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第8話 ジャンボ・AI・ブワナ


やーっと、残り2人分の人的要因入力で

第一段階の作業項目が終了する


要因データは変動データでは無く

不変な固定データに近づけないと駄目なので


現在進行形で変動して確定していない要因については

下手に入力しても削除する必要のある

ゴミデータになってしまうかもしれないから


一旦は、ここまでで作業完了という事らしい


作業に取り掛かった時は、面白半分とか

やった事にない作業だから興味本位とかあったけど



入力する内容についてのレビュー


 これは後世への影響として軽微な一時的なものに過ぎなかったから

 再現する可能性は無いから入力不要とか


 いや、今は影響が軽微だけれども

 数年後には影響を受けた人間が後世に大きな影響をもたらす

 可能性があるのだから入力するべきだとか


などなどと、検討会形式でのアレコレなどを経ると


最初の興味本位な面白半分な感覚は消えて

業務連絡と、上司への報告、作業進捗報告と作業を繰り返す内に

面白さとか興味とかが消え去っていた。


・・・


というワケで、第一段階作業項目に関する

最終データ・フォルダの名前が書かれたメールを受信


-------------------------------------------------

フォルダ名 

[ Jambo AI Bwana : ジャンボ AI ブワナ ]

 AI先生、おはよう御座います

-------------------------------------------------


本当にフォルダ名の通りなら、後は


AIお任せ自動モードになるのかな


それでいいなら楽だなあ

でも、そうは、いかないんだろうなあ


などなどと思いながら、作業開始。


------------------------------------------------------------------


人的要因 4 : ジョゼフ・マ・ダーニ 大統領


[ Sio asili ya mwanadamu, ni asili ya kishetani


 シオ アシリ ヤ ワナダム、ニ アシリ ヤ キシェタニ ]


 それは、人間性ではなく悪魔性


-----------------------------------------------------------------


ザイスタン民主共和国の第四代大統領ジョセフ・マ・ダーニは、

華人軍国防大学に留学して訓練を受け華国に人脈を築いていたため

就任後、約21の華国と共同の政府開発プロジェクトを立ち上げた。



・・・



最初に、大々的に公表したプロジェクトは

ザイスタンのカタガ州で

コバルトと銅の産業用金属取引をする企業シミンを

設立させたプロジェクトであった。


ザイスタン歴53年 4 月、華国企業とザイスタン政府との間で、

インフラ関連融資と引き換えに

カタガ州の鉱物利権を認める契約が結ばれた。


華国輸出入銀行が資金提供した元来90億ドル相当の取引では、

60億ドルがインフラ開発に、30億ドルがカタガ州の採掘事業に融資


ODAのように投資では無く融資なので全て借金

いずれ華国輸出入銀行に返済しなくては、いけない金であった。


採掘権を取得したシミンは 1,060 万トンの銅と

600,000 トン以上のコバルトへのアクセスが可能になり、

680 万トンの銅と 427,000 トンのコバルトの鉱床が確認され操業開始。


華国輸出入銀行がシミンに提供した融資は

政府が支援する合弁事業が負担した。


ザイスタン歴54年 5 月、ザイスタン政府は 30 億米ドルの取引を

保留することに同意し、鉱物採掘権の実現可能性調査が終了。


ザイスタン歴70年10月の現在時点で

華国企業はシミン株 の68% を所有しているため

シミンの企業城下町ともいえるカタガ州の鉱山都市は

華国の経済植民地と呼ばれるようになった。


でも、華国輸出入銀行によるインフラ建設融資を受けて

その借金が返済できず、建設した港湾インフラを

借金のカタとして99年間、華国に貸与するという事態になった隣国よりは

マシだろうという事で、国内世論は落ち着いていた。



・・・・



3TGと呼称される金属


スズ(Tin)、タンタル(Tantalum)、タングステン(Tungsten)、金(Gold)


