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ダストボックス-消去しました-  作者: 通りすがりの拓井
第二層:イチハナ編
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第十七話 ゼンヨウ病院②

 建物自体古いとはいえ、診察室は薄黄緑色を基調とした明るく小奇麗な内装だ。かつては子供の患者も来院していたのだろう、部屋の隅にはテディベアや玩具も置いてある。タマと看護師に見守られる中、イチハナとシーバは丸椅子へ座り、医師と向き合った。

「膿んでもないし、大丈夫ね。あと一週間しないうちに、糸もちゃんと体に吸収されるよ。……でもあんた、相っ当悪運強いね~。こんだけの傷負ったら、普通即死よ」

 診察を終えたシーバが、ジャージのチャックを引き上げる。綿を挟んだ鉗子を膿盆に置き、医師は不意に目を伏せた。

「……最後まで、望みは捨てちゃだめ。助かる方法が、見つかるかもしれないから……」

 彼女はそう呟いた後、気持ちを切り替えるように大きく息を吸い込んだ。

「命を粗末にしないようにね!」

 机上にあったバインダーで、彼女はシーバの肩を叩いた。

「った」

 イチハナとシーバの後ろで終始そわそわしていたタマが、ようやく笑顔になる。

「あーよかったあ。二人共元気になってさ。またこれで、三人で〝ノア〟の活動出来るな!」

「〝ノア〟……?」

 と、医師が顔色を変える。

「どういう事?」

「あ、えっと……〝ノア〟っていうのは、グループの名前なんだ。街を綺麗にしたり、喧嘩してる人に注意したり、人助けしたり……皆の安全を守るのが俺達〝ノア〟の仕事。イッチャンが作ったんだよ!」

「待って……あんたもその〝ノア〟なの?」

「うん! 俺〝ノア〟に入って、ほんとよかったと思うんだ。誰かの役に立てるって、すげー嬉しいからさ」

「そう……」

 暗い表情で、視線をそらす医師。対照的に、看護師はきらきらと目を輝かせた。

「す、素晴らしいです……! あなた方のようなお人が、まだいらっしゃるなんて……。あなた方は、この世に舞い降りた天使です……!」

「褒めすぎ……」

 タマが苦笑すると、看護師は我に返ったらしく頬を赤らめた。

「俺、ちょっとトイレ行ってくる。病室戻ったら、これからの事話し合おうぜ」

 彼に続き診察室を出たイチハナとシーバは、言葉を交わす事なく二階へ向かった。しかし、階段を上りきったところで。

「あ、あの……!」

 と、看護師の声に呼び止められた。彼女は小走りで、二人の場所まで追いついた。

「すみません、差し出がましいとは思ったのですが……」

「……」

 一度周囲を見回してから、彼女はイチハナ達へ向き直る。

「あの方、だいぶ症状が重いみたいです。気をつけてさしあげたほうがいいかと……」

「症状? タマに、なにかあるのか」

 イチハナが、すかさず問う。彼女は目を伏せて、つらそうに発した。

「……記憶が、曖昧な時がありますよね」

「…………」

「この数日、あの方を見ていて……感じたんです。恐らく、解離性のものだと思います。強いストレスとかトラウマとか……精神が極限にまで追いつめられて、自己防衛の為に記憶を抹消してしまうという……」

「そんな事が……タマにも?」

「ええ。でも、あの方のものは、最近出てきた特殊なケースだと思います」

「特殊……?」

 看護師が、イチハナに頷く。

「従来のそれとは、少し、症状が違うみたいなんです……。悲しい出来事を忘れるという点では同じですが、それはどうも、睡眠時に関係しているようで……。寝て起きたら、その悲しい出来事の一部……もしくは、全部の記憶をなくしてしまう。……実は、以前怪我でこの病院にいらしてた患者さん全員にも、同じような症状が出ていて……それで……」

「……」

「すみません……証明は、出来ないのですけれど……」

 言葉を一つ一つ繋ぎ合わせるように、彼女はたどたどしく語る。イチハナはその話を、否定出来なかった。

 〝ノア〟を立ち上げてからそう経たないうちに、巷に残忍な事件が溢れ始めた。環境美化という活動は、ゴミ拾いよりも、路上の死体処理を意味する事が多くなった。タマも毎度泣きながら死体を埋葬したり、路面の血を洗い流したりしていたというのに、翌日になれば何事もなかったかのように笑っていた。――イチハナはこれまでの彼の言動を思い返し、納得した。

「あの、これも……私の、憶測なのですけれど……」

 と、看護師が続ける。

「ニヤビ先生が来て下さる前まで、私は一人で患者さんを診ていました。なんとかその方々の……その症状を改善出来ないかと、調べているうちに、一つ……引っかかる事があって……」

「……」

「……今年の八月から、なんです。急に、そんな患者さんが来院するようになったのは」

「国が、分断した頃か……?」

「……ええ。もしかしたら、今後の生活に不安感を抱いた方達が、たまたま同じような病気を、同じようなタイミングで発症しただけかも、しれません……。……けれど、私には……政府によって、仕組まれた事なのかもしれないと、思えてしまって……」

 イチハナが、眉を寄せる。

「仕組まれた? なんの為に……」

「……」

 彼女は俯いたまま、首を横に振った。

「……急に変な事を言って、すみませんでした。ニヤビ先生もあの方の症状に気づいていると思っていたのですが、特にお話しにならないから……。ご友人のあなた方には、伝えておいたほうがいいかと思いまして……」

