5 執事とメイドは授業を決める
「――以上が昨日の報告になります。……ってお嬢様聞いていますか?」
「聞いてる、聞いてる。……あと、今は二人っきりなんだから敬語辞めてってば」
華凛は画面から目を離さないまま、不満げに唇を尖らせる。同い年でもある悠斗に対して、彼女はプライベートな空間でまで「お嬢様」として扱われるのをひどく嫌うのだ。
悠斗は小さくため息を吐き口調をいつもの気安い幼馴染のそれへと切り替えた。
「……じゃあ、俺が今なんて言ったか言ってみろ?」
「え? えーっと……」
華凛は一瞬だけ泳がせた碧い瞳をスマホの画面に戻し、自信なさげにボソッと言った。
「……クロワッサンが美味しい」
「おい! アニメ見るのやめろ!」
悠斗のツッコミが部屋に響き渡った。華凛のスマホの画面を覗き込むとそこには、今話題となっている異世界転生アニメが流れている。
「ん? 悠斗も一緒に見るー?」
「見ない。それ、いつものやつだろ?」
「そう! メイドと伯爵が恋に落ちるやつ。最高にエモいのよ!」
ここ最近の華凛が好んでいるのは、「禁断の恋」をテーマにした作品ばかり。悠斗も一度、彼女に無理やり付き合わされて数作品ほど目にしたことがある。ただ、作中の登場人物たちの境遇が、あまりにも自分の状況に近く、あまりにもお気楽で非現実的だったため挫折してしまった。
「こういう作品を見てると、私思うのよね。世間では身分違いとか犬猿の中同士の恋を『禁断の恋』って言いがちだけど、実は使用人同士の恋愛の方も禁断の恋なんじゃないかって」
「は?」
唐突な角度からの持論に、悠斗は眉をひそめた。使用人同士の恋愛などあり得るはずがない。そもそも、日常業務が忙しすぎて人を好きになる時間なんて存在しない。そんな現実を知らない華凛は、頬を赤らめ話を続けた。
「だって、主人のために四六時中働かなきゃいけないのに、裏でこっそりよろしくしてるんでしょ? もしもそれがバレたら、屋敷でも他でも使用人として働けなくなる。敵対する家同士の恋なんて可愛いものじゃない」
楽しそうに妄想を爆発させるお嬢様を、悠斗は半ば呆れ果てた、冷ややかな眼差しで見つめ返した。そして、一歩前に出ると、これ以上ないほど乾いたトーンで言い放った。
「現代版ロミオとジュリエットしてる、お嬢が言うな」
「えへへ……あ、ロミジュリで思いだした! パパから悠斗に連絡だって」
「え!?」
その不穏すぎる単語に、悠斗は背中をピシッと伸ばした。急いでスマホも確認するがそんなメッセージは来ていない。相手が相手なだけに、万が一にも見落とすなんて大失態はやらかすはずがないのだが。
「私が直接言われたから通知はないはずだよー。はいこれ」
華凛は立ち上がると棚から、茶封筒をとりだし悠斗に渡してきた。
「何ですか、これ……」
嫌な予感しかしない。悠斗が慎重に封筒を開け中身を取り出すと、それは新品のスマホだった。
「これ、普段の業務用のとは別に、パパがわざわざ用意したスマホなんだって。『ここには、るいるいの連絡先しか入れないように』って言ってたよ」
「……るいるい?」
聞き覚えのないあだ名に、悠斗は思わずオウム返しをしてしまった。
「そう、大和の所の瑠衣ちゃん! 私が勝手にそう呼んでるの」
「あー……」
納得と同時に、悠斗の脳裏にあの表情が読めないメイドの顔が浮かび上がった。彼女を「るいるい」と呼ぶ華凛の度胸にも恐れ入るものだ。
「良かったね、専用の連絡先ができて」
「良くねぇよ……なにも」
他家のメイドと二人きりの極秘ホットラインなど、トラブルの種でしかない。しかし、華凛の口から飛び出した父親の指示は、それだけで終わらなかった。
「それとそれと、パパからの伝言の続き。悠斗とるいるいは、学園で基本的に同じ授業を選択するようにだって。まずは、悠斗達を使って『印象操作』をするらしいよ」
「……印象操作? どういうこと?」
首を傾げる華凛に尋ねると、彼女はなにかを思い出すよう顎に指を当てた。
「使用人科の授業で、二人がどうしても協力しないといけない状態をあえて作るんだって。そうすれば、周りは『月若と日ノ内の使用人が話している。でも授業だから仕方ないのか』って納得はするでしょ」
「あ……なるほど……」
