第93話 騎士の素顔
【 静波号 図書室 】
図書室で一人になった裕真は、さっそくテーブルにつき、『茨姫と太陽の騎士』のエルフ族版を読み始めた。
物語の概略は、こうである。
ー ー ー ー ー
平民の少年フェリオスは、シルヴァラント(古代エルフ王朝)の姫君エオリアと偶然出会い、一目で恋に落ちてしまいました。
しかし、当然ながら身分の差は大きく、少年は姫に近づくことすら許されません。
そこでフェリオスは、神々の遺産にして世界最大のダンジョン『至天の塔』へ挑みました。
塔には、いまだ多くの財宝が残されており、『神器』のひとつでも見つけて王家に献上すれば、騎士として認められ、姫のお傍にいることが許されるのです。
フェリオスは地獄のような冒険の末、塔に眠る二つの『神器』を手に入れました。
一つは太陽の光から造られた、《太陽剣ヒューベリオン》。
もう一つは雨雲を集めて造られた、《天の叢雲》。
ですが、その代償は大きく、魔物たちとの戦いで全身に酷い傷を負い、二目と見られぬほど醜い姿になってしまったのです。
二つの『神器』のうち一つを王家に献上し、騎士として認められたものの、この姿では姫のお傍にいられない……。
そう悲嘆に暮れるフェリオスに、姫はこう言いました。
「貴方の傷は騎士の誉、忠義者の証、何を恥じ入ることがありましょうか」……と。
その言葉に感激したフェリオスは、姫を守る騎士として永遠の忠誠を誓うのでした。
顔の傷を隠すため仮面を纏い、太陽の剣を手にした彼は、やがて『太陽の騎士』と呼ばれるようになりました。
それから歳月が経ち、姫とフェリオスはなんやかんやあって※親交を深め、やがて恋仲になりました。
(※ユーマは恋愛ものに興味ないので、この部分は読み飛ばした)
ですが、二人の幸せは長く続きませんでした。
邪悪で狂暴で品性下劣で、足が臭いドワーフ族※が 一方的に戦争を仕掛けてきたのです。
(※この本はエルフ版なので、表現がかなり偏ってます)
ドワーフの醜悪で卑怯で悪臭を放つ兵器『銃』の前に、高貴なエルフたちは次々に倒されていきました。
太陽の騎士も最後まで奮戦しましたが ついに力尽きてしまったのです。
それを知った姫は、王家に伝わる禁断の神器を使い、お城を『眠りのイバラ』で覆いました。
姫に残された最後の宝……騎士様との思い出を守るため、イバラの園で永遠の眠りについたのです。
―― END ――
ー ー ー ー ー
以上である。
読み終えた裕真は、本を閉じてテーブルの上に置くと、椅子に深くもたれかかった。
「ふーむ……なるほどねぇ……」
エルフ版の内容は、裕真が最初に読んだニンゲン族版とほぼ同じだった。
違うのは、作中のドワーフ族がより悪辣に書かれているぐらいである。
「やっぱり俺が聞いた話と違うなぁ」
「どう違いますか?」
突然、背後からはんなりとした声をかけられた。
裕真の肩がぴくりと跳ねる。
「あっ! どうもマクリールはん」
そこにいたのはマクリールはんだった。
裕真は少し気持ちを落ち着かせてから、先ほどの問いに答える。
「俺がエオリア姫から聞いた話では、フェルダン……いや、フェリオスは戦死したんじゃなく、彼女が封印したそうなんです」
マクリールはんは顎に手を当て、しばらく考え込むようにしてから興味深そうな顔をした。
それを見ているうちに、裕真はあることが気になった。
「……今更ですけど銀影騎士団の皆さんは、フェルダンが『太陽の騎士』ってのは信じてくれてます?」
「そうどすな……」
マクリールはんは、ふーむと低く唸る。
「正直、半信半疑ですわ。いかんせん伝説上の人物ですから。……ただ彼なら、それぐらいやっても不思議やないとも思います」
思いがけない答えに、裕真は思わず「えっ」と声を漏らした。
「そうなんですか? エルフ族の英雄でしょ?」
「英雄には違いありまへんが、けっこう過激なことをするお人でしたからな。……ちと長い話になりますが、よろしゅおす?」
裕真がこくりと頷くと、マクリールは対面の席に腰を下ろした。
「エルフの間でもあまり語られへん歴史ですけど――シルヴァラント(古代エルフ王朝)はエルフ至上主義でしてな。他種族の者は奴隷にされ、自分の名を持つことすら許されなかったんどす」
「名前すらも……」
裕真の脳裏に、エオリア姫と交わした会話が浮かんだ。
