第91話 総員出撃
《きこりのおの》の実戦テストを終えた翌日。
裕真はミリオン号の錬金工房に向かった。
扉を開けると、薬草と金属の匂いが入り混じった独特の空気が鼻をくすぐる。その奥では、ニーアが作業台に向かって何やら作業をしていた。
「よっ! ニーア! 防具の開発は順調?」
「あっ! ユーマさま♪」
ニーアがにこりと笑顔を浮かべて振り返る。手元には、指輪らしきものが握られていた。
「はい、完成しました。名付けて《イバラの指輪》です!」
そう言って、手の中にある指輪を裕真に見せた。
緑の蔦をリング状にしただけの簡素なデザイン。名前に「イバラ」と付いているものの、トゲは一つも付いていない。
「『眠りのイバラ』を素材にしましたが、それだけですと耐久力に不安があるので、『エリュマントスの骨』と合成してみました」
エリュマントスとは、カペラの街に滞在した際に討伐した賞金首である。
その骨は鉄よりも遥かに硬く、売れば武器防具の素材として高値が付いたのだが、資金に困っていなかったのと、錬金の素材に使えるということで取っておいたのだ。
「おおっ、さすが! 気が利いてる!」
「ふふ、《フォローリング》のおかげです♪ 魔道具の機能を最大限に使えますから、加工も楽々でした」
ニーアは満足げに胸を張ると、完成した指輪を裕真へ差し出した。
「さっそくテストしてみますか?」
「テストって?」
「こちらです」
ニーアが指し示した先には、小さな鉢に植えられた植物があった。
深い緑色をしたトゲだらけの蔓。それは“フェルダン”の残骸から僅かに回収することができた、まだ生きている『眠りのイバラ』だった。
「さぁ、こちらの生きている『眠りのイバラ』で試してみてください」
「え……お、おう……」
正直なところ、気持ち悪いので触りたくないのだが、ニーアが目をキラキラさせてこちらを見ているので断りづらい。
仕方なく裕真は指輪をはめ、恐る恐るイバラへ指先を伸ばした。
ちょん、と触れてみる。
本来ならこれだけで自分の時間は停止してしまうはずだったが、なんともない。
今度は軽く握ってみる。
やはりなんともない。無事だ。
「うん、止まらない! 時間停止しない! これでやたらと高価な《ダイヤの時計》を買わずに済む♪」
「ふふっ、お喜びいただけて何よりです♪」
そのとき、裕真の懐から声が響いた。
「あの……お喜びのところを申し訳ないのですが……」
アコルルだ。裕真は懐からスマホを取り出し、画面を覗き見る。
「『眠りのイバラ』を素材にアイテムを造るのは、今回限りにした方がよろしいかと」
「え? なんで?」
「それはもちろん、『眠りのイバラ』の生態が謎だからです。考えてみてください。“時間を養分にする植物”なんて意味不明じゃないですか?」
「ま……まぁ、確かに」
「万が一、加工したイバラが復活し、大繁殖! 世界全ての“時間”が吸われて何もかも停止しました! ……なんて可能性もあるのですよ?」
「えー……それは考えすぎじゃない?」
「神々の遺物はそれだけ危険だということです。触れただけで死ぬ剣、見ただけで死ぬ鏡、宇宙から隕石を呼び寄せる杖、無限に増殖するホールケーキ……例を挙げればキリがありません」
「そんなに?」
冗談みたいな話だが、アコルルの目は真剣そのものだった。
そして裕真は、ようやく理解した。魔法帝国がイバラの有用性を知りながら、それを積極的に利用しなかった理由を。
「……まぁ、今回は事情が事情なだけに仕方ないとしても……くれぐれも大量生産して売ろうなんて思わないで下さい。何か起きたら責任取れないでしょ?」
