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ダストボックス-消去しました-  作者: 通りすがりの拓井
第二層:イチハナ編
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第二十話 チライシアター②

※グロシーンがあります。ご注意下さい

「どういう事だ!」

「…………」

 思わず老人へと詰め寄った。その剣幕に、タマがびくりとする。

「やめてよ!」

 少女はイチハナを引き剥がそうと、老人との間に割って入った。

 それまで傍観していたシーバが、おもむろに右手をジャージのポケットへ入れた。それ以上を語ろうとしない老人に、痺れを切らしたらしい。そう感づき、イチハナは彼を視線だけで戒飭した。シーバは不機嫌そうにしながらも、なにも掴んでいない右手を出した。

「じいちゃん」

 と、タマが声をかける。

「その……なにか事件に巻き込まれてるんなら、後で話してくれよ。まずは手当が先だって。病院行こ。な?」

 老人はなおも、動こうとしない。瞼を閉じ、長い長い息を吐いた。

「……今から百年近く前……戦の只中だ……。焼け焦げた野っ原で、六歳の私は一人……泣いておった……」

 たどたどしく紡がれ始めた言葉に、皆が耳を澄ます。

「家族とは死に別れ、私にはなにもなくなった……。自分が生きておるのか、死んでおるのかすらわからず……。敵襲の警報がまた鳴ったが……逃げる気力も体力も、もう残っておらんかった……」

 老人が激しく咳き込む。少女は悲痛な表情で、彼の背中をさする。

「じいちゃん、もう喋らないで……!」

「うう……う……」

 老人は、白濁した目をまっすぐに向けた。誰を見るでもなく、その視線はどこか遠い所へ伸びている。

「空腹も限界を超え、倒れ込んだ時だった……。どこからともなく、足音が聞こえてきたかと思えば……いつの間にか、私は人の手に抱えられておった。……人気のない防空壕まで……私はその腕に運ばれた……。警報が収まり……少し明るい場所に出てから、初めてその顔を見てみた……。腰元より長い、黒々とした髪の毛……汚れた軍服……。被災したと思っていた母は、軍人だった父の仇を討とうと……姿を変えていた。……彼女は私が生き延びていた事を、涙を流して喜び……しかと見つめて、言った。『逃げなさい』と」

「…………」

「『今夜十二時、港から船が出る。あなたはそれに、乗りなさい。あなたは小さいから、積み荷に紛れて乗り込める』……私はせがんだ。一緒に行こうと。……しかし母は、敵討ちを果たすまで、どうしても行けないのだと首を振った……」

 乾いた咳が漏れる度、老人は苦しそうにひゅーひゅーと喉を鳴らし空気を吸い込む。

「い……言われた通り……荷物に紛れて乗船した……。そこには、勲章を何個も……何個も……ぶら下げているような兵隊や……綺麗な洋服を着て笑っている婦人が大勢いた。私が今までいた場所とは、まるで別ものだった……」

「……それで……着いたのはどこ、だったの……?」

 タマがそう投げかけると、老人は彼へ目を向けた。

「この国だよ」

「この国……?」

「……妙なものだ……。昔からいた場所のはずなのに、なにか新しいような……。元からある国がそうなったのか、元からある国を模して、似た国が出来たのか……」

 老人はそして頭を抱え、寒そうに体を丸くする。

「ああ……なんという……。まさか二度も、この国の分裂を見るとは……。あの時分、母を無理矢理にでも乗船させていれば……彼女は鬼神に、ならなかったのだろうか……」

 その瞳がタマとシーバに置かれた後、イチハナへと終着する。

「姿形が変わっても……私にはわかる……。あれは、私の母親だ……。母を……許してほしい……」

 そこまで聞くと、苛立った様子でシーバが舌打ちをした。

「ふざけるな。……このじいさん、ボケてるんだろ?」

「そんな事ない!」

 と、少女が声を荒らげる。

「うちはじいちゃんの本当の孫じゃないけど、このシアターで出会ってからずっと一緒に生活してきたからわかるの! じいちゃんは今まで、たくさんの事を話してくれた。命がけで助けてくれた。じいちゃんが言ってる事なら、全部本当なんだって信じられる……! ……でもこのまま、あいつに殺されるのを待つなんて、絶対やだ……! じいちゃんを危ない目に遭わせるなら、どんな奴でもうちが殺してやる!」

 少女は歯をギリと鳴らし、老人の服を握りしめた。

「……命を奪う事は……悲しい事だ。私はいっそ、奪われたほうがよい……」

 声を絞り出すようにそう言うと、老人は彼女の両頬へそっと手を添える。

「お前はまだ若い……。人殺しなぞ考えずに、二年間を、逃げ切りなさい……」

 イチハナは息を呑み、硬直した。

「人、殺し……? ……元、人間……〝ゼータ〟が……?」

 混乱し、視線が定まらない。もし葬ろうとしている対象が人間だったのだとしたら、これまでの自らの行動は、全て間違っていたのだろうか? 今後はどうする事が、正義なのだろうか? ……考えてもみなかった真実を突きつけられ、自身の中核すら揺らぎそうになる。

