急がば回れというが、近道した方が普通は早い
私の突然の提案に、は?、と応えたきり固まるネッド団長。まぁ、脈絡もないことだし、しょうがないだろう。
「……殿下、今の提案は正気で? 俺は今から出発だと申し上げたのだが」
「もちろん正気だし、聞いていたさ。しかし、ネッド殿は実力を示してみろとも言った。だからこその提案だ」
「何も今、ここでなくとも、討伐中に見せていただければよろしかろう。……今ここでこうしている間にも、山賊の被害にあっている人が出ているかもしれない。今は少しでも先を急ぐべきかと」
「しかし、貴殿は少し僕を子供扱いし過ぎている。僕の乗馬や剣の腕前が分かれば、僕を気にして必要以上に馬の速度を緩めたり、護衛に気を揉んだりする必要も無いだろう。そうなれば、ここで腕試しに取られる時間以上に早く到着できるかもしれない。どうだろうか」
渋面を作るネッド団長と向かい合い、内心冷や汗を流す。そりゃそうだ、完全に私は難癖つけてるだけだもの。今回討伐で向かうのは、王都の遥か北、タドレス山脈ふもとの村々だ。タドレス山脈は神聖ルーナ帝国と我が国を分断する山脈で、交易には海から行くルートが主体だが、山を越える隊商も存在するため、その隊商が辿る大きな街道と街がある。しかし小賢しい山賊はそれらには決して手をつけず近辺の村々から襲い始めたため、初動が遅れ、すでにかなりの被害が出ていると報告書で読んだ。
しかし、現地と王都は遠い。馬を乗り潰す勢いで昼夜なく駆けても一週間はかかるだろう。私に配慮して進めば、半月以上はかかってしまう。それでは、わざわざ迅速な騎士団を派遣する意味がない。私のためにも、討伐のためにも、ここで私の腕前を見せつけるしかなかった。
しばらく睨み合っていると、ネッド団長は折れたように重いため息を吐いた。
「………それが王太子様の命令とあらば、従うしかあるまい。しかし腕試しは、迅速かつ安全に行い、終わり次第すぐに出発させて頂く。……スミス!替え馬の鞍を殿下のものに変え、自分の馬も引いてこちらに来い。お前が殿下と早駆けをするのだ。ロベルト!刃を潰した模擬刀をふた振りここへ。副団長であるお前が殿下のお相手をしろ。早駆けの後に模擬試合だ」
「ご提案を呑んでいただき、感謝する。ネッド団長ではなく、お2人が僕のお相手を?」
「俺は本当に手加減が苦手なので。しかし2人の腕は俺が保証を致します」
少しして現れたのは、馬を二頭引くのっぽで少しおどおどとした男の人と、ふた振り模擬刀を引っさげた、大柄で熊のような男の人だ。先の命令から察するに、のっぽがスミスさんで熊のような人がロベルト副団長だろう。早駆けが先のようなので、スミスさんに近付いた。
「無理を言ってすまない。あなたが早駆けの相手だろうか? よろしくお願いする」
「……あ、あ、あ、あの! しょ、小官はサイラス・スミスという者であります! せ、僭越ながら、殿下のお相手を務めさせていただくことにありました! あ、いや、なりました! ど、どうぞ、よろしくお願い申し上げますです、はい!」
とりあえず、スミスさんがめちゃくちゃ緊張していることは伝わった。いつかの私よりもさらに変な言葉遣いで、敬礼のポーズのまま固まっている。純朴そうな、優しげな顔は青褪めたまま強張り、鼻と頰に散った雀斑がよく目立った。私と同じく珍しい赤毛だ。反応に困ってネッド団長を見ると、渋面を作った団長は腕を組んだまま顎をしゃくった。
「殿下。スミスは緊張しやすいが、馬に乗れば落ち着くのでご安心を。……おい、スミス。殿下をお待たせするな。早く馬に乗れ」
「ひゃ、ひゃい! お待ちを!」
そう言ってスミスさんはもたもたと騎乗するのにも手間取っていたが、騎乗した途端すっと背筋を伸ばした。地上にいた時よりも遥かに大きく見える。先に騎乗していた私に向かって振り返った。
「お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありません。第1小隊を預からせていただいております、サイラス・スミスと申します。以後、お見知りおきを」
そう言ってニッコリ笑った笑顔は、朝の光にも負けない爽やかさだった。……何? 二重人格なの?
