悪意の現出
※残酷描写注意
いよいよ夜更け過ぎ、出発となる。私はもう一度、自分の装備をよく確認した。陛下から頂いた、王家の長剣は腰に提げ、師範から餞別にもらったやたら切れる短剣は胸に忍ばせている。王家の長剣は今回の討伐の任を受けた時にもらったものだが、拵えが派手過ぎて少し苦手だ。鮮やかな青い鞘に、悪趣味なほどゴテゴテと黄金で彫金してある。しかし、中身は外観とは対照的にシンプルで、ほの蒼く光るような刃は鋭く、柄は手に良く馴染んだ。出来るなら鞘だけ売り払って変えたいくらいだ。あと、インナーとして着込んでいるミスリル銀でできた薄い鎖帷子を確かめ、ドラゴン革のブーツを履けばこれで完成だ。ミスリル銀は非常に堅牢で、ドラゴンの爪でも裂けないと言われており、ドラゴン革もそれに準じる程頑丈なので、外観ではそうは見えないだろうが、防御力はこの場にいる誰よりも高いはずだ。本当は鎖帷子は国宝級の品なんだけど、私の初陣ということで、鉄仮面侍従が無理言って借り受けてくれたのだ。アイツは私の実力を信じてないというか、かなり心配性なのである。
準備万端整えてネッド団長の元に行くと、私の格好を見てネッド団長はあからさまに眉をひそめた。
「………殿下。その格好で行かれるおつもりか」
そりゃ、皆さんに比べればずっと軽装だろう。騎士団の皆さんは、全身を覆うチェーンメイルもしくはプレートアーマーを身につけていた。ミスリル銀ではなく鉄なので、分厚く重く全身を覆う鎧だ。団長は兜を脱いでいるので分かったが、兜をすでに付けている人たちは、誰が誰やらわからないくらいだ。一方、私は丈の長い革のブーツを履いてはいるものの、見た目は白いワイシャツに黒革のベスト、緑の半ズボンに腰に提げた剣。以上である。武装と呼べるのは、せいぜいブーツとベスト、剣を提げるバックルくらいだろう。舐めてんのか、という格好である。
「大丈夫大丈夫。下に鎖帷子着込んでるから。意外と防御力高いよ」
「しかし足は剥き出しではないですか!」
「だからブーツ履いてるじゃないか。王太子だもの、最高級品だよ。強いよ」
「しかし!」
「それに僕は小さいからさ、皆の様な鎧つけたら動けないよ。潰れちゃうよ。機動力が命だからさ、逆にやられちゃうよ」
怒られる前に急いで説得すると、納得いったのか、ネッド団長は顔を覆ってから深いため息を吐いた。やった、勝ったぜ。
「……ならばせめて、これをお着けください」
そう言ってネッド団長は、自分が羽織っていたマントを私に身につけさせた。紺色無地の、織りのしっかりした厚いマントだ。
「これは?」
「俺の私物で申し訳ないが、矢除けの加護がかけられたマントです。アラクニーの糸が織り込んであるので、ある程度の斬撃ならば耐えられるかと」
アラクニーとは下半身が蜘蛛、上半身が女性の半怪物の人たちである。強度や粘度を自在に変えて糸を操ることができるのだが、彼女達の一部の知性の高い者はその糸を人間たちと交易して生活してるらしい。その糸を使った品の強靭さは折り紙つきだが、流通量は少ないそうだ。
そんな大切そうなもの着けられないよ!団長の防御力が下がっちゃうじゃないか!