 その場は、静けさに包まれた。――と。

『消去しました』

 上着からの通知に、イチハナは我に返る。すぐに携帯電話を手に取った。地図の表示範囲は、現在地を中心にセットしている。重犯罪者達の赤い印が瞬時に消えた事により、悟った。――近くだ。

「タマ、二人を連れて隠れろ。シーバは、その護衛につけ。俺は出入口を守る」

「えっ、か、隠れろ? 隠れろったって……」

 状況をどこまで把握しているのか知れないが、タマも空気の変化を感じ取ったのだろうとイチハナは思った。彼は動揺した様子ながらも、辺りを見回す。非常灯の近くにある、専用通路の戸へと目を止めた。

「緊急事態なんだろ? 二人を安全なとこに隠したら、俺も戻ってくるから!」

「二人に寄り添え。それが今のお前の役割だ」

 イチハナがそう言い切ると、彼はしばらくの後頷く。それに頷きを返し、その場を離れようとした瞬間――老人にぐっと手首を掴まれた。

「彼女は……母は、人間だ……。まだ、生きておる……。殺さんでくれ……」

「…………」

 目を泳がせるイチハナに、シーバが平然と声をかける。

「MSSの配置は?」

「あ、ああ……この建物を感知範囲に含むMSSは、周囲に四機。六分八秒ごとに二十四秒間の死角になる」

「その間にやればいい。なんの罪にもならない。よかったな」

 シーバは侮辱するような冷たい笑みを浮かべ、身を翻した。イチハナが目をそらして体を離すと、老人の細い手は易々と払う事が出来た。


 鑑賞フロアの扉を出た途端、まだ昼中だった事を再認識する。イチハナは一人受付カウンターを過ぎ、フロア中央まで進む。シャツの上へ装着しているホルスターから、ハンドガンを取り出した。上着の内ポケットには、警察手帳が入っている。

「…………」

 今までに受けた言葉達が、纏まりなく体内に渦巻いた。二、三度頭を振り、銃のスライドを引く。

「――迷ってるのか?」

 後方から声がした。どこから来たのだろうシーバが、壁に背を預けている。

「タマ達の護衛はどうした!」

 咎めるイチハナに、彼は怯む様子もない。ナイフを手の内で遊ばせながら、隣へ立った。

「お前達が騒いでた時、建物の中を散歩してきた。二階には窓もないし、壁も非常扉も丈夫に出来てる。〝ゼータ〟の目的が人殺しなんだとしたら、この正面口から入るのが一番簡単で合理的だろ」

 ふと彼の手元を見やり、イチハナは眉根を寄せる。

「……銃はどこへやった」

「銃? そんなもの、とっくに区役所のゴミ箱に捨てたよ。僕には必要ない」

「はあ……」

 呆れて溜息しか出ない。そんなイチハナを見ず、無表情でシーバは言った。

「お前が迷う理由はわかってる。〝ゼータ〟が元は人間だって知ったからだろ? 単純な奴」

 彼の視線は、まっすぐに入口へ向いている。イチハナも同様に、そちらへ目をやった。

「なにがあろうと……人命を、奪ってはいけない……」

「人命? 馬鹿だな。もしあのじいさんの言う通り〝ゼータ〟が元人間だったとしても、今はただの人殺しの道具なんだろ。中身はどうなってるんだろうなあ。殺したら解剖してみたいなあ」

