第95話 スリーピングキャッスル
宇宙に飛び出すロケットのように超加速していた『静波号』は、やがてその速度を徐々に落としていった。
おそらく、目的地に近づいているということだろう。
裕真が窓を覗き込むと、鬱蒼とした黒い森がどこまでも広がっていた。
しばらく進むうちに、その黒は少しずつ緑へとかわっていく。
ただし、普通の森ではない。葉を茂らせた木々ではなく、蔓状の植物が大地を覆い尽くしているのだ。
あれが例の『眠りのイバラ』なのだと、裕真は理解した。
さらに目を凝らすと、イバラの森の中に、ぽつんと建造物らしきものが見えてきた。
無数の蔓に絡め取られながらも、なお端正な輪郭を保つ巨大な宮殿。
あれこそが世界七大遺産の一つ、『スリーピングキャッスル』である。
「ずいぶん綺麗だ……三千年前の遺跡なのに」
思わず漏れた裕真の声に、フェルダンは窓の外を一瞥しただけで答えた。
「『眠りのイバラ』が劣化を防いでくれますから」
かなめも裕真の隣に並び、窓の外を覗き込む。
すると宮殿の前の広場に、銀色に輝く人型が整然と並んでいるのが見えた。この城を護るミスリルゴーレムの群れだ。
「ゴーレムがいっぱい……」
「ドワーフ軍との決戦用に国中から集めたやつどすえ。幸い……といっては何やけど、使わずに済みましたが」
そう付け加えたフェルダンの目が、ほんの少し陰る。
やがて『静波号』は、城の前のわずかに開けたスペースへと静かに降り立った。
フェルダンに先導され、裕真とかなめも船を降りる。
間近で見ると、城のあちこちに人間の胴体ほどもある極太のいばらが這い回っているのが分かった。
アルデバランの街で、フェルダンの分身が使っていたものとは比べものにならない太さだ。それが城壁一面を覆い尽くし、うねうねと蠢いている。
フェルダンがいなければ、こちらに襲いかかってきたに違いない。
これほど太く、これほど大量のイバラが相手では、たとえ時耐性防具を持っていたとしても、あっという間に耐久力が尽きてしまう。
裕真たちはこれに対抗するために、時耐性防具を量産したのだが……用意した量で足りたのか、怪しく思えてきた。
フェルダンが城門に近づくと、いかにも重厚そうな扉がひとりでに開いた。
城の中へ足を踏み入れる。すると、思いがけない存在が三人を出迎えた。
「おかえりなさいませ、騎士様」
「おかえりなさいませ! お客様ですか? 珍しいですね」
玉を転がすような美しい声が響く。
声の主は、半透明の肌から美しい輝きを放つ少女たちだった。
ダイヤモンド、ルビー、サファイア、エメラルド。まるで宝石を人の形に削り出したようで……いや、宝石そのものなのか?
裕真は目を丸くして、驚きの声を上げた。
「宝石のゴーレム! いや、オートマタか。本当にいたんだ……」
「すごい……いくらぐらいするんだろ?」
かなめも、彼女たちを興味津々で見つめていた。
続いて、裕真の懐からも驚きの声が上がった。スマホの中にいるアコルルだ。
「ね……値段が付けられない超貴重品です! 国宝……いえ!世界文化遺産級の! 強いて付けるなら10億マナ(約1,000億円)は下らないかと!」
これまで空気を読んで静かにしていたアコルルだったが、この世紀の財宝を前にして、とうとう我慢できなくなったらしい。
裕真も「おお……」と、短く呻いた。
しかし、そんな一同を尻目に、フェルダンは冷ややかに言い放った。
「こんなん、権威主義の見せびらかしどす。同じ費用で鉄のゴーレム10万体造った方がよっぽど役に立ちますわ」
主人からの酷評に、オートマタたちはまるでショックを受けたように表情を曇らせた。
その反応を見て、裕真は少し戸惑う。
この子たちには、人間のような感情があるのだろうか? それとも、そう見せかけているだけなのか。
いずれにせよ、フェルダンはこの子たちをあまり良く思っていないらしい。腐敗した王族が造らせた、贅沢の象徴だからだろうか。
そんな煌びやかな集団の中に、一体だけ異様に浮いた存在が混じっているのに裕真は気付いた。
見るからにみすぼらしいブリキのオートマタで、子供の玩具のように簡素な作りだ。
そのオートマタと、一瞬だけ目が合った。
ぞわりとする。
