名前には全てワケがある
演習場に入ると、熊のようなロベルト副団長は練習用のレザーアーマーを着け、模擬刀をブンブンと振り回した。それを横目に見つつ、入念に準備運動をして、軽く模擬刀を振ってみる。少し刃が薄いが、いつも使っているものとあまり変わりは無さそうだった。
「で、で、殿下! 丈は合わないかもしれませんが、しょ、小官の防具があります! 差し出がましいかと思いますが、お使いになりますですか!」
馬から降りて緊張しいになったスミスさんが
そう申し出てくれた。せっかく汗を拭ったのに、また緊張で冷や汗を掻いている。こっちの方が感じがいい気がするのは、爽やかな方に負かされたからだろうか。
「いや、せっかくの申し出はありがたいんだが、僕は手合わせで防具を着けないタチで…」
「それは困りやす。王子サマに傷を付けたとあっちゃ、俺が団長に殺されちまうよ。なんか着けてくれや」
対戦相手のロベルト副団長が声を上げた。どうやら顔を顰めているようなのだが、お髭と髪が凄すぎてよく分からない。強面の熊さんだ。
昔実家にあった熊のぬいぐるみもあんな焦げ茶色でけむくじゃらだったなぁ、と思いつつスミスさんのレザーアーマーを借りた。もちろん丈は長すぎてワンピースみたいになった。動きづらい。
しかしスミスさん以上に身体が薄い人はいないみたいだったので、仕方なく、そのまま模擬試合をすることにする。私が動きにくそうにしているのを見て、ロベルト副団長は申し訳なさそうにしていた。スミスさんはちょっと誇らしげだ。
「あー、何か余計なこと言っちまったかな…。とにかく、早く始めやしょう。俺は、ロベルト・コント・ベルマーレ。第三騎士団の副団長をやっておりやす」
ん? コントって名前に付くってことは、伯爵家の人って意味だ。つまり、ロベルト副団長は伯爵家のお身内なんだろう。ちなみにロワは王家の、という意味です。庶子でも、臣籍降下しない限り付くんだ。
「では、ベルマーレ伯の…」
「三男でありやす」
おおう、めちゃ直系のお身内でした。何で山賊口調なのかは後で突っ込ませてもらおう。
レザーアーマーのせいでだいぶ動きづらいが、まだ重くないだけマシだろう。ポジティブに考えながら片手で剣を顔の前に構えると、ロベルト副団長も仁王立ちになって剣を構えた。
「どちらかが降参と宣言するか、倒れたり膝をつけば終わりです。くれぐれもやりすぎないように。大きな怪我をしそうになれば介入致します。では、よーい…はい!!」
さっきと同じ審判役の人が始まりを宣言すると同時に、私が先に仕掛けた。この装備でどれだけ動けるか、向こうがどれだけ動くか確認するためだ。
私が突っ込むと同時にロベルト副団長が剣を薙ぐ。私はそれを見てから間合いを取ったが充分に間に合った。速度は大したことは無い。しかし、威力は凶悪そうだった。
私の反応を見て、ロベルト副団長は少し瞠目した後、楽しそうにニタァと笑った。剣撃より凶悪な笑みだ。とても伯爵家の坊ちゃんには見えまい。
その後もしばらく様子見と言っていい攻防が同じように続いたが、ロベルト副団長は少しずつ速度を上げつつ威力は落とさなかった。やっぱり初撃は手を抜いたんだろう。このまま逃げ回っても面白くないので、そろそろ打ち合うことにした。
しかし、そうは言っても相手は体格のいい豪腕だ。このまま打ち合っては私のか弱い腕はイかれてしまう。打ち合う瞬間に相手の馬鹿力を受け流すようにして打ち合いを始めた。
「おい、王子サマ。アンタ相当強いな。城から出たこともないだろうに、どうなってやがる」
「副団長は口が相当悪いな。伯爵家の教育はどうなってるんです?」
ロベルト副団長を煽り、この!、とムキになった瞬間に副団長の剣撃の力を利用して、剣を返し、相手の剣を絡め取るようにした。
「!!」
しかし、そこは歴戦の副団長。一瞬で剣を持ち替え、無理矢理剣をぶん回して私の攻撃を離脱する。あの攻撃は見切られてしまったので、ぶん回した剣を足場にさせてもらい、跳躍してもう一度間合いを取った。
「なんだあれ…、猿かよ…」
外野が呆れたように呟くのが聞こえる。そこは猫に例えて欲しかった、と思いつつ、副団長にもう一度向かい合った。
そこからは、スピードで押す私と力押しの一撃を狙う副団長との勝負になった。私が真剣ならとっくに死んでいるほど多くの斬撃を叩き込んでも、副団長はビクともしない。私はスピードを優先しているし、力がないので一撃が軽い。副団長は急所への斬撃だけガードし、後はアーマー頼りで耐えていた。一方、速さに劣る副団長は力が強いので、私に一発入れれば終わるのだが、その一発をちょこまかと動く私に入れられず、焦っていた。
お互いに決定的な一撃を入れられない膠着状態に陥り、私はだんだんイライラとしてきた。レザーアーマーのせいで動きづらいし、お互い大きな怪我をさせないという制約のせいで、下手に急所に攻撃を入れられないのだ。しかしそれは相手も同じだろう。…何か、何かないだろうか。
「!」
唐突に良い案を思いつき、策を見破られる前に実行に移す。また副団長と間合いを詰めて、剣の打ち合いに持って行った。
「…また、剣を絡め取る気か?俺は同じ手には乗んねーぞ!」
「さぁ? どうかな」
不敵に笑い、フェイクとして足技も織り交ぜるていく。相手は私の策に警戒し、慎重に打ち合いを続けて行った。
「よし!! これで終わりだ!!」
私は真上に跳躍し、剣を大上段に構えて力一杯振り下ろした。
「馬鹿が! 見切っているぞ!!」
副団長もすぐに対応し、防御の構えを取る。もちろん、剣を使って。
バキンッ!!
私の渾身の一撃は、狙い違わず先ほどから攻撃していた部分にあたり、副団長の剣を破壊した。
「あら?」
しかし、自分の剣も中折れしてしまっていた。いつもより刃が薄いのが悪かったのだろう。この場合は、引き分けになるのだろうか…。
しばらく放心して自分の剣を見つめていると、呆気に取られたのか、副団長も審判も誰も声を発さなかった。そんな中、しんと静まり返った外野から、聞き覚えのある声が聞こえた。どうやら第一騎士団の団長の声だ。
「……だから、猿みたいな身のこなしで、いざという時馬鹿力を出すからゴリラ。異名の由来はそう聞いたぞ」
とりあえず、剣を替えてもらったらアイツ殴ろう。