第88話 反省
【 ミリオン号 船内 】
ザンッザンッザンッ
ゴッゴッゴッ
ギュリリリリッ
船内の工房から、けたたましい音が鳴り響く。
何事かと、イリスを始めとするパーティメンバーたちが工房の扉に近づき、恐る恐る中を覗き込んだ。
するとそこには、凄まじいスピードで動き回る人影があった。
錬金術の作業に没頭するニーアである。
『眠りのイバラ』を大鉈で刻み、すりこぎで磨り潰し、薬品と混ぜ合わせ、大釜で煮込む。
この一連の工程を、目にも止まらぬ速さでこなしている。
まるでニーアが何十人にも分裂しているかのように錯覚するほどだ。
「えっ? えっ? なにごとなんです!?」
モモが思わず怯えた声を上げる。
ニーアが時属性防具の作成に取り掛かっているという話は聞いていた。
だが、その作成風景がここまで鬼気迫るものだったとは思っていなかったのだ。
モモだけでなく他の面々も、声には出さないものの、揃って引き気味の表情を浮かべている。
そんな皆のもとへ、裕真がやって来た。
「こらこら、邪魔しちゃダメだろ。みんなに見られたらニーアの気が散る」
そう言われ、一同は慌てて扉から離れた。
工房からロビーに移動したところで、イリスが改めて裕真に尋ねる。
「ユーマ……あれはいったい?」
「ニーアに《フォローリング》と、スピードアップ系の魔道具を貸したんだ」
「ああ、はい、なるほど……。戦闘以外でも役立つのね」
イリスは納得したように頷いた。
今のニーアは、錬金術師数十人分の作業を一人でこなしている。
そんな無理をしなくても大王様から人員を借りられるのに……と裕真は言ったのだが、「私が22人いれば、それがドリームチームですから! 」と言って聞かないのだ。
「そういえば、フォローリングがあと一つ余っているけど、誰が装備する?」
先日、アルテミシア姫から借りた分を合わせ、ミリオンハンターズに全七つのリングが揃った。
そのうち六つは、アニー、ラナン、茜、モモ、ルナ、そして錬金工房のニーアが装備している。
残る一つを誰に渡すか……。
裕真が皆の顔を見回していると、ふと、現在は黒髪に戻っているレギンと目が合った。
「レギンさ……レギンはどうだ?」
「私はいらないわ。これでも一応Sランクよ? それに全員があなたに頼りっきりじゃ、何かあった時に困るでしょ?」
「……それもそうだな。昨日みたいに、俺が真っ先にやられる場合もあるし」
一理あると納得した裕真は、再びロビーを見回す。
すると、パルテナが勢いよく手を挙げた。
「はーい! じゃあボクが装備しまーす! このパーティ、ユーマさん以外にヒーラーいないじゃん? 回復魔法は一通り習得してるし、お役に立ちますよ♪」
「……え? いいの?」
裕真は思わず聞き返した。
彼女はパーティメンバーというより、「お客さん」という認識だったからだ。
なぜなら――
「ちょ!? ちょっと待って!! あんたはダメでしょ! 一族の掟を忘れたの?」
ルナが慌てた声で割り込んだ。
そう、オリオン一族には、ひとつのパーティに所属できる一族の者は一人まで、という掟があるのだ。
一族の者が同じパーティに固まってしまえば、そのパーティが全滅した場合、甚大な被害が出るからだ。
そして今、裕真のパーティにはルナが所属している。
「じゃあボク、一族抜ける。それなら問題無いでしょ?」
あっけらかんと答えるパルテナ。
ルナは目を丸くし、硬直する。
いつもは冷静な彼女が露骨に動揺する姿を見て、裕真も思わず息を止めた。
「はぁ!? 本気!?」
「本気だよ。正直言って王家だの一族の掟だの窮屈でしょうがなかったんだよね。神官のお仕事で十分食べていけるし」
パルテナの目は笑っていなかった。どうやら冗談ではないようだ。
オリオン一族の掟では、本人が望むのであれば、いつでも一族から抜けることが認められている。
つまり、実の姉であるルナはもちろん、父であるオリオン国王であっても、パルテナ本人の意思を無視して引き止めることはできないのだ。