言葉にできない悪寒が背筋を走った。
なぜだろう。見るからに弱そうなオートマタなのに。
フェルダンはオートマタたちを従えたまま、静かに廊下を進んでいった。
皆の靴音だけが、高い天井に小さく反響する。
しばらく歩くと、彼女は見るからに豪華な扉の前で足を止めた。
草花をモチーフとした精巧な銀細工が絡み合い、触れることすらためらわれる、美術品のような扉だ。
「この先は、王家の血筋しか入れない神聖な領域どす」
そう言って、フェルダンが扉に触れる。
すると扉は淡い光を放ち、ゆっくりと音もなく開いていった。
「ウチのそばを離れると、時空の狭間に放り出されるので注意して下さい」
さらりと恐ろしいことを言われ、裕真は思わずたじろぐ。
「王家の血筋……だからマリクには見つけられなかったのか」
『ワーストセブン』の一人、マリク。
彼は《巨門星》の力を駆使してこの城に潜入し、莫大な財宝をかっぱらっていった。
だがその財宝の中には、この城に隠されているはずの『神器』が含まれていなかった。
それを不審に思った裕真は、この城の探索を決意したのだが……まさか、こんな形でたどり着くことになるとは。
そんな感慨にふけりながら、扉の向こうへ続く通路を進んでいく。
しばらくすると広い部屋へ出た。どうやら謁見の間のようだ。
とても高いドーム状の天井は、それ自体が照明になっているらしく、真昼のような明るい光が部屋全体を照らしている。
そして部屋の奥には、本来ならあるはずの玉座の代わりに、奇妙なものが据えられていた。
透明な立方体。まるで氷か、磨き上げたガラスの塊のようで、天井から降り注ぐ光を受けてまばゆく輝いている。
そして、その内部に人の姿が浮かんでいた。
長い銀色の髪をした、十代前半くらいの少女。
目を閉じ、直立した姿勢のまま、静かに眠っている。
裕真はその顔に見覚えがあった。
声を上げようとしたその瞬間、フェルダンが先に口を開く。
「紹介します。ウチの最愛の娘、エオリアどす」
裕真は立方体に歩み寄り、まじまじと覗き込んだ。
間違いない。確かにこの子は、夢の世界で出会ったエオリア姫だ。
「なんで氷(?)漬けに? イバラで眠ってるんじゃなかったのか?」
「ご存知のようにイバラの護りも完璧やありまへん。この城にまで侵入してくる者も、チラホラ現れましたし」
そう言いながらフェルダンは、立方体の表面を指先でそっと撫でた。
「ほいで、より強固な結界で守ってますねん」
「いやいや! 護ってるって! 娘さんは物じゃないんだし、封印したままなんて可哀想だろ!!」
「解放したいのは山々ですが、ウチのしてること知ったら止めようとするやろし……」
後ろめたそうに目を伏せるフェルダン。
そう、彼女は『微睡みの城』という古代兵器を完成させるため、人間の頭部を集めているのだ。
そんなことを娘さんが快く思うはずがない。
「そりゃそうだろうけど......! そんなのあんたの都合じゃないか!!」
「ていうか、娘さんに嫌われると分かっても、やらなきゃいけない事なんですか!?」
かなめの鋭い声が飛ぶ。
フェルダンはそれを真正面から受け止めるように、こちらを見た。
「そうどす、ウチが邪神を倒すには『微睡みの城』に頼るしかありまへんでしたから……」
「ナルコストロって、大勢の人を洗脳する装置だと聞いてるけど……。本当に邪神相手に使うつもりだったのか?」
「そうどす」
「ほんとぉ?」
なおも疑いの眼差しを向ける裕真に、フェルダンはふふっと微笑む。
「ですが皆様が現れて事情は変わりました! 神々から力を授かった勇者の方々……ナルコストロを使わなくても、邪神を倒せる手段が見つかったのですから!」
手を広げ、にこやかに語るフェルダン。自分は敵ではない、というアピールだろう。
だがもちろん、裕真もかなめも、すぐには信じない。
かなめが一歩前へ出て、畳みかけるように問いかけた。
「……つまりもう、人の首を集めなくてもよくなったと? 捕まえた人たちを解放してくれるんですよね!?」
「ええ、もちろん。大勢の人に迷惑かけて、本当に申し訳ありませんでした」
フェルダンは姿勢を正すと、綺麗に頭を下げた。
あまりにも真摯なその態度に、二人は思わず怯む。
