第80話 吉報
【 ミリオン号 作戦会議室 】
冥王から重大な情報を聞いた裕真は、さっそくクランメンバーを会議室に招集した。
まず、七人いる『勇者』のうち、四人が裏切ったことを伝える。
当然というか予想通りというか、皆の顔が一斉に強張った。
テーブルには人数分のお茶が用意されているが、誰も手を付けようとしない。
「裏切りの勇者を倒せって……それはつまりユーマと同じチート持ちを四人も相手にしろっての?」
「邪神の手下だけでも大変なのに……なんでそんなに裏切ったんですか!?」
「つーか、なんで能力没収しないんだよ!!」
イリス、アニー、ラナンが動揺と苛立ちを隠せないまま声を上げる。
これも予想通りの反応だった。裕真は皆を安心させようと、努めて落ち着いた口調で言った。
「まぁまぁ、そう悲観することもないって。冥王様も色々対策を考えてくれてるから」
「対策ってどんな?」
イリスの問いに、裕真はチョークを手に取った。
黒板の前に立ち、聞いた内容を整理しながら要点を書き出していく。
「こちらへの支援体制を強化してくれるって話だ。まず『冥王コール』に必要なMPの緩和。1分間10万MPから、1万MPに値下げだ」
「それでも十分ボッタクリじゃないですか!」
思わずモモが席から立ち上がる。
そのツッコミはもっともだった。1万MPというのは普通なら、人類が一生かけても到達できない魔力量である。一分間の通話料としては高すぎる。
とはいえ誤解があるのも事実なので、裕真は静かに訂正する。
「別に今までもボッタくってたんじゃなくて、冥王様と通信するには本当にそれだけ必要だったんだよ。それをこれからは10万のうち9万を冥王様が負担してくれるってわけ」
皆が「ふーむ」と唸る。完全に納得したわけではないが、そういうものだと割り切ることにした、という顔だ。
次にルナが腕を組んだまま口を開く。
「まぁボッタクリかはともかく、それが具体的にどう役立つのさ?」
「今まで以上に役立つ情報を教えてくれるそうだ。たとえば未攻略の『ダンジョン』が何処にあるのか、とか」
ダンジョンと聞いた途端、ラナンが勢いよく立ち上がった。椅子が後ろに倒れんばかりの勢いだ。
「未攻略のダンジョン!? マジで!? すげえじゃんソレ! 手つかずのお宝を独り占めにできるじゃん!!」
「他にも、埋蔵金や沈没船の在処も教えてくれるそうだ!」
アントニオたち主計班からも「おお……」と低く感嘆の声が漏れた。
だが、それ以外のメンバーの表情はまだ晴れない。
勇者四人という脅威の前では、宝探しの話だけでは不安を拭いきれないのだろう。
その空気を感じ取った裕真は、少しだけ声のトーンを落とした。
「……あ、それと『デスゲート』の通行許可もくれた」
皆の顔に戸惑いが浮かぶ。
モモが小首を傾げながら手を挙げた。
「えーと……デスゲートってなんですか?」
「ん?」
思わず間の抜けた声が漏れた。
この世界の住人なら誰でも知っているものだと思っていたのだ。
「ああ、はい。その名の通り、冥界へと続く門のことですよ」
裕真に代わってアニーが説明する。
「七柱の神はそれぞれ『聖地』をもっていましてね。デスゲートは冥王様の聖地ってわけです」
モモの他にも、数名のメンバーが「へー」と呟いた。
どうやらカンヴァスの住人たちは、裕真が思っていた以上に神々への関心が薄いらしい。
「つーか、冥界に行って何しろってんだよ」
ラナンが頭の後ろで手を組みながら言う。
「冥界には、冥界でしか手に入らない素材があるそうだ。あと冥界にしかいない魔物も狩れるって」
「本当ですか!?」
「マジかよ!!」
それまで静かに話を聞いていたニーアとベアトリスが同時に身を乗り出した。
目を輝かせる二人に、周囲が少し驚く。
「すごい! すごいじゃないですか!!」
「そんなに凄いの?」
裕真は少し驚いて聞き返した。自分で言っといて何だが、こんなに喜ばれるとは思っていなかったのだ。
「はい、冥界の素材は地上の物には無い特殊な力があって、私たち錬金術師にとって垂涎の品なのです!」