その事実に思い至ったルナは、額に汗を滲ませた。
「……ちょっと待って、父上と相談するから。早まっちゃダメ。チョットマッテネ」
そう言うとルナは勢いよく立ち上がり、そそくさと自室に戻っていった。
そして自分のバッグを引っ掻き回し、ひとつの水晶玉を取り出す。
それは《魔法の水晶玉》という魔道具だった。
同じ水晶玉を持つ相手となら、どれだけ距離が離れていても通信することが可能――
という説明だけ聞くと、非常に便利な道具だと思うだろう。
しかし、この世界では魔法による通信には一つ、大きな問題があった。
魔法通信の魔力は、悪霊やデーモンなどに察知され、通信相手のもとへ呼び寄せてしまう危険があるのだ。
そのため、この世界では緊急時を除き、魔法による遠距離通信は原則として禁止されている。
それでもルナは、躊躇わずに起動した。
姉妹の離脱は間違いなく一族の危機、緊急事態なのだ。
しばらくすると水晶玉にルナの父――オリオン国王陛下の姿が映し出される。
「おやっさん、うちのパル坊が組を抜けたいなんて抜かしまして……」
「なんやて!?」
二人は、普段とはまるで違う口調で話し始めた。
これはふざけているのではなく、何者かに傍受された場合を想定しての暗号である。
しばらく後――
ルナが引きつったような笑みを浮かべて戻ってきた。
「と……とりあえずパーティ入りについては、邪神討伐という重大な使命のため、特例として“黙認”するって」
「“承認”じゃなくて“黙認”なんだ……。まぁいいけど」
パルテナは目を細め、少し口を尖らした。
正式に認められたわけではないことに、多少の不満はある。だがそれでも悪い話ではないと気持ちを切り替えた。
王家のしきたりや一族の掟を窮屈に感じてはいるものの、家族そのものを嫌っているわけではない。縁を切らずとも冒険を続けられるなら、それに越したことはなかった。
こうしてミリオンハンターズに神官のパルテナが正式加入したのだった。
◇ ◇ ◇
【 船内 裕真の自室 】
週に一度行われる、冥王様への定時報告の日がやってきた。
裕真は自室のデスクに腰を下ろし、スマホを机の上に置いて通信を待つ。
やがて、着信音として設定していた「地獄の黙示録」の曲(ワルキューレの騎行)が鳴り響いた。
その直後、画面に冥王の青白い顔が映し出される。
相変わらず恐ろしい顔だが、流石に裕真も見慣れたので、特に動じることなく淡々と報告を始める。
先日、『大地の勇者 (かなめ)』と遭遇したこと。敵に洗脳されていたものの、無事に洗脳を解き、救出したことを伝えた。
裕真としては吉報のつもりだった。
ところが、それを聞いた冥王の顔がみるみる険しくなり、露骨に不機嫌そうな声を上げた。
「……なんだと? 我は殺せと命じたはずだが?」
そうきたか……と、裕真は内心で溜息をつく。
「かなめさんは自分の意志で裏切ったのではなく、敵に洗脳されていただけですよ」
「被害が出たのは変わりなかろう! 自分の意志であろうがなかろうが、罪は罪として裁かねばならん! ゴメンで済んだら冥王はいらんのだ!」
冥王の怒声に、スマホが震える。
だが裕真は動じず、冷静に切り込んだ。
「……かなめさんが生きてると、“取り分”が減るからですか?」
「な……何の話だ!?」
冥王の勢いがぴたりと止まり、その顔に困惑の色が浮かぶ。
「他の勇者(篤志)から聞きましたよ。邪神討伐の本当の目的は、『邪神の魂』だと。神様たちはそれを独占したいがために、勇者同士で共闘させなかったって!」
図星を突かれたように、冥王は「うっ」と喉を詰まらせた。
だが数秒の沈黙の後、再び声を張り上げる。
「知らん知らん! そんなのデマだ! 陰謀論だ! 名誉毀損で訴えるぞ!!」
「ほー、そうですか。それはつまり、邪神の魂は目的ではないと」
裕真は腕を組み、眉をひそめた。
背もたれに身を預け、わざと間を開けてから追い打ちをかける。
「では邪神を倒した後、魂は他の神様にあげちゃいますね」
