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ミリオンクエスト ~魔法使えないのに100万MP渡されて邪神倒してこいと言われました~  作者: 糠酵太
第三章 禄存星 ~茨姫と太陽の騎士~
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第79話 凶報


 【 飛空船 ミリオン号 甲板 】


 統星での用事を済ませた一行は、次の目的地、アトラス連邦の首都『アルデバラン』へ向かうことにした。


 空港からゆるやかに飛び立つミリオン号。

 裕真は最後に、もう一度街の光景を目に焼き付けようと甲板へと足を運ぶ。

 するとそこには、すでに先客がいた。茜が手すりにもたれかかり、ぼんやりと眼下に広がる統星の街並みを眺めていたのだ。

 邪魔しちゃ悪いなと思い、引き返そうとした裕真だったが、ふと視線が合ってしまった。

 裕真はたどたどしく挨拶を口にする。


「や……やぁ、茜さん! 今日は良い天気ですね〜」

「……なぁ、ユーマ。ウチに聞きたいことあるんやないの?」


 茜に探るような目で見られ、裕真はギクッとする。


「え!? いえ! そんなことは……」

「隠さんでも分かる。つーか、皆、ユーマと同じ態度や!」


 茜は大きくため息をついた。はぁ、と白い息が風に溶ける。

 どうやら仲間全員が裕真と同じように気を使いすぎて、ぎくしゃくした態度を取ってしまっていたらしい。


「まぁ、最初に隠し事してたウチが悪いんやけどな……」


 茜は自嘲するように小さく笑った。風が彼女のツインテールを優しく揺らす。その横顔にはいつもの図太さが鳴りを潜め、わずかな後悔の色が浮かんでいた。


「だから正直に話すわ。ウチが戦巫女(いくさみこ)やったのはもう知ってるな?」


 こくりと頷く裕真。


「実はウチな……戦巫女になりとうなかったんや。でも家の借金があって仕方なく志願したんや」

「そうだったの!?」


 裕真は目を丸くした。

 戦巫女とは、皆から尊敬を集めるエリート中のエリートだと聞いた。

 だというのに茜本人は、それをイヤイヤやっていたというのが実に意外だった。

 そんな裕真の心中を察したのか、茜は目を伏せ、苦笑しながら話を続ける。


「まぁ……自慢するわけやないが、ウチには才能があったんやな。やけど、怪異獣との戦闘はだいたい海上になるんやが……」


 茜はそこで言葉を切り、照れくさそうに後頭部をポリポリと掻いた。視線を海の方へ逸らし、肩を少し丸める。


「ぶっちゃけ、海は苦手やねん。潮風はベタつくし、磯の香りも好きやないし、夜の海なんて飲み込まれそうで怖いし……」


 へぇ……と裕真は内心で唸った。才能と好みが一致しなかったというわけか。


「借金返し終わったらすぐに辞めるつもりやった。でもウチ以外の子は戦巫女に誇りを持っててな……。なりたくてもなれなかった子も仰山おる。そんな中、自分は嫌々やってるなんて言い出せへんやん」


 意外に繊細なんだな……と裕真は心の中で呟いた。他人の目など気にしないタイプだと思っていた。


「それで結婚を期に引退を……ん? もしや、結婚自体が嘘!?」

「せや、イマジナリーダーリンや」


 にやりと笑う茜。

 裕真は驚きと呆れが混ざった複雑な表情を浮かべた。

 その顔を見て、茜は慌て気味に釈明する。


「あ、もちろん御祝儀とかは受け取ってへんで」

「なんだ……心配して損した」


 裕真はほっと息を吐いた。婚約者との破局や死別といった重い話ではなかったことに、心の底から安堵する。


「それにしても茜さんがお金に拘る理由が分かったよ。お金がないと、職業選択の自由どころか、嫌な仕事を延々とやるハメになるわけだな」

「ああ、せめてウチの子供にはお金で苦労させたない。借金背負わせるなんて、もっての他や」


 茜は統星の街を眺めながら、ふぅ……と遠い目をした。あの国に残っているであろう自分の親のことを、思い浮かべているのだろうか。


「……でもお金儲けが目的なら、邪神討伐に付き合うのはどうなのさ? あまり言いたくないけど、いつ命を落としてもおかしくないのに」

「な〜に言っとるんや!」


 茜が裕真の背中をバンッと叩いた。

 もちろん本気で叩いたわけではないが、いきなりだったので裕真はびっくりして飛び上がる。


「今の世界に安全な場所なんてあるかい!! 世界一安全だと言われた街が屠殺場になったり、他人を洗脳して増殖する怪人が首を切り取ってまわってるんやぞ! 元凶の邪神倒さなにゃ、世界がヤバいってぐらいウチにも分かるわ!!」