「え〜、ダメですか? 大儲けできると思ったのに……」
がっかりと肩を落とし、残念そうに呟くニーア。
その様子に裕真はちょっと笑いそうになったが、なんとか堪えた。
「まあ、《ダイヤの時計》の購入資金が浮いたんだし、それだけでも大した成果だよ」
励ましたつもりの裕真だったが、ニーアは「う〜ん」と唸りながら、悩ましげに眉を寄せた。
「……やはりこの指輪は耐久面で不安があります。ユーマさまの分だけでも《ダイヤの時計》をご用意されては?」
その提案に、裕真は「むむっ」と声を漏らした。
《ダイヤの時計》は非常に希少で、いくら金を積んだところで、そう簡単に手に入るものではないのだ。
「そう言われても、これから探すのはなぁ……」
「それならハガネさんが持ってる品を貸して貰えば良いのでは?」
「あっ、そうだった。確か三つ持ってるって言ってたし、ひとつくらい――」
「……三つも?」
裕真の背後から、仲間のものではないが、聞き覚えのある声が響く。
振り返ると、褐色の肌に金髪の少年が立っていた。ターバンとゆったりした白い服という、アルデバランではごく一般的な衣装。
だが、その顔を見ているうちに、彼が何者なのかを思い出した。
それは先日謁見した、アトラス連邦を統べる大王、アグリオス18世陛下だった。
謁見の時とは違い、王冠などの装飾品は身に着けていない。市井に紛れるための装いだろう。
裕真は咄嗟に胸に手を当て深々と頭を下げた。宮廷式の挨拶である。ニーアも慌ててそれに倣う。
「こっ……これは大王陛下!! なぜここに……あ、いえ! ようこそいらっしゃいませ!」
「くるしゅうない。ちょっと君に頼みたいことがあって来ただけだから」
「……? 俺に頼みたいこと?」
許しを得た裕真は、顔を上げて大王の顔を見る。
「その前に……我が国で《ダイヤの時計》が盗まれたって話を小耳に挟んだんだけど……君たち、何か知らない?」
大王の口調はさりげないものだったが、その目が笑っていないのを裕真は見逃さなかった。
やばい……。おそらく大王は、《ダイヤの時計》窃盗で指名手配されているハガネさんと、自分たちの繋がりに気づいている。
ハガネさんと篤志には悪いが、ここは正直に白状したほうが良い……というか、許してもらうタイミングは今しかない。
「申し訳ありません! 実は――」
裕真は平伏して、知っていることを洗いざらい白状した。
話を聞き終えた大王は、満足げにニコリと微笑む。
「まぁ、許すよ。こちらもそのおかげで助かったんだし。ただし、邪教徒の一件が終わったら必ず返却すること!いいね?」
「はは~っ!」
こうして、アトラス連邦内におけるハガネの指名手配は解かれることになった。
もちろん後日、ハガネとその夫である篤志も大王のもとへ赴き、改めて謝罪した。
なお、ハガネさんはまだオリオン連合王国と新帝国からの指名手配が残っている。
オリオンの方は姫たちの口添えで近々解かれる見込みだが、新帝国だけは有効なツテがないため、残ったままである。
話が一段落したところで、ニーアが控えめに声をかけた。
「あの、大王陛下。私たちに頼みごととはなんでしょう?」
「あ、そうだった。もうじきあの邪教徒を討伐しに行くのだろう? それにボクも同行させてほしいんだ」
裕真とニーア、一瞬耳を疑う。
「……はい? 同行……? 一緒に行きたいと?」
「そうだよ」
「ええっ!? なぜです?」
「そりゃ、やられたらやり返さないと。舐められたら殺す。王家のジョーシキだよ」
以前、ルーナ姫が言っていたのとほぼ同じ台詞だった。
あれはジョークじゃなくて、ホントに王家の常識だったんだなぁ……などと感心している場合ではない。
