第89話 オークションに行こう
かなめの話によると、このアルデバランで『神器』を売るオークションがあるらしい。
その詳細を尋ねるべく、裕真は主計室へ向かった。
室内では、アントニオ、バサーニオ、シャイロックの三人が、忙しそうに書類仕事をこなしていた。
邪魔しちゃ悪いかな……と思いつつも、裕真はアントニオに声をかけた。
するとアントニオは、特に迷惑そうな素振りを見せることもなく手を止めて裕真に顔を向けた。
「……この街で『神器』が? ……ああ、『ラダマンティス・オークション』のことですね」
「お? 知ってたの?」
「はい。……と言っても、そこにはユーマさんが求めるような品は無いと思いますが」
「無い? どういうこと?」
「一口に『神器』といっても、色々な種類があるのですよ」
そう言いながら、アントニオは背後の書棚から一冊の本を取り出し、あるページを開いて見せた。
そこには古風な花瓶のイラストが描かれていた。
「これは神器《潤いの花瓶》、これに生けた花はいつまでも枯れずに鮮度を保ち続ける、という効果を持っています」
「……それだけ?」
「それだけです。このようにあのオークションに出品される品は、戦闘には役立たない“日用品”ばかりなわけです」
「あ〜、なるほどな〜」
裕真は二重の意味で納得した。
なるほど、アントニオたちがオークションの存在を知っていながら、自分に知らせなかったのはそういうわけか、と。
「戦闘用の『神器』は、王族や名門貴族が独占していますからね〜。俺らみたいな庶民が手に入れるには、自力で発掘するしかないっすよ」
作業が一段落付いたバサーニオが、椅子の背もたれに寄りかかりながら大きく伸びをした。
裕真は、結局それしかないのか……と肩を落とす。
「……いや、“使えない”というのは、早計ではないかな?」
そんな裕真に、シャイロックがぽつりと呟いた。
その言葉に、裕真だけでなくアントニオとバサーニオも彼に視線を向ける。
「おぬしのチートMPなら、他愛もない効果の『神器』でも、立派な武器になるのではないかな?」
「……? 例えばどんな?」
裕真の問いに対し、シャイロックは自分が握っている金属製のつけペンを見せた。
「このペン、実は『神器』でな。インクが無限に出る、というだけの品じゃ」
「へぇ……」
シャイロックから差し出されたペンを、裕真はしげしげと眺める。
『神器』というわりには、どこにでもありそうな、ごく普通の金属ペンにしか見えず、神々しさなど微塵も感じられなかった。
その効果も便利といえば便利だが、インクを出すだけなら、わざわざ『神器』に頼る必要もない。
「くだらん効果だが、それでも『神器』じゃ。おぬしのチート魔力なら、これも武器になるのではないか?」
「ペンが武器にねぇ……」
あまり想像できないが、とりあえず試してみることにした。
一行は船内の訓練室に向かった。
裕真は、そこに設置された人型の標的にペン先を向け、MPを込める。
とりあえず、1万MPほど使ってみることにした。
それは通常の魔道具なら、ほぼ確実に壊れてしまうほどの魔力である。
「1万MP! インクよ、出ろ!」
次の瞬間、ペン先から黒い衝撃が迸った。
それは圧縮されたインクの塊だった。
インクはレーザーの如く一直線に飛び、標的を粉砕、さらにその背後の壁までぶち抜いてしまった。
あまりにも予想外の威力に、裕真たちは揃って唖然とする。
「なるほど……こりゃ武器になるな……」
裕真は手元のペンを見ながら、感心したように唸った。
単純に1MPあたりの破壊力で言えば、通常の攻撃用魔道具の方が上だろう。
だが、このペンは『神器』である。
『神器』は、どれだけMPを注ぎ込んでも壊れない。
仮に最大の100万MPまで使えば、現在所有するどの魔道具より強力な攻撃ができそうだ。
そんなことを考えていると、他の船員たちがわらわらと集まってきた。
謎の破壊音に驚いて駆けつけたのだ。
アントニオが裕真に代わって事情を説明し始める。
その一方で、裕真はふと疑問に思ったことをシャイロックに尋ねた。
「……ところで、なんで『神器』なんて持ってるんだ? 資産は全部没収されたはずでは?」
そう、シャイロックは邪教徒と共謀した罪で、全財産を没収されたはずなのだ。
それなのに、なぜ『神器』など持っているのだろう?
