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偽物王子は今日も溜息をつく  作者: あみこ
第2章 ローランド公国
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はじめての船旅

「うわぁー!! すごい!! 速ーい!!」


キラキラと初夏の日差しが降り注ぐ洋上。熱気を孕んだ風を帆いっぱいに受けて、素晴らしい速さで船が進んでいく。舳先が波を割るように進んでいくのを初めて見た私は、甲板に貼り付いてその様を飽きることなく見つめていた。


「殿下、下々がいる前でそのような御振る舞いはおやめください。馬鹿がバレます。また悪評が増えますよ」

「積極的に悪口言ってるお前が言うな!!」


お世話役として私に張り付いていないといけない鉄仮面侍従は、この陽気だというのに黒い燕尾服に似たお仕着せをぴっちりと着こなしている。見ているだけで暑苦しい。本人も辛いらしく、いつもの何割増しかで口が悪かった。というのも、どんなに促しても私が涼しい船室に引っ込んでくれないせいで、お付きのこいつも暑い甲板にいないといけないからだ。もちろん私はワザとやっている。……フハハ、我慢してる、我慢してる。日頃の恨み、思い知るがいい!


「………殿下がそのおつもりでしたら、私にも考えがあります」

「は? 何だよ、その考えって」


優位に立てているのが嬉しくって、侍従にへらっと笑いかけると、彼もにこりと笑い返した。

……鉄仮面侍従が笑った!? これはマズイかもしれない。


「実は私、王妃様付きの女官の1人と仲が良くてですね、今度殿下の話を聞きたいと…」

「ウァァ、ヤッパリ暑イナ! 船室二戻ッテ冷タイオ茶デモ飲ムカ!」


急いで鉄仮面侍従の背を押して船室へと向かった。これはしばらく根に持たれるかもしれない。冷茶のありかを頭の中で探しながら、2人で眩しい甲板を後にした。



++++



あの王弟殿下との秘密面談の翌日、私たちはローランド公国へと旅立った。今回は鉄仮面侍従が付いてきてくれるので、楽な旅だと思ったが、すぐにその考えを撤回するハメになった。トーナメントの観覧に、陛下だけでなく王妃様まで参加することになってしまったのだ。陛下と私だけだと聞いてたのに。それを聞いて、旅支度の手が止まってると、すかさず侍従に小突かれた。


「誰のせいでこんなギリギリに支度するハメになったと思ってるんですか。キリキリ動いてください」

「いやだって、こんなに荷物要らないだろ。トーナメントの装備と、パーティー用の一張羅さえあれば、あとは適当な服があればいいじゃん。宮廷にいるわけでもないし、今は初夏だから薄着でいいしさ」

「何を言ってるんですか。王妃様も一緒に旅を

なさるんですよ。そんな草臥れた格好でいたら、また悪評を立てられてボコボコにされます」

「さらっと僕の普段着を馬鹿にするな!」


そんなわけで、無駄に多い荷物をお供につけて、私たちロイヤルファミリーはローランド公国へ向かった。特に王妃様の荷物が多い。馬車二台分はある。なんだろ、引っ越しでもするんだろうか。そんな大荷物で陸路を行けば余計に時間がかかるため、私たちはローランド公国まで船を使って行くことにした。


これは実のところ一番いい案だった。我が国は前に言ったように四方を山と海に囲まれた小国で交易が盛ん。王都も港を臨む高台に築かれているほどだ。つまり、海路も発達している。一方、ローランド公国は騎士の国と言うだけあって平地がほとんどを占めるあまり海に面していない国なんだけど、トーナメントが開かれる場所はその数少ない港の近くにある。トーナメントの規模が大きくなるにつれ、場所の少ない公都から外国のお客さんも来やすい港の近くに移したのだ。


海路なら、都合よく吹いてくれる季節風を捕まえて王都から1週間弱でトーナメント会場に着く。はじめての船旅に、何より陛下と王妃様との気詰まりな旅が思ったより短いことに、私は手放しで喜んだ。



