卒業後写真・・志満津くんの場合
同業者団体と言っても色々な団体があるものです
その同業者団体は、”やりたがる下手くそ”
と言える労働者を使っている団体でした
というか、やる気はあるけど色んな能力が低い
トンチンカンな事を言うだけ言う人間だらけな団体だったので
新しく同じようなのが入ってきても目立ちません。
やる仕事は誰もが、やりたがらない仕事を営業が受けてきます
やっても同業者内で誰にも評価されない単純確認作業を
延々と土日も夜も昼も無い長時間拘束で強制される部署
締め切り、納期などの期日管理が厳しく
過酷な見せしめ内輪ペナルティのある部署
仕事そっちのけで、イジメや嫌がらせだけやっている馬鹿を集めて
同業他社への嫌がらせ用にして、名目上は営業所にしている部署
などなど、よく、こんな仕事があるものだと
感心するような底辺労働者の品評会にような世界
そこへ、派遣作業員として行かされるワケです
派遣と言っても、専門職で金のいい専門職派遣じゃありません
いわゆる日雇い派遣という、日雇い労働者を言い方変えただけ
◇
想えば、どうして、こんな事になったんだろう
軍産大 第三高校という底辺高校の、歩兵科という底辺学科で
馬鹿な喋り方で馬鹿な事を言う日々を過ごして卒業した後
全ての大学の入学試験に不合格。
数年の浪人生活をする内に、「あきらめて軍人になれ」と言い出した
軍で偉い父親の言う事を聞いて軍人になるのが嫌で
軍需産業と軍関係の仕事しかない地元を離れてはみたものの
馬鹿だから、こんな日雇い派遣会社にしか相手にされず
仕方なく生きるために働きだしてから数年
志満津 次郎 という自分の名前が
日雇い派遣労働者として、派遣社員取引データとして
登録するためだけに使われるようになってから数年
もはや、他の何かをやろうにも無理な年齢になってしまった事を
自覚して、なんとか派遣社員取引をする営業や会社経営者に
嫌われないようにする日々。
こんな事なら、今からでも軍で偉い父親の言う事を聞いて軍人に・・
と思う事も、あったのですが、
同じ第三高校 歩兵科から軍人になった同級生の
ほぼ全員が戦死しているのを取り寄せた同窓会名簿を見て知って
もし、自分が今から軍人になったら
こいつらと同じように最前線の使い捨て地上部隊に送られて
名誉の戦死をさせられるだけ
という冷ややかな現実を思い知らされ諦めました。
第一高校、軍需産業大学 将官学部と進学して
偉大な軍人の仲間になれた兄貴が親父の望み通りな人間になったから
もし前線で成果を挙げ、生きて戻れてたら相手にしてやる
の一言でしょう。自分が軍人になったら・・・そして、名誉の戦死
軍人一家の名誉のために死ぬよりは
こんな底辺労働者生活でも生きてられるんだから我慢しよう
そんな事を自分で自分に言い聞かせます。
◇
さて、今回、私、志満津 次郎が派遣されたのは
仕事が出来ない人への罰が暴力による体罰な会社です
昨日、仕事でミスをした部署の人が
腫れた顔面で会社に来ました
強制残業でミスのリカバリをさせられた後
上司や先輩から、リンチにあったのです
そりゃそうなるわな。誰もが納得していました
でも、その部署にいる人間の多数派な彼は反省なんてしません
反省や内省と言った精神活動は恐ろしく高度なものなのです
人は反省ができるから成長ができるのです
というか、どんなミスをしたかを忘れているのです。
「んだ オラァ なんだぁ!!!・・・(以下略)」
一応、この真っ黒なブラック企業の社員なので
派遣には、ビックマウスを広げて絡みだします
私はそれを冷ややかな目で見てました
バカイザーという裏ニックネーム通りなアフォです。
絡まれると面倒なので黙ります
ちなみに私も同じようなミスをして鉄拳制裁を受けたのですが
それを反省するのには、結構な歳月を必要としました
ひたすら混乱してミスをして殴られ蹴られて
殴られたくなくて、蹴られたくなくて
更に混乱してミスして、もっと過酷な暴力を受けて
その牛馬のように鞭を受けている間は
客観的に考えられなかったので
同じミスを繰り返す堂々巡りから逃れる事が出来ませんでした
異常な状況に置かれすぎて、色んな判断力を失っていたのです
つまりバカイザーをバカにしている私も立派なバカだったのです
そう、私は精神感染してたのです。
堂々巡りに嵌められる側で、そこから抜け出る力が無かった
一言で言ってしまえば、そういったワケなんでしょう
バカイザー達は、ゲーム世界の魔物と同じです
そして気がついたら自分も魔物の一員になっているのです
あの牛馬のように鞭を打たれるだけな
社畜生活から逃れ
少しは、マシな生活を手に入れられた
今だから思います
二度と、あんな馬鹿げた世界に
戻らなくてすむように頑張ろう・・・と。
いやマジで。




