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第十一話 センノ区一丁目路地裏②

 翌、午前十一時。朝の巡視を終えた三人は、予定通りプレハブ小屋へと向かった。

「おー! よく来てくれたな!」

 庭先にいた男が、タマ達の姿を見つけるなり歓迎ムード全開で手を振る。

「あれ、君は?」

「……」

 イチハナは男を無視し、携帯電話へ目を落とした。傍の道を、MSSがゆるゆると飛行している。銃刀所持の犯歴が、男の横を通過する際、画面に表示された。

「あ、イッチャンだよ。昨日話したよな」

 無言の彼に代わって、タマがそう説明する。

「おお! あんたがえーっと……〝ノア〟ってやつの創設者! 俺の事助けてくれるんだろ? さあさあ、上がりなよ!」

 四人の男が床に腰を下ろすと、壁の装飾の賑々しさも相まって、手狭い印象を受ける。

「いやー助かるよ。三人も俺に協力してくれるなんてさ」

「おっさん、イッチャンに詳しい事話してよ」

 タマに促され、男は一度わざとらしく咳をして口を開いた。

「おにーさん、モデルガン屋さんをしてるんだけどさ。いつもみたいに、常連客から注文を受けたんだ。二週間前が、その受け渡し予定の日だった。でも、そいつは来なかった。常連だからさ、変だなと思ったんだよ。今まで一度もそんな……約束の日に来ないなんて事なかったからさ。なんかあったのかなと思って、そいつの仲間に連絡してみたんだ。そしたら、そいつの仲間の大半が……もう……死んでて……。話聞いてみると――」

 〝長い刀でやられたような、首、胴体切断。ただの肉塊になっていた〟

「――皆が、そんな酷い死に方をしたみたいだった。俺もいくつか、そういう死体を見た……。きっと皆〝ゼータ〟にやられたんだ」

「〝ゼータ〟?」

 と、シーバが首を傾げる。

「その殺人鬼の事だよ。俺の周りじゃ、そう呼んでる」

「…………」

 何度聞いても、信じたくはない話だ。タマは心音を抑えようと、こっそり深呼吸をする。不意に、斜め前からシーバの笑い声がくすりと聞こえた。

「……やっぱりそうだ。雷の夜に来る、都市伝説の女」

「と、都市伝説?」

 タマはきょとんとして、彼を見る。

 男が身を乗り出した。

「待てよ。あいつらが殺されたのは、雷の日どころか夜でもないって」

「シーバ、その都市伝説ってどんな……」

「――単に」

 イチハナがたしなめるように、声を挟む。

「単に、異常者が殺し回っているだけだ。話を脱線させるな」

 シーバは面白くなさそうに、顔を背けた。姿勢を改めて、男がイチハナに言う。

「……まあ、幽霊でも人間でもなんでもいいけどさ。被害者が出てんのは事実なんだ。そいつをどうにかしてほしい」

「……でもさ」

 と、タマは男に眉を下げた。

「俺達も勿論、協力出来る事はするよ。でもそんなにひどい事件なら、とりあえずケーサツにも話……」

 言いかけて、ぎくりとした。隣からイチハナの視線を感じ、口をつぐむ。余計な事を言ってしまうところだった。

「ケーサツって、ほんとに動いてると思うか?」

 と、男が思案げに腕を組む。

「なぁんか最近、人為的な取り締まりが減ったような……。MSSだけが動いてるような……。ま、この国の体制自体大きく変わったんだし、違和感あるのはそのせいかもしんないけど」

「そ、そーそー!」

 警察組織が働いていない事が広まれば、更に街の秩序が乱れてしまう。タマはそれを思い出し、男へ多めに頷いてみせた。

 シーバが試すように、イチハナをちらりと見る。やがてイチハナは言った。

「……わかった。引き受ける」

「やった!」

 と、男は小さくガッツポーズする。

「ん~、おにーさんも男だ! 報酬は弾むからさ。バシッとあいつ捕まえてくれよ!」

「報酬はいらない。俺達は善意でやっている」

「そういうのは、素直に貰っとけばいいの! 俺の仲間にもさ、〝ノア〟の事宣伝しとくから。きっと皆協力してくれるよ」

「……。ところで、その事件現場にMSSが配置されていたかどうかわかるか?」

 イチハナの問いに、男は首を捻った。

「えっ、MSS? どうかなあ……。俺が見た場所になら、あったと思うけど……。あの物体って動くからさあ、配置されてたといえばされてるって感じだし……」

「…………」


 街並みが、柔らかな夕日に包まれる。男が食事を用意すると言ったので、それまでの間三人は付近を見回る事にした。石ころを蹴りながら歩くシーバの少し後ろ、イチハナとタマは並んで進む。

「ありがとな、信用してくれて」

「……」

 タマの笑顔に応えず、彼は周辺のMSSと携帯電話とを交互に確認する。

「あのプレハブ小屋自体は、MSSから完全な死角になっている。庭先や正面道路は感知範囲内だが、それでもこの辺りは他のエリアと比較すると、極端にMSSの配置が少ない。あの庭も、三十四分ごとに十分間も死角が出来る。()()を営むのに、都合のいい場所を見つけたものだ」