彼女が、裕真に“名前”があることに驚いていたのは、そのせいだったのかと。
「それでな、ユーマはん。エオリア姫は純血のエルフやないんどす。四分の一ほどニンゲン族の血が混じってはるんですわ」
「ニンゲンの!? エルフ至上主義の国なのに!?」
「そうどす、そんな国なのに、なんで他種族の血が混じってる姫が女王になれたと思います?」
そう問われて、裕真は目の前の本に視線を落とし、その内容を思い返す。
「他の王族がドワーフとの戦争で全て死んだから……ですよね?」
「それは本の中のお話どす。実際の王族は臣下を盾にしてしぶとく生き残ってました」
「ほー……」
「ただドワーフ軍に押されて滅亡寸前だったのは本当どす。……ですので王族は、なんとかドワーフと講和しようと考えました」
マクリールはんは本をパラパラとめくり、エオリア姫の挿絵のページを開いてみせた。
「そこでエオリア姫を女王に祭り上げはったんどす。彼女に全責任を被せ、ドワーフに差し出し、処刑させて溜飲を下げさせようとしたんや 」
「……ええっ! マジですか!? 幼い姫を……」
「酷い話でっしゃろ? ですが問題は、この後どす」
マクリールはんは再びページを捲った。
今度は禿げ上がった頭に、筵のような立派な髭を持つドワーフの挿絵で手を止める。
裕真は、その人物に見覚えがあった。
古代の英雄であり、ドワーフ軍の指導者にして天才的発明家の『革命王イヴァルディ』だ。
『至天の塔』に彼の石像が祀られていたことを覚えている。
「イヴァルディは、意外に寛容でした。姫を処罰するどころか、シルヴァラントの存続を認めたんどす。まあもちろん、領土と兵力を大幅に削った上で、ですが」
またしても意外な話だった。
ドワーフ族も奴隷扱いされていたはずなのに。
それほどひどい扱いだったわけではないのか? などと思った裕真だったが、マクリールはんは更に驚くことを口にした。
「そう、エオリア姫はイヴァルディに、エルフの女王としての地位を認められたんどす。……純血のエルフじゃないエオリア姫が。そんなん、王族のレイシスト共が黙ってると思います?」
悪い予感に、ごくりと喉を鳴らす裕真。
「連中はさっそく、エオリア姫を暗殺しようとしたんや。当然、太陽の騎士は大激怒! 王族の粛清を始めたんどす。女子供でも容赦なく」
「マジですか……」
伝説の英雄の暗黒面を知り、裕真はドン引きした。
もっとも、あのフェルダンと同一人物だと考えれば、納得できる話だったが。
「もちろん王族も黙って殺られへん。シルヴァラントに残されたエルフたちは、騎士派と王族派に分かれて内乱に突入! 血を血で洗う仁義なき争いが繰り広げられたんどす」
「おおぅ……」
「それで姫は、エルフ同士が醜く争う姿に大変心を痛めましてな……騎士はんを城ごとイバラで覆い、戦いを終わらせたんどす」
「それが本当の結末ですか……」
想像以上に酷い話だった。
華やかな恋愛物語として描かれた『茨姫と太陽の騎士』。
だが、その裏側にあったのは、王族による裏切りと粛清、そしてエルフ同士の血みどろの内戦だった。
“事実は小説より奇なり”を地で行くとは。
「でもそれなら、太陽の騎士…フェルダンは何をしようとしてるんでしょうか? 姫を傷つけた連中はもうとっくに滅んでるのに」
仮にエオリア姫のためだと考えても、今の時代はエルフとニンゲンの混血など珍しくない時代だ。
それを理由に迫害されることはないはずだが。
「そうやなぁ……王国の再建とか? まぁ、判断材料も足りまへんし、今は推測しかできまへんな」
そう言い終えると、マクリールはんは腰のマジックポーチに手を伸ばしかけるが、止める。
喋って喉が渇いたので水筒を取り出そうとしたのだが、図書室は飲食禁止なのを思い出したのだ。
そのとき、メルリーフがまた図書室に戻ってきた。他の仕事とやらが終わったらしい。
「あ、団長はんもここにいらしたんですか。そろそろおゆはんやで?」
「お、もうそんな時間どすか」
マクリールはんと裕真は、壁に備え付けられた時計を見上げた。
午後6時。たしかに夕飯の時間だ。
「ユーマはん、食堂に行きましょ」
◇ ◇ ◇
【 食堂 】
整然と並ぶテーブルには、もう皆が席につき、食べ始めていた。
裕真は仲間たちと一緒ではなく、マクリールはんに誘われて彼と同じ卓で食事することになった。
