第90話 きこりのおの
オークションに参加した裕真は、予定通り《きこりのおの》、《ぐんて》、《むぎわらぼうし》の三点を落札することができた。
落札価格もほぼ予想通りだったので、幸いにも追加で融資を受ける必要はなかった。
ただ、出番が無かったシャイロックは、少しガッカリしたようだが。
そして翌日。
裕真はさっそく《きこりのおの》の性能を確かめるため、街から少し離れた人気のない荒野に向かう。
その際、戦闘班のメンバーもついてきた。
裕真一人でも十分な用事だったのだが、特に仕事がなくて暇だったことに加え、『神器』の威力をこの目で確かめたいとのことだった。
荒野を見回すと、テストに使えそうな手頃な岩山が目に入った。
高さは目算で50m前後というところだ。
テストの前に、まず茜が偵察用のウミネコ型式神を飛ばした。
周囲に人がいないか、安全を確認するためだ。
しばらくして、式神が戻ってくる。
ウミネコは茜の肩に止まると、彼女の耳元で何事かを告げた。
茜はそれを聞き終えると、裕真に向かって頷いた。
「周囲に人はおらへんで! さぁ思いっきりやっちゃってな!」
「おうっ!」
裕真は《きこりのおの》をスチャッと構えた。
その『神器』は、木製の棒に鉄の刃をつけただけの、どこにでもありそうな普通の斧に見える。
しかし裕真が魔力(MP)を込めると、次第に黄金色の光を放ち始めた。
1,000……1万……10万……。
通常の魔道具なら、到底耐えられない量のMPを注ぎ込まれてもなおも無事なことから、それが紛れもなく『神器』であることを物語っていた。
そろそろいいだろう、と裕真は斧を振りかぶった。
「MP10万!! きこりアタック!!」
即興で付けた技名を叫びながら、斧を一気に振り下ろす。
すると斧から凄まじい衝撃波が迸った。
直撃した岩山が轟音を響かせながら真っ二つに割れる。
さらに衝撃はそのまま地面へと突き抜け、岩山があった場所の大地まで大きくえぐり取っていく。
やがて土煙が晴れると、そこには巨大な渓谷ができあがっていた。
地形を変えるほどの一撃に、仲間たちは一斉に驚きの声を上げる。
だが、一番驚いているのは裕真自身だった。
「おお……すごい……すごい! 山が地面ごと真っ二つに!!」
興奮のあまり、裕真の手がぷるぷると震える。
「すごいじゃない! 十分通用する……どころか、倒せない魔物を探す方が難しいレベルよ!!」
イリスも興奮気味に、裕真の肩をばんばん叩いた。
「これでMP10万……。全力の10分の1か〜」
ラナンが斧の作った渓谷を覗き込みながら、呆けた声で呟く。
あまりに凄すぎて、目の前で起きたことなのに実感が湧かないようだった。
「ふふふ……これならもしかして邪神も倒せちゃうんじゃないか!? ゲームクリアまであと一歩!?」
裕真は斧を眺めながら、すっかり上機嫌になっていた。
想像以上の威力だった。これなら、わざわざ戦闘用の『神器』を探す必要もないようにさえ思える。秘境まで出向いて探し回る手間も、省けるかもしれないのだ。
しかし、皆が沸き立つ中、一人だけ怪訝な表情を浮かべている者がいた。
「……あの、オークションのカタログには『安全機能付き』って書いてありましたけど、それって何ですか?」
その言葉に皆は静まり、顔を見合わせた。
裕真がカタログを確認すると、確かに『お子様にも安心な安全機能付き』と記載されている。
「……斧の安全機能? 人体を傷つけないとか?」
ルナが顎に手をやり、ぼそりと呟いた。
それを聞いたモモの顔が、嫌な予感に強張る。
「……まさか、魔物も傷つかないってオチですか?」
「ええ……まさか〜」
裕真は引きつった笑いを浮かべる。
せっかく手に入れた『神器』に、そんな欠陥があるなんて——
と、その時、裕真の目に荒野をうろつく『オオネズミ』の姿が映った。
柔らかな毛皮に覆われた、まるっとした生き物。
愛くるしい外見だが、その一方で人肉を好み、人を襲う、立派な害獣でもあった。
「……あっ! ちょうどいい! ちょっと試し斬りしてみる!」