「ちょっ! ちょっと待ちたまえ!!」
冥王の声が一気に裏返った。
一瞬うろたえたかのように肩を揺らしたが、すぐに咳払いをして姿勢を正し、平静を装う。
「……分かった、正直に言おう。邪神の魂、むっちゃ欲しい。だがそれは我個人の野心だけでは無いぞ。我が力を付ければ、それだけ『アニマの呪い』も早く解ける。呪いが解ければ魔物の数も減り、世界が平和になる。そう、我は世界全ての者たちの為に――」
「それは良いんですけど」
早口でまくしたてる冥王を、裕真はぴしゃりと遮った。
「そのために神様同士で争っては本末転倒ですよ。平和どころか世界が滅んじゃいます」
その言葉に、冥王は口をへの字に結び、低く唸った。先ほどまでの怒りとは違い、「痛い所を突かれた」と言わんばかりの苦い顔だ。
「……認めたくないが、貴様の言う通りだ。我らは邪神ゾドを甘く見すぎていた。勇者のうち四人が寝返ったと聞いた時は、肝が冷えたわ」
あの傲慢な冥王から飛び出した、素直な反省の言葉。
それを聞いた裕真は、改めて事態の深刻さと敵の強大さを思い知らされた。
「かなめさん以外の三人も洗脳されてるだけじゃないですか?」
「それは分からん。だがドルフィンヘルムを被せて解決……なんて手が二度も通用すると思わんことだ」
「……まぁ、そうでしょうね」
あれは裕真としても、成功する確証が無い、一か八かの賭けだった。
あのような苦し紛れの策に頼らずとも、勝てるようにならないといけないな……と、自分を戒める。
そして、かなめの話をしているうちに、もうひとつ思い出したことがあった。
「……そういえばナルコストロで、にゃあと鳴くケモミミの女の子に助けられたんですけど、冥王様は何か知りませんか?」
それを聞いた途端、冥王の顔がすんっと強張った。
怒りでも動揺でもない、先ほどまでとは明らかに違う、真剣な面持ちだった。
「……ほう、あの子たちが貴様を助けたのか」
どうやら何か知っているようだ。
裕真は思わず、期待で身を乗り出すが――
「悪いが答えられぬ。今はまだ、それについて語る時ではない」
「ええ……」
愕然とする裕真。
なんだよ「語る時ではない」って。漫画でよくある、重要な情報をもったいぶって話さないキャラみたいなことを言うんじゃないよ――と心の中で毒づく。
「ただひとつだけ言えるのは、あの娘たちは貴様の味方だということだ。恐れるな。信じよ」
「はあ……」
半信半疑な裕真を残し、今回の定時連絡はそこで終了した。
するとその直後、画面が切り替わり、今度はアコルルの顔が映し出される。
「ほら、何か隠し事してるでしょ? やはりあのケモミミ娘は冥王の手の者なんですよ!!」
確信めいた口調で断定するアコルル。
しかし裕真は、どうもその結論に釈然としないものを感じていた。
「う〜ん……そうかな〜。何か違うような……」
冥王はケモミミ娘たちが裕真を助けたことを、まるで予想してなかったように見えた。
もちろんそれも演技という可能性はあるが、それなら最初から「知らぬ存ぜぬ」で通したほうが自然ではないだろうか。
そんな疑問が、胸の奥に引っかかったままだった。
答えが出ない問題に「うーん」と唸っていると、不意に部屋の扉がノックされた。
裕真が「どうぞー」と返事すると、ガチャリと扉が開く。
そこから顔を覗かせたのは、先ほど話題に上がったばかりの大地の勇者、山野かなめ嬢だった。
今日の彼女は鎧姿ではなく、胸元に赤いリボンが付いた紺色のブレザーに、チェック模様のプリーツスカートという、日本の女子高生の制服だった。
後に聞いた話だが、これは彼女がこの世界に転移してきた時に着ていた服で、いまだに普段着として愛用しているそうだ。
かなめは「失礼します」と言ってぺこりと腰を折った後、本題に入った。
「あの……ありがとうございます。助けていただいて……散々ご迷惑をおかけしたのに……」
またぺこりと頭を下げる彼女に、裕真は右手をひらひらと振って制止した。
