第85話 死闘! 『勇者』vs『勇者』! (後編)
「……え? なに!? どういうこと!?」
自分が全裸であることに気づいた裕真は、叫ぶような声を上げる。
「それはこっちが聞きたい!」
「なんなのよ、あんた!」
「チ◯コ隠せ!!」
レギン、ハガネ、アルテミシアが一斉にツッコむ。
本来はこんなやりとりをしている場合ではないのだが、首だけだった裕真が急に復活するという異常事態に、一瞬だけ目前の脅威を忘れてしまったのだ。
そんなとき、さらなる異変が起きる。
「うにゃーっ! にゃにゃにゃ! にゃーーーんっ!!」
かなめが突然、猫のような奇声を上げた。
皆が驚いて振り向く。
「やめい! やめんか! 暴れんなや!!」
次にかなめは叫びだした。
先ほどまでの芝居がかった丁寧語ではなく、くだけた口調だ。
こめかみを両手で押さえ、ぶんぶんと首を振るその姿は、まるで頭の中で誰かと争っているかのようだった。
「な……何が起きてるの?」
戸惑うレギン。何かの罠だろうか?
……いや、圧倒的に優勢だった彼女が、わざわざそんな小細工をする理由がない。
そんな様子を見て、ハガネがハッとなる。
「……あっ! もしかして! “かなめ”が“フェルダン”に抵抗しているのかも!」
目を輝かせてそう言うハガネに、アルテミシアが怪訝そうに聞き返す。
「えーと……かなめってのは、にゃんにゃんとか言う奴なのか?」
「……いや、言わないけど」
「言わないのかよ!」
そのやり取りを耳にして、裕真の脳裏にある光景が蘇った。
『微睡みの城』で遭遇した、にゃあにゃあと鳴くケモ耳娘の集団。
彼女たちが、かなめの異常に関係しているのではないかと。
そのことを伝えようと口を開きかけた、その時だった。
聞き覚えのある電子音がどこかから響く。それは裕真のスマホの着信音だった。
音のする方に目を向けると、瓦礫の山があった。
「陛下! ここです! ここに埋まっています!」
瓦礫の下からアコルルの声が聞こえてくる。
そう、そこには首を斬られた裕真の胴体と、スマホをはじめとする装備品が埋まっているのだ。
すぐ掘り出して装備しなければならない。裕真は魔道具無しでは普通の人間と変わらないのだ。
幸い深くは埋まっていなかったので、すぐに見つけられた。
裕真は自分の死体(?)から装備を回収するという、なんとも貴重な体験をすることになった。
一方、かなめはヨタヨタとした足取りで、この場を去ろうとしていた。
「待って! カナメ!!」
追いかけようとしたハガネの肩を、アルテミシアが掴んで止める。
「待った! 先にアツシを治してからだ!!」
その言葉にハガネは「う……」と呻き、足を止める。
あの状態のかなめ相手でも、ハガネ一人では止められない。対抗するには篤志の力が必要だ。
裕真以外の三人がボロ雑巾のようになった篤志のもとに駆け寄る。
アルテミシアは懐から《全快ポーション》を取り出し、篤志にぶっかけた。
ネジ曲がった篤志の手足が淡い光に包まれ、みるみる元通りになっていく。
しばらくして篤志はゆっくりと目を開いた。
「……はっ! 大地の勇者は!?」
「逃げていった。なにか異常事態が発生したらしい」
アルテミシアはかなめの逃げた方向を指差す。
「追いましょう!」
「待て待て、惨敗したのを忘れたのか? まずは作戦を練ろう」
そう言いながら、ハガネに視線を向けた。
「あんたはカナメを助けるために探し回っていたんだよな? なにかあいつの洗脳を解く手段があるのか?」
「……ないわ」
「ないって……。じゃあなんで探してたんだよ」
「……その……一生懸命呼びかければ、元に戻るかなって……」
一同は呆れたような視線をハガネへ向けた。
ハガネも頬を赤らめる。冷静になった今、自分の無策さが急に恥ずかしくなったのだ。
