鋼鉄の騎士
重厚な石造りの広間に、鉄靴が石床を叩く不吉な音が響き渡った。
「閣下! 敵の先遣隊が第一結界を突破、正門を……ッ!?」
飛び込んできたのは、血と煤にまみれた副官ゼクスだ。息を切らし、今にも崩れ落ちそうな体を剣で支えていた彼は、主君の姿を見て言葉を失った。
絶望の淵にいたはずの若き女公爵、シルヴィア。彼女の口元には、毒々しいほど鮮やかな、紫色の「未知の物体」が挟まっていたのだ。
「は、閣下……失礼ながら、その、口元にある奇妙な色の……果実、のようなものは一体?」
シルヴィアは頬を膨らませ、奇妙な弾力を持つそれを無心に咀嚼していた。
「(もぐもぐ……)……分からぬ。この女が、私の口に強引に放り込んできたのだ。……ひどく酸っぱい。だが、疲弊した脳が、無理やり覚醒させられるような感覚だ」
「っしょ? ビタミンCは大事。で、あの外で騒いでるガチ勢(敵軍)が邪魔なわけ? だったら、ウチが良い感じに追い返してあげよっか?」
シルヴィアの傍らで、ユアが軽い調子で身を乗り出した。ゼクスは目を剥き、その軽薄な身なりを凝視する。
「……はい? 失礼ですが貴女、鎧も着ていない平民の身で何を……」
「あ、スマホ生きてんじゃん。充電8%だけど、これ使えば余裕っしょ」
ユアは手元の平たい板を操作すると、バッグから円状の奇妙な道具を取り出した。
「ヴィーちゃん、お兄さん、耳塞いでてね! 爆音でいくよー!」
ユアは迷うことなく砦の屋上へと駆け上がった。追うシルヴィアとゼクスが見たのは、戦場の常識を根底から覆す光景だった。
ユアが板を操作した瞬間、夜の静寂が粉砕された。
「おらおらー! パーティの始まりだよー! テンションぶち上げろー!!」
放たれたのは、地響きのような重低音。令和最新のEDMが、魔法の増幅器(自撮り用リングライトに付属のスピーカー)を通じて大気を震わせる。それだけではない。ユアが手にした「超強力リングライト」が、最大出力で白銀のストロボ光を撒き散らし始めた。
「光の魔法か!?」
「禁忌の召喚術だ! 聖獣の声が響いているぞ!」
暗闇に慣れていた敵兵たちは、目に突き刺さるような激しい点滅と、臓腑を揺さぶる未知の轟音にパニックを起こした。制御を失った軍馬はいななき、騎士たちは「呪いだ!」と叫んで武器を投げ出す。
光と音の暴力――現代の「クラブ」の熱狂は、中世の戦場においては神の雷にも等しい脅威だった。敵軍は蜘蛛の子を散らすように、文字通り総崩れとなって撤退していった。
嵐が去った後のような静寂が戻った戦場。
呆然と立ち尽くすシルヴィアと、膝をついて祈りを捧げそうになっているゼクスの前に、ユアが晴れやかな笑顔で戻ってきた。
「ふぅー、マジチョロかったわ。……あ、スマホ死んだ。ヴィーちゃんかお兄さん、モバ充持ってない?」
「……もば、じゅう……? 貴公、一体……何者なのだ」
シルヴィアの問いに、ユアは人懐っこい笑みを浮かべ、指をVの字にして突き出した。
「ウチ? ユア。よろしくね、ヴィーちゃん! 詰んだとか言ってシケてないで、明日からマジでアゲてこーぜ!」
シルヴィアは、自身の高潔な騎士道精神が、この「ギャル」という嵐に蹂躙されるのを感じていた。だが、同時に胸の奥で、冷え切っていた何かが熱を帯びるのも感じていた。
「(……この女、得体が知れん。だが……死ぬのが、ひどく馬鹿らしくなったのは確かだ)」
隣では、真面目一徹な副官ゼクスが、胃のあたりを強く押さえながら力なく呟いた。
「閣下……。我が国の誇り高き騎士道が、今、音を立てて崩れていく音がします……。まさか、あのような『騒音と光り物』に救われるとは……」
こうして、亡国の危機に瀕した王国は、一人のギャルの「ノリ」と「圧倒的な陽の気」によって、予測不能な運命へと舵を切ることになったのである。




