第84話 死闘! 『勇者』vs『勇者』! (前編)
アルデバラン市の高級住宅街、とある富豪の屋敷。
そこで裕真とレギンは敵の罠に嵌った。
数十人の“フェルダン”が放つイバラに絡め取られ、裕真は時を止められた末、首を刎ねられてしまう。
だが、レギンはかろうじて逃れることができた。
単純な身体能力だけならチート魔力で強化された裕真の方が上だったが、ハンターとして積み重ねてきた戦闘経験の差が二人の命運を分けたのだ。
イバラの群れが再びレギンに殺到する。
レギンはそれを躱しながら、裕真の首が『キューブ』に収められるのを確認した。
よし、今だ。
「いくわよスルト! 《ファイア・ストーム》!」
レギンはレーヴァテインを勢いよく天に掲げた。
次の瞬間、屋敷全体が爆炎に包まれ、崩壊する。
強力な炎魔法ではあるが、レギンが扱える魔法の中では比較的威力は低い。
『キューブ』に詰められた裕真まで焼かないための配慮である。
“フェルダン”の群れは炎に飲み込まれる。しかし、その炎は“時”を止められ、その場で静止した。
だがこれもレギンの狙いどおりだった。
“時”を止める『眠りのイバラ』は一見無敵に思えるが、これにも弱点があった。
周囲の“時”を完全に止めてしまえば、光や空気までも止まってしまう。そのためフェルダンは周囲を見ることも、音を聞くことも、呼吸をすることもできなくなる。
ゆえに、イバラの防御には必ず“隙間”が存在する。
レギンは空間を炎で満たすことで、“時”を止められていない隙間を見抜き、そこに剣を突き立てた。
一人、二人と次々にフェルダンが倒されていく。
戦いは一方的だった。
フェルダンたちには炎に包まれたレギンの姿が見えない。しかし炎の大精霊と契約しているレギンは、燃え盛る炎の中でも周囲をはっきりと見渡すことができるのだ。
数十秒後、最後のフェルダンを倒し、レギンは「ふぅ」と息をつく。
一度あいつらに敗北した経験を活かして練った戦術が、思いのほか綺麗に決まったことに、わずかな満足を覚えていた。
さて、裕真の『キューブ』を探そうと、まだ火がくすぶる屋敷の跡地を見回すと……
レギンより先に、一人の少女が『キューブ』を拾いあげていた。
「おやおやおや……。またしても火遊びですか。悪い子ですねぇ」
耳をくすぐるような、甘く可愛らしい声。
しかしその言葉には、聞き覚えのあるネットリした悪意が混じっており、レギンの背筋に冷たいものが走った。
少女は丸顔で黒髪のおかっぱという、どこにでもいそうな普通の女の子だった。
しかし身に着けているのは、禍々しいデザインをした黒紫の鎧と、分厚い長方形の大盾。
ほんわかとした少女には似つかわしくない、ミスマッチな装備だ。
「……あっ!?」
レギンは、ふと裕真から聞かされた話を思い出す。
それは『勇者』の一人がフェルダンに囚われたというもので、彼女の容姿が裕真から聞かされていた特徴と一致しているのだ。
「まさか……『大地の勇者』!?」
「おや、ご存知でしたか」
“フェルダン”に精神を乗っ取られた勇者――『山野かなめ』は、少し驚いたように片眉を吊り上げた。
「ならば話は早い。貴方には万が一の勝ち目もありませんよ。降伏をお勧めします」
「……! ふざけるな!!」
レギンは剣を構え直し、かなめへ切っ先を向けた。
だが、それ以上前に踏み出せない。
彼女の直感が告げている。近づくのは危険だと。
『眠りのイバラ』以上に禍々しく、底知れない気配を少女から感じるのだ。
「どうして……どうして私たちが、ここに来るって分かったの!?」
動揺を悟られぬよう、できるだけ強気な声音で押し通す。
かなめはくすりと笑った。
「『キューブ』ですよ。あれは『微睡みの城』に繋がってましてね。それを通じて貴方の行動も筒抜けだった……というわけです」
レギンは愕然とした。
ナルコストロが何かは分からないが、要は『キューブ』に発信器のようなものが仕込まれていたということだろう。
つまり、自分は最初から敵へ居場所を知らせ、裕真たちを危険に晒し続けていたのだ。
「わ……私が『キューブ』を持ち込んだから……。私のせいで……」
剣を構えたまま、その肩が小さく震える。
そんなレギンに、かなめは芝居がかった仕草で優しく語りかけた。
「ああ……悲しまないでくださいレギンさん。貴方は悪くありません。これは必然なのです。人類が次のステップへ登る為の――」
その言葉は最後まで続かなかった。突然、かなめの背中へ何かが激突したからだ。
しかし、かなめは微動だにしない。
逆に衝突した何者かが反動で弾き飛ばされ、屋敷の壁へ激突した。
何事かとレギンが目を向ける。
そこにいたのは、七三分けの髪に眼鏡を掛けた一人の男だった。
レギンはまだ知らないが、それは炎の勇者に復帰したばかりの篤志であった。