「ああ、いいのいいの、気にしなくて。君は被害者なんだし、俺だって何度もピンチになったのを皆に助けられているし。まぁ、お互い助け合うのは当然というか」
裕真はからからと明るく笑う。
自分も敵の罠に掛かり首を刎ねられたばかりである。彼女の失態を責められる立場ではなかった。
そんな裕真を見て、かなめもようやく安心したように息を吐き、表情を和らげる。
「裕真さんの能力って、魔道具が必要なんですよね? それで、お詫びと言ってはなんですが……」
そう言うと、かなめは片手を前に差し出した。すると、その掌からにゅるりと大盾が現れる。
禍々しい蝗の彫刻が施されたそれは、神器『アバドンの大盾』だった。
受けたダメージを魔力に変換して装備者に供給するという、非常に便利な効果を持つ逸品である。
「こちらを裕真さんに差し上げます。どうかお役立てください」
「おお! 良いの!?」
裕真の目が輝いた。
耐久力の上限がない『神器』なら、裕真のチート『100万MP』を最大限に活かすことができる。
裕真は喜び勇んで盾に手を伸ばし――
だが、その手をぴたりと止めた。
「……いや、やっぱいらないや」
「え? なんで?」
きょとんとするかなめ。
裕真は盾に名残惜しそうな視線を向けつつ、その理由を説明した。
「その『神器』は、君が自分の身を守るのに必要だ。またフェルダンが狙ってくるかも知れないし、他の幹部だって君を放っておかないだろうし」
「う……そう言われると……『神器』なしでは厳しいかも……」
かなめが同じ『勇者』である篤志に圧勝できたのは、この盾のおかげと言っても過言ではない。
これを失えば、かなめの戦力は大幅に低下するだろう。
「そうそう。また洗脳されて敵に回られちゃ敵わないからな」
そう言って裕真はまた笑った。かなめの顔がぴくりと引きつる。
ほんの軽口のつもりだったのだが、思いっきり古傷を抉ってしまったことに裕真は気づいていない。
「わかりました! では新しく『神器』を見つけたら、それを裕真さんにプレゼントしますね!」
かなめはすぐに気を取り直して、にこりと微笑み返す。
「おっ! それは楽しみだ!」
はははと笑い合う二人。
ふと、かなめが「あっ」と声を上げた。何かを思い出したらしい。
「裕真さん、『神器』が必要でしたら、購入を検討なされては?」
「……え? 『神器』って売ってるもんなの?」
裕真は首を傾げた。
今までトリスターやカペラといった大都市にも足を運んだが、『神器』が売られているのを一度も見たことがない。
だが、かなめはごく当然のことのように答える。
「はい、数日後にこの街で開かれるオークションで、『神器』も多数出品されるそうです」
「マジで!? それで、どんな『神器』?」
「あ……、すいません、私も小耳に挟んだだけですので、詳しくは……」
「そ……そうか〜」
裕真は顎に手を当て「うーん」と唸った。
その話が本当だとして、裕真が求める効果のアイテムはあるのか、そして購入資金は足りるのか……。
期待と不安が入り混じり、胸の中でせめぎ合うのだった。
【 おまけ 山野かなめの所有神器 】
《アバドンの大盾》
この盾に触れたあらゆる“攻撃”を吸収し、MPに変換する。
全属性の攻撃を無効化するが、盾の面積を超える広範囲攻撃までは防ぎきれない。
『アバドン』とは伝説の大魔獣の名だが、この盾にその素材が使われているわけではない。
《オルガアーマー》
かつて地上に侵攻してきた『大魔王オメガ』が装備していた鎧。
魔界で造られたもので、厳密には『神器』ではないが、それと同等の性能を有している。
魔力(MP)を身体能力へと変換する効果があり、仮に裕真が装備できれば、常時超人的な力を発揮できる。
しかし残念ながら女性用なので、サイズが合わない。
かなめは、これらの『神器』を大地の神から得た情報をもとに手に入れた。
『神器』の在処を知っているのは、冥王だけではないのだ。
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