手を組んで楽しげに言うニーア。
「でも、入手する手段がとても限られていまして……。召喚魔法で冥界の住人を呼び寄せて採取してもらうか、転移魔法で直接冥界に行くか……」
「え……そんなことできるの?」
「もちろん、凄く難しくて、かつ危険な方法です」
なるほど……と裕真は唸った。
逆に言うと、それだけの危険を冒してでも手に入れたい素材だということだ。
自分も微妙だと感じていたデスゲートの使用権だが、実は想像以上に価値があるものだったようだ。
そこへ、モモがまたこわごわと口を開いた。
「えーと……お金や素材も良いんですけど……。もっとこう、直接的な支援は貰えないんですか? 例えば援軍として新たな『勇者』を召喚するとか」
「そういうのは神様同士の『協定』でダメらしい」
裕真は顔の前でぶんぶんと手を振る。モモは目を丸くした。
「いやいやいや! そもそも『協定』ってなんですか!? 世界の危機ですよ!?」
裕真も内心で同意だった。それでも冥王から聞いた内容をそのまま伝える。
「ま〜、俺もそう思うけど、冥王様が言うには、自分達が介入しすぎると世界のバランスが崩れるとかなんとか……」
「それで世界が滅んだら、元も子もないじゃないですか!」
興奮するモモの肩に、パルテナがそっと手を置いた。
「七柱の神から見たら『世界』は絶対に護らなきゃいけないほど大切なものじゃない――滅んだらまた創り直せば良いと思ってるんだよ。これ、私の妄想じゃなくて、聖典で神様たちが公言してることだから」
モモ「そんな……」
愕然とするモモ。
その一方で裕真は、かつてマイラ市の神殿で同様の話を聞かされたことを思い出した。
部屋の空気がますます重くなる。
だが、そんな状況にも関わらず、裕真だけは不敵に笑った。
「ふふふ……みんな、心配はいらない! 実はとっておきのグッドニュースがある!」
一同の視線が、再び裕真へと集まった。
裕真はわざとらしく間を置いて、ゆっくりと口を開く。
「なんと、アツシさんが『炎の勇者』として復活したんだ!!」
一瞬の静寂。
次の瞬間、部屋の中にどっと歓声が沸き上がった。
「ええっ! 本当ですか!?」「よかったぁ!」
重苦しい話が続いていただけに、その知らせは暗雲を吹き飛ばす一筋の光のようだった。
『火野篤志』。
裕真と同じく、地球から召喚された『勇者』の一人。
だが彼は、仲間を失った悲しみから『勇者』を辞め、普通の行商人として生きる道を選んだ。
しかし邪神の脅威を目の当たりにし、再び戦うことを決意。
『勇者』への復帰を願い、炎の神の聖地『ファイア・ファウンテン』へと旅立ったのである。
「良かった……炎の神に許してもらえたのね」
イリスが安心したように、ほっと息を吐く。
神の怒りに触れ、神罰を下されるんじゃないかと、イリスだけでなく皆が心配していたのだ。
「そんな良い話、もっと早く言って下さいよ~!」
そう言うとアニーは、裕真の脇腹を肘で小突いた。
裕真は頭を掻きながら軽やかに笑う。
「はははっ、ごめんごめん。皆を驚かせたくて」
重苦しい空気が一転して、和やかなものになった。
しかしアントニオとバサーニオは、依然として眉間に皺を寄せたまま手を挙げる。
「あの……アツシさんを加えても二対四。数の上でこちらが不利では?」
「そうですよ。最後の『時の勇者』はどこで何しているんです? その人がいれば三対四になって、なんとかなりそうなのに」
裕真は腕を組んで「うーん……」と唸る。
「俺もそれは気になって冥王様に聞いたんだけど、知らんらしい」
「知らんって……」
「時の神が教えてくれないんだってさ。まぁ死んでたら冥王様も気付くはずだし、生きてはいるんだろうけど」
「ええ……」
バサーニオの口があんぐりと開く。
神々同士はあまり仲良くないとは聞いていたが、こんな状況でも素直に協力できないとは。
今度はルナが手を挙げた。
「あの、ちょっといいかな? 冥王様は“裏切った”と言うけど『風の勇者』は悪い人じゃないと思うんだ」
