第二十一話 タイエイ中学校①
そこへ到着するまでに生きた人の姿はなく、住民とタマを通し、イチハナは己の無力さを痛感した。
タマは白い塀の前へ佇み、長い事校舎を眺めていた。濃紺色に、黄色の細い斜線が伸びる、エの字型の建造物。流れ星煌めく、夜空のような外観をしている。
「……中に三人いる」
携帯電話を見下ろしイチハナが呟くなり、弾かれたように彼もその画面を覗き込んだ。タマとシーバの他三人のデータが代わる代わる、間を置かずに表示されている。
「こ、これ、俺の友達っ! 園の時の家族! 三人共!」
タマが口をぱくぱくさせ、画面を示す。イチハナは顔をしかめ、正面の校舎を見上げた。
「……ここは危険だ。〝ゼータ〟が来る前に、全員保護する。少しでもマシな場所に連れていく」
建物の周りを、複数の黒い機体が巡回している。その気配を視界の隅に捕えながら、イチハナは苦々しく言った。
「この学校には、MSSの死角がない……!」
タマが伏せた目を、右往左往させる。イチハナの言葉がどういう意味なのか、自分なりに考えようとしているようだ。腑に落ちない表情のまま、やがて口を開く。
「い、イッチャンが危ないって言うなら、早く避難させねーとな!」
しかしそう三人の意見が纏まり、塀に差しかかった瞬間。予期していない事が起きた。周囲に、けたたましいサイレン音が鳴り響いたのだ。
「な、なに!?」
タマが慌てた素振りで耳を塞ぐ。イチハナは辺りを見回した。塀の上に、小さな機器が等間隔で設置されている事に気づく。
駆け出したタマが、大きな口を開けて叫んだ。
「おーい、ジン! マイコ! ロクハ! 出てきてくれよ!」
けれども彼の声は、サイレンの音にかき消されてしまう。
その時、二階の窓が勢いよく開いた。黒髪の青年が、面食らった様子で身を乗り出している。
「ロクハ!」
と、タマが少し笑む。その青年がまた姿を消してから間もなく、サイレンの音は止んだ。
正面玄関前。イチハナ達の元へ、すぐに三人が駆けつけた。
「タマキ! タマキもここに残ってたの!?」
ピンクブラウンのふんわりとしたセミロングヘアを、顔の横で一つに結んでいる。マイコは目を真ん丸して、タマの手を取った。
「誰だあ? その二人」
と、ジン。一際背が高く、オレンジ色の髪はタマの金髪と張り合う程に派手だ。筋肉質な腕を組み、イチハナとシーバを露骨に怪しんでいる様子。その彼の隣で、黒縁眼鏡をかけた青年――ロクハも、驚いた表情でいた。
タマはそんな三人に対し、過去に浸る事もせず焦りをぶつける。
「話は後! 早く逃げなきゃ……ここは危険みたいなんだ!」
が、彼達はその事に慌てる素振りもない。再会の驚きをようやく落ち着かせたらしいマイコが、一度深呼吸して言った。
「ああ、びっくりした……。……大丈夫、ここは安全だよ?」
「え?」
彼女は小首を傾げ、にこりと微笑んだ。
「……なんだよ、これ」
六人は、二階の理科室へ移動した。黄緑色の壁や床に、大小様々な機械が並んでいる。その中からコントローラーの形をしたものを、訝しげにタマは見つめた。
「ロクハが作った、一つ目の発明品だよ。あの黒い奴を、シャットアウトする装置のリモコンだって」
マイコの笑みにも、タマは今一つ納得しかねる顔だ。ロクハはその様を見た後、イチハナとシーバのほうへ向き直る。
「……二度程、外であれに遭遇した事があります。定義がとても難しいんですけど……普通の人間じゃない事は明らかですが、俺達と同じように生きている。人間にあるはずのICチップがなく、機械にないはずの鼓動や呼吸がある。……通常、俺達は鼓動によってチップを充電し、MSSへ電波を発していますよね。俺が作ったのは『その電波を伴わない鼓動を感知する』機械です。太陽光で充電しています。塀の上に設置したその機械の不可視の電子フェンスに、対象が引っかかると……」
「わっかんねぇんだよなあ……毎回よお。もっとわかりやすく言えっつうの」
ジンが頭を掻きながら、口を尖らせる。タマもまた、彼と同じような困惑の色を浮かべていた。ロクハはそんな二人に、柔らかに笑む。
「そうだな……つまりあいつが来ても、バーンって弾くんだ」
壁に寄りかかっていたジンは「おお~」と声を上げた。
「二十回聞いて、やっとわかったぜ。初めっからそう言ってくれよ」
彼に苦笑してから、ロクハが「でも……」と眉を下げる。イチハナへと、視線を戻した。