裕真は激しく首を左右に振る。
「いやいや! ダメです! いけません! 奴の本拠地はSランクダンジョンですよ! 俺たちでも陛下の安全を保証できませんって!」
「ああ、ボクの安全とか、どうでもいいんだよ。ボクはもうすぐ王の座から退くことになるし」
「……え!? そりゃまたなんで!?」
「アトラスの大王はね……“最強”じゃなきゃいけないんだ。一度でも負けたら、もう“大王”じゃない。たとえ卑怯な手段を使われたとしても」
裕真は何のことかとポカンとしたが、その横でニーアが静かに補足してくれた。
アトラス連邦の大王は、アトラス一族の中で最も強い者が就くのが習わしなのだという。
そして、眼前の少年こそが、一族の中で最も巨大で強力な巨人へと変身できる“最強の戦士”だったのだ。
ゆえに、年若い身でありながら“大王”の座にあったのだが、フェルダンに敗れたことでその資格を失い、玉座から退かねばならなくなったのだ。
「そんなわけで、今は次の王を選定中だ。ボクの身に何かあっても、問題ない」
「問題ないって……」
「ああ、もちろんボクも死ぬ気じゃない」
そう言うと大王は、懐から《ダイヤの時計》を取り出して見せた。王家の蔵に保管されていたやつだ。
「時属性攻撃さえ防げれば、あんな奴ら敵じゃない。“最強”の称号は伊達じゃないってことを思い知らせてやる」
裕真はまたしても「むむっ」と唸った。
ここまで言われては、もう止められない。
目の前で国民五万人を攫われ、大王の威信に傷をつけたのだ。その雪辱を晴らしたいという気持ちもよく分かる。
「わかりました、陛下。ただ、本当にお気をつけて下さい。奴は非常に悪知恵が働きます。どんな罠が仕掛けられているか分からないので」
「ああ、もちろん。それとボクのことはジールと呼んでくれ。アグリオスの名を継ぐ前の名だ」
「よろしくお願いします、ジールさん」
こうして、フェルダン討伐のメンバーに、もう一人が加わった。
◇ ◇ ◇
世界のどこかに存在する、忘れられた魔族の廃城。
そこに再び邪悪な者たちが集められた。
文曲星のメグリ。
廉貞星のアルフォート。
武曲星のカイヨウ。
破軍星の水野戒人。
そして戒人の妹、水野愛華の計五人である。
目的を知らされず集められた五人の空気は重苦しい。
最初に口を開いたのは、黝い髪に切れ長の目をした貴公子、アルフォートだった。
「フェルダンのやつ、偉そうなことを言っといて、まだ一人もSランクハンターを仕留めてないらしいな」
ふんっと鼻を鳴らす。
隣の席の少女が、それに小さく頷いた。
「それどころか、せっかく捕えた『勇者』を逃がしてしまうとか……とんでもない大失態ね。道理でここに顔を出せないわけよ」
緋色のツインテールを揺らし、メグリは嘲笑った。
正直なところ、得体の知れない不気味さを持つフェルダンを、彼女は心底嫌っていた。
「それで? 俺らに招集をかけた理由は? まさか奴の尻拭いをしろと言うのではあるまいな?」
椅子にふんぞり返り、露骨にうんざりだという態度を見せるカイヨウ。
彼の巨体を支える石造りの椅子が、僅かに沈んだように見えた。
「それについては、『ゾド』様が直々にお話になられます」
愛華の言葉に、一同がざわついた。
「……ゾド様が!?」
メグリが思わず席から腰を浮かせる。
その直後、円卓の中央に赤い液体が一滴落ちた。
滴はぼこぼこと泡立ちながら盛り上がり、やがて人の形を取っていく。
血のように赤黒い液体で形作られた、少年とも少女ともつかない姿。
邪神ゾドの分身であった。
(最近よく出るな……復活が近いのか?)
