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戦わずして勝つ

 隣国ガバルドの王宮。謁見の間に漂うのは、文字通り「一触即発」の冷気だった。玉座に深く腰掛けたガバルド王は、鋼のように硬い髭を蓄え、不機嫌そのものの形相で眼下の来訪者を睨みつけていた。


「……帝国がよこしたのが、女だと? 舐められたものだ。和平など認めん。我が軍の精鋭が貴殿らの砦を更地にし、帝国騎士の誇りとやらを根こそぎ――」


「あー、おじいちゃん! その話、一旦ストップで!」


 重厚な演説を無慈悲に切り裂いたのは、シルヴィアの後ろからひょっこりと顔を出したユアだった。


「てかさ、その王冠、マジでセンス良くね? 宝石ゴリゴリでエグいんだけど! トレンド先取りしすぎっしょ!」


「ユ、ユア殿……ッ! 王に対してタメ口は死罪……!」


 ゼクスが青ざめて小声で制するが、時すでに遅し。ガバルド王は雷に打たれたような顔で立ち上がった。


「なっ、何だと……!? この私を、この『鉄壁のガバルド』を今、『おじいちゃん』と呼んだか!?」


「え、だっておじいちゃんじゃん(笑)。あ、見てこれ! うちのヴィーちゃん、今日のためにおじいちゃんに会うからって、マジで気合入れてオシャレしてきたんだよ? ほらヴィーちゃん、挨拶!」


 視線が一斉にシルヴィアへ集中する。彼女は心臓が口から飛び出しそうなほどの緊張と、耐え難い羞恥心に震えていた。だが、ユアの「使える武器は使え」という言葉が、彼女の騎士としての背中を無理やり押し出す。


 シルヴィアは、震える指先でスカートの裾をそっと持ち上げた。そして、練習の成果を振り絞り、頬を林檎のように赤く染めながら、ぎこちなく微笑んだ。


「……ガバルド王。貴殿にまみえるのを……その……『超楽しみ』にしていた。このドレスは……貴殿の、その……力強くも美しい瞳の色に合わせて……選んだものだ……」


(死にたい。今すぐこの床が割れて、地の底まで埋まりたい……!)


「…………」


 広間が、恐ろしいほどの静寂に包まれた。

 ゼクスは処刑の宣告を覚悟し、無意識に剣の柄を握りしめる。ガバルド王の眉間に深い皺が刻まれ、その口がゆっくりと開く。


「…………カッカッカ! ハーッハッハッハ!!」


 突如として、王宮を震わせるような爆笑が轟いた。


「私の瞳の色に合わせただと? ……よかろう。あの、鉄面皮で愛想の一つもなかった『氷の将軍』シルヴィアが、まさか私に敬意を払って着飾ってくるとはな。……それほどまでに我が国を慕っているという証か。面白い。少し、話を聞いてやってもよいぞ」



 数時間後。謁見の間には、かつての険悪なムードは微塵も残っていなかった。

 ユアがどこからか持ち込んだ、ふわふわの「異世界パンケーキ」を王と一緒に頬張りながら、和気あいあいとした雰囲気の中で和平協定の調印が進められていく。


「王様、マジ話わかるわー。今度、うちの砦の近くに美味しいクレープ屋出すから、絶対遊びに来てね! VIP席空けとくから!」


「うむ、ユアといったな。貴殿のような愉快な娘が隣国にいるのなら、戦争など退屈でかなわん。シルヴィア殿、この娘を大切にせよ。彼女は、剣よりも鋭く人の心を貫く」


「は……。肝に銘じます……」


 帰り道の馬車の中。シルヴィアは、まだ慣れないドレスの裾を気にしながら、窓の外に広がる穏やかな夕焼けを眺めていた。


「……戦わずに、勝つ。……これが、貴公の言う『バイブス』の力か。私の知る軍略書には、どこにも書いていなかった戦法だ」


「っしょ? 拳より愛だよ、愛! ……あ、でもヴィーちゃん。さっきから思ってたんだけど、歩き方がまだガニ股だから。ドレスの時はモデル歩き! そこは要練習ね!」


「なっ……! か、観念して練習する。……だが、今日だけだぞ……ッ!」


 赤面して顔を背けるシルヴィア。その後ろで、ゼクスはそっと懐から胃薬を取り出し、水もなしで飲み込んだ。


「(……もう、何も言うまい。……平和なら、それでいいのだ……)」

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