泣く子と女性には勝てない
王宮の端も端、使用人たちの勝手口にほど近い廊下で、何故か私は王妃様に遭遇してしまった。
勝手口近くの廊下ということで、明り取りの窓も少なく薄暗く、内装も質素で少し埃っぽい廊下と、華やかなドレスを纏った王妃様は場違い極まる。しかし王妃様のドレスも装飾品もいつもより控えめで、後ろにつく侍女も2人しかいないことから、私同様人目を避けたい理由があるのだろう。
どうにかやり過ごす方法を考えながら、軽くお辞儀し、差し出された手袋に包まれた手を取って、嵌められた指輪に掠めるように口付けた。
「失礼致しました、王妃殿下。ご機嫌麗しゅう」
「ええ、麗しいですとも。貴方に会うまではね。それで? 殿下はどうしてこちらにいらっしゃるの?」
それはこちらが尋ねたい質問だが、ありがたいことに王妃様は私と世間話をするつもりは無いらしい。いつもの天気云々のやり取りはなかった。さっさと適当に答えて切り抜けよう。
「神殿へ奉納に。この間の任務からありがたくも無事帰還出来ましたので、感謝を捧げに行こうかと」
「まぁ! 王太子殿下は信仰心が篤くていらっしゃるのね。初耳ですわ。それにしては間が開き過ぎかと思いますけれど」
「根も葉もない噂など、なにかと身の回りが騒がしいものですから。避けていればこのように間が開いてしまったのですよ」
「さすが、王太子殿下ともなると大変ですのね。醜悪な怪物を一刀両断した殿下が人の目をお気になさるかと思うと微笑ましいですわ。ですが、いくらお強い殿下といえど、余人もなく外出など、気が気ではありませんわ。貴方は王太子なのですから。出自を知らしめるような、軽率な振る舞いはおよしになった方が宜しくてよ」
さすが王妃様。私が嫌いなだけあって、一言えば十返ってくるわ。嫌味が。
「……ご忠告、痛み入ります。そういえば王妃様はどうしてこちらへ?」
「淑女の詮索など、紳士のすることではございませんわ。それに、ここは王宮でしてよ。女主人がどこへ行こうと、咎める権利がありまして?」
「申し訳ありません、王妃殿下。失言致しました」
「大丈夫ですわよ。ここは人目につきませんし、わたくしも言いふらすような性分ではございません。わたくしの貴方への心証しか悪くなるものはありませんわ」
ではご機嫌よう、と形ばかり微笑んでから、王妃は去っていった。……あー、これは確実にまた噂が増えるわ。それも悪い噂の。確実に言いふらされますわ。
王妃様は私が本当は女で、仮初めの王太子であることを知らないのだ。その為、自分の息子を王太子にするため、私のことを邪魔者として嫌い抜き、貶める機会があれば徹底的に貶めてくる。なので、なるべく捕まらないように気を付けていたし、一度捕まればサンドバッグにされる覚悟がいる。
しかし、今回は比較的に軽いジャブだけで解放された。どうやら向こうも急いでいるようで、そそくさとご自分のお部屋がある方向へ行ってしまった。……何だろう。間男と密会だったりして。
ただ私も急ぐ身ではあるので、詮索はやめてこっそりと城の外へと抜けだした。
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「ふぅ、ここら辺でいいかな……」
王宮の裏門から月の神殿までは鉄仮面侍従に(無理やり)貸してもらった使用人用のコートと帽子で身を隠し、お小姓のフリをして抜け出してきた。神殿の近くの木立で隠れながらシャツの上から持ってきた巫女服を身に着け、ベールできっちり髪を覆ってからはみ出てないか手鏡で確認する。私の髪は紅茶色で悪目立ちするし、女の子にしては短すぎるのでバレるとまずいのだ。……うん、どこからどう見ても可憐な見習い巫女だね! 神官どもに惚れられないよう気を付けないといけないな!
堂々と正門から神殿に入り、奥を目指す。神官長の部屋ならば最奥にあるだろう。不審な目で見られないよう、できるだけ楚々とした歩き方で早足で歩いた。しかしなかなか部屋の区別がつかない。神殿の内部は白い大理石造りで特に装飾がなく、各部屋の扉も簡素な白木でネームプレートのようなものもない。片っ端から開けていくわけにはいかないし、適当なところで誰かに聞いた方がいいだろうか。
「ちょっと! そこのあなた、そこで何をしているの?」
少し迷いつつも一心に奥へ進んでいると、幸か不幸か巫女さんらしき女性に呼び止められた。巫女服はクリーム色で、帯に月を模した飾り玉を提げている。20代前半くらいだろうか、ツンとした美人さんだ。事前に調べておいた情報と服装から見るに、見習い巫女ではなくて本職の方のようだ。慌てて向き直り、お辞儀をした。
「あの、お使いを頼まれていたのですが、迷ってしまいまして……」
普段の声より一段以上高い声を意識して出し、なるべく弱々しく聞こえるようしゃべる。絶対に周りの者、特に騎士団の連中と王妃には聞かせたくない喋り方だ。
「ふーん、あなた見習いになってから日が浅いのかしら。名前は? 所属はどこなの?」
「フラ、フランシーヌです。本殿付きで、一昨日配属されました…」
あらかじめ考えておいた偽名と設定を答える。目の前の美人巫女さんは顔をしかめて、聞いたことないわね、と呟いてからじろじろと私を見つめた。どうしよう、もうバレるパターンだろうか。
「ま、いいわ。それで? どこへ使いを頼まれているの?」
神官長室です、と答えたかったが一昨日来たばかりの新米がいきなりトップの部屋に行くのもおかしいだろう。ここは無難にと考えて、神官室です、と答えた。
「はぁ!!? それ、誰に頼まれたわけ!?」
美人巫女さんはくわっとまなじりを吊り上げる。しまった、返事を間違えたか。
「えっと、あの、神官様ですが、お名前まではちょっと…、一人で来いと言われただけで…」
どうしよう、正体がばれる前に首筋に手刀を食らわせて逃げた方がよかろうか、でもお師範に私の手刀は対人に使うなと厳命されてるし、どうしたら、と冷や汗をかきつつおろおろしていると、美人巫女さんは私の両肩をがしっと掴んだ。
「これだから見習いは世間知らずでダメなのよ!! あなたの指導巫女は何を教えているの!? 神官相手とは言え、男と2人きりになってはいけないと言われたでしょう!!? あなたは月の女神さまに純潔を誓った身なのだから、もっと慎みを持ちなさい!!」
「は、はい!!」
「じゃ、行くわよ。神官長様のところへ」
「はい?」
「あなたに手を出そうとした不届きものを吊し上げるわ。まず、私とともに神官長様に訴え出ましょう。大丈夫よ、ここは月の女神さまのお膝元。女の子を騙して手を出すような屑には重い鉄槌が下るわ」
ど、どうしよう。思った以上にスムーズに神官長室に行けることになったけど、隣の過激派巫女さんに私の正体がバレたらどうなるのだろうか。少し距離を取りつつ、美人巫女さんの案内に従った。