「その首、返して貰いますよ!」
篤志は裕真の首を持つかなめを敵と判断し、飛び蹴りを放ったのだ。
しかし殺すつもりはなく、手加減したとはいえ、かなめは一ミリたりとも動かなかった。
それどころか、自分のほうが弾き返されてしまったことに篤志は内心動揺する。
だが、それを悟られぬよう強気に睨み返した。
「はい、どうぞ」
かなめは篤志に向かって『キューブ』を放り投げた。
「……え? ええ!?」
反射的に受け取ってしまう篤志。
その直後、がら空きになったボディに重い衝撃が叩きこまれる。
篤志の身体は砲弾のように吹き飛び、近くの屋敷の壁へ激突した。壁は轟音とともに崩れ落ち、大量の瓦礫が彼の上へ降り注ぐ。
一拍遅れて、レギンは何が起きたのか理解した。かなめが一瞬で距離を詰め、拳を叩き込んだのだ。
「……ぐっ! なんて重い一撃だ! まるでドラゴンに体当たりされたかのよう!」
かなめは何事もなかったかのように歩み寄ると、篤志が落とした『キューブ』を拾い上げた。
そのとき無防備になった首筋に、今度はレギンが斬りかかる。
「!!?」
甲高い金属音が辺りに響いた。
かなめは振り返ることすらせず、レギンの一撃を受け止めていた。
鉄塊すらバターのように切り裂くレーヴァテインの刃が、一ミリたりとも食い込まない。
レギンは息を呑み、慌てて後方へ飛び退く。
そのとき、篤志のもとへハガネとアルテミシアが駆けつけてきた。ハガネは瓦礫に埋もれた篤志を助け起こしながら、息を荒げて叫ぶ。
「アツシ!! あの子はカナメ! 『大地の勇者』よ! 今は“フェルダン”に乗っ取られているの!!」
「……え!? あの子が『勇者』!?」
篤志は軽く混乱しながらも、すぐに状況を整理した。
つまり、あの少女はハガネが新たに見つけた勇者で、現在はフェルダンに精神を支配されているということか。
ハガネは篤志の肩を掴み、そのまま早口で説明を続けた。
「あの子のチートは『100万着の防具』! その名の通り、防具を最大100万着“装備”する力よ!」
「?? 防具を……ですか?」
ハガネ「そう! どういう仕組みか分かんないけど、装備した防具は身体に吸収されたみたいに消えるの! 何枚重ね着しても重さを感じず、見た目もそのまま!」
篤志は「ほぅ……」と唸った。
つまりゲームで例えると、装備のスロットを100万個持っている、という感じか。
「それでは彼女、今100万もの防具を装備してるんですか?」
「いえ、さすがにそんな数は用意できなかったわ。せいぜい10万ぐらいね」
「十分多いな!」
なるほど、それで自分の蹴りが全く効かなかったわけだ。
しかし、まだ腑に落ちない点があった。
「それだけだと防御特化の能力ですよね? でもさっきの一撃は? 筋力も強化する力があるんですか?」
「あれは“重量操作”よ! 装備した防具の重量を操作して、一点に集中させたりできるの」
「……つまりさっきの一撃は、10万着の防具の重量を拳に集中したということですか!」
篤志は自分の腹を擦りながら、苦々しい声を漏らした。
先ほどの一撃は、咄嗟に筋肉を硬直させなければ、胴体が弾け飛んでいた威力だった。
自分以外の人間だったら、撫でられただけでペシャンコにされてしまうだろう。
一方、かなめは篤志を追撃せず、様子を伺っていた。
先ほどの一撃は、確実に仕留めるつもりで放ったものだった。
それにもかかわらず、この男は何事もなかったかのように立ち上がっている。
しかも、その風体からして、この男も異世界から来た『勇者』である可能性が極めて高い。
チート能力を持つ相手に不用意に接近するのは危険だ。かなめはそう判断し、あえて距離を保ったまま語りかけた。
「提案があります。貴方たちがこのまま去るなら、見逃してあげましょう」
その言葉に、真っ先に反応したのはアルテミシアだった。
「だってさ! お言葉に甘えよう!」
アルテミシアは精神的に限界寸前だった。
得体の知れない敵、辺り一面に転がる首無し死体、無力化された巨人兵、そして底知れない力を秘めた洗脳済みの勇者。
本能が激しく警鐘を鳴らしている。一刻も早く、この場を離れろと。
だが、篤志とハガネは顔を紅潮させ、強く首を横に振った。
「ダメです! 裕真を取り返さないと!」
「そうよ! 私のカナメも!」
二人の返答を聞き、かなめは小さくため息をついた。
「仕方ありませんねぇ。ここで消えてもらいましょう」
彼女がゆっくりと歩み寄る。
リスクは承知の上。それでも、この場で始末するべきだと判断したのだろう。
それを迎え撃つように、篤志が地面を蹴った。
“重量操作”には驚いたが、単純な力比べなら自分に分があるはずだ。
「『100万倍の筋力』、全力全開!」
100万倍に強化された拳が、唸りを上げ突き出される。
その速度は常人の目では捉えきれないほどだった。