「……」

「余計な心配でしたら、本当にすみません……。けれど、間違いなくその病気は存在していると感じるんです。恐らく、あの方だけでなくて、ここに残った住民全員に、発症の可能性はあります」

 顔を上げ、彼女は真剣な眼差しでイチハナを見た。

「今まで何人もの同じような患者さんに、私はなにもしてあげられませんでした。……あの方に、これ以上悲しい思いをさせないでください。このまま進行すると、きっと悲しい事だけではなく……なにも思い出せなくなります……!」

 そこまでを聞くと、シーバは黙って病室へ足を向けた。看護師が目に涙を浮かべ、両手で顔を覆う。イチハナは彼女を、しばらく見下ろしていた。


 二人が眠りに就いてから何時間が経過しても、イチハナは様々な考えを持て余し、じっと天井を見つめたままでいた。

「…………」

 おもむろに、ベッドから起き上がる。あの風景を眺めれば、感情の整理がつくだろうか。そう思い、屋上へ向かおうと廊下を歩いた。非常灯が壁や床の水玉模様をぼんやりと照らし、道は仄暗い。

「――イチハナ」

 廊下端の病室を、通過しようとした拍子。そんな声が聞こえ足を止めた。細い光が漏れる扉を、そっと開けてみる。室内は廊下に比べ、ずいぶんと明るい。

「……タキクバさん?」

 無精ひげの中年の男に、イチハナは目を丸くした。曖昧だが、どこかで関わった記憶がある。タキクバの隣には、見知らぬ若い女もいた。二人は黒のスーツ姿、黒のマスクという似た出で立ちをしている。明かりは、その女が持つ携帯電話からだった。イチハナは、すぐに中へと進んだ。

「どうして、こんな所に……タキクバさんも、ここに残っていたなんて……」

「……これがイチハナですか? ふん、すごいですね」

 女は拡張した携帯電話を操作しながら、そうせせら笑った。

「……俺の部下のミナトだ。二人でここに残っている」

 彼達が座すパイプ椅子の前には、もう一脚用意されていた。タキクバはそれを指さし、イチハナは促されるまま着席した。

「早速だが、お前に二、三質問したい事がある。いいか」

 イチハナがおとなしく頷くと、男も頷き口を開いた。

「……お前は〝ノア〟を立ち上げたな。〝ノア〟の観点から見て、今この地域の治安は著しく低下している。そこでお前が選択したのは〝ゼータ〟という最も脅威な原因物質を、排除するという行為だな?」

「はい」

「それはわかる。しかしなぜその過程で、犯罪者達の行いを黙認したり、法に触れるような行動を取ったんだ?」

「え……?」

 タキクバの横のミナトは、携帯電話へ熱心になにかを打ち込んでいる。彼女を一瞥し、イチハナはまた男を見た。

「……タキクバさんは、なぜそんな事知っているんですか?」

「いいから、答えろ」

 イチハナは眉を寄せ、俯く。

「……わかりません」

「わからない?」

「…………」

 今のイチハナにとって、正直な答えだ。これまでどういった行動を取る事が正解だったのか、また今後どういう行動を取るべきなのか。――自分の正義は、なんなのか。

 タキクバはふむ、と顎ひげを撫でた。

「質問を変えるか。……お前の他に〝ノア〟に参加した人間がいるな。あの人間達はなんだ?」

 イチハナはしばらく悩んだ後、目を伏せたまま言った。

「……仲間、です」

「ははっ」

 嘲るような、ミナトの笑い声。タキクバが咎めるように横目で睨むも、彼女は携帯電話を操作する手を止めず、薄笑いを浮かべたままだ。

「やっぱり設定が甘かったんですよ。この国に……」

「それ以上喋ると、後悔するぞ」

「はいはい……」

 彼女が画面を打つ音が、絶えず耳に届く。その様子をしばらく見つめ、イチハナは男へと視線を戻した。

「タキクバさん。俺も二つ、質問していいですか」

「なんだ?」

「……看護師の話では、ここに残った住民はあまりに悲しい事態に直面すると、その記憶を忘れてしまうようなんです。でも、過去のどんな衝撃的な出来事も、俺ははっきりと覚えていて……俺にはなにかしら感情的に、欠落した部分があるのかと……。タキクバさんは、どうです?」

「……欠落……欠落かあ……」

 男は腕を組み、少しの間黙っていた。ギシ、と椅子の背に重心を預け、思案しているようだった。やがて、イチハナを見ないまま渋い顔をした。

「……その症状には、個人差がある。気にする事はない。……もう一つの質問は?」

 間を空けず、男を凝視して問うた。

「どうすれば、残った住民を助ける事が出来ると思いますか?」

 タキクバの視線が、不意にイチハナへ向く。が、すぐにまた彼は目をそらした。

「それは……」

 そう声が落ちたと同時。鋭い物音が聞こえ、イチハナは弾かれたように病室を飛び出した。廊下最奥の窓が割れている。

「…………」

 そのうちに、カラカラカラ……とあの音が近づいてきた。傍の窓から、外へ目を凝らす。

 ――と、ガシャン! 再び窓ガラスが粉砕した。ガシャン! ガシャン! ……廊下の奥からこちらへ迫りくるように、次々と割れていく。

「私達は武器を持ってる。自分で身を守れるわ。ぐずぐずせずに、さっさと行きなさいよ」

 いつの間にか背後に立っていたミナトが、冷笑を浮かべてそう告げる。イチハナは頷き、駆け出した。



【続】

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