「それじゃ、あいつの弱点は?」
「無いわ。十万着の防具に守られているあの子に、物理攻撃はほぼ通用しない。それに防具が持つ『魔法属性』や『状態異常耐性』も加算されるから、搦手も効かないわ」
「……例外は『時属性』ですか」
篤志の言葉にハガネが頷く。
かなめはありとあらゆる手段を使って防具をかき集めていた。だがそんな彼女でも、超希少な時属性防具だけは入手できなかった。
そんな唯一の弱点を、フェルダンに突かれたのだ。
「もっとも、今はその穴を埋めているだろうけど」
「うーん……そうでしょうね……」
「あの……防具を引っ剥がすとかできないの?」
レギンが控えめに問いかける。
「無理ね。体内に“収納”されている物はもちろん、あの大盾みたいに表へ出している物も奪えない。……いえ、一旦取り上げることはできるけど、すぐに“収納”されて、またあの子の手元に戻るの」
「……あの馬鹿みたいな防御力は、どうにもできないのね」
レーヴァティンを見つめながらレギンはつぶやいた。
彼女の首を斬りつけたときの感触が今も手に残っている。あまりの硬さに、決して壊れないはずのこの剣が刃こぼれするかと思った。
「剥がせないなら、逆に“加える”ってのはどうだ?」
装備を身につけ直した裕真が戻ってきた。
血と灰と煤にまみれた酷い有様だが、今は気にしている場合ではない。
皆が「どういうことだ?」という顔で裕真を見つめる。
裕真「俺に策がある。協力してくれるか?」
◇ ◇ ◇
アルデバランの市内には、首のない死体が幾つも転がっていた。
“フェルダン”の収穫の後である。
その死屍累々の中を、かなめはおぼつかない足取りで歩いていた。
かなめの中の“フェルダン”は、己の判断を後悔する。
『闇の勇者』(星野裕真)を取り込むべきではなかった、と。
おかげでナルコストロに“異物”の侵入を許してしまった。
フェルダンは『禄存星』とナルコストロを組み合わせることで、各地に散らばる“分身”をコントロールしていたのだが、異物のせいでそれがままならなくなったのだ。
他の“フェルダン”に救援を求めたが、意識が繋がらない。
せめて、かなめのボディだけはなんとか持ち帰りたい。
せっかく手に入れた『勇者』の力、失ってしまうのはあまりに惜しい。
そんなことを考えていると、背後から篤志が追いついてきた。
「逃がしませんよ!」
叫ぶと同時に、篤志が拳を振り抜く。
無駄なことを思いつつ、かなめはまた《アバドンの盾》を構えた。
だが、その拳は盾に届く寸前でピタリと止まる。
次の瞬間、左右からハガネとレギンが現れ、がら空きになった背中を同時に斬りつけた。
しかし、かなめは微動だにしない。
二人の斬撃は鈍い金属音と共に弾かれ、かなめに掠り傷すら付けられなかった。
おそらく彼らの狙いは、二人に意識が向けられている間に、『炎の勇者』(篤志)が本命の一撃を放つというものだろう。
だが彼女ら程度の力では、自分には何の脅威にもならない。
一番危険な『勇者』にだけ注意を払えば良いのだ。
……だが、その判断は間違っていた。
かぽっ。
かなめの頭に何かが被せられる。
「MP2000! 《ドルフィンヘルム》!」
闇の勇者の声が耳に届く。
その瞬間、かなめ――いや、“フェルダン”の意識は急速に沈んでいった。
◇ ◇ ◇
かなめはその場に崩れ落ちた。
頭には、イルカの頭部を模した奇妙な兜が被せられている。
その名は《ドルフィンヘルム》。精神攻撃を無効化する魔道具だ。
かつてマイラの街で、精神攻撃を使う魔物と戦った際に役立った装備だ。
裕真は考えた。禄存星も精神攻撃の一種なのではないかと。
もしそうなら、これを被せることでかなめの洗脳が解けるのではないか?
