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ダストボックス-消去しました-  作者: 通りすがりの拓井
第二層:イチハナ編
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第二十六話 タイエイ中学校⑥

※グロシーンがあります。ご注意ください

 校舎内で皆が思い思いに昼過ぎの時間を過ごす中、イチハナは一人巡視へ出た。路上には深海の如く、幽々とした冷ややかさが漂っている。携帯電話の地図表示範囲を自分の周囲に狭めて歩むが、画面上には誰のデータも表れない。実際に辺りを見回してみても、生きた人間の姿を見つけられずにいた。

 不意に悪臭が強くなり、マスクの位置を正す。高層マンションのベランダには、洗濯物のように死体がぶら下がっている。こういった惨状を、どれ程目の当たりにした事だろう、とイチハナは思う。最早驚きはなく、内に淀みが増えるだけだ。

 歩調を緩めないまま、再び手元へ視線を落とす。すると、一人の情報が表示されていた。咄嗟に周りを捜索し、駆けつけた。

「い、いやあ……腕を……私の腕を探して!」

 ビルの影にいたその女は、血まみれでガクガクと震えていた。イチハナがその傍に屈む。女の右肩から下の部分がない。

「先に止血だ!」

「早く……早く返して! お願いよ!」

 混乱した様子の女は、それだけを喚き暴れる。動く度に肩の肉から、びゅっびゅっと血が噴き出す。

「……っ」

 仕方なくイチハナは立ち上がった。数歩先の茂みに片腕を見つけ、すぐにそこへと向かう。――真っ赤な肉を拾い上げた瞬間。ポケットにしまっていた携帯電話が、声を発した。踵を返し、イチハナは血溜まりの中の女を見下ろした。


 鬱屈とした夕焼けを背負い、学校へ戻る。地図の表示範囲を設定し直し、敷地に入った。

 校門を抜けてすぐ、背後へ足音が加わる。シーバだった。彼も外から帰ってきたばかりらしく、普段通りの飄々とした態度でイチハナを追い抜く。警戒心のないその行動に、イチハナは閉口した。

 保健室にはマイコ、ジン、タマがいた。こちらに気づいたマイコが、安堵の笑みを浮かべる。

「全員無事か」

「はい。イチハナさん達も無事でよかった……」

 シーツを畳む彼女を、ベッドに寝転んだジンが眺めている。タマは部屋の奥、窓際にいた。次第に濃くなる夜の色を背景に、なにかを呟きながら同じ場所をぐるぐると歩き回っている。まるで壊れた玩具のようだ。イチハナは眉をひそめた。

「……。そういえば、ロクハは?」

「あ、ロクハも無事ですよ。理科室に閉じこもって、鍵閉めちゃって。あたしが声かけても、ずーっと無言なんですけど」

 マイコの言葉を聞いた途端、タマがびくっと体を止める。

「だ、大丈夫だよな? 中で……し、死んだりしてねーよな?」

「大丈夫。カチャカチャ音してるし……。なんかまた作ってるんじゃないかな」

「そ、そっか……そっか……」

 ほっとしたように笑う彼が痛々しく見え、イチハナは不安を募らせる。マイコとジンも、同じ気持ちになったようだ。二人共険しい表情になる。

「……ね、ねえ、タマキ……ほんとにどこも悪くない? 顔色悪いよ……」

「ヘ、ヘーキヘーキ。気にすんなって……」

「タマ、横になったほうがいい。無理はよくない」

 イチハナがマイコにそう加勢するなり、彼はカッと目を見開いた。

「お、俺は大丈夫だって言ってるだろ! だからイッチャン、俺も〝ノア〟の巡視ん時、一緒に連れてってよ。俺も皆の事……この国の事守りたいのに!」

 タマの声が、保健室に響いた。――その時だ。

 遠方から微かに、犬の鳴き声が聞こえてくる。それも一匹ではない。複数の犬が、一斉に吠えている。

「…………」

 妙だ、とイチハナは思った。タマの立つ窓まで行き、そこから外を見渡してみる。

「な、なんだよおい……」

 ジンが、ベッドから起き上がる。

 カラカラカラ……。

 金属を引きずる音が、届く。マイコは肩を跳ねさせ、さっと青ざめる。と、近い場所からパンッと発砲音のようなものがした。

「な、に……?」

 タマが動揺の色を浮かべる。イチハナは上着から携帯電話を取り出し、画面を点灯する。――ロクハの二つ目の発明品により、この学校の敷地はMSSの感知範囲から外れていたはずだ。しかし再び、タマ達のデータが順番に表示され始めた。

 イチハナが部屋を振り返る。

「機器が壊れた。……隠れるぞ」

「やだあ……! うっ……うう……」

 涙を流し狼狽えるマイコの手を、ジンは力強く掴む。

「いいから隠れるんだよ! 大丈夫だ」

「ぐす……うん……」

「僕が殺す」

 シーバが窓の宵闇を睨み、吐き捨てるように言う。イチハナは詰め寄った。

「わかるだろ……無茶だ。タマ、シーバを連れていけ! 四人で一階に隠れていろ!」

「え!? う、うん!」

 命じられるがままタマはシーバに声をかけ、ジンの後へ続いた。

 暗い廊下を走りシェルターを目指す彼達と別れ、イチハナは階段を駆け上がった。

「開けろ! 〝ゼータ〟が来るかもしれない!」

 理科室の扉を、思い切り叩く。程なくロクハが顔を出した。


 理科室隣に位置するそのシェルターは、以前話に聞いた通り、耐久性の高い印象をイチハナへ与えた。衝撃を吸収しやすいよう、綿密に計算された構造をしている。大人五人程が入れる広さだ。