メルリーフ、ウィリス、ロンドラウトの三人も一緒だ。
席に着くと、マレフさんが料理を乗せたカートを押してやってきた。
山盛りの唐揚げ、ソーセージ、卵焼き。
それと、オニギリだった。
「え……オニギリ?」
「はいな。ユーマはんはお米がお好きということで、ご用意させていただきました」
料理を並べ終わったマレフさんは、そのまま自分も席に着く。
「あ、はい。ありがとうございます」
裕真は確かに米が好きだ。
だが内心では、エルフ族ならではの珍しい料理が食べられるのではないかと期待していたので、少しだけ肩透かしを食らった気分だった。
もちろん、そんな様子は微塵も見せられないが。
ふと見ると、マクリールはんたちにも同じメニューが並んでいるのに、裕真は少し驚く。
それに気づいたマクリールはんが、くすりと笑った。
「ふふふ、ユーマはんもエルフはサラダとスープしか食べへんって思うてた口どすか? わてらもちゃんと肉や米を食べますえ」
裕真はギクリとした。言われた通り、エルフは食が細いものだと思い込んでいたのだ。
はははと笑って誤魔化すと、メルリーフも釣られて笑った。
「今日のおゆはんはマレフはんが作ってくれはったんや。マレフはんの料理は絶品やからじっくり味わってや♪」
その言葉に、マレフさんは照れたように「あらあら」と笑う。そこで裕真は小首を傾げた。
「え? 主計長のマレフさんが? 料理人とかは居ないので?」
「この船の目的地は、危険度Sのダンジョンやろ? それを知って乗船してくれる料理人は見つからんかったんや」
マレフさんは頬に手を当て、ため息を漏らした。
それはそうだ、と裕真は納得する。
「ああ、なるほど……命がけですもんね」
「ちゅーわけで、皆で交代しながら作ってるわけや」
マレフさんが言う「皆」とは、銀影騎士団のメンバーに限った話で、裕真たちゲストは含まれていなかった。
それに気づいた裕真は、小さく頭を下げた。
「それは気付きませんでした……。申し訳ない、次は俺たちもお手伝います」
「あらあら、ええんどすよ。料理は嫌いやあらへんし。それより、冷めないうちにおあがり下さいな」
言われるままにオニギリを一口食べると、裕真の目がわずかに見開かれた。
「このオニギリ、本当に美味しいですね! お米がふっくらして、塩加減も絶妙で!」
「うふふ、ありがとうございます。娘もオニギリが大好物で、いつも作ってあげてましたわ」
「……え? 娘さんがいるんですか?」
「はい、今は色々あって別々に暮らしていますけど……とても可愛くて賢い子でしてな♪ うちが何もしなくても一人で何でも出来て……まぁ、親としてはもっと頼りにして欲しいんやけど」
へぇ、とても一児の母に見えないな……、と心の中で呟く裕真。
エルフ族が若く見えるというのはファンタジーのテンプレだが、実物を見るとやはり驚く。
「まぁ、これからたっぷり甘やかせばええやないですか。もうじき一緒に暮らせるんやろ?」
皆の分の茶を湯呑に注ぎながら、ウィリスが言った。その言葉に、裕真はマレフさんのほうへ顔を向ける。
「へぇ、そうなんですか?」
「はい。うち、今回の件が終わったら、ハンターを引退しますえ。それで娘と一緒に暮らすんどす」
ウィリスからお茶を受け取りながら、マレフさんは続けた。
「今まであの子には寂しい思いをさせてきたからなぁ……。これからは思いっきり甘やかしてあげるんどす」
そこで、マレフさんは少しだけ目を細めた。
「……そう、ずっと一緒や。二度と離れない」
ふふふ、と優しい笑顔を浮かべる彼女は、間違いなく娘を想う母親のものだった。
先ほどまでは裕真と同じか、それより少し上ぐらいで、とても子持ちには見えないと思っていたが、そんな印象はすっかり消えていた。
(待ってる家族がいるのか……。いいなあ)
これは何が何でも、無事に帰してあげないと! と裕真は改めて決意した。
……それはそれとして、気になることがあった。
「ところで、このオニギリの具は何ですか?」
裕真は、もう一口オニギリを食べた。
「野菜の漬物っぽいけど……美味しいけど今まで食べたことのない不思議な味ですね」
具の野菜はキュウリのようなシャキシャキした歯触りと、アボカドとヤマイモを合わせたような、ネットリとした濃厚なコクがある。
まったく思い当たる食材がない。異世界特有の野菜だろうか?