「その償いは、いずれ必ずしますえ。とりあえず、この城のゴーレム売っぱらって、賠償金に充てますわ」
そう言って、フェルダンはちらりと後ろのオートマタたちへ視線を送った。
宝石の少女たちは「ひえっ」と小さな悲鳴を上げ、一斉に身を震わせる。
その様子を見た裕真は、なんだか彼女たちがちょっと可哀想になった。
そのとき、かなめが裕真のそばへ寄ってきて、小さな声で囁いた。
「ねぇ、ユーマさん……。この人、信じても良いんじゃないですかね?」
「……は? いやいや! そんな簡単に信じちゃダメだって! 口で言うだけなら、誰でも出来るんだから!!」
「でも私たちに言うこと聞かせたいだけなら、ここまで招待する必要ないじゃないですか? 飛行船を制圧した時点で、どうにでも出来たのに」
「それは……」
裕真は言葉に詰まる。
かなめの言うことには一理ある。単純に人質にとった仲間の命を盾にするだけでも、自分たちは従わざるを得ないのだ。
「……いや! それならそもそも、皆にイバラオニギリを食わせる必要ないじゃないか! 邪神討伐が目的なら、最初から正直に言ってくれれば良いのに!! 頼み事する態度じゃねーぞ!」
憤慨する裕真に、フェルダンは再び頭を下げた。
「大変無礼を働いたのは重々承知してますえ。ただウチは相当恨みを買ってますからなぁ……。正体明かした時点で、首を撥ねられそうなので仕方なく……」
「ああ……うん……」
たしかに、彼女は恨みを買い過ぎている。
大切な身内を傷つけられたレギンやハガネさんなら、話を聞く前に斬りかかってもおかしくない。
「とまぁ、やはり口先だけでは信用してもらえへんよね? ですので、もうひとつ誠意をお見せします」
フェルダンが指を鳴らす。
すると、柱の影から一人の男が姿を現した。
肩まで伸ばした金髪から覗く、笹の葉のような耳でエルフだということは分かる。
だが、美形揃いのはずの種族にしては、どこか特徴の薄い、平坦な顔をしていた。裕真の目から見ても平坦なら、同族の間では不細工の部類に入るのだろうか。
「……誰?」
「そいつの名はカラボス。《禄存星》の“本来の所有者”どす」
「……!? 本来の? どういうことだ!?」
「元々邪神ゾドが《禄存星》を与えたのはこいつでしてな。こいつはその能力を使ってウチの精神を乗っ取ろうとしはったんや。それで逆に乗っ取ってやったんどす」
「……逆にって!? そんなこと出来るものなのか!?」
裕真は慌ててスマホを取り出し、画面の中のアコルルに尋ねた。
「《禄存星》最大の欠点ですね……。同期しようとした相手の意志が強いと、そうなっちゃうんです」
裕真は絶句した。とんでもない欠陥である。
魔法帝国にとって『守護七星』とは、究極の魔法だったのではなかったのか?
かなめが呆れたように口を開く。
「なんでそんなもの造ったんですか……」
「私にも分かりません」
あまりに身も蓋もないアコルルの返答が、かなめを更に呆れさせた。
フェルダンは、呆けたまま立っているカラボスへ顎をしゃくる。
「ちなみにその《禄存星》は、今こいつに預けています。それをユーマはんにお返ししますえ」
「……え? 返してくれるの!?」
裕真が聞き返すより早く、カラボスの胸から黄色く輝く光球が飛び出した。
それは一直線に裕真へ向かって飛び、その胸へ吸い込まれていく。
熱くも冷たくもなく、ただ何かが戻ってきた感触だけが残った。
「へ……陛下! 確認しました! 確かに《禄存星》です! 正真正銘の本物です!!」
「マジで!?」
裕真は、思わず自分の胸を押さえた。
《禄存星》はフェルダンにとって強力な武器だったはずだ。それを、こうもあっさりと手放すとは。
「本当に良いのか!? これでもう“同期”で自分の分身を作ったり、操ったりできなくなったんだぞ!?」
「ええんどす。もうこない非人道的な能力、必要あらへんもの」
ふふふと爽やかに微笑むフェルダン。
一方、無気力だったカラボスの顔に、ゆっくりと生気が戻っていく。
「……はっ!? 私はいったい何を?」
どうやら“同期”から解放され、自分を取り戻したらしい。
呆然とする彼を、宝石のオートマタたちが取り押さえ、この部屋から強制的に連れ出す。