裕真はすぐさま作戦を立てた。
裕真はアルテミシアに《不可視の衣》をかけてもらい、姿を消したまま接近する。
篤志たちが注意を引きつけた一瞬の隙を突き、かなめへ《ドルフィンヘルム》を被せる。
作戦は、見事に成功した。
「いやー……うまくいきましたね!」
「やるじゃない、ユーマ!」
篤志とレギンが満面の笑みを浮かべる。
「いやー……ははは……」
それに対し、裕真は引きつった笑みを返した。
実のところ、確実に成功する保証なんてなかったのである。
推測が間違っていたら、それで終わりだった。変わりのプランなどない。
内心では冷や汗を流しながら、それを悟られまいと笑う裕真だった。
一方、ハガネは倒れたかなめを抱え起こしていた。
「カナメ……カナメ! しっかりして!」
呼びかけに応えるように、かなめがゆっくりと目を開く。
「……あれ? ここは? ……あ、ハガネさん? いったい何が?」
その声は、どこかのんびりとしていて、先ほどまでの悪意や禍々しさは微塵もない。
一同の表情から一気に緊張が消えていく。
ハガネは勢いよくかなめに抱きついた。
「よかった! カナメ! 元に戻って!! 大丈夫! 何も心配しなくて良いわ! あなたは何も悪くないから!!」
そう言われて、かなめの表情が強張る。
視線を上げると、街中の惨状が目に入った。
まさか、これは自分が……。
「……え、私、何かやっちゃった!?」
「なにもしてないわ! 全部フェルダンって奴が悪いんだから! 責める奴がいるかもしれないけど、そいつらみんなぶっ〇すから♪」
「ひっ! ホントに私、何やったの!? コワイ!」
そんな二人のやり取りに、一同は思わず頬を緩めた。
ようやく終わったと誰もが胸を撫で下ろす。
……篤志を除いては。
「……なんかあの二人、仲良すぎじゃありません?」
篤志が小声で裕真に囁く。
「え? いや、女の子同士なら普通じゃない?」
そうは言ったものの、裕真は女子同士の距離感に詳しいわけじゃない。
そこで女子二人に視線を送る。
「普通よ、あれくらい」
「まぁ、友達ならな」
二人があっさり頷いたので、篤志はひとまず安心した。
……しかし、その直後、ハガネがかなめのほっぺにチューをした。
「……え!? あれも普通ですか!?」
「フウーよ、フツー」
「家族同士でもするだろ」
またしても即答する女子たち。
そういうものか……と自分を納得させる篤志だったが……。
今度はかなめが、ハガネのほっぺにチュー。
「ちょ……ちょっと! あれっ! あれっ!!」
「うっさいよ! おっさん!」
「邪な目で見んな!」
ついに女子二人にキレられる篤志。
そんなドタバタが繰り広げられているとき、誰かが近づいてくる気配がした。
一同に再び緊張が走る。
“フェルダン”たちが再びかなめを奪いに来たのか……いや、最悪、フェルダン“本体”がやってきた可能性もある。
裕真たちが身構える中、気配の主がゆっくりと姿を表す。
「ユーマ! 無事!?」
「イリス! みんな!?」
そこにいたのは、飛空船で待機しているはずの仲間たちだった。
見慣れた顔ぶれを目にした途端、裕真の胸に温かいものがこみ上げる。
だが、その気持ちを押し込め、声を荒げて言い放つ。
「なんで来たんだ!? 危なくなったら逃げろって言ったじゃないか!」
「だって、ユーマを置いていけないし……」
イリスは申し訳なさげに視線を落とした。
「気持ちは嬉しいけど……それでクランが壊滅したら、元も子もないじゃないか」
裕真は困ったように眉を寄せながらも、厳しい態度を崩さなかった。
