第78話 第六王女と演劇鑑賞
ギルドへの挨拶を済ませた裕真は、ルナとパルテナと共に、この国で修行中の第六王女『ヨミ』から《フォローリング》を借りに行くことにした。
「別にユーマさんが来なくても……。ヨミなら素直に指輪貸してくれると思うし」
パルテナの言葉にルナも頷く。
裕真はミリオンハンターズの団長なのだし、他にいくらでもやることがあるはずだ。
だが裕真はハハハと笑って、右手をひらひらと振る。
「まぁ、メネさんが言った通り、神器を借りるんだから挨拶ぐらいしないと。今回は賞金首を狩らない分、時間もあるし」
そう言われてしまえば、姉妹としても特に断る理由もない。
一行は街の中心地を離れ、のどかな田園地帯へと足を進めた。
まだ実をつけない青々とした苗が風に揺れる田んぼが広がり、ところどころでカエルの合唱が響いている。
その中にぽつんとある藁葺き屋根の民家の前で、パルテナは足を止めた。
「この家だね。一軒家を借りて友達とシェアしてるんだとか」
パルテナは玄関に向かって「ごめんくださーい」と明るく声をかけた。
すると、庭の方から野良仕事をしていたらしいショートカットの女の子が顔を出した。
この子がヨミと同居している友人らしい。
パルテナは手短に要件を伝えた。すると少女は、土のついた手を手ぬぐいで拭きながら答える。
「あ、ヨミちゃんなら外出中ですよ。演劇を見に行ったので」
「え!? あの子が演劇を!?」
パルテナが目を丸くする。ルナも意外そうな表情を浮かべ、小さく呟いた。
「あの子、じっとしてるのが苦手だったのに」
「そうだよねー。催しのときは、いつもソワソワしていたもんね」
どうやらヨミという少女は、良く言えば活動的……悪く言えば落ち着きのない子だったらしい。
ルナが裕真の方を振り向く。
「どうする? 帰って来るまで待つ?」
「ふむ……」
裕真は少し考え込むと、ふっと笑みを浮かべた。
「そういや、この世界の演劇って見たことないな。せっかくだから俺らも見ていかない?」
「うん、まぁ、いいよ」
「待ってるのも退屈だしね」
裕真の思いつきに、姉妹はあっさりと頷いた。
その一方で、ヨミの友人は、裕真が何気なく口にした「この世界」という言葉に、わずかに首を傾げた。
まるで自分だけ、この世界の人間ではないような言い方だったからだ。
◇ ◇ ◇
【 統星市内 演劇会場 】
田園地帯から再び統星の中心街へ戻ると、ほどなくして目的の演劇会場が見えてきた。
それは木造の入母屋造りをした大きな建物だった。朱色の柱と白壁が鮮やかで、どこか神社や寺院を思わせる風格がある。
軒先には提灯がずらりと吊るされ、その下には『リターナー』と記された看板が掲げられていた。どうやら今回公演を行う劇団の名らしい。
会場の前にはすでに大勢の観客が集まっており、開演を待ちながら談笑したり、期待に胸を膨らませたりしている。どうやらかなり人気の劇団のようだった。
パルテナは周囲を見回したあと、ぱっと顔を輝かせて、花束を抱えた少女の方へと駆け寄った。どうやら見つけたらしい。
「ようっ! ヨミー♪」
パルテナから『ヨミ』と呼ばれた少女を見て、裕真はちょっと驚いた。
姉妹共通のサファイア色の髪をセミロングにして、右サイドを小さなリボンでちょんと結んでいる。肌は健康的な小麦色に日焼けし、活発さを物語っていた。
そしてその背丈は、小学高学年か中学上がりたてぐらい――ちょうどラナンと同じぐらいだ。
だがパルテナやルナの姉妹である以上、ドワーフみたいな長命種ではなく、ニンゲン族のはず。つまり見た目通りの年齢……だいたい12、13というところだろう。
こんな小さい子が、遠く離れた異国でハンター修行を?
