第92話 静波号(ウェイブ・スイーパー)
《きこりのおの》という新兵器と、『眠りのイバラ』対策の時属性装備も完成し、ようやく『スリーピングキャッスル』への突入準備が整った。
そのことをマクリールはんに報告すると、彼は裕真を空港へと案内した。
【 アルデバラン近郊 空港 】
空港の端、一般の飛空船が並ぶ区画から離れた場所に、異質な船が停泊していた。
通常の飛空船は木材や金属で造られているものだが、目の前の船はまるで巨大な陶磁器のようだった。
船体は白く滑らかで、継ぎ目らしい継ぎ目もほとんど見当たらない。
さらに、その表面には淡い緑色に発光する、呪文のような模様が規則正しく刻み込まれている。
魔術について詳しくない裕真にも、それがとんでもない代物だと一目で分かった。
マクリールはんは裕真の方を振り向くと、その船にそっと手をかざした。
「この船がウチのクランの船、『静波号』どす。これで一気に『スリーピングキャッスル』を目指します」
「……え!? 直接ですか!? アウトランドじゃ飛空船は飛べないのでは?」
裕真が驚くのも当然だった。
目的地であるスリーピングキャッスルは、三大陸の中心から離れた『アウトランド』に存在する。
そこでは強力な空の魔物が出没するため、飛空船で侵入しようとすれば撃墜されてしまう……というのが、この世界の常識だ。
しかし、マクリールはんは小さく首を振る。
「それは普通の飛空船の話どす。この船は古代エルフの遺産でしてな。精霊の力に守られておるさかい、並の魔物の攻撃は通しまへんのや」
「……古代の飛空船!?」
その説明を聞いても、裕真は納得するどころか、むしろ新たな疑問が浮かんだ。
「ええと、エルフ文明って三千年以上前ですよね? そんな大昔の船が――」
「なに言うてはるん」
裕真の質問を、後ろからやって来た黒髪褐色のエルフ、ロンドラウトが遮った。
「ニンゲン製の飛空船と一緒にせんでくれます? 悠久の時を生きるエルフが、三千年程度で壊れるもの作ったりせーへん」
「ガラクタ!?」
飛空船に特に思い入れがあるわけではないが、自分たちが普段使っている物をガラクタ呼ばわりされたことに、裕真は少しカチンとした。
「ロンドラウト!!」
副団長のウィリスに一喝され、ロンドラウトはばつが悪そうに首を竦めた。
そんな二人を見たマレフ女史が、苦笑しながら言った。
「まぁ、ぶっちゃけ今のエルフ族では、こないな船作るんは無理ですわ……。ちゅーか、この船も絶対に安全やなくて、ドラゴン級の魔物に襲われたら持ちまへん」
「……え。 じゃあ万が一襲われたら?」
裕真は不安そうに『静波号』を見上げる。
(……そういや、ドラゴンってどれぐらいの強さなんだ?)
今まで裕真が出会ったドラゴンは、劣等種のレッサー・ドラゴンと、遺跡の魔法によって変貌したチョコレート・ドラゴンという変わり種だけだった。
裕真はスマホを取り出し、アコルルから貰った『魔物図鑑』のアプリを開く。
そして『ドラゴン』という項目をタップすると、ざっくりしたドラゴンの種類と討伐レベルが表示された。
[レッサードラゴン] 討伐Lv 50
[ドラゴン] 討伐Lv 100
[エルダードラゴン] 討伐Lv 150
[アークドラゴン] 討伐Lv 200
※その他、伝説のドラゴン達 討伐Lv 300以上
裕真(ほーん……確かLv100で都市一つがヤバイ級、Lv200で天災級だったな……)
裕真は画面を見つめたまま、心の中で唸った。
ちなみにきっちり50ずつで区切られているのは偶然ではない。討伐レベルはドラゴン属を基準として定められているからだ。
それだけドラゴンは、人類にとって身近な脅威というわけである。
そんな風に考え込んでいる裕真に、マクリールはんが語りかけた。
「まぁ、ドラゴンはわてが何とかします。彼らとやり合ったのは、一度や二度ではないんで」
実に頼もしい言葉だった。
その声には、強がっている様子も、自惚れている様子もない。ただ自分ならできることを、事実として述べている。そんな確かな自信が伝わってきた。
