11 執事とメイドのカレー作り(2)
「料理ですか? ならこの野菜を切ってみますか」
「はい! 是非やらせて下さい」
悠斗は包丁を渡すと、今度は危なくないようにすぐ隣で見守ることにした。
再び包丁を握った瑠衣は、先ほどと同じように全身をガチガチに強張らせ、人参を睨みつけている。やはりどこか戦いに挑むような物々しい雰囲気だ。
「富士見さん、まず肩の力を抜いて。そんなに強く握ったら逆に危ないですから」
「は、はい。こう、でしょうか」
「そう。あと、左手は上から押さえるんじゃなくて、指先を内側に丸めて『猫の手』にするんです」
「猫の手……ですか?」
瑠衣は不思議そうに呟くと、真面目な顔をして左手を握り、小さく「にゃー」と呟いた。
「いや、ポーズじゃなくて手の形ね?」
思わず突っ込むと、瑠衣はハッと我に返り、みるみるうちに顔を真っ赤に染めた。
「し、失礼しました! 冗談のつもりではなく、純粋に形状の再現を……!」
「わかってますよ。ほら、指先をこう、内側に隠して、関節の平らな部分を包丁の腹に当てるんです。やってみてください」
悠斗に言われた通り、瑠衣は恐る恐る人参に包丁の刃を当て、ゆっくりと下に押し下げた。
サクッ、と少し歪ではあるが、人参が綺麗な半月切りになる。
「……切れました」
「上手です。その調子でゆっくり切っていけば大丈夫ですよ」
「はい!」
瑠衣は真剣そのものの表情で、玉ねぎ、じゃがいもと順調に切り進めていった。形は少し不揃いだったが、初心者とは思えないほど丁寧な仕上がりだった。
「よし、これで具材のカットは完璧です。富士見さん、筋がいいですよ」
「ありがとうございます。星原さんの教え方が論理的で分かりやすかったおかげです」
瑠衣はふぅ、と小さく息を吐き、達成感からか少し誇らしげに胸を張った。心なしか、その表情はいつもの冷徹なメイドのそれではなく、等身大の少女の柔らかさを含んでいる。
「じゃあ、次は火を起こして、具材を炒めていきましょうか」
「火起こしですね。そちらは任せてください」
瑠衣は準備されていた薪とマッチを手に取り、かまどの前にしゃがみ込んだ。今度は包丁ではないので安心かと思いきや、彼女はマッチの箱をじっと見つめたまま、再びピキリと動きを止めてしまった。
「……富士見さん?」
「あ、いえ……その。実は、マッチを擦るのも、初めてでして。日ノ内では常に全自動のコンロか、電子システムでしたので」
「あ、そっか……」
さすがは大富豪の家。日常のあらゆる場所が高度なテクノロジーで埋め尽くされているのだろう。悠斗は苦笑しながら、再び彼女の隣にしゃがみ込んだ。
「じゃあ、これも一緒にやりましょう。マッチの頭を、箱の横のザラザラした部分に強く押し当てて、手前にシュッと引くんです」
「こう、ですか――」
瑠衣が恐る恐る手を動かすと、シュッと小さな音がして、パッと赤い炎が灯った。
「わっ……!」
驚いて思わずマッチを落としそうになった瑠衣の手を、悠斗が横からそっと支える。
「大丈夫、そのままゆっくり薪の間の新聞紙につけて」
「は、はい……!」
二人の手が重なり合うような格好のまま、無事にかまどの中の薪に火が移った。パチパチと音を立てて火が大きくなっていく。
「やりましたね。これで煮込めますよ」
悠斗が顔を上げると、すぐ至近距離に瑠衣の顔があった。
火の光のせいだけではない。彼女の白い肌が、耳の裏まで真っ赤に染まっているのが分かった。重なっていた手に気づいたのか、瑠衣は慌ててパッと手を引いた。
「し、失礼しました! 任務中にもかかわらず、不必要な接触を……!」
「いや、俺が勝手に支えただけだから! すみません!」
お互いに顔を真っ赤にして立ち上がり、意味もなく周囲を見渡す。
すると、隣のかまどでカレーを作っていた一般の家族連れのお母さんが、微笑ましそうにこちらを見ていた。
「あら、仲のいいお二人ね。高校生のカップルかしら? 共同作業、頑張ってね」
「「えっ」」
二人の声が完璧にハモった。
「ち、違います! 私たちはそのような関係では……!」
「そうです! 私たちはただの業務提携、いえ、その、ただの友達で……!」
慌てて弁明する二人の姿を見て、お母さんは「あらあら、うぶで可愛らしいわねぇ」とさらに笑っている。
すっかりペースを乱された二人は、お互いに目を合わせられないまま、慌ただしく鍋に具材を投入していくのだった。主たちのイチャイチャ空間をプロデュースするために来たはずなのに、自分たちの空気が完全にそれ以上のものになっていることに、二人はまだ気づかないフリをしていた。




