お金がない!
最果ての砦、その中心に位置する戦略会議室。かつては数々の勝利を誓い合ったその場所には今、カビ臭い空気と死を待つような静寂だけが支配していた。
「……詰んだ。やはり、どう考えても詰みだ」
若き女将軍シルヴィアは、机に両肘をつき、乱れた髪の間から深く頭を抱え込んだ。
「昨晩の奇襲こそ退けたが、我が軍の金庫は底をついた。兵士への給与も、武器の修繕費も、明日のパンさえ買えぬ。……いっそ潔くこの城を売却し、私は野に下るべきか。そうすれば、少なくとも兵たちの命だけは繋げるかもしれぬ……」
「閣下、早まらないでください!」
傍らに立つ副官ゼクスが悲痛な声を上げる。だが、その声にも力はない。
「しかし……確かにこの辺境の砦まで、今すぐ大金を運んでくる商人はおりません。我々の誇りだけでは、腹は膨れないのです……」
その時だった。
重厚な扉が「ガラッ」と、およそこの場にそぐわない軽い音を立てて開いた。
「おはよー! ってか、何この空気? 朝からお葬式モード? テンション低すぎてお肌に悪いよ、ヴィーちゃん!」
現れたのはユアだ。どこから調達したのか、兵舎の埃を被っていた古いカーテンを勝手にリメイクし、肩を大胆に露出した「オフショル・トップス」として着こなしている。
「ユア……貴公か。……見ての通りだ。この城には、もう一銭の金もない。名誉ある餓死を待つのみなのだ」
「え、金? 金なら稼げば良くね? てか、ここ見てなよ、ロケーション最高じゃん! 森は見渡せるし、お城感マジパネェし。これ、『映えスポット』として売れるっしょ!」
「ハエ……? 害虫を売れというのか? 貴公、ついに空腹で頭が……」
数時間後。ユアの「ノリ」という名の猛烈な指揮のもと、殺風景だった砦の入り口は、前代未聞の変貌を遂げようとしていた。
「はい、そこ! ゼクス君、動かない! その槍、メニュー立てにするから貸して! あと、兵士の皆さんは上着脱いで! 腹筋バキバキに見せつけてこー!」
「は、はい!? 槍を看板に!? しかも裸!? 貴女、我ら帝国騎士を何だと思っている! 見世物になれと言うのか!?」
困惑し、顔を真っ赤にするゼクスに、ユアは腰に手を当てて言い放つ。
「違うって、これは『コンセプト・カフェ』! 騎士様が直々に接客してスマイルとか、城下町の女子たち、絶対、秒で課金しにくるから!」
ユアの勢いは止まらない。軍の配給食である「パサパサで石のようなパン」を細かく刻んで焼き直し、ベリーソースを添えてフレンチトースト風にアレンジ。さらに、飲めたものではない「酸っぱい安ワイン」に、湧き水と庭のハーブを放り込む。
「名付けて、『聖騎士の休息~秘密のカクテル~』。これ一杯で五百円?んー、千円くらいいけるっしょ!」
シルヴィアは、自分の騎士たちが半裸で看板を持ち、磨き上げられた鎧がテーブル代わりにされている光景を、ただ呆然と見つめていた。
「……ゼクス。私は、夢を見ているのか? それとも、これが異世界の戦術なのか?」
「分かりません、閣下。……ですが、兵たちが『これなら腹が膨れるかも』と、少しだけ瞳に輝きを取り戻しているのが、私は何よりも恐ろしいのです……」