「うちの団長はな、エルダードラゴンを撃退したこともあるんどす! それも空中戦で!!」
メルリーフが我がことのように自慢げに語る。
裕真は思わず驚きの声を上げた。
「空中戦!? ドッグファイトですか! カッコイイ!」
裕真も空を飛べる魔道具で飛行したことがあるが、まっすぐ飛ぶのが精一杯で、まともに戦闘など出来る気がしなかった。
そんな反応を見て、マクリールはんがちょっと照れたように笑う。
「……まぁ、流石にシンドイので、避けられるなら避けますえ。幸い彼らは賢いから、交渉で済ませることも可能や。そのための貢物も用意してはります」
「貢物?」
「貴金属や宝石、A5ランクの食用牛とかやな」
「牛……ですか」
ふと裕真の背後から、「モー」という鳴き声が聞こえた。
それは船に積み込まれている途中の食用牛だった。
アトラス連邦北部の草原で育てられているブランド牛らしい。
なお運良くドラゴンに遭遇しなかった時は、クランメンバーのごちそうになるそうな。
◇ ◇ ◇
『静波号』を見学してから数日後、いよいよ出発の時が来た。
朝の空港には、スリーピングキャッスルへ乗り込むメンバーが集結している。
まず、『銀影騎士団』からは、マクリールはん、ウィリス副団長、ロンドラウト、メルリーフ、マレフ、その他の団員100名余り。
『ミリオンハンターズ』からは、裕真、イリス、アニー、ラナン、茜、ルナ、モモ、パルテナ。
それに、本来なら非戦闘要員のニーアまで加わっていた。
裕真は危険だから残るように言ったのだが、ニーアは頑として首を縦に振らなかった。
「魔道具を整備する人員が必要でしょ? それに私は、自分の身ぐらいなら守れますから!」
そう言われると、裕真も強く反対はできない。
確かに長期戦になれば、魔道具を整備できる錬金術師は必須になるだろう。
ならばせめて、自分がしっかり守ろうと腹をくくる。
その他にも、『炎の勇者』篤志と、その仲間のアルテミシア。
『大地の勇者』かなめと、その仲間のハガネ。
Sランクハンターのレギンと、その仲間のフリスト。
そして、アトラス連邦の元大王、ジールさん。
いずれもフェルダンによって手酷い目に遭わされた者たちだ。
誰もが今回の遠征に、並々ならぬ意気込みを見せている。
確認の点呼を終えると、一行は順番に飛空船へ乗り込み始めた。
裕真も船内に向かおうとしたその時、後ろから呼び止める声が聞こえた。
主計班のアントニオだ。
「待ってください、ユーマさん。大切な物をお忘れですよ」
そう言って差し出されたのは、高級そうな深紫色の布袋だった。
裕真が受け取って中を覗き込むと、そこから真紅の円盤が姿を現す。
直径10cm、厚さ1cmぐらいで、その形状は裕真が普段から目にしているマナ硬貨と酷似していた。
「ん? これはマナ硬貨? でも、今まで見たことない大きさだな」
「一枚10万マナ(約1,000万円)の超高額コインです。あなたのMP回復に必要でしょ?」
「……おおっ! なるほど! それはウッカリしてた! 『神器』を使ったら100万MPなんてすぐ無くなるもんな!」
マナ硬貨は通貨であるだけでなく、服用することでMPを回復できるアイテムでもあった。
この超高額コインが無ければ、100万MPを回復するのに100マナ硬貨を1万枚も呑み込まなければいけないところだった。
「それ、本来は船とか不動産とか高額の取引に使うものなんですけどね。とりあえず50枚用意しました。足りれば良いのですけど」
「ありがとう、助かる!」
そのやり取りを聞いていた周囲の者たちは、一斉に引いた。
500万マナ(約5億円)を食べちゃうんだ……と。
「それにしても錚々たる面子が揃いましたね……勇者3人にSランクハンターが2人とか」
アントニオは感心したように一同を見渡した。
裕真もうんうんと頷く。
「ああ、これなら敵が何を仕掛けてきても負ける気がしない! 今までフェルダンには好き放題にやられてきたからな……。でも今度はこっちが攻める番――」
と言いかけたところで、ふと裕真の脳裏に冷たいものがよぎった。
はっきりと言えないが、何か重大な見落としをしているような、悪い予感が……。