携帯電話、コンピューター、ジェット機のエンジン部品、

電子・通信機器等の多様な製品や照明、暖房、溶接の用途に

採用されている産業用金属について


ザイスタン産出金属は紛争金属で問題だ

と判断したアメカ企業は撤退して華国企業が進出した。


その経緯は誰かがシナリオを書いたかのように

スムーズに事が運ばれた。




ザイスタン歴10年から36年のマーダー政権時代


ザイスタンは、アメカから経済と軍事の両面で15億ドル以上の援助を受け

その代わり、アメカの多国籍資源メジャーは

ザイスタンの大規模な3TG鉱物資源の所有権を多く獲得した。


アメカに本拠地を置く資源メジャーはザイスタンがこれまでに集めてきた

鉱物学と地理学のデータを入手するために、マーダー・ジュニア首相に近づいて

資源メジャーの重役が、マーダー・ジュニア側近のアドバイザーになり

側近と共に国内を回って、マーダー・ジュニアの戦争戦略を決める情報を提供したりした。



マーダー政権転覆の直後、それまでの3TG採掘契約は

マ・ダーニ大統領などにより見直される事となったが

全てが反故には、されなかったし、ザイスタン政府も不可能だった。


それほどに3TG利権は巨大化してしまっていた。




第二次ザイスタン戦争は形式上は終結したが、周辺国も巻き込んで

多くの武装勢力が入り乱れて争う状態が続いていた。


主要産業である鉱業では、鉱山採掘における15歳未満の若年労働者への

過酷な強制労働などの労働者への人権蹂躙が問題視されるようになった。


 武装勢力は、3TGを資金源にしており、

 非常に広義にみた際に、3TGが使用されている工業製品の使用者や利用者は、

 結果としてザイスタン民主共和国及びその周辺国の

 武装勢力の資金を増大させ、人権蹂躙に結果として加担している

 今すぐに紛争鉱物を使用しないようにするべきだ


という国際世論が世界中に広まり

その紛争鉱物を取引しない方針が14先進国で決定した。


この国際世論に対処する為、アメカでは株式市場上場企業に対し、

3TGについて供給元等の情報についてを開示する事を義務付ける法律が

ザイスタン歴55年に制定され、ザイスタン歴58年から施行された。


鉱物供給元開示義務の対象となる企業は

アメカ国内外の約6,000社と推計され、

対象企業のサプライチェーン企業にも影響を与えた。


その法律では、アメカ株式市場の上場企業は、

紛争鉱物の使用を禁止されているわけではないが


製品に紛争鉱物を使用した部品が組み込まれていることが公表されれば、

国際的な商品ボイコットの標的になる可能性があった


企業が経済スキャンダルによる業績への影響を避けようとすれば

紛争鉱物を利用しなくなり、武装勢力への資金流入が減少して

人権蹂躙が抑制できるという主張が大々的に採択されたためであった。



そして、ザイスタン歴59年頃

それらの人権問題により撤退したアメカ企業と

入れ替わりに華国企業が進出してきた。


華国企業は労働者の人権などには一切、配慮せず

紛争鉱物でも買い取ったため、

資金源を確保したい武装勢力にとっては都合が良く

華国企業にとっても国際取引価格より遥かに安い値段で

3TGを調達できて都合が良かったため

利害関係が一致して取引が成立した。


ザイスタン歴62年にザイスタンの3TG産地州の知事は

同州の75の金属加工工場のうち

60以上が華国企業によって所有されている公表した。


この時、この地域産出3TGの90%が華国に輸出されていた。



ザイスタン歴62年、約600人の華国人が

労働法と環境法に違反したために

ザイスタン東部から追放されるほどに

労働者に厳しく、環境破壊を招く経営方式で

直接的または間接的に、児童労働者を雇用しているなどが

国際世論で非難されたが


マ・ダーニ政権は、産業振興支援をする友好国として華国を賛美し


 過酷な労働環境でも頑張って働く勤勉で有能な労働者として

 自分の利益などは考えずに身の程を弁えて

 職場全体をレベルアップさせるために貢献し

 同じ仕事をする労働者に尊敬されるような存在となって

 死ぬまで働きたいと望む

 そんな勤勉に働き、謙虚な態度で、質素に生活する事こそが美徳


という道徳観を宣伝するテレビ番組を

大々的にマスコミなどを使って流し続けて

不満による暴動が発生しないようにした。




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人的要因 5 : スパダリ大統領


[ Najua bado unataka kupigana, lakini tuongee


 ナジュア バド ウナタカ クピガナ ラクニ ツオンゲ ]