裕真の質問を聞いたシャイロックは、目を細めると、不敵な笑みを浮かべた。
「くくく……知らんよ。向こうが勝手に見落としただけじゃ」
あまりにも堂々とした言い草に、裕真は呆れたような、それでいて感心したような顔になる。
たしかにこの『神器』は一見ただのペンにしか見えないし、おまけに小さい。
隠す方法などいくらでもあったのだろう。
この調子だと、まだまだ資産を隠し持っていそうだな……と、裕真は苦笑を浮かべた。
◇ ◇ ◇
『アトラス連邦』では交易が盛んに行われている。
というのも、連邦のある『東方大陸』は全体的に気候が厳しく土地が痩せているため、一つの街だけで自給自足をするのが難しいからだ。
足りない物資は他の街との交易で融通し合う必要があり、それは血液の循環のように、人々が生きていくうえで欠かせない行為なのだ。
そして、その連邦の首都『アルデバラン』は、各地を結ぶ交易網の中心地であり、いわば東方大陸の「心臓」である。
心臓は止まることを許されない。
フェルダンによる凄惨な襲撃があった直後でさえも市場は開かれ、人々は当たり前のように取引を続けている。
そして例のオークションも、予定通り開催されるのだった。
裕真はアントニオたち主計室チームと、工房班のベアトリスと共に会場を訪れた。
現在錬金工房では、ニーアが一人でドリームチームを結成しているため、ベアトリスは手空きになって暇なのだそうだ。
オークションハウスは、ざっくり言うとアラビアの宮殿のようだった。
陽光を浴びて青く輝くドーム状の屋根。その下には幾何学的な模様が刻まれた白い壁が広がり、アーチ型の窓が幾重にも並んでいる。
建物の正面には大きな階段があり、その両脇には人のように直立したワニの像が鎮座していた。
像はそれぞれ前足(手?)に天秤を掲げている。これは「公正な取引」を象徴する、このオークションハウスのシンボルなのだという。
「こちらが会場です。開催は明日ですが、出品予定の品が展示されていますので、まずは下見をしましょう」
先導するアントニオに、裕真はこくりと頷いた。
このような豪華な施設に足を踏み入れるのは初めてではないが、それでもやはり少し緊張してしまう。
内部もまた、外観に負けず劣らず華美だった。
天井の高い広々としたホールには、巨大なクリスタルのシャンデリアが吊り下げられ、柔らかな光を落としている。
壁面には紫地に金糸を織り込んだタペストリーが何枚も垂れ下がっており、そこにも天秤を持ったワニの姿が刺繍されていた。
どうやらあのワニは、このオークションハウスのマスコットキャラクターらしい。
ホールの奥には、明日の競売で使われる大きな壇上と、それを取り囲むように並べられた多数の座席がある。
その手前にはガラス張りの展示スペースが設けられており、出品予定の『神器』が一つずつ丁寧に展示されていた。
展示スペースの周囲には数人の警備員が立っており、下見に訪れた客たちもちらほらと見受けられた。貴族らしい身なりの者もいれば、品定めをする商人らしき者もいる。
それぞれの展示台には、神器の名称や効果、注意事項などを記した説明書きが添えられていた。
1.《きこりのおの》
どんな大木も楽々切れます。
お子様にも安心な「安全機能」付き。
アントニオの予想落札価格 1,000万マナ (約10億円)
2.《ぐんて》
手の部分のみ完全防御。
鋭利な刃物、煮え滾る油、ヒドラ毒、呪いのアイテムなど、あらゆる危険から貴方の手を守ります。
予想落札価格 300万マナ
3.《てぬぐい》
汗や汚れを吸収します。
どれだけ使ってもサラサラのままで、洗いたてのような清潔さをいつまでも保ちます。
予想落札価格 100万マナ
4.《むぎわらぼうし》
人体に有害な量の日光、熱、放射線などをシャットアウトします。