そのとき、もう一人の見送り客があらわれた。
それはジールの妻、ペーネである。
夫婦は二、三言葉を交わしたあと、静かに抱擁を交わした。
公衆の面前であることを意識した控えめなものだったが、それでも深い愛情がひしひしと伝わってくる。
それを見て裕真は胸が熱くなった。
最悪、これが夫との今生の別れになるかも知れない。それでも王の妻として送り出さなければいけない……。
そんなペーネさんの苦悩を思うと、裕真の胸も締めつけられるようだった。
皆を無事に連れ帰らなきゃな……、と心に誓う裕真だった。
◇ ◇ ◇
【 飛空船 静波号 船内 】
出港して間もない頃。
裕真は船内に用意された自室のベッドに転がり、本を読んでいた。
そのタイトルは『茨姫と太陽の騎士』。
以前、マイラの街周辺の賞金首を討伐した時に手に入れた本である。
タイトルの通り、これから戦うことになるフェルダンの正体――『太陽の騎士フェリオス』をモデルにした物語である。
以前軽く目を通しただけだったが、フェルダン討伐のヒントになるかもと思い、再び読み直しているのだ。
そんなとき、扉をコンコンと叩く音が聞こえた。
裕真は栞を挟んで本を閉じ、「どうぞー」と返事する。
扉がガチャリと開き、ひょこりと顔を出したのはメルリーフ嬢だった。
「どうも、ユーマはん……。ええと……先日は失礼なこと言うてもうて、まことに申し訳ございません……」
雅な古代エルフ言葉でそう告げると、ぺこりと頭を下げた。
裕真はベッドから素早く起き上がり、身なりを整える。
「ああ、いや、別に気にしてませんよ」
そう返事しつつも、裕真は内心では「何か言われたっけ?」と頭の中を漁っていた。
メルリーフが詫びているのは、以前裕真を「丸耳」と罵ったことだ。
だが裕真にとって耳が丸いのは当たり前すぎて、悪口だとすら思わず、とっくに忘れていた。
一方のメルリーフは、それをすっかり水に流されたのだと解釈したらしい。
「そうどすか……おおきに」
またぺこりと頭を下げる。ポニーテールが揺れ、花のような香りが漂った。
「お詫びと言うてはなんですが、あてが船内を御案内しますえ。よろしゅおすか?」
「お、それは助かります」
目的地到着までの数日間、この船で生活することになるのだ。知っておいて損はないだろう。
最初に案内されたのは、談話室だった。
そこは広々とした円形の部屋で、天井もかなり高い。
中央には天井近くまで伸びる観賞用の樹木が植えられており、その周囲を取り囲むように、クリーム色のソファーとローテーブルが配置されていた。窓から差し込む朝の光が白い床を照らし、まるで船の中とは思えない開放感がある。
手の空いた船員たちは、ソファーに腰掛けて談笑したり、飲み物を片手にくつろいだりしていた。
続いて二人は食堂に向かった。
そこはまるで高級レストランの店内をそのまま船の中へ持ち込んだような空間だった。
磨き上げられた床には塵一つなく、白いテーブルクロスが掛けられた丸テーブルが整然と並んでいる。
壁際には観葉植物と彫刻が飾られ、天井からは細かな装飾を施した照明が吊り下がっていた。
まだ食事の時間には早いため、船員の姿はない。それでも厨房の方からは、食器の触れ合う音や、忙しく行き交う人の気配が伝わってくる。
さらに案内された浴場も、裕真の予想を大きく超えていた。
広々とした大浴場の床や壁には白い大理石が使われ、湯船の縁には滑り止めも兼ねた細かな装飾が施されている。
天井も高く、壁面には淡い緑色の光を放つ魔石灯が並んでいた。
湯気こそ立ち込めていないものの、室内にはほのかな香木のような香りが漂っている。
まだ利用時間ではないが、今から入浴が楽しみになった。
一通り見て回り、裕真は素直な感想を口にする。
「いや〜……オシャレっすね〜! まるで一流のホテルだ。とても船の中とは思えません」
メルリーフは手の甲を口に当て、ふふふと笑った。
「ありがとうございます。ちなみにこない豪華なのは、この船、元々王家の御座艦だったからどすえ」
「王家というと、古代エルフの?」
「もちろん」
