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お嬢様の恋路をサポートしていたら、ライバル家のメイドと恋が始まりました  作者: 有明海


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1 執事と富士見瑠衣

「~♪」


「お嬢様、上機嫌ですね」


 入学式の朝、華凛は大変ご機嫌そうな様子だった。その心情を表したかのように、車内に陽気な鼻歌が響きわたる。


「高校生活、楽しみすぎる~!」


「よかったのですか? 中学のご友人のみなさんは」


「大丈夫よ、たぶん。高校は上がらないって、みんなには事前に伝えておいたし」


 華凛の中学は、有名大学の付属女子中学だった。エスカレーター式に将来が約束されていたのだが、日ノ内が経営する高校の方が何かと都合がいいと、進むはずだったレールを簡単に降りてしまった。


「悠斗こそ中学の友達とかと離れ離れになっちゃったでしょ。使用人科なんかに通わせてごめんね」


 隣の席から、申し訳なさそうに覗き込んでくる華凛。そんな主に対し、悠斗はビシッと胸を叩いて答えた。


「いえ、まったく問題ありません。私に友人はおりませんので」


「それ、そんなに自慢気に言うことじゃないから……」


「私は月若が第一ですから。何かあった場合、友人の存在は足枷になります」


「はぁ……あんた、どんな中学生活過ごしてたのよ。貴方の性格なら、友達なんてすぐにできるだろうに」


 華凛に呆れたようにツッコミを受けるが、悠斗には特別仲のいい友人などいない。それは執事や使用人という特殊な仕事柄、他者とプライベートも共にする関係を結ぶのは難しいのだ。


「ごめん、お嬢様の習い事への付き添いがあるから!」なんて言う中学生は、この日本で自分くらいだろう。それゆえ、わざわざ友人を作って放課後に遊ぶなどという選択肢は、悠斗の脳内には最初から存在していなかった。


「ですから、私のことはお気になさらず。お嬢様こそ、一般科でうまくやれそうですか?」


「……」


「お嬢様? どうされましたか?」


「口調。車内では、もっと楽でいいって言ったよね?」


 華凛は座席を隔てるレザーのアームレストに肘を置くと、不満げに頬を膨らませながら、悠斗の唇を人差し指で指差してきた。


「……わかった。これでいいお嬢?」


「そうそう、同い年なんだからこうやってラフでいいのよ。あんたもパパと執事長には内緒にしなさいね」


 華凛が前方を向いてそう呼びかけると、月若家お抱えのベテラン運転手も、バックミラー越しに「心得ております」と言わんばかりにこくりと頷いた。この車内だけは、仕える主と使用人から解放されることになっている。


「そういえば、その使用人科って具体的には何をするの?」


「未来の執事やメイド、あらゆる分野の使用人を育成するための、少数精鋭のクラスということくらいしか……でも、俺の通うエリートコースはかなり融通が利くそうですよ」


「ふーん。でも、あんたが今更学校で学ぶことなんてなくない? うちの執事長に相当しごかれてきたんだし」


「まぁ……確かに実技に関してはそうだけど。これも旦那様からの命令だからな。人脈作りとか、他にも意味があるんだろ」


「あんたも大変ね」


 そんな他愛のない話をしていると、運転席のミラーを三回ほど直す仕草が見られた。これは、目的地に着いたことを知らせる秘密のサイン。


 悠斗は一瞬で「星原悠斗」から「月若家の執事」へと表情を引き締める。ガラスの向こうには、多くの新入生たちが行き交う、東京勇阿学園の巨大な校門が見えてきていた。


「お嬢様、そろそろご準備を」


「ええ」


 車が完全に停止すると同時に、悠斗は自身の座席側のドアを開けて滑らかに外へ出た。そのまま音もなく車両の後方を回り込み、華凛が座る側のドアノブへと手をかける。


 カチャリ、と重厚なドアを外側から開き、片手を車のルーフに添えて華凛の頭がぶつからないように配慮しながら、優雅に一礼した。


「どうぞ、お嬢様」


 周囲の視線が一斉にこちらに集まる中、華凛は完璧な令嬢の笑みを浮かべて車外へと降り立つ。


「さーって、行くわよ悠斗。準備はいい?」


「勿論でございます。参りましょう」


 校門を抜けると、周囲からの注目はさらに強まる。


 東京勇阿学園も、言わずと知れた名門中の名門。入学前から家柄や資産に関する厳正な審査がなされるため、そんじょそこらの小金持ちが入学を許されるような場所ではない。周囲を歩いているのは、誰もが名だたる企業の御曹司や令嬢ばかりだ。


 だが、月若の下にはそんなのは無意味。浴びせられる視線が、その格差を何よりも物語っている。


「えーっと……」


 広い敷地を前に、華凛がわずかに視線を迷わせた。すかさず悠斗は一歩歩み寄り、周囲に聞こえない声で囁く。


「お嬢様、あちらが教室のある建物でございます。私が先導いたしましょうか?」


「大丈夫、それは少し格好悪いもの。私が前を歩くから、あんたは後ろからついてきなさい」


「承知いたしました」


 プライドを覗かせる命令に心の中で深く頷き従う。そうして優雅に歩みを進めていくうちに、ふと、華凛の足が静かに止まった。その碧い瞳が一心に注視し始めた先を、悠斗もさりげなく追った。


 大勢の生徒たちが進む中央通路の向こう側――そこに、例の彼の姿があった。華凛の幼馴染で結婚相手である、日ノ内大和。すらっとした姿勢とおっとりした目元。古風な気品を纏った彼だけは、この場所で、月若に張り合える唯一の存在。


「……大和」


 熱い視線を送りながら、華凛の唇から思わず一言漏れる。周囲の目が届くこの場所で、それはあまりにも危険な一言だった。


「おっほん」


 悠斗がわざとらしく、小さく咳払いをすると、華凛はハッと我に返って慌ててこちらを向き直した。


「大丈夫ですか、お嬢様。お顔が赤いようですが」


「あ、ううん、何でもない! ちょっと喉が渇いたから、何か冷たいジュースでも飲みたいなぁーって思っただけ!」


「……奥様より、お嬢様の健康管理につきまして強く注意されております。買い食いはまた今度にいたしましょう」


「ちぇー、はーい……」


 完璧なアドリブで周囲の疑惑の目を逸らしながら、悠斗は首を動かさず、視線だけで再び大和の方を捉えた。悠斗が見つめているのは、大和ではない。その後ろに立つヴィクトリアンスタイルのメイドだ。


 艶やかな黒いロングヘアは、低い位置でまとめられ、その上には髪一本と乱れることなくメイドキャップが戴かれている。すらりとした高い身長も相まって、圧倒的な雰囲気を醸し出していた。


(あれが富士見瑠衣。日ノ内からのメイドか)


 大和の背後から、一切の感情を排した瑠衣の瞳が、一瞬だけ悠斗を、小指を挙げ瞬きを四回する。


(小指を挙げ瞬きを四回――確かこれは、スマホを確認のサイン)


 スマホを見ると、「不審なユーザー」からのチャットメッセージが届いている。


『ガイダンス終了後、理事長室の隣の部屋までお嬢様をお連れください。大和様がお待ちしております』


(……入学式初日の、しかも午前中からさっそく密会すんのかよ)


 悠斗は内心で激しいツッコミを入れずにはいられなかった。スマホをしまい、先を歩く華凛のもとへ急いでついていくのだった。


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