ただ、何故かあのブリキのオートマタだけはここに残った。
フェルダンはそんなやり取りに目もくれず、裕真の前に立つ。
「これからは一人の騎士として、勇者様にお仕えしますえ。……もちろんお許し頂けるのなら、ですが」
そう言って、フェルダンは裕真の前でうやうやしく跪いた。
まさに主君に仕える騎士そのものの、優雅な所作だった。
(ううむ……本当に悪い人じゃないのかも……。というか、俺の力が欲しいなら《禄存星》の力で洗脳すれば良いだけだし)
そう考えると、滅茶苦茶ラッキーだ。なにしろ伝説の英雄が仲間になってくれるんだから。
(いや~……船を制圧された時は、もうダメかと思ったけど――)
裕真から不安と警戒心が抜け、自然と微笑みが浮かび――
その時だった。
―― 信 用 し て は あ き ま へ ん !! ――
「……ん? どこかから声が?」
裕真は周囲を見回すと、とある異変に気付いた。
エオリア姫を包む透明な物体に、ひびが入ったのだ。
パキッ! パキッ! という乾いた音と共に、ひびが広がり――
次の瞬間、立方体が内側から爆発した。
「ひえっ!?」
裕真は腕で顔を庇いながら、後ろに飛び退く。
再び立方体があった方に目をやると、もうもうとした煙の向こうから、小さな人影が現れた。
エオリア姫だ。
銀色の髪を払いながら、まっすぐに立ち、裕真を見据えている。
「ユーマはん……その人を信じてはあきまへん! 貴方に協力を持ち掛けたのも、心を入れ替えたとかやあらしまへん!!」
「!? どういうこと!?」
「それはな……『微睡みの城』が、ケモミミはん達に制圧されたからどす! ウチが封印から抜け出せたのも、そのおかげや!!」
ケモミミはん。
それは裕真をナルコストロから解放してくれた、謎の少女たちのことだった。
「..……あの子たちが!? つーか、あそこに残ったままだったのか!」
「ほいで、ケモミミはんをどうにかするため、ユーマはんを懐柔しようとしてるんどす!! いつものように“同期”せえへんかったのは、ケモミミはんがどう出るか予想付かないからや!!」
「……!!」
フェルダンの顔がみるみる強張り、肩もわずかに震えていた。
その変化を見逃さず、かなめが再び問い詰める。
「それじゃ結局、ナルコストロを使うつもりなんですか!? 捕えた人たちを解放するというのは!?」
「ち……違うんどす! 捕えた人たちはちゃんと解放します! ただ今すぐという訳には――」
フェルダンは強張った顔に、無理やり笑みを浮かべていた。
その声も、明らかに上ずっている。
エオリア姫が、更に畳みかける。
「ほなら、ナルコストロはあのままでええな! ケモミミはん達に占拠されたままで!」
「そ……それは……」
フェルダンは言葉を詰まらせた。
そして震える手を、娘へ向かってゆっくりと伸ばす。
「うう……エオリア……なんでイジワルするん? ウチはいつでもあんさんの為に――」
「アホなこと言いなはんな! ほなら父上にしたことも、ウチのためなの!?」
「……え なにをしたの?」
裕真の問いにエオリア姫は、部屋の隅に残されたブリキのオートマタを指さした。
「母上はな……父上をあの中に“詰めた”んや。生きるのに必要な最低限の部位だけ残してな!!」
「……は? ……ええっ!?」
言葉の意味に気付いた裕真は、オートマタを二度見する。
そして、自分が感じていた悪寒の正体に気付いた。
人形の中に詰められた、生身の肉体。その気配を直感的に感じ取っていたのだ。
「違うんや……あれはお父はんが、いけずなこと言いなはるから……。王家の連中を皆殺しにせなあかんのに、止めようって……」
涙を浮かべながら娘に訴えるフェルダン。
その姿だけを見れば、哀れな母親にさえ見えた。
だがその言葉には、自分がしたことへの後悔も、罪悪感も、微塵も感じられなかった。
「マジかよ、あんた……いかれてる!!」
「そうどす! どんな綺麗事を口にしても、その本質は自分のことしか考えてないエゴイストや!!」
エオリア姫も、母を鋭く睨みつけながら頷いた。封印を破ったばかりとは思えない、力強い声だった。
フェルダンの肩がまた揺れた。眉間に皺をよせ、唇を噛む。