裕真は100mぐらいあった距離を一瞬で詰め、オオネズミに斧を叩き込んだ。
だが、斧はオオネズミに当たらず、その足元にめり込んだ。
確かに命中する軌道だったはずだ。それなのになぜか当たらなかった。
「こ……攻撃がすり抜ける!?」
何かの間違いじゃないかと思い、続けてニ度、三度と斬りつける。
しかし、やはり当たらない。斧が明らかにオオネズミをすり抜けてしまっているのだ。
皆から「あー……」という声が上がる。
これが“安全機能”かと。
「ちょっとこの機能外せないの!? スイッチ! スイッチとか無いの!?」
裕真は青ざめながら再びカタログを取り出し、必死にページを捲る。
しかし、いくら探しても安全機能を解除する方法は記されていなかった。
「なるほど……道理で安かったわけだね……」
パルテナが肩を竦め、ため息をついた。
王族である彼女は、戦闘用神器がいかに高価か知っている。
この斧の落札価格は1,000万マナ(約10億円)。現在、裕真が所有している魔道具の中でも、群を抜いて高価な品である。
だが、本格的な戦闘用ともなれば、この十倍以上の価格になるのだ。
高すぎると思うかもしれないが、戦闘用神器とは、いわば要塞や軍艦に匹敵するほどの兵器なのだ。それだけの値が付くのは当然だと言える。
もっとも、そんな事情を知らない裕真は、ただがっくりとうなだれるのだった。
そんな彼に、イリスが声をかける。
「まあ、待って。落ち込むのはまだ早いわよ。オオネズミはダメだったけど、他の魔物には通用するかもしれないじゃない」
「……他の魔物って?」
「それをこれから検証するのよ」
◇ ◇ ◇
『ヒヤデス魔石鉱山』
アルデバランの北東に位置するこの鉱山は、かつて豊富な魔石を産出し、国を潤していた。
しかし魔物が多数出没し、犠牲者が続出するようになったため閉山。
人の手が入らなくなった鉱山には、古今東西から多種多様な魔物が集まり、ハンターギルドが『危険度B』に指定するほどの巨大な『ダンジョン』へと変貌していった。
そんな魔石鉱山へとやってきた裕真は、目の前に広がる光景に少し驚いた。
そこは「鉱山」といっても山ではなく、地面にぽっかり空いた大穴だったからだ。
巨大な円形の穴の側面には、地下深くへ降りるための螺旋状の通路が設けられている。
かつて採掘に使われていた道らしく、ところどころに当時の設備も残されている。一行はそれをゆっくりと慎重に下っていった。
「魔物はみんな魔石が大好物だからね。この近辺のありとあらゆる魔物が集まってきてるのよ。魔獣、邪鬼、妖精、アンデッド、ゴーレム、オートマトン……さらに稀にだけど、デーモンやエレメントも出没するらしくて、“魔物の大バザール”と呼ばれているそうよ」
イリスの解説に、裕真は眉をひそめた。
「嫌なバザールだな……」
「ですが、その斧の性能をチェックするにはうってつけという訳ですね」
アニーがヒカリダケの胞子を撒きながら言う。
薄明かりが大穴の底まで広がると、かつて採掘に使われていた無数の横穴や、古びたレールの残骸など、当時の名残が次々と浮かび上がった。
そんな廃墟じみた坑道を、ラナンはうきうきした調子で歩いている。久しぶりのダンジョン探索が、よほど楽しいらしい。
「今のところ分かっているのは、樹木と岩山みたいな無機物には有効ってことだよな」
裕真はこくりと頷く。
「ああ、『安全機能』がどこまで適用されてるのか……たとえばゴーレムやアンデッドみたいな“生物じゃない魔物”に通用するか確認せんとな」
斧を構えながら慎重に歩く裕真。
長年放置されている坑道は、コケや砂利に覆われていて、とても歩きづらかった。
しかし仲間たちは特に気にした様子もなく、すいすい先に進んでいく。
チート能力では補えない、ハンターとしての経験の差が如実に現れていた。
そんな遅れ気味の裕真に、ルナが振り向いて声をかける。
「特にゴーレムに通用するかは重要だね。伝説によると『スリーピングキャッスル』にはゴーレムが沢山いるらしいし」
ものの本によれば、あの城にはドワーフ族との最終決戦に備え、国中から戦闘ゴーレムが集められたという。
