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偽物王子は今日も溜息をつく  作者: あみこ
第1章 マーレイン王国
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噂ほど当てにならないものはない

「あの、叔父様が大常卿なら、何故僕の問い合わせにお返事を下さらなかったのでしょうか…?」


いきなりの新事実に頭が痛くなりそうだが、まず一番気になるところを聞いてみる。王弟殿下が意図的に握りつぶしているのだったら無意味な質問だが、それならわざわざここに来ないだろうし。むしろ、好機だと思って色々聞いてやろう!


王弟殿下は私の質問に面食らったかのようにパチパチと目を瞬かせていたが、あーなるほど、それでね、と納得したように呟いた。


「悪いけど、フラン。お前の問い合わせは私の元には一切届いていないよ」

「嘘だ、だってあんなに!」

「嘘だったら私はわざわざここに来ていないよ。妨害者はどうやらお前の傍に居るみたいだね。それで? 神殿側の最高責任者たる私に何が聞きたいかな?」

「…トロールとこの剣、そして僕の預言について教えてください」

「話せる限りは嘘偽り無く話すと約束しよう」


それならまず、トロールの件について、と王弟殿下は口火を切った。


「トロールの件は、男の遺体と山賊の尋問、そして目撃者たるお前とアランという騎士の証言だけが手がかりだからね。こちらとしてもあまり多くは分かっていないんだ。本物の呪いや魔女といった神秘の事件もここ数十年起きていないし。しかし、生き字引のような神官たちの協力のおかげで、ある程度分かったことがある。お前が打ち倒したトロールは、あの男の遺体が変異したものではない。違う場所にいるトロールを召喚したものだという。これを見てごらん」


そう言って王弟殿下が懐から出したものは、汚らしい錆びたペンダントだった。ペンダント部分は大きなドッグタグのようになっており、何か文字が刻まれているようだが、古い血のような黒い錆びが邪魔してうまく読めない。それでも苦心して文字に目を凝らすと、何か見覚えがあった。


「トロールの首に刻まれていた文字だ…」

「やはりそうか! これを確かめるのが今日の目的の一つでね。これで捜査がまた一歩前進するよ。ありがとう、恩にきる。それで、トロールの首にこんな文字があったのか?」

「はい、握り拳大の大きさの文字で、首を一周するようにぐるっと回ってました。首を切った時に、何か変な手ごたえもあった気が…」

「うーん、それが術を破ったのだろうか…。まぁとにかく、順序だてて話そう。

あの山賊達は、どこにでもいる普通の山賊だったんだがおよそ4ヶ月前、不思議なペンダントを手に入れた。それがこれだ。怪しい流しの旅商人に売りつけられたそうなんだが、その商人のことは山賊達は誰も詳しくは覚えていなかった。

そのペンダントはかなり邪悪な品でね。そのペンダント部分に人間の血を含ませ、その人間を殺すと、その遺体を依り代としてトロールが召喚される。そしてペンダントを身につけている人間の指示に従うそうだ。しかも、その呼び出されるトロールは普通のトロールよりも強い個体なんだそうだ。君が対峙したあの男は、トロールの操作役として使われていただけで、特に特別な力は何も持っていなかったみたいだが、話を聞く分にはそのペンダントを持ち逃げしようとしていたみたいだね。それを防げたのはフランたちのおかげだ。ありがとう。

現在、そのトロールの遺体を探しに人をタドレス山脈に派遣しているが、芳しい情報は無い。とにかく、数十年ぶりの本物の呪いの品ということで、神官たちは大騒ぎだ。とにかく分かっているのはこのくらいかな」


……あの男を一撃で斬り殺していたところで、トロールが出てくるのは防げなかったのか。それならシセさんの手を離しさえしなければ、彼を助けることができたのでは…


「浮かない表情だね、フラン。お前が何を思っているかは何となくわかるが、私は現場を見ていない。だから、励ますつもりは無いが、あのトロールには領主の歩兵も良民も住居も蹂躙され、多くの負傷者と死者を出し続けていた。それを止めてくれたのはお前だ。王家の一員として、この国に生きる一人として、感謝している。ありがとう。