しかし、ショックを受けたように見えたのは一瞬だった。即座にスンッと澄ました顔に戻り、言い放つ。
「……分かりました。綺麗事はやめまひょ。ウチに協力しないなら、あんさんのお仲間を皆殺しにします。これでどないや?」
場の空気が、一気に凍りつく。ついに、なりふり構わなくなったようだ。
「汚いで! 母上!!」
フェルダンは、娘の罵声を受け流すように肩をすくめた。
「なんとでも言いや……いつかウチが正しいと分かる日が来る。それでユーマはん? お返事は?」
「うううう……」
苦悶の表情を浮かべる裕真。
彼女に協力などすれば、ろくでもないことになるのは確実だ。
だが仲間を人質に取られては、「断る」と言い返すこともできない。
拳を握り、床を睨んだまま、動けずにいた。
だが、答えは意外なところから飛んできた。
「もちろん“NO”よ!!」
扉の向こうから、明るい声が割り込んでくる。
現れたのは、イリスだった。
『眠りのイバラ』に捕らわれているはずなのに。
「イリス!? 『眠りのイバラ』はどうしたんだ!?」
「それはね――」
イリスがちらりと後ろを振り返る。
その視線を追うと、もう一人が部屋へ踏み込んでくるのが見えた。
マクリールはんだ。
「イバラは、わてが駆除しました」
「マクリールはんが!? いったいどうやって!?」
マクリールはんは、フェルダンを一瞥してから答えた。
「わてはな、『時の精霊』と契約してるんや。やから例え体内からでも、『時属性攻撃』は効かへんねん」
フェルダンの顔から、また余裕が消える。
「んなアホな!? 十年近くお傍にいてそないな話一度も聞いたことあらへんで!?」
「あんさんと同じどす。切り札は最後まで取っておくもんや。……そう、例えば身内に裏切り者がいるかも知れへんしな」
フェルダンが苦虫を噛み潰したような顔で「う……」と唸る。
今まで完全に騙しきっていると思った相手に、まんまと裏をかかれたのだ。返す言葉もない。
イリスはその隙に、裕真の横へ回り込みながら告げた。
「解放されたのは私だけじゃないわよ! 飛行船に乗ってた皆が自由になったわ!今、このお城を制圧してるところよ!!」
「マレフはん……いや、フェルダンの方がええか? あんさんの負けや。クランの仲間だったよしみどす。素直に降伏するなら悪いようにせえへん」
そう言ってマクリールはんは手を差し出した。
だが、フェルダンはそれを見ようともしなかった。
次の瞬間、彼女の姿が黒い霧に包まれる。船内で見せた、瞬間装着の魔法だ。
霧が晴れると、光すら飲み込む漆黒の甲冑姿で現れた。
それは、降伏するつもりなど毛頭ない、という意思表示だった。
「やめーやマレフ! 娘さんもおるんやろ! 無駄な抵抗すんな!!」
甲冑の奥で、くぐもった笑い声が響く。
「ふふふ……もう勝った気でおるん? かわええどすなぁ」
かわええ。
その一言に、言われたマクリールはんだけでなく、その場の全員が戦慄した。
齢数千歳のハイエルフを子ども扱いするなど、普通なら身の程知らずもいいところだ。
だが、目の前にいるのは、『太陽の騎士』である。
Sランクハンターをも上回る実力を持つ、伝説的英雄。その事実を、皆が改めて思い出した。
「誰もウチのことを理解してくれへん……。夫も娘もウチを裏切る……」
フェルダンの右手に光が収束し、剣の形を取り始める。
あれこそが神器。太陽の光から造られたという、伝説の剣。
「だけどウチは挫けへん……いつかきっと、皆が分かってくれる日が来る! ウチの「愛」は皆に伝わる!!」
《ヒューペリオン》が激しい光を放った。
それは春の日差しのように優しく暖めるものではなく、命を焼き、大地を枯らす光だった。
床の模様が白く飛び、噎せ返るような熱気が周囲を包み込む。
裕真はその光の中で、マリクが残した記録を思い出した。
いわく、『自分の異常さに気付かない、最悪なタイプの異常者』。
それが、マリクによる彼女への評価だった。
◇ ◇ ◇
【 おまけ 】
Q。なんでマクリールはんとイリスは、王家専用の領域に入れたの?
A。マクリール「わて、実は王家の血を引いてます。……と言っても、そんなに珍しいもんやないで? フェルダンの親みたいな事例は、よくあったちゅーこと」