「いやいや、団長の護りが薄くなってしまうじゃないか。そんなもの受け取れないよ!」
「これは念のために持ち込んだもの。俺には鎧があるので御心配御無用。それよりも殿下の御身の方が大事だ。それを着ないのなら、お連れすることは出来ない」
「はいはい、わかったから。……全く、大丈夫だって言ってるのになぁ」
「悪くお思いなら、無傷でお返しください」
そう言ってネッド団長は皮肉っぽく笑った。
それから、騎士達と松明を手に馬を進め、山賊がねぐらとする村の近くまで来た。団長の指示で松明を消し、夜明けを待つ。いつでも抜ける様に長剣に手を掛けた。そういえば、偵察からの情報ではトロールの姿は村で見かけなかったと言っていたが、どうなったのだろうか。まぁ、捕まえた山賊に聞けば分かることだろう。
潜んでいる山からふもとの村を見ると、徐々に白んでいく日のおかげではっきりと家々が見えるようになった。明らかに損壊している家はほとんどなく、変哲のない田舎の村に見えるが、朝なのに家畜の声や起き出して働く村人の声は無い。あそこに居座ってる賊どものせいだろう。
「聞け、諸君! これより、陛下の命を受け、賊どもを1人残らずひっ捕らえる! 良民を脅かした報いを受けさせるのだ! しかし、抵抗するようならば遠慮は要らん。傷を受ける前に誅殺せよ! その咎は全て俺にある。また、近日報告はないが、賢しらなトロールがいると聞く。出現した場合、攻撃する前に俺に報告しろ! けして単騎で向かうことは許さん!!…では、王都より参上した第三騎士団、これより悪虐なる山賊を討伐する!! 俺に続けっ!!」
「おうっっ!!!」
夜明け直後の山賊のねぐらを、逆落としよろしく馬で急襲する。山賊討伐は呆気ないものだった。寝込みを襲われた山賊どもは、抵抗する暇さえ与えられず、次々にお縄を頂戴されていった。私はネッド団長の真横についていたため、偶に賊に反撃されようとも、私が剣を振るうまでもなくネッド団長が処理していった。急襲から一時間もあれば村中の賊をふん縛ることが出来てしまった。あんなに覚悟したのにちょっと拍子抜けだ。
一番大きな家でひっ捕らえた、山賊のお頭と思しき髭面の大男に数人がかりで縄をかける。この大男も捕らえる前に抵抗したが、団長が鞘をつけたままの剣でぶちのめして捕らえた。結局血に濡れることのなかった剣を、ほっと息を吐いて見つめていると、団長がこちらを向いた。
「意外と呆気ないものだ。結局、僕は活躍するまでもなかったな」
「…人を斬ることは無ければ無いほどいいもの。王太子殿下が親征なされた、その事実があれば充分かと」
「僕を派遣した宰相たちはそうは思ってないみたいだけど」
「閣下達は戦ごとを知らぬ方達だ。俺が如何様にも言いましょう」
なんと、私は今回立ってるだけだったのに、ネッド団長は狸親父達相手にフォローしてくれるらしい。意味深なこと言われてちょっと警戒してたけど、私の身をめっちゃ心配してくれてるし、団長マジいい人だ。逆に申し訳ないくらいだ。
心中でネッド団長を拝み倒してると、ロベルト副団長が山賊のお頭をネッド団長の元へ連れてくる。
「アラン! シセ! こちらに! ……殿下。俺はこの男に他に仲間がいないかと、姿の見えないトロールについて問い質す。その間、こちらの2人と共に村に残る賊がいないか探して頂きたい。……2人とも、殿下をよろしく頼むぞ」
「はっ!」
++++
団長に命じられたアランさんとシセさんに付き添ってもらい、村の家々を見て回る。2人とも同じくらいの背格好でチェーンメイルを身につけているため、区別がつきにくい。そのため、顔を覆うコイフを下ろしてもらった。茶髪がアランさんでくすんだ金髪がシセさんだ。2人は同期で仲が良いらしい。
抜刀したまま、気を抜かない様に見て回っていると、ある民家から出ようとした時にタンスから物音がした。3人で身構え、アランさんが洋服ダンスを開けると、若い男が転がり出てくる。
「お、お願いだ…、お助けくだせぇ…。い、命だけはどうかご勘弁を…!」
出てきた男はニキビ面を涙と鼻水で汚し、身も世もなく泣きすがった。賊の一味なのだろうが、身体は貧弱で、服だけ嫌に新しくキレイだ。
「おとなしく縛につけば命までは取らん。都に行き、己が罪を償うのだな」
「ありがてぇ…、騎士さま、ありがとうございやす…」
アランさんと私でなおも男に剣を突きつけ、シセさんが手に縄を巻こうとした。その時。
「死ねぇえええ!!」
「っ!!」
男が突然短剣を手にシセさんに襲い掛かってきた。男の正面にいた私はとっさに袈裟斬りにしてかえす。剣を通して、肉を断つ感触が生々しく伝わってきた。
「……シセさん!! 大丈夫か!?」
「っああ、俺は大事ありません。それより」
「ヒャハ、ヒャハ、ヒャハハハハハ!!」
無意識のうちにブレーキをかけたからか、私が斬り捨てた男はまだ息があった。狂ってしまったのか、地に伏し、血を吐きながら楽しそうに嗤う。
「………馬鹿が!全員死にやがれっ!!!」
そう言って彼は、未だ握りしめた短剣で、自分の喉首を掻き切った。
突然自死した男。あまりに意味不明でしばらく固まっていたが、不意に怖気が走った。男の死体が、突然膨れ上がったのだ。
男の頭は、四肢は、胴体は、風船の様に膨張し、巨大化し、作り変わる。皮膚は岩の様に灰色にくすみ、ゴツゴツとし始め、大きくなってしまった手には、短剣ではなく棍棒が握られた。腰回りにはズボンではなく、よく分からない動物の毛皮が巻かれている。
トロールが眼前に現出したのだ。