「スミスは第三騎士団一腕のいい騎手なのだが、緊張しやすくてな。馬と共に育ったからか、馬に乗ると緊張が解けるそうだ」
んな馬鹿な。100歩譲って緊張が解けたとしても、性格変わってますやん。
「では、早駆けを致しましょう、殿下。ここでは狭いので、城の正門前でお待ちしております」
言うなりキラリと歯を輝かせ、爽やかスミスさんは馬を操って駆け抜けていった。私はしばしポカンとしていたが、我に返ってその後を追いかけた。
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「では、正門前からぐるりと城を一周し、また正門前に来るまでの時間を競いましょう。危ないので、相手や馬にちょっかいをかけるのは無しです」
正門前でスミスさんと轡を並べて団長を待っていると、審判役なのか、第三騎士団の人がルールらしきものを説明する。いつのまにか野次馬達も移動して、馬の砂塵がかからない場所で物見高く見ていた。何故か第一騎士団の副団長が、訳知り顔で私に近付いた。……アンタもいたんですね。
「サイラス・スミスは本当に凄腕の騎手ですよ。人馬一体という言葉は彼のためにあると言っても過言ではありません。代わりに剣はからきしですが。…大丈夫なんですか、殿下」
おそらくサボりと思われる副団長に心配された。私の心配をするくらいなら仕事に戻れと言いたかったが、一応私のためを思って言ってくれたんだろう。多分。
形ばかり副団長に礼を言い、しっかりと手綱を握りしめた。別に勝つために競走するのではなく、自分の腕前さえ認めて貰えればいいのだが、勝負するからには勝ちたい。今回の相棒となってくれる替え馬の子の馬首を軽く叩いて声をかけてから、騎乗の姿勢を整え、太腿に力を込めた。
「……ではお2人とも、準備はよろしいですか。よーい!…はい!!」
スミスさんと私は馬首を並べて同時に駆け始める。最初は同じように走っていたのに、気がつけば少しずつ少しずつ距離を離された。スミスさんは乗り馴れた自分の愛馬で私の子は初めて乗る替え馬だ。その差は大きいだろうし、悔しいが乗り手の差もあった。
スミスさんはほとんど手綱や鞭を使わず、馬と呼吸を合わせ、身体の傾きや拍車だけで馬を制御しているようだった。野次馬の目が届かなくなる頃には、すでに15m以上引き離されていた。もう、これでは挽回は無理だろう。………普通に走る分には。
「どうどう、いい子だ。ほら、こっちだよ」
早駆けが城の周り一周だと聞いて、内心ガッツポーズをしていた。ここはお城。要するに私ん家である。ショートカット経路などいくつも浮かぶのだ。留守がちな第三騎士団なら思い浮かばないだろう。私はスミスさんが振り返らないことをよく確認してから、替え馬の子に声をかけ、中庭へ続く茂みへと駆け抜けた。
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「ふふ、近道をすればさすがに勝てるだろう」
こっそり中庭を通って城の裏手に回った。あんまり近道し過ぎるとさすがに怪しまれるので、ほどほどにしないといけない。自然に抜ける道を探していると、全速力で走る馬の足音が聞こえてきた。
「げ、あの人もう追いついて来たのか。なら、もう少し先じゃないとな…」
しかし、その後抜け道を探せど探せどすぐ追いつかれる。こっちは近道してるのになんで追い詰められてるんだ。人間じゃねぇ、と冷や汗をかきつついいコースを探し続けた。
とうとう正門まであと少し、というところで私は諦めて、正常なコースに戻ってゴールした。結果?…もちろんスミスさんの勝ちである。
正門前で人馬ともに爽やかな汗をかき、爽やかな笑顔を振りまいているスミスさんに追いつくと、スミスさんは私にも笑顔を向けた。眩しい。
「いやー、びっくりしました。驚くほど殿下は乗馬がお上手ですね。差をつけるまで結構かかりましたし、かなり差をつけたと思ったのに、ゴールの時間差もほとんどありませんでしたね」
そう言って爽やかにハハハと笑った。すごい。ナチュラルに見下されたのに爽やかだ。眩しい。
ここまでくるといっそ悔しささえ感じず、目を眇めて見つめていると、またまた訳知り顔で第一騎士団の副団長が私の肩を叩いた。
「そんなに肩を落とさないでください。騎士団入隊時の腕試しの早駆けでも、私を含め多くの者が大差をつけられたのです。殿下は健闘した方ですよ」
「…ちなみにどれくらい?」
「…………周回遅れでした」
勝手に答えて勝手に思い出し落ち込みをしている副団長を置いて行くと、ネッド団長が寄ってきた。
「…思っていたよりもずっとお速いようだ。しかも、汗ひとつ掻いていないとは素晴らしい」
ネッド団長の鷹のような目は、汗いっぱいのスミスさんを見てから、近道しまくったためほとんど汗をかいていない私と替え馬を見つめ、皮肉げに目を細めた。バレテーラ。
「これなら我が騎士団の強行軍にも耐えられそうで良かった良かった。……では次は模擬試合。正々堂々と勝負致そう」
ネッド団長の言葉を聞いた途端、周りにいる第三騎士団の人達から小さく呻き声が上がった。それを眼力で黙らせるネッド団長。めちゃ怖い。
ネッド団長との手合わせじゃなくて良かったと安堵しつつ、ロベルトさんから模擬刀を受け取り、演習場へと向かった。