アルフォートは心の中で呟いた。
邪神ゾドは下僕に指示を出す際、普段ならおぼろげな思念を送りつけるだけで済ませる。
このように直接分身を遣わすことなど、数年に一度あるかないかだ。
それは、これから伝えようとしている事の重大さを表しており、緊張を禁じ得ない。
分身はごほごほと濁った水音を立てながら、かろうじて言葉に聞こえる音を発した。
みなにめいじる…… ふぇるだんを、ころせ……
その意味を理解したアルフォートは、目を見開く。
(粛清だと!? いったいなぜ!? 作戦を失敗したからか!?)
しかし、その考えをすぐ打ち消す。
アルフォートが見る限り、ゾドは合理的な思考の持ち主だ。
自分を信仰せぬ者でも有能なら使うし、作戦をひとつ失敗した程度で、フェルダンほどの能力を持つ駒を簡単に捨てるはずもない。
となれば、考えられる可能性は、離反、裏切りというところか……。
などと考えているうちに、ゾドの姿は次第に輪郭を結んでいった。
「元々、奴は私が選んだ者ではない」
人の声に近い発声になり、聞き取りやすくなる。
しかし、アルフォートが驚いたのは、その声よりも言葉の内容だった。
「……は? それはどういう意味です?」
アルフォートが聞き返すと、ゾドの掌から映像が浮かび上がる。
映っているのは、金髪を肩まで伸ばしたエルフの男性だった。
「私が《禄存星》の使い手に選んだのは、この『カラボス』というエルフだった」
カラボス……。アルフォートにはまったく覚えが無い名だ。
他の者たちの顔を見回してみても、皆同じように首を捻っている。
どうやら誰も知らないらしい。
「その者は《禄存星》の力を使いこなし、数多くの人間と同期し、順調に勢力を拡げていた。そして更なる力を求め、『スリーピングキャッスル』へ向かったのだが……帰ってきたときには別人――『フェルダン』になっていた」
……? 意味が分からない。
どういうことかとアルフォートは尋ねようとしたが、その前に戒人が口を開いた。
「《禄存星》の弊害ですか……。同期しようとした相手の意志が強ければ、逆に自分が“上書き”されてしまうという」
「左様。カラボスは城に眠る『古代の英雄』に精神を乗っ取られてしまった」
アルフォートは、三つの意味で驚いた。
《禄存星》にそのような欠陥があったこと、それを当たり前のように戒人が知っていたこと。
そして何より、フェルダンの正体がSランクダンジョンに眠っていた得体の知れない存在であったことに。
「奴は表向き忠誠を誓っていたのと、カラボスの百倍は有能だったので大目に見ていたが……。最近の奴の行動は目に余る」
そう言った瞬間、ゾドの身体が沸騰したようにボコボコと泡立つ。
「不審な点が多い……多すぎる! Sランクハンターをわざと見逃したのではないか? あの城に首を集めて何をしようとしている? 最近は招集にも応じなくなった……奴は私の与り知らぬところで、ろくでもない事を企んでいる!」
ゾドの怒りに呼応するかのように、赤黒い身体から泡が次々に弾け飛ぶ。
その度に耐え難い瘴気が周囲にまき散らされた。
あまりの邪気にアルフォートは顔を背けそうになったが、怒り狂う邪神の逆鱗に触れるかもしれないので、なんとか堪えた。
「もはやこれ以上、捨て置けん! 貴様ら全員でスリーピングキャッスルへ赴き、フェルダンを……いや、『太陽の騎士フェリオス』を抹殺せよ!」
「ははっ!」「かしこまりました!」「了解」「御意」
ゾドの号令に呼応し、五人は片膝をつき首を垂れた。
こうして『最悪の七人』の残り四人と愛華が、フェルダン――いや、『太陽の騎士』討伐に赴くことが決定した。
一方その頃、裕真たちもフェルダン討伐の準備を進めていた。
両者の目的地は、奇しくも同じスリーピングキャッスル。
そこで最悪の邂逅が待ち受けていることを、まだ誰も知らない。