どこまで事実かわからないが、警戒するに越したことはない。
「そのお城には金や宝石で出来たゴーレムがいたって話です! 楽しみですね!!」
「せやな! 無傷で捕まえれば大金持ちや!」
まだ見ぬ財宝を夢想し、モモと茜が胸を躍らせる。
「それはあくまで伝説上の話よ。あまり期待しない方がいいわ」
イリスが苦笑交じりに釘を刺す。
その言葉に、裕真はハッとした。
そういえば自分は、微睡みの城で、実際に宝石で作られた自動人形を見ている。
もしかすると、『スリーピングキャッスル』に伝わる金や宝石のゴーレムも、単なる伝説ではないのかもしれない。
そのことを話そうとして、裕真はふと口をつぐんだ。
ナルコストロは夢の中の世界だった。あの場所で見たものが、こちら側の世界にも実在するとは限らない。
下手に話して、過剰な期待をさせては可哀想だ。
そんな調子で談笑しながら坑道を進む一同を見て、今回から探索に加わった新メンバーのパルテナは、少しだけ引いた目で眺めていた。
(み……みんな平然としている……。ここは『危険度B』のダンジョンなのに……)
ハンターギルドは、ダンジョンの危険度を七段階で表している。
『危険度B』は上から三番目。並のハンターならあっさり命を落とす難易度であり、本来ならパルテナなどが足を踏み入れられる領域ではない。
もちろん、裕真から渡された《フォローリング》のおかげで、自分自身の戦闘能力も強化はされている。
だが、戦闘力が強化されても、気持ちまで同じようについてくるわけではなかった。
◇ ◇ ◇
探索を続けていると、やがてお目当ての魔物たちと遭遇した。
以下がその一覧である。
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妖精属 【ケイブ・トロール】 討伐Lv 15
洞窟に住むトロール。全身毛むくじゃらの巨人。
体長2m〜3mほどと、野外に生息するトロールに比べてかなり小さいが、筋力はさほど変わらないので注意。
むしろ小型化したことで身を潜めやすくなっており、狭い坑道ではその厄介さが増している。
悪魔属 【レッサーデーモン】 討伐Lv 25
魔界からやってきた下級の悪魔。
下級と言ってもデーモンであるため、生半可な腕のハンターでは敵わない。
光属性を除く、すべての属性攻撃に耐性を持つ。
妖樹属 【食人樹】 討伐Lv 23
痩せた土地で栄養を得るため、人を喰らうことを覚えた樹木。
生い茂る緑の葉は太陽の光ではなく、人間の血肉を浴びて育ったものである。
死鬼属 【デッドマイナー】 討伐Lv 6
ゾンビになってしまった鉱夫。
自分が死んだことにも気付かず、今なお坑道を掘り続けている。
生前に培った掘削技術と、ゾンビ化によって得た筋力と持久力で、あっという間に穴を掘り進める。
壁や地面を掘り抜き、突然姿を現すことがあるので注意。
造魔属 【暴走ストーンゴーレム】 討伐Lv 33
かつてこの鉱山で労働に従事していたゴーレム。
しかし鉱山内の過剰な魔力を吸収して魔物化し、誰彼構わず襲うようになった。
人間を擦り潰して滲み出た脂を関節に塗り込み、滑りを良くするのが趣味。
機械属 【ドワーフ・オートマトン・ドリラー】 討伐Lv 39
両腕が掘削用ドリルになっている、人型の自動機械。
元はドワーフによって作られたものだったが、動力に『魔物の心臓』が使われていたせいで魔物化した。
鉱石を採掘するはずだったドリルは、人間をミンチにするために使われている。
怪異属 【ミミック】 討伐Lv 50
擬態能力を持つ魔物。
この個体は宝箱に擬態しているが、他にもタンスやクローゼットに化ける個体も存在する。
不思議な生態だが、ゴーレムのような人工物ではなく、元からこういう生物らしい。
箱のような体は高い防御力を持ち、大きな口は全身鎧を着た人間も容易に噛み砕く。
精霊属 【ロックエレメント】 討伐Lv 69
その名の通り、岩の精霊。巨大な丸石に人の顔が掘られたかのような姿をしている。