「ほんとイッチャンすげーよ。MSSの事、どうしてそんなにわかんの?」

「周りのMSSの位置や数と、住民のデータが携帯電話に表示されるタイミングでわかる」

「……」

 タマは眉をハの字にし、そのうちシーバの石蹴りに加わった。


 プレハブ小屋へ戻るなり食欲をそそる香りに迎えられ、タマの腹が鳴った。小さいローテーブルに、彩り豊かな料理が隙間なく並んでいる。

「君達が来てくれると嬉しいよ。メシの作り甲斐あるしさあ! 好きなだけ食ってきな」

 タマは目を輝かせつつ、床へ腰を下ろす。

「すげー! おっさん、無駄に料理うまいんだな」

「おにーさんね! あ……そうだ。デザート……デザートも食うだろ? ちょっと収穫してくる」

「えっ?」

「あっちの草むらで、おにーさん家庭菜園やってるから。ちょっと待っててな!」

 男は爽やかに笑み、鼻歌混じりに小屋を出ていった。

「…………」

 見た目とは不釣り合いな男の家庭的一面に触れ、三人は一時的に無言で扉を見つめてしまった。真っ先に気持ちを切り替えたらしいイチハナが、携帯電話を拡張させる。アプリケーションの地図上――現在地から一キロメートル程離れた地点に、六つの赤いマークがついている。重犯罪者の目印だ。

「イッチャン、なんか変化あった?」

「……犯歴のある人間が集まっている」

 イチハナはその場所を拡大し、タマへ携帯電話を見せる。しかしタマが確認した瞬間、一斉にその赤い印は消滅した。

「……あれ、消えた……? イッチャン、これって……」

「……どういう事だ……」

 二人の目が、画面へ釘づけになる。シーバも首を伸ばし、それを覗き込んだ。

 その時だ。小屋の扉が、バンッと大きな音を立てて開き、血相を変えた男が駆け込んできた。

「き、き、来た!」

 男は肩で息をし、裂けそうな程に目を見開いている。

「見た! あ、あ……あいつ! 俺の目の前で何人も殺された! 俺の、俺の、目の前っ……!」

 パニック状態だ。男は引っ掻くように、イチハナとタマへしがみついた。そのはずみで、携帯電話が手から滑り落ちる。

「まだ、いるかも! こっそり逃げてきたつもりだけど、追っかけてここに来るかもしれない! 逃げたほうがいい!」

「いや、下手に動くと相手のペースにはまる。迎えうとう。そいつの身体的特徴は?」

 イチハナが、男を振りほどくように立ち上がる。次いで他の者も、彼へ並んだ。

「と、特徴……ええと……えっと……な、長い髪で、黒くて……長い刀を二本持ってた! すごい跳躍力と俊敏さがあって……えっと……」

 男の緊張感が、タマにも伝染する。鼓動が猛烈に加速していく。

「な、なんかもっと他にねーのかよ!」

「一瞬だったんだ! わかるわけないだろ!」

 慌てふためく二人の傍ら、イチハナは壁へと視線を向けた。

「……ガスガンを一丁借りたい」

「え?」

「狭くて天井の低い場所なら、長刀は不利になる。こんなものでも、相手に隙を作る事くらいは出来る。お前達は隠れていろ」

 シーバが、イチハナの隣まで移動する。閉じられた扉を、好戦的な眼差しで見やった。

「ぬるい事ほざくな。僕が殺してやるよ」

「俺が見ている前で、犯罪行為に及ぶ事は許さない」

「イチハナが見ていない所でなら? お前の正義なんて上っ面だけだろ」

「……なにが、言いたい?」

「わかってるだろ?」

 彼達の刺々しいやり取りから、タマは意識が離れない。程なくして男が割り入り、イチハナに言う。

「ま、待て! そんなのより、もっといいやつ貸してやる!」

 男は転げるようにキッチンスペースへと向かい、シンク下の戸に手をかける。すると。

 カラカラカラ……。

 遠くから、金属を引きずるような音が聞こえてきた。

「なんの音?」

「き、来ちゃった……」

 その場で男が硬直する。

「……」

 タマはふと、足元へ目が行った。テーブルの傍に、イチハナの携帯電話が落ちている。拾おうと手を伸ばしかけた時、外から断末魔の叫びが聞こえ、タマの心臓は大きく跳ね上がった。

『消去しました』

 携帯電話が、そう発する。住民三人のデータが表示され、消えた。

「……」

 しばらくの後、また辺りは静けさを取り戻した。

 動じるふうもなく、シーバが扉を開け外を見渡してみる。なんの姿も、気配もない。

「誰もいない」

「はあ……。ああ、ああ……」

 男は溶けるように脱力し、開きかけていたキッチンカウンターの戸を閉じた。

「見たのは、本当に〝ゼータ〟だったんだな?」

 と、イチハナが男を振り返る。

「ま、間違いない! 素早さ、身のこなし……あんな殺人鬼、他にいるわけがない!」

「な、なあ、でもさ……」

 緊張の解けない中、タマは拾い上げた携帯電話を見つめた。

「さっき……データが消去されるちょっと前……マップにGPSの赤い印、出てなかった」



【続】

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