……さて、次は剣についてだったか」


王弟殿下はそう言ってくれるが、件の出来事はあまりにも直近のこと過ぎて自分の中ではまだ消化出来ていない。言葉を素直に受け止められず、私はうんともすんとも言わなかった。


無言で剣帯から王家の剣を外し、応接室の机の上に置く。討伐が終わったら返還すると思っていたのだけど、陛下から褒美として鎖帷子含めて一式の貸与が許されたのだ。もしかしたら、これら国宝の管理は大常卿の管轄でもあるため、貴重な武具を王弟に任せるよりは私に、と思ったのかもしれない。


討伐後一度も剣の手入れはしていないし、あれだけ雑に扱ったというのに鞘も剣身もピカピカだ。傷一つなく、諸刃にも曇り一つない。王弟殿下はしげしげと抜き身の刃を見つめ、鞘の華美な細工を確かめるように指でなぞった。


「うーん、伝承通りと言っていい変化だなぁ。この剣でトロールを屠ったと聞いたけど、合ってるか?」

「はい。報告通り、使ったまま手入れもしなかったんですが、全く刃は変わらない。それどころか鋭さを増しているようでした」

「お前の言う通り、この剣は輝きが増しているみたいだな。お前に貸し出す前に一度私も刃を検めたが、こんな風にうっすらと青く輝いてはいなかった」

「それで、この剣はいったい何なのですか?」

「建国神話を信じるとすると、これは建国王マークの聖剣と言われているな。マーク王と女神ハルモニーが結婚した際に、軍神を始めとする神々から贈られたという。聖剣ワーティルフィングというのがこの剣の銘だ。伝承によれば、その剣は折れず欠けず、マーク王の血を継ぐ者にしか扱えず、敵の血を吸って鋭さを増すそうだ。そしてマーク王の息子達が王位を巡って争ったことから、兄弟殺しを導く剣とも言われている」


えええ、それ聖剣ではなく魔剣というのでは……


「大丈夫だよ、フラン。兄弟殺しが起きるのは、王太子以外の立場の王位継承者が剣を持っている時だと言われているから。お前が持つ分には安心だ」


うーん、偽物の王太子が持つ分にはセーフなんだろうか、アウトなんだろうか…


悩みつつ、この話はどれくらい有名なのか聞いてみたところ、王族でも王位継承者にしか伝わっていないと教えられた。まぁそうだよね。そんないわくありげな話を知っている状態で剣を私が持ってたら、弟王子派の宰相閣下や王妃様が黙ってないよね。


「陛下はこんな与太話信じておられないようだが、私がこの剣を保管しているのはいい気分ではないらしい。だからお前に貸与したのだろうね。というわけで、お前はしっかりその剣を大事に扱いなさい。国宝だからな、決して乱暴にはするなよ!」


トロールとの戦いの描写をほとんど報告しなくて良かった、めちゃ放り投げてました……


話に一区切りついたところで冷めかけたお茶を淹れ直し、ついでに王弟殿下のも注いであげると、王弟殿下は私の分のお茶菓子まで摘んでいたので睨んでやる。……せっかく警戒していても気が抜けそうになるので勘弁して欲しかった。


「最後の質問なんですけど。どうして預言が授けられた時、僕がその当人だと分かったのですか?」

「あの赤毛の王子の預言のことだな?」

「はい…」

「あの当時、まだ私はこの地位を授かってはいなかったし、フランの存在を知ったのもお前が城に召し上がられてからだから詳しいことは分からない。預言の当事者である、軍神の神殿の前神官長ももうお亡くなりになっているしね。だけど、お前が預言の子だと言われた理由は何となく想像がつくよ。フランのお母上は、陛下のお手つきとなる前は軍神の神殿の巫女だったからね」

「ええええ!?」


そんなこと私一言も聞いてないよ!? どうなってるの、母さん!?