普通、精霊は目に見えず、触れることもできないものだが、魔力が濃厚な土地では、このように実体化することがある。
積極的に人を襲うような事はしないが、自分のナワバリに近づく者は力づくで排除しようとする。
魔獣属 【リザードマン】 討伐Lv 10
二本足で歩き、武器や鎧を装備したトカゲの魔物。
高い知能を持ち人類の武器や魔法を使いこなすが、その精神性は爬虫類そのままである。
話が通じると思わないように。
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戦闘が終わった。
普通のハンターなら死を覚悟して挑む強敵たちだったが、今の裕真たちにとっては、もはや障害とも呼べない相手だった。
なので戦闘シーンは割愛して、《きこりのおの》の検証結果だけをお知らせする。
〇効果あり
妖樹属 【食人樹】
死鬼属 【デッドマイナー】
造魔属 【暴走ストーンゴーレム】
機械属 【ドワーフ・オートマトン・ドリラー】
✖効果なし
妖精属 【ケイブ・トロール】
悪魔属 【レッサーデーモン】
怪異属 【ミミック】
精霊属 【ロックエレメント】
△装備だけ破壊
魔獣属 【リザードマン】
「――という結果が出た。植物系、ゾンビ系、ゴーレム系、機械系には通用する。それ以外には効かないけど、装備してる武器防具は破壊可能だ」
マグカップに注がれたコーヒーを啜りながら、裕真が検証結果を総括する。
裕真たちは今、坑道内の比較的開けた場所にソファとテーブルを並べ、休憩を取っていた。
こんな地下深くで優雅にティータイムを楽しめるのも、《どうぐぶくろ》があればこそだ。嵩張る家具類でさえ簡単に持ち運べるため、ダンジョンの中でも好きな場所に即席の休憩所を作ることができる。
「ゾンビに効いたのは意外だったね。死体は木材と同じってこと? ……まぁ、その方がこっちは助かるけど」
ルナが腕を組み、背もたれに身を沈めながら、感慨深げに言う。
それを聞いた皆も、同じ考えだったらしく、うんうんと頷いた。
「精霊やデーモンも“生物”判定なのも意外だったね」
パルテナが小さなあくびをしながら呟く。
最初こそ、この『危険度B』のダンジョンに怯えていた彼女だったが、数時間に及ぶ戦闘を経験したことで、すっかり緊張も解けていた。
「ミミックは外見的に効きそうな気がしましたけど、ダメでしたね」
「長年議論になっていた、『ミミックは生物か人工物か』って疑問に決着がついたな」
アニーの言葉に、ラナンがハハハと笑う。
ミミックが生物であることは、すでに魔物学者たちの研究によって明らかにされている。
それでも、あまりにも出来すぎた擬態能力のせいで、その研究結果を疑い、ゴーレムの一種だと信じ続ける者は後を絶たないのだ。
「もうひとつ収穫だったのが、敵の武装解除に使えるってことだな。装備を破壊するだけじゃなく、その破片でも人を傷つけることがない」
それは驚きの結果だった。
この斧で破壊した物体には、その破片にまで“安全機能”が働くらしい。砕けた刃や鎧の破片であっても、生物の身体を傷つけることはなく、そのまますり抜けてしまうのだ。
どういう仕組みなのか、魔法に詳しいアニーにも見当がつかない。まさに“神の御業”と呼ぶしかない、不思議な機能である。
この徹底した安全設計に裕真は脱帽した。まさにカタログの説明通り『お子様にも安心』なわけだ。
先ほどまで欠陥品扱いしたことを、製作者に謝りたいぐらいである。誰かは知らないが。
「いやー……良い買い物した! フェルダンとの戦いがとても楽になる! あいつの武器である『眠りのイバラ』やゴーレム軍団を、これでぶっ壊せるんだからな!」
裕真は嬉しそうに斧を掲げ、自慢げに笑った。
それにつられて、仲間たちの間にも笑みが広がる。
これまで恐ろしく厄介な相手だったフェルダンにも、ようやく攻略の糸口が見えてきた。
後はニーアが開発している時耐性装備の完成を待ち、奴の本拠地に乗り込み、打ち倒すだけである。
……と、考えていた。この時は。




