ドキドキティータイム
陽光が降り注ぐ、街で一番オシャレなカフェのテラス席。
そこには、重厚な軍服を脱ぎ捨て、柔らかな素材のブラウスを纏ったシルヴィアが座っていた。対面に座るエルンストは、そのあまりの美貌に、運ばれてきた紅茶を飲むことすら忘れて見惚れている。
「シルヴィア殿、今日は一段と素晴らしい。貴女のような強く、そして美しい女性を守れる男になりたい……そう、心から思っております」
エルンストが瞳を潤ませ、甘く囁く。シルヴィアは心臓の鼓動が「戦闘開始の合図」のように跳ね上がるのを感じた。ユアとの特訓を思い出す。ここで、可愛らしく……。
「……うれ、うれぴ……うれぴよ、です……?」
シルヴィアの口から飛び出したのは、ユアが冗談半分に吹き込んだ「異世界のギャル語」だった。本人は至って大真面目だが、その場に奇妙な静寂が流れる。
離れた席では、付け髭とサングラスという怪しすぎる変装をしたユアとゼクスが、メニューで顔を隠しながら見守っていた。
ゼクスの拳はテーブルの下で白くなるほど握りしめられていた。
(……なんだあの男。閣下の本当の美しさも知らぬくせに。閣下が徹夜で戦術を練る時の、少し乱れた髪の尊さも、勝利の後に見せる一瞬の安堵の微笑みも……何一つ知らぬくせに……!)
ティータイムが佳境に入り、エルンストがテーブルの上のシルヴィアの手にそっと触れようとした。
その瞬間。
シルヴィアの脳が「恋愛」を認識するより早く、戦士としての「生存本能」が臨界点を超えた。
「(ガシッ!!)……隙ありィ!!」
「ぎ、ぎゃあああああ!!? 痛い、痛い痛い! 腕が! 腕が折れるぅぅ!!」
テラスにエルンストの悲鳴が響き渡る。シルヴィアは無意識のうちに相手の手首を完璧な関節技で極め、椅子から引きずり下ろして地面に組み伏せていた。
「あーあ……。ヴィーちゃん何やってんの」
ユアが呆れた声を上げるのと同時に、ゼクスが弾かれたように席を立った。変装のサングラスを投げ捨て、一直線に閣下のもとへ駆け寄る。
「閣下! 離してください! そのような軟弱な腕、一本でも折ってしまえば国際問題に発展いたします!」
ゼクスの必死の説得により、シルヴィアはようやく我に返り、エルンストの手を離した。
「あ、いや……これは……その、すまない……」
顔面蒼白で涙目のエルンストは、謝罪も聞かずに「化け物だー!」と叫びながら街の彼方へと逃げ去っていった。
その夜。再び、将軍の私室。
シルヴィアは深い溜息をつき、膝を抱えて床に座り込んでいた。
「……やはり無理だ。私は女として欠陥がある。あのような甘い言葉をかけられても、攻撃される恐怖と不快しか感じなかった……」
ユアは、残っていた果実酒をシルヴィアの杯に注ぎ、ぽりぽりと揚げ菓子をかじった。
「うーん、ヴィーちゃん。正直言うけどさ。ヴィーちゃんが求めてるのって、ああいうチャラいお世辞じゃないよね?」
「……え?」
「さっきさ、ゼクス君が飛び出してきた時。ヴィーちゃん、ちょっとだけ安心した顔してたよ? 結局さ、自分の『全部』――強さも、不器用さも、弱点も知ってる相手じゃないと、心って開けないもんじゃん」
シルヴィアの脳裏に、慌てて自分を止めに来た副官の顔が浮かぶ。
「……ゼクス、か。あ奴は……確かに、私がどんなに無様でも、どんなにネガティブになっても、黙って背中を守っていてくれる。……それが、当たり前だと思っていたが」
「それだよ、それ! 近くにマジ最高の物件いるじゃん。……てかヴィーちゃん、顔真っ赤なんだけど! 詰んだー、これガチ恋の予感だわー!」
「ち、違う! 違うぞユア! 万死……万死に……!!」
シルヴィアは真っ赤になった顔を隠すように枕に顔を埋めた。
一方、窓の外の暗がりでは、ゼクスが「閣下の夜間護衛任務(という名の居残り)」を継続していた。
夜風に吹かれながら、彼は昼間の光景を思い出し、胸の奥を焦がすような思いを独り言に変える。
「……あーん、か。……私も、一度くらいは、されてみたいものだな……」
星空の下、最強の将軍と、その最強の盾は、それぞれの不器用な想いを抱えたまま、同じ月を見上げていた。