悠斗は思わず息をもらした。確かに、完全な犬猿の仲であるはずの二家の使用人が、学園内で接触すれば即座に大ニュースになる。だが、それが「使用人科の合同授業で」という大義名分があれば、周囲も「まぁ……そうか」と納得する。
「そこから少しずつ『両家とも、使用人の公的な接触までは厳しく禁止していない』って周囲に思わせるの。使用人をクッションにして二人に雰囲気を緩めてもらって、今度は私と大和が仲良く交流する姿を少しずつ見せていって……。最終的には『若い二人をきっかけに、大人同士もそろそろ和解しようか』っていう形に着地させたいんだって。パパの計算だと二年以内には上手くいくらしくて、これはあっちのお父さんも了承してるみたいよー」
「……つまり俺は世論を誘導するための囮ねぇ。えげつねェな……旦那様は」
理由を説明されて納得がいったと同時に、絶望が押し寄せる。ただでさえ、イチャイチャスペースの確保に、華凛への日常業務。それに追加して、授業中の印象操作任務か。息をつく暇すらありゃしない。
悠斗は支給されたばかりの専用スマホをポッケにしまいながら、がっくりと肩を落とした。
◇
次の日――
学校に登校しいつものルーティン後、自身の教室へと向かった。室内には瑠衣ただ一人しかいない、絶好の状況だった。
「おはようございます、富士見さん」
「おはようございます。……他の方々は、職員室に手伝いという名目で呼び出されており、ここにはいません。あと十分ほど時間はあります。先ほど盗聴器や隠しカメラなども仕込まれていないと一通り確認しました。軽く打ち合わせをしましょう」
示し合わせたかのようなこの状況は、やはり日ノ内が画策したものだったかと内心深く納得をした。それに、万が一について備えているなんて相変わらず抜かりがない。
「授業の件は華凛お嬢様から聞いております。自由選択ということで、何を取りましょうか」
二人は目を合わせることなく、前をむいて話を始め自然にタブレットに目を通す。マスターコースはすでに執事・メイド業務に携わる人間が基本なので一から学習することはない。二個の必修科目と数個の選択式授業を取ればよいという決まりになっている。
「とりあえず、一つは『イベントマネジメント』は取りましょう。これは六月に行われる新入生歓迎パーティーの企画立案に向けたものなので、周囲へのカモフラージュやアピールにはもってこいかと思います」
「いいですね。後は、実習科目の『スタッフ管理』などはどうですか? こちらは他のコースの生徒たちを指導・管理するカリキュラム。私たちの噂を学園全体に流すにはもってこいかと」
「そうですね。初期の印象操作のためにはちょうどいいでしょう。後は……」
事務的に、完璧な戦略を持って次々と時間割を埋めていく。だが、自分の時間割が瑠衣と同じものになっていく画面を見つめているうちに、悠斗はふと、胸に引っかかっていた申し訳なさが顔を出した。「確かに同じ授業の選択を言われたが彼女はそれでいいのだろうか」と。
ただでさえ、この職業はプライベートと業務の区切りがつきにくいもの。これでは休まる時間もない、それを一番わかっているのは悠斗本人なのだから。
「……あの、富士見さん。改めて本当に、よろしいのですか?」
「何がでしょうか」
瑠衣は画面を見つめたまま、淡々とオウム返しにする。
「私と出会ってまだ数日です。このように授業まで共にするような形になってしまって、ペアワークが多いと休まる時間が」
「――何も問題ありません。それが両家当主からのご命令ですから」
「しかし、そうは言っても……」
「それに」
言葉を遮るようにし、彼女は悠斗の方に目をむけてきた。その表情はいつもの仏頂面と違い、少し柔らかいものになっている。
「大和様が星原さんに接するあの親密な態度、華凛お嬢様があなたに寄せる絶対的な信頼。そして……先日の渋谷のカフェでの、私への細やかな接し方。これらを総合的に見て、私はあなたが信頼に足る人物であると判断いたしました。これは日ノ内の使用人としての意見ではなく、一人の人間としての意見です」
「……っ。ありがとうございます」
予想だにしなかった言葉に、悠斗は思わず息を呑んだ。渋谷での彼女の様子は業務と割り切っている様子だったのでその言葉は意外で仕方なかった。
(なんだろうこれ……心臓がめっちゃうるさい)
悠斗は急激に顔が熱くなるのを感じ、誤魔化すように視線を手元に落とした。