「ああ、それは『眠りのイバラ』どす」
「……は?」
裕真は、思わず聞き返した。
「『眠りのイバラ』の皮をむいて、一口サイズに切り分けましてな。醤油と味醂とトウガラシに漬け込んだ物を、細かく刻んで具にしました」
我が耳を疑う裕真。その表情がみるみる強張っていく。
だが、その一方で、卓を囲む一同からどっと笑い声が上がった。
「はははっ、あのイバラがこない旨うなるとはな! こりゃスリーピングキャッスルの良い名物になるで」
マクリールはんの言葉に、また笑いが広がった。
その朗らかな空気に、裕真はようやく理解した。マレフさんが冗談を言ったのだと。
ぎょっとしてしまったことに頬を赤らめながら、またオニギリを一口――
に ゅ る り 。
マクリールはんの口から、見覚えのある緑色の蔦が飛び出した。
それと同時に、彼の動きが静止画のようにピタリと止まる。
「ひっ…… ひぃっ!!!」
思わず情けない悲鳴を上げて、裕真は周囲を見回した。
メルリーフもウィリスもロンドラウトも、口から蔦を伸ばし、同様に静止している。
他の卓にいたメンバーも、まったく同じだった。
「い……いったい何が起きてるんだ!?」
動揺する裕真の視界に、マレフさんが入る。
彼女だけは平然としたまま、静かに微笑んでいた。
「身体の内側からやとなぁ……すごく効くんどす。それはもう、時耐性防具も意味ないくらい」
その言葉に裕真は混乱しながらも、必死に頭の中を整理する。
「まさか……あなたの仕業なんですか!?」
「申し訳ありまへん、ユーマはん。貴方とゆっくりお話がしたくて」
マレフさんは、また柔らかな笑みを浮かべた。
先ほどまで娘の話をしていた時とまったく変わらない笑顔で、それがかえって裕真の恐怖を煽った。
「あ……その前に改めて自己紹介を。ウチの本当の名は『フェルダン』どす。よろしゅうに」
その瞬間、裕真はようやく気付いた。以前から感じていた不安と違和感の正体に。
ルーナ姫が使った邪悪感知の魔法は、邪神と契約した者と『守護七星』を感知することができる。
だがそれは、『フェルダン』という個人そのものを探し出す魔法ではない。
つまり、フェルダンが『守護七星』の《禄存星》を持っておらず、なおかつ邪神と契約を結んでいないのであれば、見つけることはできないのだ。
そんなことはありえない、と思っていた。
《禄存星》だけなら譲渡可能であるため、一時的に“分身”に預けることもできるだろう。
だが、邪神に仕えていて、邪神と契約を結んでいないなど、ありえるだろうか?
それ故に、頭の中で無意識のうちに切り捨てていた可能性。
それが現実になってしまった。
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【 お ま け 】
Q : なんでイヴァルディは、王国の存続を認めたの?
[エルフの回答] 内乱が起こることを読んでたんだよ! 恐ろしい! 悪魔みたいなやつだ!!
[ドワーフの回答] 100%善意だよ。 愚かなエルフが勝手に自滅しただけだよ。
真相は、神のみぞ知る……。