本心では彼女たちの気持ちが嬉しかったが、そのせいで皆を危険に晒すわけにはいかない。
しかし、ラナンが口をとがらせて反論する。
「そうは言うけどな……ウチのクランはユーマがやられた時点で壊滅したようなものだぜ?」
「は?」
続いてアニーが苦笑混じりに頷いた。
「うちのクラン、戦力的にも財政的にもユーマがいないと立ち行きませんし。特に《フォローリング》が使えないと、私たちなんて普通の人間ですもの」
「むむ……」
さらにイリスが小さな声で付け加える。
「私の《貪狼星》もユーマからの借り物だし」
「うう〜む……」
裕真は腕を組み、唸りながら考え込んだ。
あまり考えたくはないが、今回のように自分が敵にやられる事態は、今後も起こり得る。
そのときのためにも、『ミリオンハンターズ』を自分なしでも回る体制にしなければならないだろう。
新たな課題が浮上したことに、裕真は小さく頭を悩ませた。
そんな彼らを見ていたレギンが、ふと思い出したように尋ねる。
「ところで、よく無事に辿り着けたわね……フェルダンに出くわさなかったの?」
「ああっ! それなら問題ないわ!! えーとね…… なんて言うか……とにかく凄い人が助けてくれたの!!」
イリスは興奮を隠しきれない様子で身振り手振りを交えながら話す。
「スゴイ人?」
裕真が首を傾げた、その時だった。
イリスの言う"凄い人"が、路地の向こうからゆるりと現れた。
「おばんどす」
静まり返った街中に、古代エルフ風の雅な挨拶が響く。
若草を思わせる鮮やかな萌黄色のマントと頭巾を身に纏い、麦穂のような金髪が風に揺れている。筋の通った高い鼻と気品ある顔立ちが印象的で、笹葉のような細長い耳が、彼がエルフ族であることを物語っていた。
「ああっ!」「あーっっっ!」「ほああああぁっ!!」
裕真を除く全員が、一斉に驚きの声を上げる。
「……おっ? 有名な方なのか?」
裕真が怪訝そうに尋ねると、ハガネが興奮した様子で答える。
「有名なんてもんじゃないわ!! 世界最高のハンターと言われる『マナナン・マクリール』卿よ!!」
その名を聞いて、裕真はようやく思い出した。
顔は知らなかったが、名前だけは聞いたことがあった。
マナナン・マクリール卿。
世界に七人しかいないSランクハンターの中でも、“別格”と称される人物。
数々の偉業を成し遂げ、その功績はSどころか、SSSランクでも足りないと言われており、まさに生ける伝説だった。
「貴方がユーマはんどすか。お噂はかねがね。お初にお目にかかります。わては『マナナン・マクリール』。ハンタークラン『銀影騎士団』の代表を務めております」
マクリール卿は、しゃなりとした仕草で一礼した。
その物腰は柔らかく、世界最高のハンターと呼ばれる人物とは思えないほど穏やかだった。
裕真も慌てて頭を下げる。
「ご丁寧な挨拶、痛み入ります! 『ミリオンハンターズ』団長のユーマです。此度は俺の仲間たちがお世話に――」
そこまで口にしたところで、裕真の動きが止まった。
ナルコストロで出会ったエオリア姫の話を思い出したからだ。
事件の黒幕フェルダンの正体は、伝説の英雄『太陽の騎士フェリオス』だという。
当然、フェリオスもエルフ族のはずだ。
そして今、目の前にいるのは、古代エルフ弁を話す、エルフ族の伝説的英雄……。
フェルダンによる大襲撃の直後、彼が現れたのは偶然なのだろうか?
「どうされました? ユーマはん」
マクリール卿のはんなりとした問いかけとは裏腹に、裕真の背筋に冷たい汗が流れた。