「正確に言うと、あの機器は今は警報の役目しかないんです。電圧の調整の為に、今朝からその攻撃機能を停止させてて……。タマキ達が来た時も誤作動しちゃったし、あまり頼りになるものでもありません」
「……」
ロクハの言葉を聞き、タマはまた表情を暗くする。それに気づいたマイコが、明るく言った。
「あっ、でも大丈夫だよ! 一階と二階に一個ずつ、壁に穴開けて頑丈なシェルター造ったから。いざって時は、そこに隠れればいいよ」
「おう、そうだそうだ。俺が造ったんだぜ。どうだタマキ、すっげえだろ!」
ふふん、と得意げに笑うジンに、マイコは呆れた様子で首を捻る。
「まあジンは、ロクハの指示で材料運んだり組み立てたりしてただけだけどね。……コンクリの壁よりも、ジンのムッキムキの筋肉よりも丈夫だから安心だよ。ロクハの装置も、メンテ中で調子悪かっただけだと思う。その証拠にあたし達、ここじゃ一回も襲われた事ないの」
「そ、そか……」
タマが少し肩の力を抜く。しかしイチハナは、辛辣な表情を変えない。
「今まで襲われなかったのが、単なる偶然という可能性もある」
ロクハが、すかさず頷いた。
「俺もそう思います。今、別の手段を考えています」
「ロクハのその頭と、ジンの馬鹿力があればだいじょーぶ!」
マイコとジンは、励ますように屈託なく笑う。タマとの再会を、心から喜んでいるらしい。
「三人共、ここに住みなよ!」
その言葉を受け、タマも嬉しそうに頷いた。
「――それに、してもさ」と、マイコが声の調子を落とす。
「タマキ、この国に残ってるなら、連絡してくれればよかったのに……」
ばつが悪そうに、タマはふっと目線を外す。
「あ、ごめん……。なんか、心配かけたくなくて……」
「……」
少し物悲しげに、彼女は笑顔を減らした。
「それは……あたし達もおんなじ。……中学卒業してすぐ、園を出たでしょ? 国が分かれてから、あたしが働いてた工場も閉鎖しちゃって……。あたしの貯金なんかじゃさ、外に行けるわけないし……残ったこの国でどこか行こうと思っても、どこ行けばいいかわかんないし……。園に戻りたかったけど、園はほら、もうとっくに閉鎖しちゃって跡形もないしさ……。だから、園の次に好きなこの学校に来たの。誰にも心配かけたくなかったから、一人でね。そしたらたまたま、この二人も同じ考えだったみたい」
「そっか……」
「ね、タマキは? 今までどこにいたの?」
「俺は、ここに来る前に映画館……」
先程の出来事を思い出したらしい。タマの顔から、さっと血の気が引く。ジンが、しかめっ面で顎をしゃくった。
「んだよ」
「や……あの……あ、の……」
涙を流し始めるタマに、ジンは身を乗り出す。
「は!? まっじかよ! おめぇ相変わらずすぐ泣くんだな。うわ、だっせー!」
「うっ、せぇよ……」
タマは瞼をぎゅっと閉じ、服の袖で雑に目元を拭った。
「……でもっ……でもさあ、あのじいちゃんが言ってたあれ……なん、だろ……」
潤んだ瞳が、イチハナへと向けられる。イチハナは逃れたくて、黙って視線を落とした。
「〝ゼータ〟が、じいさんの母親だって話?」
と、シーバがあっさり笑う。マイコは、タマを見つめた。
「〝ゼータ〟って……あいつの事? えっ、もしかしてなんか知ってんの?」
「や、詳しい、事は、なにも……。け、けど……」
徐々に呼吸を荒くするタマを、イチハナは静かに一瞥する。
「……タマ、他の事を考えろ」
「……」
ロクハは状況を把握する為か、イチハナ達をちらちらと見ていた。やがて「あっ」と明るい声を零す。
「そうだ。図書室にね、歴代の卒業アルバムが置いてあって……俺達のもあるよ。久しぶりに見ると面白いんだよ」
「そーそー! タマキ、てめぇ違うクラスの集合写真にも写ってるしよ!」
と、ジンが楽しげに腕を組む。タマは浮かない表情で俯いたままだったが、ロクハは穏やかな調子で続けた。
「マイコ、図書室で見せてやって。ジンも一緒に」
「う、うん……」
不安そうに目を泳がせながらも、彼女は頷いた。
――その三人がいなくなると、部屋は蝋燭の灯を吹き消したように、一瞬にして静かになる。ロクハが、おもむろにイチハナへ向き直った。彼は先程までの柔和さを消し、真剣な表情でいる。
「……あなた達は、知っているんでしょう。タマキより多くの事を」
「…………」
「教えてください。俺は皆を助けたいんです!」
一片の迷いも感じさせない、射るような視線だ。イチハナがちらとシーバを横目で見ると、彼もまた目を合わせた。
【続】