「……改めて言われると、ヒドいもんだな」


 裕真は頬を引きつらせた。今更ながら、自分の使命の重大さを自覚する。


「それにな……ユーマと……皆といると楽しいんや……。それじゃアカンか?」

「……!!」


 茜がふいに俯き、照れくさそうに小さな声で言った。その言葉が、裕真の胸の真ん中にまっすぐ突き刺さる。


「アカンことない! 全然いい! 俺も茜さんと一緒だと楽しい! 一緒に邪神を倒そう!」


 裕真は思わず茜の手を取って、ブンブンと勢いよく振った。茜は目を瞬かせ、頬を赤く染めた。


「ありがとな、ユーマ……。 ところでユーマは、邪神を倒した後どうするんや?」

「どうするって、地球に帰るけど?」


 裕真はさも当然のように答えた。すると茜が驚いたように目を見開く。


「……えっ!? マホーコーテーとかになるんやなかったの?」


 今度は裕真のほうが驚いた。


「いやいやとんでもない! 俺は皇帝なんて器じゃないって」


 裕真は両手を左右に振って必死に否定した。茜は「ふーん」と小さく鼻を鳴らす。


「まぁ皇帝になるかはともかく、こっちの世界に残れば英雄で大富豪やで? それでも帰るん?」

「う〜ん……それは俺も惜しいと思うけど……やっぱり向こうにいる家族は捨てられないし」


 裕真の脳裏に父と母と愛犬のダンキチ、そして近所で密かに餌付けした野良猫のトラジロウの姿が浮かんだ。


 その時、裕真の胸ポケットでスマホが震えた。取り出してみると、画面の中でアコルルが元気よく声を上げた。


「陛下! それなら冥王にこう提案してはいかがでしょう? “邪神を倒した暁には、この世界と地球を自由に行き来できるようにして欲しい”と!」

「!!!」


 その提案に、裕真がハッとした。


「おおっ! それはナイスアイデアだ!! 家族もこの世界も捨てなくて済む!! ……でも冥王がOKするかなぁ」


 喜びの声が急速に萎んでいく。


「まぁダメもとで、とりあえず確認されてみては」

「そ……そうだな」


 裕真は一旦アコルルとの通話を切り、『冥王コール』に切り替えた。今までも定時連絡で何度か話してはいたが、こちらからかけるのはかなり久しぶりだ。


 数秒後、画面に冥王の青白い顔が映し出される。裕真はかくかくしかじかと、先程と同じ提案をした。


「……ふむ、よかろう。貴様の提案を邪神討伐の褒美としよう」


 拍子抜けするぐらい、あっさりと了承された。


「おおっ! ありがとうございます!」

「喜ぶのは早いぞ、悪い知らせがある」


 裕真が「えっ?」と固まった。甲板の空気が急に淀み始めたように感じる。

 冥王は一呼吸置いた後、重々しく語り始めた。


「炎の神が召喚した『炎の勇者』に会っただろう? 実はそれと同じように他の『七柱の神』も『勇者』を召喚していたのだ」

「あ〜……やっぱりそうなんですか?」


 その点については特に驚きはなかった。

 仲間たちとの話し合いでも同じ推測は出ていたし、むしろ予想通りというところだ。


「そんな重要な話、なんで真っ先に教えてくれないんですか」

「その話は後だ。召喚された勇者は貴様を含め七名。七柱の神がそれぞれ一人ずつ召喚したわけだな」


 冥王は小さく咳払いをした。低く響くその音が、裕真の緊張感を高める。


「だが、その七名のうち 四 名 が邪神側に寝返った」


 裕真は思わず耳を疑った。


裕真「……は? 今なんと?」

冥王「七名のうち、四名が邪神側に寝返った」


 聞き間違いじゃなかった。

 聞き間違いであってほしかった。