ほーん、と裕真は感心する。普通の飛空船とはスケールが違うことにも納得だった。
一方、古代エルフと聞いたことで、ふと疑問が浮かんだ。
「そういえば、なんでこのクランはエルフばかりなんです?」
「ああ、それはやな」
メルリーフは答えかけて、少し表情を引き締めると、裕真に向き直った。
「まず始めに言っときますけど、団長はんは他種族を差別しているわけやあらしまへんで」
「……あ、いえ、もちろんそんなこと思ってませんよ」
裕真は慌て気味に釈明した。
単純に疑問を口にしただけだが、何か含みがあると思われても仕方がない聞き方だった。
そんな裕真の様子に、メルリーフは安心したように軽く笑う。
「うちの団長がハイエルフなのは知ってますやろ?」
「ええ、もちろん。長命なエルフの中でも、特に長生きだという」
「そうどす。そのせいですわ。団長はんは時間感覚がめっちゃ遅いんですわ。普通の一年を一週間ぐらいの感覚で生きてはるんや」
「……マジっすか」
「マジどす。それでな、ちょっと一休みで数ヶ月休んだり、ひとつのダンジョン攻略に数十年かけたりするんどす。特にヒドい時は、『ちょっと出かけてくる』と言って、百年ぐらい行方不明になったこともあったんですわ」
「百年!?」
騒がないように心掛けていた裕真だったが、さすがに驚きの声が漏れた。
「はいな。まぁ、わてが加入するより、ずっと前の話ですけど」
「な……なるほど。ニンゲンみたいな短命種じゃ、ついていけないってわけか」
ニンゲン族の寿命は長生きしても100年、ドワーフでも250年ほどだ。
そんな短命種がマクリールはんのペースで冒険に付き合っていたら、あっという間に老いさらばえてしまうだろう。
完全無欠の英雄に見えたマクリールはんだが、意外な欠点を知ってしまった。
……いや、欠点というより、むしろこれまで以上に浮世離れした人物に思えてしまった。
次に案内されたのは図書室だった。
壁一面が天井近くまで届く書架で覆われており、紙とインクの匂いがほのかに漂っている。
ここは、これまで見てきたどの部屋より静かで、まさに読書にうってつけの場所だった。
「図書室まであるのかー」
「ええ、このクランは読書好きが多くて。本は重いからあまり積みとうないってマレフはんは言うんですけどな。船内で出来る娯楽って、他にはお酒か博打ぐらいですやろ? それよりは健全やっちゅーことで、団長が許可したんですわ」
「メルリーフさんも本が?」
「あては博打やな」
博打、と聞いて裕真はぎょっとした。ついこの前、博打にのめり込んで身を持ち崩し、奴隷に落とされた女性を見たばかりである。
(いや、誰もが借金するまでのめり込むもんじゃ……)
そう考え直してから、本題を切り出す。
「ところで、ここの蔵書に『茨姫と太陽の騎士』はあります?」
「はい、もちろんありますえ。世界的ベストセラーですし」
「それ、読んで良いですか?」
裕真はその本をすでに持っているし、なんなら一度は読んでいる。
だがこの物語は世界的ベストセラーで、国や種族ごとに翻訳され、その過程で内容も改変されているらしい。
手元にあるのはニンゲン族版だ。より原点に近いであろう、エルフ族版が読みたかった。
「それは構いまへんけど……その本、史実からかな〜り脚色されてますえ?」
「そうなんすか?」
「ええ、例えば物語の中では姫と騎士が恋仲ってことになってますけど……」
そこでメルリーフは、少しだけ顔をしかめた。
「んなわけあらへん!! エオリア姫は55才(ニンゲン換算で11才)やで? 騎士さん、変態になってしまうやないですか!!」
「ま……まぁ、そうですね……」
確かに以前『微睡みの城』で出会った姫は、それぐらいの年齢に見えた。
対して劇中のエオリア姫は90才(ニンゲン換算18才)という設定になっている。
「まぁ、お話自体は面白いんで、娯楽として読むなら無駄になりまへんえ。それじゃ、あては他の仕事に行ってきますので、どうぞごゆっくり」
「ありがとうございます」
一礼して退室していくメルリーフの背中を見送ったあと、裕真はエルフ版『茨姫と太陽の騎士』を手に取り、読みはじめた。