++++



「退屈だー、退屈だよー」

「何ですか、騒々しい。あんなにはしゃいでいたというのにどうされたんですか」

「だって何にもやることないんだ、飽き飽きだよー」


船旅から3日目。もう私は船の旅に飽きてきていた。1日、2日目こそ初めて見る船や海に興味津々だったものの、すぐに飽きてしまった。王妃様達がいるせいで、自由に船内を見て回れないのも原因かもしれない。


「せっかくですし、時間が余ってるならお勉強されてはどうですか」

「悪いが勉強道具の類は一切持ってきてはいない」

「……そんなどうしようもないことをキリッとして言わないでください。それなら、トーナメントの日程をもう一度確認されてはどうですか」

「えー、もう何回か確認したよ」

「殿下でしたらあともう何回か確認した方がいいですよ」

「どういう意味だよ、それ」


文句を言いながら、鉄仮面侍従が押し付けてきたうっすいパンフレットを開く。ローランド公国の紋章が捺された装丁が立派なそれは、来賓用のトーナメントのパンフレットだ。ジョスト・トーナメントの歴史とか、ローランド公国のPR以外の内容はうっすい。一応トーナメントの日程として、開会式や来賓のパーティー、種目別の予戦、本戦の日時は載っている。しかし、出場者の情報は名前と出身地以外載っていなかった。もちろん途中で出場の決まった私の名前なんてない。それによると、トーナメントはだいたい1ヶ月かけて行われ、最初の1週間で各種目の予選、次の2〜3週間目で各本戦、最後の1週間弱で各種目の決勝が行われる。そのため、最後だけ観に来る客も多いと聞いていた。陛下は観戦といっても丸1ヶ月も国を空けていられないため、来賓のパーティーだけ参加したら一度国に戻り、決勝と閉会式にまた来ると聞いている。なので、ここにずっといるのは王妃様と出場者の私だけだ。


「会場の街に着きましたら、予定では翌日が来賓を迎えた夜会になります。残念ですが、もう開会式は終わった後ですね」

「それはしょうがない。王妃様が参加することになって予定が狂ったからな」


さっきトーナメントの日程を話したが、実は私達が着く頃にはもう開会式は終わっている。私がトロール討伐を終えた後ももたもたしていたのは、王妃様の参加が急遽決まったのでその日程調整の為に色々大変だったみたいだ。そう思うと私が神殿に行く時にお忍びらしい王妃様と会ったのがなんだか変に思われるが、王妃様関係は私にとって鬼門だ。関わらないようにしとこう。


開会式の後には各種予選も来賓の夜会の前に行われるのだが、私達はどちらも欠席だ。私は出場者なのにいいのかと思ったけれど、私の出場がもともと陛下と選帝侯によるコネなのでいいらしい。すごく反感を買いそうだ。


「そんなにお暇なら、身体でも動かしてはいかがですか? 夜会の後に本戦はすぐ始まってしまいます、練習の時間はあまり取れませんよ」


確かにトロール討伐からこっち、なかなか鍛練の時間は取れていない。鉄仮面侍従にしてはいいことを言った。思いついたら早速ということで、建国王の剣をとって甲板へ向かおうとした。


「ぐえ"っっ!!」


その途端、首が絞められて蛙が潰れた様な声が飛び出る。とても王太子ファンの皆さんには聞かせられない汚い叫びだ。鉄仮面侍従の野郎が私のリボンタイを力任せに引っ張ったらしい。


「……そんなものを持ってどこに行かれるおつもりですか。何をなさるおつもりです?」

「ウェホッ、ゲヘッ、ガハッ……、何をするはこっちのセリフだ!! 何をするも何も、甲板に鍛練しに行くだけだよ! お前が勧めた通り!」

「どうやって?」

「そんなの決まってんだろ、暇そうな人を見つけて鍛練に付き合ってもらうんだよ。打ち合ったりして」


鉄仮面侍従は当たり前のことを聞いてくる。私が師範と一緒にやってきた打ち合いや組み手などの鍛練はよく知っているだろうに。最近は私しかいなかったので素振りしか出来なかったが、せっかくこれだけ人がいるのだ。誰か一人くらい鍛練に付き合ってくれる護衛か船員か誰かいるだろう。


