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お嬢様の恋路をサポートしていたら、ライバル家のメイドと恋が始まりました  作者: 有明海


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6 執事とメイドは密着する

 学園の昼休み。一般科の生徒たちが賑わう食堂の一角。


「お嬢様、本日は鮭の定食にいたしました」


「さっすが、悠斗センスいいわね。いっただーきまーす!」


 華凛が一般科の教室棟から出てくるタイミングを正確に計算し、悠斗は学園の食堂の一角に、あらかじめ手配しておいたランチを完璧な状態でセッティングしていた。


「美味しい! やっぱこういうのが一番いいのよ。ステーキもフォアグラも飽き飽きだわ。――よし、明日はラーメンね」


「かしこまりました。バイタルデータをもとに、ラーメンと栄養バランスを補う副菜もご準備いたします」


 華凛の舌は、良くも悪くも大富豪の令嬢らしからぬ性質をしていた。キャビア、フォアグラ、トリュフよりラーメンや牛丼といった庶民的な味の方が好みだ。中学の頃は彼女に無理やり命令されホットスナックを買い食いして、二人して叱られたものだ。


 周囲の一般生徒たちの視線が外れた瞬間、華凛はタイミングを見計らい悠斗に声をかけた。


「ところで例の件大丈夫?」


 華凛の言う例の件とは、もちろん「世論誘導のための囮作戦」のことだ。華凛の空いたグラスにそっと水を注ぎながら、表情一つ変えずに答えた。


「はっ。午後の体育演習で接触しようかと」


「流石ね、あなた達。……スペースの話も進んでいる?」


 大和と華凛が二人きりで逢瀬を楽しめる「秘密の密会部屋」の確保についてだ。悠斗は静かに頭を下げた。


「そちらの件は……まだ未着手です。申し訳ございません」


「まぁ……そうよね。入学式から一週間で、色々立て込んでるものね。わかった、そっちはもう少し気長に待つわ」


「恐れ入ります」


 一礼し一歩下がると、悠斗は小さくため息をついた。


 ◇


 午後の柔道場。

 張り詰めた空気の中、畳へ打ち付ける強い衝撃で凄まじい音が響き渡った。大柄な男が宙を舞い、豪快に背中から畳へと叩きつけられている。その巨体を投げ飛ばしたのは、悠斗だった。


「流石は月若の執事だな、これじゃあ指導者として俺が教えることなんて何もないな」


 先生は苦笑しながら痛む腰をさすって立ち上がり、感心したように悠斗の肩を叩いた。


「滅相もございません。合気は、幼い頃から叩き込まれておりましたので。体に染みついております」


「ようく言うな。まぁ、こいつは経験者だからできるが、未経験のものは相当苦労すると思う。未経験者はゆっくり学んでいこうな」


 先生が周りを見渡すと、見学してい生徒たちから「お、おぉ……!」「すごすぎる……」というどよめき混じりの返事とともに、パラパラと拍手が聞こえてきた。


 まぁ、いきなりやれと言われて、自分と同じ動きができたらこちらとしても立つ瀬がない。彼らは使用人を目指すとはいえ、まだ高校に入学したばかりの少年少女。対してこちらは、月若で文字通り死に物狂いで鍛錬を積んできたからだ。


「あ……あの、質問いいですか」


「ん? なんだ」


 先生が手を挙げる一人の女子生徒を指さした。


「これって……女の子が自分より体格の大きな男性を対応するの、構造的に難しくないですか? 腕力に差がありすぎると、合気道と言っても通用しない気がして……」


「そうだな。合気道は柔道や空手などに比べ確かに筋力に依存しないが、言葉だけじゃイメージしづらいか。よし、それなら誰かにお願いするか。……だれか、女子で経験者はいないか……?」


 先生が道場全体を見渡す。周りの生徒が誰かいないのかと、顔を見合わせると一本の手が上がった。


「先生。それでしたら、私がその見本を務めましょう。星原さんは経験者ということでお相手をお願いいたします」


(なるほど、ここでくるのか)


 それまで静まり返っていた道場内の生徒たちが、一斉に息を呑んだ。そりゃそうだ、「交わることのない太陽と月」なんて言葉が存在するくらいの周知の事実。そこの使用人同士が授業内で、相対するというのだから。他の生徒たちが興奮するのも無理はない。


 まさか瑠衣の手が上がるとは思っていなかったのか、先生も呆然としていた。


「私ですか? お相手は先生でもよろしいのでは?」


「あなたがいいのですね。月若の実力をこの手で確認しておきたいですし」


「なるほど……身の程を弁えたお言葉ですね。ご自身が日ノ内であるという自覚がおありのようで、何よりです」


 お互いに一歩も引かない、氷点下の挑発。周囲のざわめきがさらに一段と大きくなり、空気は完全にひりついているのを、肌身で感じる。


 そんな中、悠斗はおろおろと狼狽える先生へと近づき声をかけた。


「先生、私が受けを取ります。よろしいですか?」


「い、いや……逆に本当にいいのか!? お家からの許可というか、その、大問題だろコレ! あ、後で俺が怒られたりしない……ですか?」


 完全に場の空気と「月若・日ノ内」というブランドに支配され、教師であるはずなのに完全に敬語になってしまっている先生。悠斗はそんな彼に向けて、人差し指を自身の唇へと当てた。


「せっかくの機会です。……何かあった場合はこちらで処理しますので、何か聞かれても見ていないで通すように」


「ひっ……! あ、あぁ、分かった……。二人とも、見本だからなこれ!」


 悠斗はすっと向き直ると、目の前で正座する瑠衣に向かって一歩、歩を進めた。


「先ほど立って投げられましたので、私は座りますので。どうぞ手首掴んでください」


 あえて自身は立ったまま、座っている瑠衣に手首を差し出す悠斗。一方が立ち、もう一方が座った状態で技を掛け合う。


 悠斗の右手を、正座したままの瑠衣が左手で捉えた次の瞬間だった。上半身がすとんと下にさがり、円を描くように畳に体を打ち付けられた。


「このようにコツを掴めば座った状態からでも、男性を投げることができます。そしてここから固めます――」


 立ったまま膝を畳につかされ、瑠衣の細い身体と完全に密着する形になり右腕を締めあげられる。


「くっ……!?」


(やばい舐めてたくっそいてぇ……!というか、うまいなやっぱり……)


 上げそうになる悲鳴も月若の使用人というプライドのために我慢する。周囲の生徒たちの目には、日ノ内のメイドが座った状態から一瞬で月若の執事の背後を取り、その体を締め上げているように映っているはずだ。


 そんな中、悠斗の耳元に顔を近づけた瑠衣は、小声で囁いた。


「……上手くいきましたね、星原さん。これで噂が流れるはずです」


「……そ、そうかもだけど! 締めすぎ締めすぎです!」


「……あ、失礼いたしました。少し力を抜きます。……ではこの体勢のまま、密会部屋の件について共有します」


「この状況で、その話をするのかよ……」


「はい。登下校の校門からの導線上かつ……」


 畳の匂いを間近で嗅ぎながら、悠斗は痛む腕とは別の意味で頭が痛くなるのを感じていた。

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