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絶望の女将軍

 空は重苦しい鉄の色に染まり、立ち昇る黒煙が月を覆い隠していた。

 かつて鉄壁を誇った帝国軍の砦は、今や見る影もなく崩れ去り、赤々と燃える炎が崩落した石壁をなめている。


「……ここまで、か」


 帝国軍の誇り、シルヴィア・フォン・ローゼンバーグは、半ばから折れ曲がった愛剣を杖代わりに、熱を帯びた地面に膝をついた。

 重厚な黒鉄の鎧はひび割れ、隙間からはどろりとした鮮血が滴っている。煤と返り血に汚れたその美貌には、もはや戦士としての覇気はなく、ただ底なしの絶望だけが沈んでいた。


「我が軍は壊滅、補給路も断たれた。もはや、あがく術すらない。……万死に値する。まさに、完璧な『詰み』だ」


 シルヴィアは震える手で、腰に差した短剣を抜いた。冷たい刃を、自らの白い喉元に押し当てる。将として、責任を取るための最期。

 覚悟を決め、瞳を閉じた――その時だった。


 ピロリンッ。


 戦場にはあまりに不釣り合いな、電子音が鼓膜を叩いた。


「え、待って待って待って! ここどこ〜? マジ風景エグいんだけど!」


 軽薄な、あまりに軽薄な高音が、死の静寂をぶち壊した。シルヴィアは驚愕し、短剣を止めて目を見開く。


 目の前にいたのは、戦場にはあまりに不釣り合いな装いの娘だった。

 短いスカートから伸びる生足、あり得ないほど高い靴底のブーツ。そして、燃える炎よりも鮮やかな、高く盛り上げられた金髪。


 娘は、手に持った不思議な光るスマホを周囲にかざし、あちこちに向けていた。


「うわ、火事じゃん! 燃え方ハンパなくね? 映えすぎでしょ。あ、お姉さんも撮っていい? はい、チーーーズ!」


 カシャッ!


 閃光と共に、アイゼンの絶望に満ちた顔が板の中に吸い込まれる。


「なっ……貴様、どこから湧いた! 隠密か!? 魔法使いか!?」


「あ、お疲れ〜。ウチ、ユア! てかお姉さん、今から死のうとしてた? ダメだよー、めっちゃメンヘラ炸裂してんじゃん! ウケるんだけど!」


「メ、メン……? 何を言っている。私は帝国将軍として、名誉ある死を……」


 ユアは、シルヴィアの殺気に満ちた叫びをさらりと受け流すと、距離を詰めて彼女の顔をのぞき込んだ。


「名前なんてーの?」


「……名か。……シルヴィア・フォン・ローゼンバーグだ。だが、そんなことはどうでもいい! 貴公、ここが修羅の庭だと分かって――」


「え、待って、なっが!! じゅげむ? じゅげむなの? 覚えるのムリすぎなんだけど!」


 ユアはシルヴィアの言葉を遮り、大げさにのけぞってみせた。


「よし決めた、今日から『ヴィーちゃん』ね! はい確定〜!」


「ヴィ、ヴィーちゃん……!? 貴公、何を勝手な……そもそも私は帝国の将として――」


「それよりヴィーちゃん、マジで顔怖すぎだって。眉間のシワ、エグいよ? 完全に盛り下がってるし、マジでおブス! 10歳は老けて見えるからホントやめな? 全然映えないし!」


「お、おブス……!? じゅ、10歳だと……っ!?」


 誇り高き女将軍は、敵軍の罵倒よりも、ギャルから放たれた「老けて見える」という無慈悲な一撃に、思わず絶句した。


「あー、はいはい。お腹空いて病んでる系ね? わかるー、空腹ってマジでメンタル削れるし、ネガティブ全開になるよね」


 ユアは、まるでおやつを分けるような気軽さで、ポケットからキラキラと光る小袋を取り出した。


「はいこれ、食べな? 期間限定の『超酸っぱいレモン味グミ』。ビタミン摂れば、そんなガチな顔しなくて済むっしょ!」


 シルヴィアの唇に、弾力のある奇妙な物体が押し付けられる。

 それは、帝国の滅亡を目前にした女将軍と、令和の空気を纏ったギャルが、歴史的な出会いを果たした瞬間だった。

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