涼しい風が周囲を循環する空調機能付き。
真夏の炎天下でも快適に過ごせます。
予想落札価格 500万マナ
5.《卑しの絵画》
この絵に触れますと、自分が一番見たいと望むセクシュアルな絵が浮かび上がります。
お子様のお目に触れないよう、ご注意ください。
予想落札価格 5,000万マナ
6.《安楽椅子》
とても座り心地が良い椅子です。
座ると、あまりの気持ちよさから他に何もする気力がなくなり、そのまま衰弱死する事故が多発しております。ご注意ください。
予想落札価格 1,000万マナ
以上が今回出品予定の『神器』である。
裕真はそのうちの一つ、《安楽椅子》の説明を読んで「んんっ?」と唸った。
「なんか、めっちゃ危険なのあるんだけど……」
裕真が若干引き気味に言うと、ベアトリスが可笑しそうに笑った。
「まぁ、『神器』ってのは元々神様たちが使うためのものだからねぇ。人間が使ったら不具合が起きるものもあるんだよ」
そう言いながら、ベアトリスは何もないところで手をわきわきと動かしている。
それは普段なら煙管を握っている手だった。場内は禁煙なので、手持ち無沙汰なのだろう。
「そんな危険なものに1,000万も払う人がいるの?」
「『神器』ってのは、存在しているだけで貴重だからね。所持しているだけでもステータスになる。危険でも、見た目がダサくても、欲しい奴はいくらでもいるのさ」
そう言いながら、ベアトリスは展示されている《てぬぐい》をちらりと見る。
一見するとただの布切れだが、これも立派な『神器』だ。
「ステータスねぇ……そんなもののために、そんな大金出すなんて……」
裕真は口を尖らせ、目を細めた。
アントニオが出した予想落札価格は、いずれも庶民なら一生遊んで暮らせるような額である。
そのような大金を見栄や箔を付けるためだけに使うなんて、裕真にはいまひとつ理解できなかった。
そんな裕真を見て、シャイロックがにたりと笑う。
「くくく……いかにも庶民の発想じゃな。権威というものは、使い方次第でどんな武器より威力を持つのにのう」
「……武器より?」
「たとえば、おぬしは国王陛下に会うため、“賞金首100体狩り”なんてやっていたが……おぬしに相応の権威があれば、そんな手間をかけずとも謁見できたのじゃぞ?」
「な……なるほど! 何事も使いようか……」
賞金首100体狩り。
あれはそれなりの利益も得たし、ギルドの役にも立ったので無駄ではなかった。
だが、もう一度やりたいかと言われたら「NO」である。
箔付けのための『神器』購入も、そうした手間を省くためだと考えれば、むしろ安い買い物なのかもしれない。
「それでユーマさん、役立ちそうな物はありましたか?」
アントニオに尋ねられ、考え込んでいた裕真は顔を上げる。
「まず斧は確定だな。あと、手袋と帽子が防具として使えそうだ」
「そうすると、だいたい1,800万ぐらいですか。《ダイヤの時計》の為に用意した1億マナがありますから、余裕ですね」
アントニオはそう言いながら、懐から小さなメモ帳を取り出し、素早く数字を書き込んだ。
計算結果を確認するように一度頷いてから、再び裕真を見る。
「まぁ大丈夫だと思いますが、価格が予算を超えたらどうなさいます?」
オークションでは何が起きるかわからない。
予想以上に競り合いが白熱し、価格が大幅に釣り上がる可能性もある。
「むむ……フェルダンとの戦いに備えて、『神器』は何としても確保したい! 最悪、1億全部使ってでも落札してくれ!」
「了解しました。……1億ならさすがに大丈夫だと思いますが、万が一の場合は?」
「シャイロックさん! 銀行からの融資、頼めるか?」
「お任せあれ! おぬしはこの街を邪教徒から救った英雄なんじゃ!! あと一億ぐらいは余裕で引っ張れる!」
「……は!?」