 まだ、戦いたいのは わかりますが、話し合おう


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第5代大統領スパダリは、

ザイスタン歴10年 6月13日にキシャサで生まれた。


父はセイ・ジーン時代から独立期にかけて植民地政府から独立政府への

産業振興統治についての引継ぎ作業をする機関の公務員としての職務につき

オレ・サ・マーダー政権下で産業振興大臣を務めたエティエンヌ・スパダリ


母は地元土着宗教の宗長の娘であったマルテ


少年時代は、裕福な上流階級一族の一員として

首都で高度な教育を受けて何不自由なく過ごしたが、


ザイスタン歴25年、父が社会民主進歩連合(UDPS) を立ち上げ、

大統領オレ・サ・マーダー・シニアに公然と反旗を翻すと、

父とともに中部地方の父の故郷に送られ軟禁された。


軟禁中はオレ・サ・マーダーと側近が推奨する

歴史と国語、倫理学だけを情報として与えられ

それは洗脳作業のようなもので、まともな勉学とは言えなかった。


ザイスタン歴30年にオレ・サ・マーダー・ジュニアによって

母や兄弟とともに解放されると帝国に亡命し、

一族は異国で社会民主進歩連合(UDPS) の同志とともに

ゼロから、やり直す生活を送る事となった。


それから数年、父の首相時代に利権付与した

帝国の資源メジャー企業に父親と共に勤務


・・・



オレ・サ・マーダー・シニア暗殺から数年後


ザイスタン歴53年末、スパダリは帰国

UDPSの対外関係担当書記に就任した。


ザイスタン歴56年11月には国会議員に選出されたが

選挙に不正があったとして固辞したため、

長期欠席を理由に議員資格をはく奪された。


ザイスタン歴58年5月には、選挙管理委員会 (CENI) から

スパダリに選挙管理者就任の要請があった。


しかし、CENIは定款で政治団体構成員の就任を禁止しているため、

スパダリは政治活動に支障が出るとして、これを拒んだ。


ザイスタン歴61年10月にはUDPSの副書記長となり、

ザイスタン歴62年2月1日に父エティエンヌが死去すると

63年3月31日に書記長に昇格。


書記長昇格と同じ日、スパダリは

63年12月30日に行われる大統領選のUDPS候補に指名。


18年間大統領の座にあったジョゼフ・マ・ダーニは

エニュエル・ラザニシャリーを候補に指名した、


大統領選の結果、64年1月10日にスパダリが当選

1月24日に宣誓式が行われ、その翌日に大統領に就任した。


ザイスタン歴元年のザイスタン独立以来、現職大統領が暗殺されずに

野党の政治家に平和裏に政権を移譲した初めての事例となった。


これに関して華国は1月20日にスパダリの当選に祝意を表し接触してきた


(たぶんに、政権交代しても条約を反故にするなよという

 意味合いもあったのであろう。)



ザイスタン歴64年3月13日

スパダリはおよそ700人の受刑者に恩赦を与える大統領令に署名した。

恩赦の対象には、マ・ダーニの政敵も含まれていた。


大統領就任後の数か月間、国会の上院と下院を制している

政党連合「ザイスタン共同戦線」とはマ・ダーニの仲介で交渉を行った。


国会を野党に握られているなか

スパダリは国内問題にも対処しなければならなかった。


ザイスタン歴64年

年初頭、スパダリと国会と上院を支配する

マ・ダーニの FCC 連合との間で交渉が進行。


3月初旬、スパダリは輸送、教育、住居、通信、健康、水

インフラ、農業を、改善するプログラムを開始。


州知事のほとんどは、マ・ダーニ関連の候補者であったため

改善プログラムに関しての抵抗も発生した。


5 月 20 日、スパダリは FCC 連合およびマ・ダーニと合意に達し、

マ・ダーニの同盟者イルガを首相を任命した。

イルガは 50年前に政治家としてのキャリアを開始し、

失脚するまでオレ・サ・マーダーの下でも閣僚を歴任していた。


7 月下旬、スパダリは新政府の樹立について議会と合意に達した。

イルガの新内閣には 65 人のメンバー

48 人の閣僚、17 人の副大臣が含まれる予定であり、

これらはマ・ダーニとスパダリに分割された


6 つの最も重要な省庁のうち 3 つ (国防、司法、財務) を含む

大部分の省庁はマ・ダーニに掌握


外務省、内務省、予算省の3省庁はスパダリに掌握された。




権力闘争により、マ・ダーニ同盟連合が崩壊してゆき、

マ・ダーニ派議員が排除された後、イルガは辞任を余儀なくされ、

スパダリはザイスタン歴66年2月15日に

サマルコを後継首相として任命した。



ザイスタン歴66年4月12日

サマルコ首相が新政権を樹立したとき、

スパダリは、マ・ダーニが率いる政党との

2年間の連立政権を正式に終了させ

マ・ダーニ派閥を排除することに成功した。


スパダリは、親華派であるジョセフ・マ・ダーニが

華人共和国と署名した鉱業契約の見直しを開始


ザイスタン歴66年1月、華国政府は

ザイスタンの 2,800 万ドル相当の債務を帳消しにすることに同意、

主に開発プロジェクトのために 1,700 万ドルの援助を約束した

今迄の全てを反故にされるよりはマシと判断したのであろう。



マ・ダーニは民族問題を解決するために

ジロ族、サブ族などは同じ言語を話し異伝的外見も同じな事から

直前20年に渡り異民族間結婚を奨励していた

スパダリは、この奨励策を継続


多様な民族の混血人口を増やし

首都などの大都市労働人口の半数を超え

人工的に民族問題を終息に持ち込んだ。




 ザイスタンは、武力でしか制圧できない旧帝国植民地の後進国


 安く使える底辺労働者と資源を華国企業に供給する経済植民地


などの国際評価を覆す国際交渉と、国内経済の構造改革を成功させ


スパダリは


 オレ・サ・マーダー政権時の負の遺産と言える強権恐怖政治を排除し


 マ・ダーニ政権時の新奴隷制度といえるような労働環境を改革した


そんな英雄として、国民に賛美される存在となった。


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いっやー、終わった終わった。


もう当分、人的要因 入力画面も分析画面も、見たくない


だああああ、憑かれたぁ、いや、疲れた。


たぶん、再入力指示や訂正作業が

来週とかにメールで送られてくるんだろうけど


もう、今週は、これにて終了ー。いやー良かった良かった。


あれ? 変なテンションになってんなぁ


これって、いわゆる、ランナーズ・ハイって奴か?


いや、この人的操作要因 入力画面を操作する

オペレーターやってたんだから

オペレーターズ・ハイか・・・


ま、いいか、後は来週、来週。


「大杉ー、終わったかー、飲み行くぞー」


お誘いの声がかかった事だし、さてと、行くかぁ


金曜夜の鬱憤晴らし飲み会に。


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