「…………」

「……お前が欲しがってるのは、理由じゃなくて言い訳だ。自分の行動を肯定する為の」

 イチハナは反論する言葉が思いつかず、目を伏せる他なかった。

 ステンドグラス越しの日だまりは、まるで見慣れた虹色の空のようだ。境目を有耶無耶にした色合いが、イチハナの瞳に美しくも物悲しくも映る。

 頭の中に様々なパズルのピースが飛び交い、ぶつかった。やがてそのピースが、カチリとはまる。

「……そうか……!」

 イチハナははっとして、シーバへ顔を向ける。

「〝ゼータ〟はなにも見えていない。聞こえてもいないんだ。MSSからのデータを受信し、それによってターゲットを感知している」

「だから?」

「二十四秒間は、こちらが有利になる。その間に全員で脱出、MSSの死角へ移動する」

 カッと額に青筋を立て、シーバが顔を歪ませる。

「逃げたいなら一人で行けよ! 僕はあいつを殺すんだ!」

「――うちも!」

 突然の高い声に振り返ってみれば、鑑賞フロアの扉前に少女が立っていた。鉄パイプを、両手で握りしめている。

「どうして来た! タマはどこにいる?」

「じいちゃんと一緒に上にいる! じいちゃん、昔ここの映写技師だったんだって。この映画館の事は、誰よりも知ってる。二人共安全なとこにいるよ!」

 少女が二人の元に走り寄る。

「うちだって、誰かの為に戦える!」

 彼女がそう、手元に力を込め直した時。

 カラカラカラ……。遠くから、音が聞こえてきた。

「逃げるぞ」

「えっ?」

 臨戦態勢でいた彼女は、拍子抜けしたらしくぽかんとする。シーバは苦々しい顔のままだ。

「好きにしろ。腰抜けめ」

 コンクリート伝いに、音が次第に近づいてくる。イチハナは余裕のない視線を、彼に刺す。

「お前のナイフじゃ無理だ。物理的に抹消しようとするより〝ゼータ〟とMSSとの繋がりを断ち切る術を考えたほうがいい」

「そんなの、やってみないとわからないだろ」

「やる前からわかっている。無駄死にしたいのか」

「…………」

 シーバは唇を噛み、受付カウンターを強く蹴った。ようやく譲歩した彼を一瞥し、イチハナは天井へ銃口を向け、引き金を絞った。

 巨大なシャンデリアを吊っている鎖の端を、弾丸が掠める。バランスを崩しつつもその照明は、極限の状態で留まった。

 イチハナが少女の手首を掴むと、彼女はそれを振りほどく。

「やだ! ここで戦うんだ!」

 抵抗を見せる彼女に、イチハナは目を細めた。

「自分で走らないのなら担ぐが、いいか」

「っ!」

 途端に少女は顔を真っ赤にし、鑑賞フロア内へと走っていった。

 彼女に次いで、シーバも中へ。イチハナもまた扉へと踵を返す。

 ――瞬間。ステンドグラスが一斉に割れ、黒い塊が飛び込んできた。その振動を受け、ゆらゆらと不安定に揺れていたシャンデリアが急降下する。落下したそれは一時的に〝ゼータ〟の道を阻む。

 三人が専用通路の戸を潜った矢先、ガラスの割れる騒音が再び空気をつんざいた。シャンデリアは、薙ぎ払われたらしい。そう推測しつつ、イチハナは二人に続いて階段を駆け上がっていく。青紫色の、細く単調な段差の連なりだ。息荒々しく、ひた走った。

「……追いかけてこないね。もうどっか行ったのかな」

 走りながら、少女がイチハナを振り返る。

「二十四秒間だけだ」


 フィルム保管庫の扉は思いの外分厚く、両手で閉める必要があった。イチハナは呼吸を整え、タマを見た。老人を抱きかかえた状態で、床へぺたんと座っている。青ざめた顔だ。

「じ……じいちゃんが……」

 タマが少女へ、泣きそうな声でそう言った。すると。

『消去しました』

 イチハナの上着のポケットから、声が聞こえた。

「じいちゃん!」

 少女は動かなくなった老人へ飛びつき、その体を揺さぶる。

「じいちゃん! じいちゃん! やだよお……一人にしないで!」

 タマはショックのあまりか、彼女達から目をそらせずにいる。硬直したまま、涙を流した。

「ご、ごめん……俺……なんも、出来なくて……」

「うう……」

 と、少女が恨めしそうな声を漏らす。

「ゆ、許さない……」

 彼女は鉄パイプを握り直し、ゆらりと立ち上がった。

 ――刹那。爆音と共に、奥の壁が無残にも砕け散った。強風と瓦礫が襲い、皆の体を圧倒する。ぽっかりと大きく開いた穴から、刀を振りかざした〝ゼータ〟が姿を現した。少女は曇る視界の中、ぎりぎりと鉄パイプを構えた。

「この、化け物がああああ!」

 声を張り上げ、彼女はそれを目がけて突進した。〝ゼータ〟の刀が、ぎらりと光る。

 打ち上げ花火のようだった。室内に鮮やかな血しぶきが舞い、上下に切断された少女の体がドサッと落ちる。三人の視線は、誘導されるようにその死体へと奪われた。

 イチハナが顔を上げた時にはもう〝ゼータ〟の姿はなかった。辺りには砂埃が広がるだけで、また静けさが戻っている。

「っ、はあっ、はあっ……うっ……」

 肩で息をするタマは、顔面蒼白だ。瞬きもせず、口を押さえた。イチハナは死体を見せないように、彼の前へ屈んだ。

 程なくして、シーバが微笑んで言った。

「心配しなくても大丈夫だよ、タマ。子供には皆、幸せな場所が待ってるから」

 少女の上半身の間近に片膝を突き、まじまじとそれを見下ろす。

「よかったね。大きな月が微笑む空に、これで君も飛んでいけるよ」


 非常階段を下りた三人を迎えたのは、高く澄み渡った秋空だ。

「どうする?」

 シーバがイチハナを見ずに、そう尋ねた。

「残った住民を、MSSの配置が少ない場所へ移動させる。当面はそれで凌ぐ」

「……あ……」

 それまで二人の後ろ、茫然自失の状態でいたタマが、ぽつりと声を漏らす。その瞳は、遠くへ向けられていた。

「こん、な道から……繋がって、たんだ……」

 彼は丘の上を、力なく指さした。

「お……俺が通ってた……中学……。ほら、あれ……」

 イチハナにとっては、それがなんの建物なのかも判別出来ない程に距離がある。しかし、タマは確信を持っているようだ。わずかながら、目に生気が戻ってきている。

「なつか、しい……。……なあ……ちょっと見てきても、いい……?」

 イチハナとシーバは、黙って彼を見つめた。



【続】

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