「……はぁー、そんなことだろうと思いました。いいですか、殿下。あんな無茶苦茶な鍛練に付き合えるのはごくごく一部なんです。まともな人間には無理です。護衛も船員も休憩とて仕事の内なのですから、無理につき合わせるのはおやめください」

「無理になんか付き合わせないよ! それに模擬戦をするわけじゃない。ちょっと打ち合うだけだ!」

「王太子であられる殿下の頼みは命令も同様です。お願いですから、“王太子が船上で護衛を手討ちに” なんて醜聞は勘弁してください」


そう言って侍従は剣を私から取り上げ、代わりに木製の棒を持たせた。木刀でも何でもなく、ただの棒だ。長さは剣くらいの。何でこんなもの持ってるんだ。


そうして私を猫の子でも放るように船室から出すと、そのまま鉄仮面侍従は船室に引っ込んでしまった。もう暑い甲板には出たくないのだろう。あいつ本当に私の従者なのかな。


あいつが私の鍛練の相手になれば万事解決じゃなかろうか、と思いつつ一人で甲板へと向かった。



++++



「ふんっ!! えいっ!!」


甲板に出てただの棒を振ってどれくらい経っただろうか。木刀でも何でもないただの棒を振る私に、周りの船員たちは最初変人でも見るような奇異な眼差しを向けていたが今はほっといてくれている。ただ単に触れないようにしているのかもしれないが。でも正直ただの棒であって剣ではないのであんまり鍛練にならない。棒が剣に比べて軽すぎるのだ。大して運動にもならない。そろそろ素振りもどきにも飽きてきて、組手くらいなら誰か付き合ってくれないかな~、と周りにチラチラ視線を送っていると、屯している船員を見つけた。おそらく休憩中なんだろう。近寄ってみると話し声が聞こえてきた。しかも私の名前が出ている。どんな話なのか気になり、悪いと思いつつも盗み聞きをしてみることにした。


「……それで街に着いたらどうするんだ。休暇をもらえるといっても観戦はできないぞ。俺らはチケットなんて持ってねえし、今からチケットなんて買えるわけもねぇ。あの街にはトーナメント以外何もないんだろ」

「だから言ったろ? あの街での最大の娯楽は観戦じゃねぇ。賭博だ。賭場なら出入りにチケットなんか要らねぇからな」


ちょっとガラの悪そうなおじさん船員2人が主に話していて、他の若い船員たちはその話を聞いているようだった。おじさん船員のうち片方はジョストに何回か行ったことがあるのか詳しそうだ。これは話を聞いた方がいいだろう。


「あそこの賭場はトーナメント中にしか開いてないんだが、国が黙認してるからかすごくでけぇ。おまけに優勝者が決まるまでは期間中いつでも賭けられるんだ。ま、試合が進むにつれて掛け率はもちろん下がるがな。賭けの対象が出場者だから、その連中についての情報をまとめた冊子さえ売ってるくらいだぜ。黙認というより、国が運営してるようなもんだな」

「じゃあ、一山当てたかったら早く賭けるしかねぇな」

「その通りだ。ウチの王子サマはまだ無名だからきっとスゲー掛け率だぞ。だけどあの人は結構上までいけるとは思うぜ」

「なんせ、一人でトロールを三枚におろしちまったって聞いたからな。よし、俺はウチの王子サマに期待するぞ! 大穴狙いだ」

「俺もそうするか! んじゃあ、港に着いたら “宵の明星亭” に集合だ。あの裏からなら賭場に近いからな。ついでに殿下の前祝いでもするか!」

「俺にも一口のらせてください!」

「俺も行きたいっす!」


私は盛り上がっている船員たちに気づかれないようにこっそりとその場を離れた。 “宵の明星亭” ね。ううん、いいことを聞いた。


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