「み、皆は……」

「タマ達は皆一緒に、一階のシェルターに隠れているはずだ」

 ロクハをそのスペースへ入れ、イチハナは戸に両手をかける。

「えっ? イチハナさんは!?」

「後でいい」

 なにか言いたげなロクハを無視し、シェルターを閉じた。

 理科室の作業台や床に、多様な形の部品が並んでいる。一つ一つが大きな塊になっている事から、作業も大詰めに差しかかっているようだ、とイチハナは推測した。

 カラカラカラ……という音が、徐々に大きくなっていく。方々の窓から外を窺うものの、実体が捕えられない。

「…………」

 ハンドガンを握った状態で、イチハナにはいまだ迷いがあった。もし〝ゼータ〟が現れたとしても、善悪の天秤が揺れ続けている今。射撃する決心をつけられずにいる。

 ――刹那。分厚い氷を叩き割るような騒音が、周囲に轟いた。それを終止符に犬の共鳴も失せ、外はふっと静かになる。

 自らの呼吸だけが、耳につく。他にはなにも聞こえない。だが、今にもなにかの音がまた聞こえてきそうな張りつめた空気だ。イチハナは神経を研ぎ澄ませ、あらゆる方向へ視線を刺した。

 どれ程の時間そうしていたか、イチハナにもわからない。異質な気配は消えたようだと判断し、ホルスターへ銃をしまった。

 シェルターを開け、ロクハの安否を確認する。

「行ったみたいだ」

 と伝えると、彼は空気を全て取り込むかのように、体全体で大きく呼吸した。


 懐中電灯で前方を照らしながら、二人は一階へと急いだ。階段を下りてまもなく、廊下を横切るシーバを見つける。彼はポケットに両手を入れ、ゆったりと歩いていた。電灯の丸い光を浴びてもなお、驚くような反応はない。ちらっと二人を見やり、足を止めた。

「タマ達はどこだ?」

「まだ中だよ」

 ――一階のシェルター前にて、六人は合流した。ロクハとジンが互いを見、ほっと息を吐く。

「う……。もお、やだあ……」

 マイコは口元に手を当て、大粒の涙を流していた。糸で引っ張られているかのように肩を跳ねさせ、嗚咽している。

「ね、ねえ、もしかして、あたし達がいらない人間だから、なんか……偉い人達があいつを仕向けて、ここに残った皆を、っ……こ……殺そうと、してるの……?」

「え……、そ、そうなのか……?」

 マイコの隣で、ジンが探るように言う。彼の視線を受けたロクハは、黙って顔をそらした。

「だ、だって変だもん……。なんであたし達こんなとこに取り残されて……食べ物もなくて、なにもなくなって……。わけわかんない奴が、追いかけてくるの……?」

「た、確かに……そう言われてみりゃあよお……」

 マイコが顔を覆う。それでも、留めきれなかった涙が指の隙間から溢れてくる。

「なんでさあ……命は、大切だとか言うのにさ……結局差別、すんの……。あたし達……ちゃんと生きてて、おんなじなのに……。……ちっちゃい頃から、ずっとそう……。あ、あたし達……なんの為に、生かされてるの……? こんな、こ、怖い思いまでしてさ……」

「…………」

「な……なんで、生きてかなきゃいけないの……もうやだよお……生きなきゃ、バツゲームとかあるの……? こわいよ……もう生きてたくないよお……」

 イチハナは、マイコを見る事が出来なかった。普段の明るい彼女と重ね合わせると、余計に耐え難いものがあった。

「……自分で死んだら、閻魔様からお説教だよ?」

 やがて、ロクハがそう呟いた。親が小さな子を諭すような、優しい声色だ。しかしマイコは、小さく首を振る。

「それでもいいもん……。毎日……悲しい事が起こって、怖い思いするのに……な、なんで……なんで、生きる事が正しい事になるの……? どうなるかわからない、明日の為に……なんで今日をこんなに……我慢しなきゃ、いけないの……」

 すすり泣く声が、静寂の廊下へ落ちては消える。

「……どうなるかわからないから、いいんじゃないか」

 ロクハが、そんな彼女の肩へと手を置く。ジンも、ニカッと笑った。

「おう! 俺達、明日は大金持ちになるかもしんねぇ。そしたら俺達を馬鹿にした連中皆に、自慢してやろうぜ」

「大金持ちかあ。じゃ、まず大金持ちになったら、俺達なにしようか」

 と、ロクハが笑む。

「ん~、そうだな……とりあえずあのバリアを超合金ミサイルでぶち破って、ここから脱出する。んで南の島に家建てて、俺とロクハとマイコの三人で、毎日楽しく過ごす!」

「あはは、曖昧な計画だなあ。……でも、きっとすごく幸せだろうな」

 ロクハとジンは、顔を見合わせて笑った。その一方で、タマはまだ暗い顔で俯いている。ジンが彼を小突いた。

「んだよ、タマキ。『俺は入ってねぇのかよ!』って言えよ馬鹿。笑えよ」

「……」

「笑えって」

 タマはそして、ぎこちなく笑顔になった。「それでいいんだ」とジンが、彼の頭を軽く叩く。シーバは輪の外で、彼達のそのやりとりをじっと見つめていた。



【続】

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