033 トラブル発生とニケのジャンパー
これは十年くらい前――
大型プロジェクトがトラブって、高稼働が続いている現場へ。
レイジがPM支援として放り込まれた頃の話です。
ようやく要件整理も終わり、
追加分の費用のユーザ合意も済んで、
現場の空気が少しだけ軽くなっていた。
やっと。
「あとは人を足して、走り切るだけ」
そんな空気になり始めていた。
(この現場、“やらない事”が書かれてない仕様書だったから、ここまで長かったけどな……涙)
今回は。
この現場で、一番偉いPMさんのお悩み。
――◇――
午後。
会議室から戻り、自席へ向かって歩いていると。
向こうから、PMさんと補佐役さんが紙を持って歩いてくる。
しかも早足。
血相を変えて。
……あ。
また事件だ。
このPMさん。
見た目は若い。
隣の補佐役さんの方が、一回りくらい年上に見える。
メーカー案件は長い。
でも大型金融は初。
だから、金融ばかりやってきたレイジが、部署違いなのにPM支援で呼ばれていた。
そして。
この人には、ずっと気になっていることがある。
白いワイシャツ。
その上。
スーツじゃない。
いつも胸まで閉めた、ベージュ色のジャンパー。
しかも胸には――うちの社名。
え。
うち、ジャンパー作れんの?
――ニケ作れんの?
だったら、うちの連中に配ったら喜ぶんだけどなぁ。
仕事効率は変わらんけど(笑)。
「レイジさん!」
「あ、今戻ったとこだから、コーヒー飲んでからじゃダメ?」
「……はい、すいません」
なんか息荒くね?
顔色も悪い。
「メールも入れたんですけど……」
「まだ見てない。厄介事なら胸にしまっといた方が、現場的には平和じゃね?」
冗談。
他部署だった。
……通じない。
PMさん、額に汗。
あ。
これ、本当にヤバいやつだ。
――◇――
「この前、お客様と決めたA部分の構築費なんですが……」
「ああ」
「レイジさんにも同席いただいた会議で……」
「うん」
「金額……間違ってました」
……。
レイジさん。
一瞬、停止。
「あれ、二週間前だよな?」
「はい」
「もう発注済んでるよね?」
「はい」
隣で、分厚いメガネの補佐役さんが紙を広げた。
指差す。
「四十万ほど……多く頂いてしまって」
なるほど。
間違えたの、あなたね。
「あれ、お客様が手帳見ながら出した数字だよな?」
「元の数字を……こちらが間違えて伝えてました」
PMさん。
完全に青い。
ここ数日。
たぶん寝てない顔。
そして聞かれた。
「……すぐ謝罪へ行った方がいいですか」
――◇――
椅子へ座る。
少し考える。
案件規模。
発注状況。
売上。
承認済み。
影響範囲。
頭の中で計算。
それから言った。
「……今回は、ほっとこう」
「……はい?」
声、裏返る。
「ここ数千万赤出てる案件だよね」
「……はい」
「向こうも予算通した」
「発注も通った」
「今さら戻したら、説明地獄。――差し戻し地獄」
PMさん。
無言。
下を向く。
「それにさ」
少し間を置く。
「一番死ぬの誰?」
「……」
「そっちの部署、売上計上したよね?」
「……しました」
売上計上は主管部署の仕事。
承認済みの取消し。
再発注。
部署長説明。
関係部署調整。
……考えただけで胃が痛い。
「だから困るのは?」
「……わたしです」
「嫌だよね、それ」
PMさん、小さく笑う。
いや。
顔、引きつってる。
補佐役さんは。
ずっと資料だけ見てる。
いや、お前も顔上げろ(笑)
「もう一回言う」
「だから今回は、ほっとこう」
「……大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない」
「でも、この規模で四十万だけ差し戻しても、今更誰も幸せにならない」
補佐役さんと顔を見合わせる二人。
「みんなが幸せな方が、レイジは好きなんだよ」
補佐役さんから紙を受け取る。
指を差す。
「ただし」
「この四十万は、うちの金じゃない」
「次回追加発注で返そう」
「……?」
「次回、四十万安く見積もる」
PMさん。
即メモ。
えらい。
ちなみに。
間違えた張本人の補佐役さん。
ここまで、ほぼ無言。
……いや、お前も一言くらいなんか言え(笑)。
「忘れるなよ」
「分かりました……本当にすいません」
「あと」
「はい?」
「俺の冗談には、少しくらい笑ってね」
「……すいません」
顔が、それどころじゃない。
「ま、いいや」
「コーヒー買ってきていい?」
「はい!ありがとうございました!」
深々と頭を下げるPMさん。
さっきより、少しだけ元気になって戻っていた。
(コーヒー代出します、とは言わないわけねぇ。しっかりしてるわ)
――◇――
毎日毎日。
この現場は、次から次へ問題を作ってくれる。
きっとみんな。
レイジさんを飽きさせないための優しさなんだろう。
……いや違う。
ただの運命の嫌がらせだな。
――◇――
そして。
冷えた缶コーヒー片手に戻る途中。
ふと思い出す。
……あ。
やべ。
忘れてた。
大事なこと。
あのニケのジャンパー。
社内のどこへ頼めば作れるのか。
聞くの忘れたじゃんかぁぁぁぁぁ!!!
四十万問題。
大型金融案件。
数千万赤字。
そんな日に。
俺が最後まで引きずっていたのは――
たぶんタダで作ってもらえる会社ジャンパーだった。
――◇――
【今日の教訓】
・大型案件ほど、問題は静かにやってくる
・本当に追い込まれてる人は、冗談を聞く余裕がない
・正しさより、混乱を増やさない方が大事な時もある
・そして――人間、本当に気になるものだけは最後まで忘れない
俺は40万問題より、
ニケのジャンパーの発注先が気になった。
……たぶん、こういう所が、
「レイジさん、生き方が雑ですよね」
って言われる理由なんだろうな。
【了】
――◇―― ――◇―― ――◇――
※PMさんに後で聞いた。
あの会社ジャンパーを発注する部署。
そしたら、読み方――NINEだった。
ニケって言ったら、はぁって顔された。
……いやこれ、マジな話w