その言葉に裕真はぎょっとした。
先日のフェルダン戦で主に活躍したのは、篤志とレギン、それと《ダイヤの時計》を用意してくれたハガネさんだった。
それに対し、裕真は敵に捕らわれるという失態を犯している。
胸を張って「街を救った」などと言える立場ではない、と思っていた。
「いやいや……敵を撃退できたのは、ほとんど篤志さんのおかげで――」
「くくく、そんなの黙っとれば、銀行側に分かりゃせんよ♪」
またしてもシャイロックは、にたりと人の悪い笑みを浮かべた。
確かに裕真たちはフェルダンを撃退したことだけを告げ、詳しい事情は伏せている。
自分は首を刎ねられましたが、その状態から復活しました……などと説明しても信じてもらえる気がしなかったからだ。
とはいえ、事実を都合よく隠して融資を受けるというのは、さすがに気が引ける。
しかし、『神器』を手に入れるためなら仕方ないと、渋々割り切る裕真だった。
◇ ◇ ◇
会場の下見を済ませた裕真たちは、何気なく近くの市場を散策していた。
トリスターではなかなか見られない珍しい品揃えに、自然と足が引き寄せられたのだ。
その中の青果を扱う店で、まるでヒトデのような形をしたフルーツを手に取って眺めていると……
「いやぁぁぁっ!! 誰かたすけて~っ!!」
なにやら悲鳴のような声が聞こえた。
何事かとそちらを見ると、騒ぎの主がこちらに駆け込んできた。
それは二十代ぐらいの女性だった。
腰まで届く青髪で、神官風の白いローブを身に纏っている。
その女性は裕真の姿を見つけると、足元にがばっと飛び込み、大きな瞳からぽろぽろ涙をこぼしながら訴えてきた。
「そこの裕福そうな御方!!助けてください!!」
「……え!? 俺!?」
裕真は思わず自分を指差した。裕福そうと言われたことが意外だったのだ。
しかし、冷静に考えてみれば当然でもある。
一流の魔道具で身を固めている裕真は、少し目の利く者が見れば、かなり裕福な人間だと分かる。
ただ、本人には未だ庶民感覚が抜けきっていないので、そんなふうに見られていることに驚いてしまったのだ。
「何でもします! 命にかかわらないことなら何でも!」
「ええ……いきなりそんなこと言われても……」
「お願いします! 『ヒドラポリス』だけはイヤなんです!!」
「……ヒドラポリス?」
聞き覚えのある単語に、裕真の記憶が引き出された。
『ヒドラポリス』。
それは魔物の『ヒドラ』を捕らえ、その毒からポーションを生成することを主産業にしている都市。
しかしヒドラの毒は、指先に触れただけで命に関わる超猛毒なため、事故死する者が後を絶たないという。
なるほど、この女性が泣いて嫌がるはずだと納得していると、彼女を追ってきたのか、異様な集団が駆けつけてきた。
それを見た裕真は、思わず「うわっ」と声を上げてしまった。
彼らは皆、斑模様のついた毒々しい緑色の皮製の防具で身を固めていた。
それに加え、顔も同じ皮のマスクですっぽりと覆われ、目元にはゴーグルを装着している。
その風体は、まるでホラー映画に登場するサイコキラーのようだった。
「なんだお前ら!」
裕真は反射的に攻撃用の魔杖を構えた。
「待って下さい! ユーマさん!」
アントニオが慌てて裕真の肩を掴む。
「彼らはヒドラポリスのシティガードです! 攻撃したらまずい!」
「……え!? あれがシティガード!?」
裕真は思わず二度見した。
毒々しい装備をまとった彼らは、裕真の中にある警備隊のイメージから、あまりにもかけ離れていたからだ。
後に知った話だが、彼らの猟奇的な装備はヒドラの皮で造られたものらしい。
あらゆる毒物を無効化するうえ、物理攻撃に対しても高い耐性を持つ。
その見た目に目をつぶれば、最高クラスの防具なのだそうだ。
それにしても、彼らがなぜ女性を追いかけているのか?
