解出来ずにイチハナが黙っていると、補助席の男は続けた。

「お前は人間じゃねぇよ。試運転中の、MSS改良型――AIだ。あのバケモンに斬られなかっただろ? お前は物体としてしか、あいつに認識されていない」

 イチハナは耳を疑った。

「……そ……そん、な……あり得ない……」

「廃国に残った連中も、こんだけ性能がよけりゃ気づかねぇよなあ。あいつらも、かわいそーに」

「か、かわい……そう……?」

 ケースに両手を張りつけ、イチハナは身を乗り出す。男達は視線一つ寄こさない。

「イチハナ、お前が研究センターで別名なんと呼ばれてるか知ってるか?」

「…………」

「暫定版MSSマザーだよ」

「……え……?」

 不意に、そんな声が漏れる。

「MSSシステムそのものを見直す為に、不要な土地と不要な人間……それからお前を使ってテストしたんだ。暫定っつうのは、そういう事。あくまで新しいMSSシステムを構築する為の、廃国用の仮マザーだったわけ」

「…………」

「ああ、マザーってのを知らねぇか。マザーは、各地のMSSから受信したデータを集めて整理する機械の事だ。お前の前の型は、廃国の警察署で使われてたんだが……。つまりな、今はお前が廃国の住民データを集約していた。……俺がなにを言いたいかわかるか?」

「…………」

「だから、かわいそうっつったんだ。廃国の奴らも、お前さえ壊れていれば――……」

 操縦の手を止めないまま、もう一人の男が溜息を吐く。

「その辺でやめといたがいっすよー。リークが原因で消された奴、何人もいるみたいっすから。このヘリにも盗聴器とかあるかも……。先輩も今度は左遷だけじゃ済みませんて」

「チッ……左遷しやがったからこそ、開発班に恨みがあんだよ俺は」

 と、補助席の男が不機嫌そうに言う。

「ま、詳しい事は開発室で話してもらえよ。イチハナ」

 男達はまた笑い合った。

「…………」

 イチハナは頭の中が、これまで弔ってきた数多の死者の手でかき回されるような感覚に陥った。信じられる話ではない。彼達もきっと悲しい感情を忘れ、出鱈目を言うようになってしまったのだ、と冷静な自分を手繰り寄せようとする。しかし一度乱され始めた自分の中身は落ち着く事をやめ、様々な過去の断片をぶつけ始める。


『せ、先輩から聞いた話では、国が分断したのと日を同じくして、現MSSの改良型が、この国で試運転を開始したらしいです』

 以前聞いた、警察官の言葉を思い出す。

『今度のは今の物のような板状ではなく、ヒト型らしいです。現MSSは犯罪を発見しチップに登録する事しか出来ませんけど、改良型は犯罪の発見に加え被害者の救護、遺体の処理等も出来るようにするんだそうです』

 怪我を負った人々を助けていた事や、路上の死体を埋葬していた日々が次々と蘇る。

『俺が作ったのは、その電波を伴わない鼓動を感知する機械です。太陽光で充電しています。塀の上に設置したその機械の不可視の電子フェンスに、対象が引っかかると……』

 ロクハの装置に、イチハナだけが弾かれた。また、学校にロクハ達がいる事を知った時――その他の時も、思い返せば携帯電話の画面に、自分のデータは表示されていなかった。イチハナの混乱は、更に加速していく。

『俺が〝ノア〟を作ったイチハナだ。〝ノア〟は現在二人で動いている、慈善活動組織だ。この地域の犯罪や問題を未然に防ぎ、治安を維持する事を目的として立ち上げた』

『理由のない物事が存在しないっていうなら、イチハナが〝ノア〟を立ち上げた理由ってなんなんだ? 人助けがしたいから? じゃあその人助けがしたくなった理由ってなに?』

 このシーバのものと似たような言葉を投げられた事を、よく覚えている。

『お前がどうして〝ノア〟を立ち上げたのか、わかる? イチハナ』

 暗い部屋で銃口を突きつけ、ミナトはそう言った。


 〝ノア〟を立ち上げた理由……イチハナは考える。

 この地域の犯罪や問題を未然に防ぎ、治安を維持する事を目的として立ち上げた。この地域の犯罪や問題を未然に防ぎ、治安を維持する事を目的として立ち上げた。この地域の犯罪や問題を未然に防ぎ、治安を維持する事を目的として立ち上げた。――そう思ったから、そうした。他に思いつかない。

 ミナトが死ぬ前、どうすれば住民が助かるのかと尋ねると、彼女は微かに呟いた。

『……い……、ち……こわ……し……』



 〝イチハナを、壊して〟



「――……うそだ……」

 イチハナは愕然と目を見開いた。すがる気持ちで、おもむろにハンドガンを手に取る。震える指を引き金にかけ、自らの左手を撃った。

 腕時計の破片が散らばり、弾丸がケースの隅に冷たい音を立てて転がった。弾を受けたはずの手首はわずかに傷がついただけで、すぐに皮膚は修復し真っ新になった。

 運転席の二人が、途端に騒がしくなる。

「うおっ! じゅ、銃持ってるじゃないすか! 早く取り上げてくださいよ!」

「ま、待て。ケースに入ってる限りは安全だ」

「イチハナがぶっ壊れたら、俺達の責任っすよ! 嫌っすよ俺まで消されんの!」

「聞けって! イチハナは普通の銃なんかじゃ……」

 補助席の男に耳を貸さず、その男は通信ボタンを押した。

「こちら輸送班。MSS改良型イチハナが銃器を所持している。至急応援を要請する」

 その声を聞きながら、イチハナは正面に広がる虹色の空を眺める。

「俺、が……」

 二つの義眼から、するすると黒い雫が流れた。

「俺が……消えてしまえば……よかったんだ……」



【続】

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