 裕真は腰を抜かしそうになるのを必死でこらえ、スマホに向かって声を張り上げた。


「いやいやいや! 裏切られすぎでしょ!!」

「まったくだな、愚かな連中だ。我のようにしっかり勇者を選ばないから、そんな目に遭うのだ」


 冥王はくくくと喉を鳴らして笑った。

 “愚かな連中”とは、勇者に裏切られた神々のことだろう。身内の失敗を心底楽しげに笑う冥王の様子に、裕真と茜は思わず顔を見合わせ、ドン引きした。


「そういうわけで、裏切り者を殺せ。殺すのがイヤなら身柄だけでも確保せよ。我の部下が“引き取り”に行く」

「……まぁ、邪神側に付いたのなら、嫌でも戦うことになりますし、仕方ないんでしょうけど」


 裕真は短く息を吐き、軽く首を振った。覚悟を決めるような小さな動作だった。


「それで、どんな人たちなんです?」


 その問いに答えるように、スマホの画面が切り替わる。

 そこに映し出されたのは、おかっぱ頭で丸っこい顔立ちをした少女。おそらく裕真と同い年ぐらいだろう。


「一人目は『大地の神』に召喚されし者、『山野かなめ』。与えられたチートは『百万着の防具(ミリオン・アーマーズ)』」


 その名前を聞いた瞬間、裕真は「あっ」と声を漏らした。聞き覚えがあったのだ。

 確か、禄存星(ろくぞんせい)のフェルダンに捕らえられた勇者の名だ。


 詳しく聞こうとした矢先、画面が再び切り替わる。

 次に現れたのは、物静かそうな女性だった。あまり手入れされていない長髪はやや乱れ、長い前髪が目元を半分ほど隠している。年の頃は裕真より少し上、大学生ぐらいに見える。


「二人目は『光の神』に召喚されし者、『天野詩織(あまのしおり)』。与えられたチートは『百万冊の英知(ミリオン・ブックス)』」


 さらに画面が切り替わる。

 表示されたのは、艶やかな黒髪を腰まで伸ばした、物憂げな雰囲気を纏った少女だ。


「三人目は、『水の神』に召喚されし者、『水野愛華(みずのあいか)』。与えられたチートは『百万倍の魅力ミリオン・ビューティー』」

「あっ! ちょっと待って冥王様! この人、見覚えがある!」


 今度は画面が切り替わる前に、裕真が慌てて声を上げた。


「見覚えとは?」

「マリクの情報にあった、『最悪の七人(ワーストセブン)』の一人、『破軍星(はぐんせい)のカイト』の妹です!」


 冥王が「ほぉ」と目を細める。あまり驚いた様子はない。

 代わりに、隣にいた茜が瞠目する。


「え!? どういうことや? なんで『勇者』の兄が邪教団の幹部やってんねん! つーか兄妹揃って召喚されたんか!? どうなんや、冥王はん!!」

「知らん。知ってるはずの水の神に問い質したが、黙秘を決め込みやがった」


 冥王は吐き捨てるように言った。

 どうやら神々の間柄は、想像以上にギクシャクしているらしい。

 その言葉を聞きながら、裕真はふと恐ろしい可能性に気づいた。


「あの……さっきから気になってたんですけど、この人たちのチート能力を紹介してるのは、まさか没収されてない……まだ使える状態ってことですか!?」

「そのまさかだ」


 あっさり肯定され、裕真は今度こそ腰を抜かした。茜が慌てて裕真を支える。


「なんで没収しないんですか!」


 唇を震わせながら、裕真は叫ぶように問いかけた。

 冥王はわずかに眉をひそめ、答える。


「昔はいつでも没収できるようにしていた。だが、かつての“敵”の中にその仕組みを解明した者がおってな。それを利用して『勇者』からチート能力を奪ったという事件が起きた」