その疑問にはすぐ答えが出た。
シティガードの後ろから、一人の人物が姿を現したのだ。
その人物もヒドラ皮の装備を身につけていたが、他の者たちとは明らかに趣が違っていた。
無骨さの目立つシティガードの装備とは対照的に、こちらは洗練された造形で、特徴的な斑模様さえ美しい装飾の一部として調和している。王宮に出入りしていても何らおかしくないほどの上品さだ。
しかも、その人物はマスクをしていない。
アメジストを溶かしたような艶やかな長髪に、同じ色の瞳。きりっとした目元も相まって、思わず見惚れてしまうような美貌をさらしていた。
「そこの御方、申し訳ありません。その娘は私が購入した奴隷です。そのまま引き渡して頂けませんか?」
凛としていて、よく通る声だった。
身構えていた裕真が、思わず警戒を解いてしまうほどに。
「貴方が? ……ところで、つかぬ事を伺いますが、この人は何で奴隷になったんですか?」
この世界では常識とはいえ、裕真は奴隷制を快く思っていなかった。もしその理由が理不尽なものなら、断固として引き渡しを拒否するつもり……だったが。
「酒とギャンブルに溺れ、巨額の借金をこさえたのです」
「……え?」
ぎょとして青髪の女性の方を見ると、彼女はまたぼろぼろと泣きながら訴えてきた。
「違うんです! 勝てるはず……鉄板だったんです! ちょっと計算より種銭が足りなかっただけで!!!」
「ええ……」
鉄板だの種銭だの、なんか専門用語らしきものが出てきた。
これは相当なものだな……と裕真は小さく震える。
「そうだ! お金貸してください! 10万……いえ5万もあれば今までの負けを――あっ! 待って!!」
裕真たちは女性の気が逸れた一瞬の隙を突き、サヨナラした。
◇ ◇ ◇
市場から離れ、裕真たちは帰路についた。
「てっきり助けるのかと思ったよ。けっこうな上玉だったし。見た目は」
そう言うベアトリスに、裕真は手を左右に振る。
「いやいや、ギャンブル中毒の面倒はみれないって。俺、カウンセラーじゃないし」
お人好しと呼ばれる裕真だが、自業自得で破滅した者まで救うほど甘くなかった。
その横でバサーニオがほっと息をつきながら口を開いた。
「まぁ、何事も無くて良かった。『アルファルド公爵家』に目を付けられると面倒ですからね」
「アルファルド?」
「ヒドラポリスを統治している錬金術師の一族ですよ。貴重な再生ポーションを世界中に卸しているので、政財界に多大な影響力を持っているんです」
再生ポーションとは、欠損した身体の部位をあっという間に再生させる薬である。
地球の医療技術ではありえない魔法の産物。裕真はその存在を初めて知った時、舌を巻いたものであった。
「どの国でも魔物に手足をもがれる奴は絶えないからの。『再生ポーション』を売ってもらえんと困るんじゃよ」
と、シャイロックは右腕を擦りながら言った。
彼も若い頃、魔物に腕を食い千切られたことがあったらしい。
「……なるほど、争わない方が良い相手だと」
「ああ、さっきのはアルファルド公の御令息、『マリウス』様じゃな」
それを聞いて、裕真は「ん?」となる。
「御令息? 御令嬢じゃなくて!?」
「言い間違いではないぞ。あの一族の者は皆、美貌の持ち主でな。男であっても美女と見紛うほどなんじゃ」
「マジか……」
裕真は口をあんぐりと開けた。
あまりに美人なので、普通に女性だと思っていた。
「なんでそんな美人ばかりなんだ?」
「まぁおそらく、錬金術で何かしてるんじゃろう」
「うらやましいねぇ……。美容の秘訣を教えてもらいたいもんだ」
煙管をぷかりとふかしながら、ベアトリスが呟く。
裕真は小首を傾げた。自分から見ればベアトリスも十分美人だと思うのだが……。
いや、おそらく女性にしか分からない、あれやこれやがあるのだろう。これ以上尋ねるのは無粋というものだ。
そのとき、裕真の脳裏にとある仲間の姿がよぎった。
錬金術……女子と見紛うほどの美貌……そして特徴的なアメジスト色の髪と瞳。
今思うと、あのマリウスという御令息、ニーアとどこか似ている気がする。
しかし、その考えをすぐに打ち消した。
(いや、まさかね……。公爵家のお坊ちゃまが、借金して奴隷として売られそうになるなんて、ある訳ないか……)
正常性バイアス。
あまりにも常識から外れた出来事に遭遇したとき、「そんなことあるわけない」と思い込むことで心の安定を取り戻そうとする心理作用。
今の裕真は、まさにそれに陥っていた。




