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お嬢様の恋路をサポートしていたら、ライバル家のメイドと恋が始まりました  作者: 有明海


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7 執事とメイドの名前呼び

今週の密会。


華凛と大和は持ち寄ったお菓子をつまみながら、それぞれの使用人たちの報告に耳を傾けていた。


「二人とも先週の授業は良い感じに接触したみたいだね。『接触』してくれたみたいだね」


大和がマカロンを齧りながら、満足そうに目を細める。


「それは何よりです」


悠斗は背筋を伸ばしたまま、静かに頭を下げた。どうやら、先週の柔道場でのやり取りが上手いこと噂として流れ出したようだ。


「ただ、僕や華凛の元へ、この件について直接質問しに来る生徒はまだいないんだ。外堀を埋めるには、もっと周囲の関心を引きつけないといけない。引き続き、よろしく頼むよ」


「承知いたしました」


瑠衣もまた、一分の隙もなく一礼する。


入学式から三週間経つが、ここまで順調な滑り出しをしている。報告中の華凛や大和の満足そうな表情を見ている限り、二人の恋路を隠し通せる――悠斗は確かな手応えを感じていた。


――そう、ここまでは。


「学内の方がいいのだけど……。ちょっと、この前の渋谷のカフェの報告書についてなんだけど」


大和の顔が先ほどまでの表情は消え、苦笑いに変わっていく。何か粗相があったのではないかと、悠人の顔も曇った。


「その、さ……。二人とも真面目すぎるというか――ねぇ?」


「デートの下見って言ったのよ! 何よこの報告書! 普通の高校生カップルは街角の死角とか、机の材質とか気にしないのよ! スパイじゃないのよ、私達!」


バン! と机を叩いてジト目で訴えてくる華凛。しかし、悠斗は彼女が何を怒っているのか、本気で理解ができなかった。


「……何をおっしゃっているのですか、お嬢様。これらはすべて、お二人のデートを滞りなく、かつ安全に進行するための必須情報ですよ?」


悠斗がそう言うと隣の瑠衣も、淡々とした口調で追随した。


「星原さんの言う通りです。いつ何が分かるかわかりません。必要なデータです」


「違うーーー!! もっとさ、こー……『二人で撮ったら写真映えするスポット』とか! 『帰り際に寄れそうな可愛い雑貨屋さん』とか! そういう普通にキュンキュンする情報が知りたいの!!」


「「キュンキュン……?」」


悠斗と瑠衣の声が、今度は完全にハモった。幼少期から「主人は絶対」で育てられてきた悠斗にとって、そんな単語は存在しない。


「これは……困ったなぁ。他の人には頼るわけにはいかないしなぁ……来月の林間学校のこともお願いしようと思っていたのだけど」


(やばい何かやらかしてしまったのか……だけど何がわるいのかまったっくわかんない)


謝罪しようにも、何が問題なのかわからない。顔をゆがめ立っていると華凛が口をとがらせ話しかけてきた。


「そういえば悠斗って……あんた、今すぐ敬語を解いて私の質問に答えなさい」


「い、いや……しかし、お嬢様……」


華凛の突然の発言に、悠斗は瞬時に隣にいる瑠衣の存在を意識して視線を向けてしまった。いくら協力関係の日ノ内のメイドの前で主従の規律を緩めるなど、使用人としてあってはならないことだ。