意外な発言に一同が顔を見合わせる。
「スマルでラザロを逃がしたのは『風の勇者』の仕業だと思う。あの時、私たちは何が起きたのかさえ理解できなかった……。殺す気なら簡単にやれてたはず」
イリスは首を傾げ、疑問を投げかけた。
「それは劇場での流血沙汰を避けたかっただけじゃない?」
「それなら、私たちが外に出た後に襲えばいいだけだよ」
「あ……なるほど……」
続いてアニーが発言する。
「風の勇者は良い悪い以前に、ゾンビとして操られて――ん? ということは、ラザロも悪人じゃない?」
こめかみに指を当て、思案に耽るアニー。
しかし茜がゆっくり首を左右に振った。
「そう考えるのはちょっと早計やで。悪党でも血を見るのは嫌で、殺しはやらないって奴はいくらでもおる」
「それならそれで、やはり邪教徒じゃないってことになりません?」
その指摘に茜は、思わず「あっ」と声を上げた。
そう、邪神ゾドの信徒は、定期的に人の心臓を供物として捧げなければいけない。殺人を避けることは不可能なはずだ。
ルナが話を続ける。
「これは私個人の印象なんだけど。風の勇者は操られているように見えなかったよ。舞台で一生懸命歌う彼女は、とてもゾンビだとは思えなかった」
「いやでも冥王様は、確かに死んだって言ってたし」
「うん、だからゾンビにされたんじゃなくて――“蘇生”されたんじゃないかな?」
その言葉に一同はざわつく。
『死者蘇生』。
それは『禁呪』に指定されているにもかかわらず、多くの人々が憧れる伝説の魔法である。
もしラザロがその使い手だとするなら、彼の賞金は100万マナ程度ではとても足りない。 その十倍、百倍……いや、お金なんかと引き換えにできない果てしない価値がある。
何が何でも捕らえるだけの価値が――
そのような空気を察したルナが、ざわめきを静めるように続けた。
「話が逸れたね。要はこちらと敵対する意思が無さそうだってことを言いたかったの」
「ふむ……。そうだとすると、二対三になるな」
裕真は、黒板に書いた『風の勇者』の名に、小さく✕を付けた。
今度はアントニオが手を挙げた。
「ああ、ユーマさん。私からも吉報があります」
「ん? なに?」
「お探しの《ダイヤの時計》ですが、近々手に入るかも知れません」
「マジで!!」
「これから向かう『アルデバラン』に住む富豪が、急に大金が必要になったとかで、自分のコレクションを売りに出したいと申し出たのです。その中に――」
「《ダイヤの時計》があると! !」
思わず身を乗り出す裕真。
アントニオがコクリと頷く。
「ただ、即金で2,000万マナを支払うという条件ですが」
「ああ、うん。それぐらい軽い軽い」
今現在、裕真の《どうぐぶくろ》には、現金3,000万マナが入っている。余裕である。
「これで『フェルダン』を倒すことができる! そうすれば洗脳された『大地の勇者』を解放できて、二対二になるってわけだな! 」
場の空気が、明らかに軽くなった。
難題だと思われた四勇者討伐に解決の糸口が見えてきたからだ。
もちろんその前には、「フェルダン本体をどうやって見つけるか」という、更に大きな課題が残されていたが、今はこの小さな希望に浸るのであった。
「ところで、アツシさんとはいつ頃合流できるの?」
イリスが、ふと裕真を見る。
「アツシさんも『アルデバラン』に向かっているそうだ。タイミングが良ければすぐ会えるかもな」
そう言いながら、裕真は目の前のティーカップを手に取った。
長々と喋ったので喉が渇いたのだ。
「あっ」
カップを口に近づけたところで、ハンドルがパキッと折れた。
裕真の首から下にお茶の染みが広がる。
「あらら……」
「あれ? おかしいですね。食器は全て新品のはずなのに」
アントニオが首をひねる。
裕真は胸の奥に小さな引っ掛かりを覚えたが……。
「まっ、こういうこともあるさ」
こんな小さなことを気にしていても仕方がない。
悪い予感を胸の奥に押し込めて、はははと笑った。