「まぁ、神に仕えて身を捧げるため、神の妻とも言われる巫女が、一国の王とはいえ参拝客のお手つきになるって相当な不祥事だからね、フランには言えなかったんだろう…。お母上を責めてはいけないぞ」

「…………」


しかし、薄々分かっていたとはいえ、陛下はとんだドスケベ野郎じゃねーか。美人巫女さん! 鉄槌を下すなら是非陛下にお願いします!


「責めるわけではありませんが、僕ももう分別のつく年です。出生のことについては、母に直接聞きます」

「うん、私が話すよりはその方がいいだろう。里帰りするんだったら、ちゃんと親孝行するんだぞ」

「はい」


王弟殿下は私の頭に手をやるので、恥ずかしいがおとなしく撫でられることにした。こんなにお世話になるとは思わなかったしね、少しくらいはサービスしないと。あ! 城下に降りたらせっかくだし、ネッド団長達にお礼の品も買っておこう。


ひとしきり私の頭をぐしゃぐしゃにして、満足そうにしている王弟殿下の顔を見ていると、質問するつもりは無かった言葉がポロッと口をついて出てきてしまった。


「…あの、どうして僕にここまで親切にしてくださるのですか?」


私の質問が意外だったのか、王弟殿下は少し呆気に取られたような顔をしてから苦笑した。


「…どうしてと言われても、甥っ子を可愛がってるだけなんだがなぁ。普段は陛下の目が憚られて出来ないけど、ここは私的な場所だしな。それに、お前は昔の私と境遇が似ていて、なんというか応援してあげたくなるんだよなぁ」


目を細めて笑う王弟殿下の顔は寂しそうで、嘘をついているようには思えなかった。


「……しかし、そんな質問をするということは、お前もクリストフの噂を信じてる口かな?」

「……うっ」


図星です。


「はーー、分かりやすすぎるぞ、フラン。もっと嘘も誤魔化しも上手になりなさい。それに、噂のことは怒っていないから、楽にしていいぞ」

「すみません…」


本当は聞くつもりのなかったことなので、答えなくていいと伝えようとすると、王弟殿下に手で制された。


「……クリストフはとてもいい子だった。私やお前なんかよりよほど優しくて聡明な王子だったよ。しかし、いかんせん幼過ぎ、優秀過ぎたのだろうね…。私はあの子の側にいながら、あの子を守ってやることが出来なかった。だから、クリストフを私が殺したというのもあながち間違いではないんだよ」


それは違うと答えようとすると、人差し指を唇に当てられて、物理的に口を塞がれてしまった。


「もしかしたら私が嘘をついているかもしれないのに、感情移入して、庇おうとするなんて未熟過ぎるぞ。でもその心遣いには感謝しよう。……もっと強くなりなさい、フラン。剣の腕ではない。頭や心といったものだ。ちゃんと泥沼のような王宮で生き延びて、いい王になるんだ」

「…………はい」


はい、と答えてしまった。私は偽物に過ぎないのに。嘘をついてしまった罪悪感に俯くと、また王弟殿下は私の頭をかき混ぜた。もう、私の頭は鳥の巣みたいになっていることだろう。


「ずいぶん長話を聞かせてしまったな。もう遅い、王宮まで送って行こう。……お母上に会うことがあれば、よろしくお伝えしてくれ」

「はい、明日伝えておきます」


しばらく帰っていなかったし、早速明日実家にお忍びで帰ることに決めた。急な帰省になるから、ちょっと不機嫌になるかもしれない。お土産に何か用意しておこう。


しかし、王弟殿下は怪訝そうな顔をしてから、思い切り私にデコピンを食らわせた。…かなり痛い。暴力反対!


「うん? 明日? 何を言ってるんだ、フラン。正気か? 明日はローランドに向けて出発する日だろう!」

「………あ」


すっかり忘れていたが、ジョスト・トーナメントは目前に迫っていたのだった。

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