だが、華凛はそんな悠斗の躊躇などお構いなしに、美しい碧い瞳で彼をじっと睨みつける。


「いいから。命令よ。――あなたの初恋は?」


「……まだ経験してない。誰かを好きになったことなんて、一度もない」


「そこは私って言いなさいよ! こんなに四六時中一緒にいるんだから、少しはラブコメみたいな展開を期待させなさいよ!」


「お嬢の執事だからな俺……アニメじゃないんだから」


悠斗の言葉を聞き華凛はさらに強くドン! と机を叩いた。理不尽極まりないお怒りだが、悠斗はただただ呆れるしかない。

そんな二人の様子を見ていた大和が、どこか懐かしそうに目を細めてクスクスと笑い声を漏らす。


「あはは、悠斗君のタメ口、久しぶりに聞いたなぁ――って、富士見?」


大和がふと隣に視線を向け、その言葉を途中で止めた。釣られるようにして悠斗も隣の少女に目を向けると――そこには、目を点にしている瑠衣の姿がある。


「その……すごいですね。月若は……。使用人が主への敬語を崩し、そのように、対等かそれ以上の口のきき方ができるだなんて……」


「私と悠斗の関係だからねー。大和もいいでしょ? ここだったらタメで話していいってことにしようよ」


華凛がカヌレを放り込みながら、いとも簡単にこの場のルールを追加する。


「うん、僕も全然問題ないよ。ここだけの秘密のルールってことで。……というわけで悠斗君、僕にもタメ口でいいよ?」


大和は悪戯っぽく微笑みながら、スッと綺麗な指先で自分を指さした。


(呼べるわけねぇよ……隣に富士見さんいんだぞ)


ここで敬語を使えば「つまんない」と主の機嫌を損ねてしまう。ただでさえ今日は一段と機嫌が悪い。何より、大和は本気で「対等な友人」として接してくれる心の広い男だ。悠斗は引きつりそうな頬を抑え、喉まで出かかった「大和様」という言葉を飲み込んだ。


「……なに、大和君」


「おぉ……!」


大和が新鮮だと嬉しそうに目を輝かせる。一方、華凛はケラケラ笑っている。


しかし、使用人側の空気はそれどころではなかった。


「……星原さん」


恐る恐る低い声の方を向くと、悠斗をじっと見据えていた。


「それは、日ノ内のものとして到底見過ごせません。いくらあなたと言え不敬……。あなたを今ここで――」


「富士見、僕が許可をしたんだ。ここでのルールだからね」


主の言葉は絶対。瑠衣は即座にスッと頭を下げ、放っていたオーラを引っ込める。


「……はい。申し訳ございません」


そんな様子を笑いながら見ていた華凛が、ポンと手を叩いて、さらなる爆弾を投下した。


「あ、いいこと思いついちゃった。せっかくだから、悠斗。ここの部屋ではるいるいもため口で呼べば?」


「「え?」」


ただでさえ大和にタメ口を使って嫌な汗が止まらないというのに、今度は隣で殺気を向けてきた冷徹メイドをタメ口で呼べというのか。


「お、お嬢様……何を仰るのですか。私と星原さんは他家の使用人同士です。そんな……」


「ただ名前で呼ぶだけじゃない。ほら悠斗、言ってみて。はい、る・い、って!」


「うん、お互いにその方が距離が縮まって、有事の連携もスムーズになるんじゃないかな。ほら悠斗君?」


面白がって身を乗り出す華凛。そして、いつもは爽やかな大和に至っては、完全に「おもちゃを見つけた子供」のような邪悪な笑みを浮かべている。この二大財閥の跡取りたち、楽しそうな時の波長が合いすぎていて本当にタチが悪い。


「あの、お嬢、大和君……。さすがに富士見さんも嫌なのでは……」


「いいから、命令! ほら、早く!」


主の絶対遵守の命令。こうなったら、もう逃げ道はない。

悠斗は観念して深くため息をつくと、震えている少女のほうを真っ直ぐに見据えた。


腹をくくり、できる限り自然に自然に、その名前を口にした。


「わかったよ。お嬢の戯れに巻き込ませてごめんね、『るい』」


悠斗の言葉に普段の冷徹な姿は見る影もなく、大きな黒い瞳を激しく泳がせながら、スカートの裾をぎゅっと握りしめた。


「……っ! す、すみません、お手洗いに行ってきます!!」


「え……ちょ! 富士見さん!?」


猛スピードで倉庫の扉を開けて飛び出していった。バタン! と激しくドアが閉まる音が、静かな室内に虚しく響き渡る。

残された悠斗と、主人二人はぽかんと口を開けるしかなかった。

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