しかし、かなめは慌てる様子もなく、大盾を構えた。つい先ほどまで背中に背負っていた大盾である。
篤志の拳がそれに触れた途端、全身の力が吸い取られるような感覚が走った。叩きこんだはずの衝撃が、まるで底なし沼に沈んだかのように消え失せる。
驚愕する篤志の視線が盾の表面へ向く。そこには、蝗を模した不気味な彫刻が刻まれていた。
ただの盾ではない。あれは、おそらく『神器』クラスの魔道具。
そう悟った次の瞬間、かなめの脚が鋭く跳ね上がる。
腹部を蹴り抜かれた篤志の身体は、ロケットのように数十メートル上空へ打ち上げられた。
「なに、その盾! そんなの持ってたの!?」
ハガネが驚きの声を上げる。
かなめとは長い間ともに冒険してきたはずなのに、その装備を見るのは初めてだった。
かなめは盾を軽く掲げ、どこか誇るように微笑む。
「これは《アバドンの盾》。あらゆる攻撃を吸収し、魔力に変換する『神器』です」
彼女が淡々と解説している最中、篤志が上空から落ちてきた。
地面に激しく叩きつけられたにもかかわらず、彼はすぐに体勢を立て直し、再びかなめに向かって飛びかかる。
今度は組みつこうと手を伸ばしたが、かなめの姿がふっと消えた。
その直後、篤志の体に無数の打撃が降り注いだ。
正拳、ジャブ、フック、肘打ち、膝打ち、ローキック、上段回し蹴り――
目にも止まらぬ速度で、かなめの連続攻撃が叩き込まれた。
何万トンもの質量を乗せた拳と蹴りが、容赦なく篤志を打ち据える。
100万倍の筋力で強化された肉体でさえ耐え切れない衝撃が、全身の骨を粉砕する。
手足が不自然に折れ曲がり、篤志は壊れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
「もうひとつの神器、《オメガアーマー》」
かなめは禍々しい鎧を誇示するように、ゆっくりと両腕を広げた。
「魔力を使い、身体能力全般を強化します。その効果は御覧の通り」
彼女の手が向けられた先には、ボロ雑巾のように地面に沈んでいる篤志の姿。
その光景にレギンたちは戦慄した。
盾で吸収した魔力を、鎧で身体能力に変換する。二つの神器の相性は、あまりにも完璧だった。
ただでさえ厄介なチートを持っている上に、この組み合わせ。戦力差は歴然で、どうあがいても勝てる気がしない。
皆が狼狽えるなか、レギンはレーヴァテインを強く握りしめる。
そして、覚悟を決めた。
「スルト……あなたに私の魂を捧げる。『原初の炎』で、こいつを滅して!」
ハガネとアルテミシアが、ぎょっとして振り向く。
『原初の炎』とは、太陽や星々を生み出した伝説の炎で、宇宙のあらゆるもの……例えば時空そのものさえ焼き尽くすと伝えられている。
だが、その言葉に最も驚いたのは、レーヴァテインに宿る大精霊『スルト』だった。
「……! 待て! 早まるなレギン!!」
剣から野太い声が響く。
「魂を捧げるということは、貴様の存在が完全に消滅するということだぞ!? 天国に行くことも転生することも叶わなくなるぞ!」
その声には隠しきれない焦りが滲んでいた。レギンを失いたくないという思いをひしひしと感じる。
それでも、レギンの決意は揺るがなかった。
「こうなったのは私の責任よ……。せめて、こいつだけでも道連れにしなければ――」
それを聞いて、かなめ……いや、かなめを操る“フェルダン”が楽しげに笑った。
「ほう……伝説の『原初の炎』ですか。いいですねぇ。神が与えた勇者の『チート』と、どちらが上か試してみましょうか」
“フェルダン”は、余裕の態度を崩さない。
たとえこの体が失われたとしても、惜しくはないと言わんばかりだ。
篤志たちの顔に絶望が広がる。
仮にここで多くの犠牲を払って彼女を倒せたとしても、“フェルダン”にとっては数多くある手札の一枚を失うだけにすぎないのだ。
最初から、自分たちに勝ち目など存在していなかった。
そんな無力感が、皆を押し潰しかけたそのとき――
ふいに、かなめが小脇に抱えていた裕真の『キューブ』が、激しく発光し始めた。
「……なっ!?」
かなめの顔に、初めて明確な動揺が浮かぶ。
どうやら、彼女にとっても全く予想外の出来事だったようだ。
次の瞬間、『キューブ』が風船のように膨らみ、バンッと弾け飛んだ。
煙が一帯を包み込み、視界が真っ白に染まる。
煙がゆっくりと晴れていく中、そこに立っていたのは――
首から下が完全に再生した状態の、星野裕真だった。
もちろん、服などは何も着ていない、生まれたままの姿で。
「……??? え? なに? どういうこと……???」
裕真は辺りをきょろきょろと見回し、困惑しきった声を漏らした。
しかし、その場にいた誰一人として答えられない。
それは裕真だけでなく、この場にいる全員が抱いている疑問だったからだ。