 と、苦々しげに語る冥王。敵にしてやられた屈辱を、今でも忘れていないのだろう。


「簡単に開く鍵は、簡単に破られる、ということだ。なのでそういう事態が二度と起こらぬよう、『勇者』の魂とチート能力をガッチリと結びつけた」

「……魂と?」

「我々でも簡単に外せぬようにした、ということだ」


 裕真は眉をひそめ、「はあ……」と曖昧な返事をした。

 自分の魂を勝手にいじられるのは良い気がしない。だが敵に奪われるよりはマシと言われれば、納得するしかなかった。


「でも『勇者』本人に裏切られたら意味ないやん!」


 興奮のあまり、茜は相手が冥王であることを忘れてツッコんだ。

 それに対し冥王は、気分を害するどころか「ハハハ」と朗らかに笑う。


「まったくその通りだな」


 あっさりと肯定され、今度は茜が唖然とした。


「あの……冥王はん。なんか女の子ばっかりなのやけど、なんでや?」

「おおかた、世間知らずの小娘のほうが言うこと聞かせやすいとでも思ったのだろう。まっ、それが思いっきり裏目に出たわけだが」


 冥王はまた楽しげに笑った。

 他の神々の失敗を心から喜ぶその姿に、裕真と茜はまたしてもドン引きする。

 もうこの時点でうんざりだったが、まだ一人残っている。聞きたくはないが、一応聞かねばならない。


「あの……それで最後の一人は?」

「おっと、そうだな」


 画面が再び切り替わる。

 またしても少女だった。しかし雰囲気は、これまでの三人と明らかに違う。

 オレンジに染めた髪をポニーテールにし、前髪に赤のメッシュを入れている。服装はスカジャンとロングスカート。まるでヤンキーみたいな……いや、ヤンキーなのだろうか?


「四人目は風の神に召喚されし者、『風野疾風(かざのはやて)』。与えられたチートは『百万倍の加速(ミリオン・アクセル)』」


 裕真はハッと息を呑んだ。「ハヤテ」という名前、目元がキリッとした中性的な顔立ち……ほんの数日前の記憶が脳裏に蘇る。


「あっ!? この人、統星で見たことある!」


 服装が違うのですぐには気付かなかったが、間違いない。劇団『リターナー』の役者だ。


「この者は少々事情が違う。彼女は勇者として真面目に活動していたのだが、志半ばで倒れてしまった」

「倒れたって……死んだということですか?」


 冥王は「うむ」と頷くと言葉を続けた。


「だが問題はその後だ。邪悪な死霊術師(ネクロマンサー)が彼女をゾンビとして蘇らせてしまったのだ」


 死霊術師という言葉で、裕真の脳内でいくつもの情報が一気に繋がった。


「その死霊術師って、ラザロって奴ですか!?」

「ほう、よく知ってるな。その通りだ」


 裕真は愕然とした。

 ラザロがあの劇場にいたのは偶然ではなかった。

 おそらく、ゾンビとなったハヤテを操っていたのだろう。

 いや、ハヤテだけじゃなく、リターナーの役者たち全員がゾンビかもしれない……。


「おのれ! ラザロ!! 死者を弄ぶとは許せん!! 今すぐ統星に引き返して――」

「待て待て、ユーマ!」


 やる気満々で立ち上がろうとした裕真を、茜が慌てて制止した。


「今のウチらの標的はフェルダンやろ! 相手もチート能力持ちなんや! 片手間で勝てる相手やないと思うで」


 そう言われて、裕真はぐぬぬと唸った。

 ラザロを捕えた際にあっさり逃げられたのは、おそらくハヤテのチート能力のせいだろう。

 あの時、裕真は反応するどころか、気付くことすらできなかった。もしハヤテがその気だったら、裕真の首を掻っ切ることもできたはずだ。


「ぐぬぬ……確かに。多正面作戦は避けるべきだな……」


 裕真は「はぁ……」と深いため息をついた。

 頭が痛くなってきた。最悪の七人(ワーストセブン)だけでも十分すぎるほど厄介なのに、今度は四人もの『勇者』が敵に回るかもしれないのだ。前途多難すぎる。

 そんな裕真を見て、冥王は不敵な笑みを浮かべて言った。


「そう暗い顔をするな。良い知らせもある」

「……良い知らせ?」


 裕真は暗い顔のまま、わずかに眉を上げて聞き返した。冥王はゆっくりと口を開く。


「それはな――」

「……ええ!?」


 冥王が告げた吉報。それは裕真の曇った顔が、一瞬で晴れ渡るようなものだった。



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