などと戸惑う裕真をよそに、姉妹たちの会話は弾んだ。
「……姉さんたち!? なんでここに!?」
「近々尋ねに行くって、手紙出したじゃん」
「あ~、はいはい、指輪ね」
ヨミは納得したように何度か頷いた後、右の人差し指にはめていたリングを外し、ルナに手渡した。
「はい、これで用事は済んだでしょ」
そう言うとヨミは、もう裕真たちに興味がないとばかりに、劇場の方へと向き直った。
そんな妹の態度に、ルナは少し口を尖らせる。
「いや、せっかくだから劇も見ていくよ。チケットも買ったし」
ヨミが意外そうな顔で振り返った。
「え〜……ルナ姉、お芝居なんて興味ないって言ってたじゃん。どういう心境の変化?」
「うちの団長が興味津々なんだよ」
ルナはそう言って、裕真の方へ視線を向けた。
裕真は慌てて一歩前に出る。
「どうも、ミリオンハンターズの星野裕真です」
「あ……あなたがユーマさん!? 父からの文で御活躍を伺いました! 姉とトリスターを救ってくれて、ありがとうございます!」
ヨミは花束を抱えたままの姿勢で、勢いよく頭を下げた。花びらが一枚、ひらりと舞い落ちる。
後に聞いた話だが、オリオン国王陛下は手紙の中で裕真のことをかなり持ち上げていたらしい。それでヨミがやたらと恐縮していたのである。
そんなやりとりをしていると、劇場の入口あたりがざわつき始めた。観客が一斉に席へと移動し始める。
「あ、そろそろ開演時間ね! 姉さんたち、変なことしないでよ! 劇の邪魔したら絶交だからね!」
「しないって」
ルナが苦笑する。自分がそう思われていたことに、ちょっとだけ反省するのだった。
◇ ◇
劇が始まった。
題目は『パンドラ』。
この世界で初めて魔法を習得した人間の物語である。
本来、魔法は神々だけが使えるものだった。しかしパンドラはその聡明な頭脳で魔法の仕組みを解明し、人類でも扱えるように改良したのだ。
元となる物語は全三章にも及ぶ壮大なもので、今回の劇は第一章を舞台化したものである。
まだ幼き少女だったパンドラが魔法に憧れ、その解明のために奔走する、明るく楽しいお話であり、老若男女を問わず人気の高い演目だ。
舞台に登場する主な人物は七人。
主人公の『パンドラ』。
パンドラの兄、『モルト』。
モルトと仲が良く、後に恋仲になる女神『アニマ』。
神々に創られし四体の神獣――狼の『ボラス』、ドラゴンの『ノトス』、梟の『アナトリ』、海蛇の『ディシィ』。
これらをすべて、少女たちが演じていた。この劇団『リターナー』の役者は女性だけらしい。
劇は歌と踊りが随所に織り交ぜられたミュージカル形式だった。
魔法による舞台演出がふんだんに盛り込まれており、色鮮やかな光が舞台を駆け巡っていた。
音響は観客一人一人を包み込むように響き渡り、物語への没入感を高めていた。
まるで映画の一場面がそのまま現実になったようだった。
そして最後のカーテンコールでは演者全員が歌いながら登場。
客席からは歓声と拍手が沸き起こり、その光景はまるでアイドルのライブステージのようだった。
◇ ◇
舞台終了後、劇場のロビーは熱気と興奮に満ちていた。
「いや〜っ! 想像以上に良かった! この世界の演劇って凄いな!!」
裕真は満面の笑みを浮かべ、パンフレットやプロマイド、キーホルダーなどの物販グッズを両手に抱えていた。感動の勢いでつい散財してしまったのだ。
「ふふふ……でしょでしょ!」
隣でヨミが、まるで自分が褒められたかのように胸を張ってにんまりと微笑む。
「これって第一章なんだよね? ぜひ続きも見てみたいな!」
「え……。う、うん、そうだね……」
ヨミは一瞬、頬を引きつらせた。
実は『パンドラ』の物語は第一章以降、重く暗い展開が続く。
パンドラが魔法を広めたせいで、愛する兄があらぬ疑いをかけられて神々に捕らえられ、拷問の末に獄死する。恋人だった女神アニマも後を追うように自害。
怒り狂った獣たちが天界に攻め込み、神々を虐殺。
そしてパンドラ自身は、“災厄の元凶”として人々から迫害されることになる。
一章の明るいノリが好きだった者には、なかなかつらい内容になるだろう。
ヨミはそれをよく知っていたが、あえて口には出さず話題を切り替えた。
「ところで、ユーマさんは誰推し?」
裕真は「ん?」と首を傾げる。役者の中で誰がお気に入りか、という意味だとは分かるが、今日が初見である。
「推しと言われても、まだ名前も――」
と言いかけて、裕真は慌てて言葉を飲み込んだ。そんな素っ気ない返答では気が利かないなと思い直したのだ。
「……強いてディシィ役の人かな?」
「あ~、わかるわかる。その子、おっぱい大きいもんね」
「なっ!?」
ヨミがにししと悪戯っぽく笑う。裕真は図星を刺され、ぎょっとする。
ディシィ役の少女は、豊満なバストの持ち主だった。
それに加え、海蛇という設定に合わせて、水着のように露出度が高く身体にぴったりとフィットした衣装であり、裕真の目を釘付けにした。
しかしお年頃の裕真は、スケベな奴だと思われるのが恥ずかしく、それを素直に認められないのであった。
「お……俺はけっしてそんな不純な気持ちで見てないから! 純粋に演技とか歌唱力とか――」
「私はアニマ役の人かな」
裕真の釈明を遮るようにルナが言った。
「メンバーの中で歌唱力がずば抜けてる」
「分かる!? トリスターの一流歌手と比べても負けてないよね♪」
ヨミがきゃぴきゃぴとはしゃぎながら同意する。
「私はパンドラ役の子かな……なんていうかニンフェットな色気を感じる……」
そう言ってパルテナは手に持ったプロマイドを見ながら、ぬふふと笑った。
それは幼少期のパンドラ役を演じた少女のものだった。役者陣の中で一番小柄で、十歳前後に見える。
「え……あんな小さい子に色気って……」
「ちょっと引くわ」
ヨミとルナは、露骨にパルテナから距離をとった。
パルテナはムッとして頬を膨らませる。
「そういうヨミは誰推しなのさ」
「私はハヤテさん!」
ハヤテ、と聞いて裕真は手元のパンフレットを開いた。
それはパンドラの兄、モルトを演じていた役者だった。
「ハスキーなボイスに力強いアクション! 女の人なのにお兄様っ! て感じが素敵なの♪」
ヨミの言う通り、ハヤテという役者は引き締まった体つきと健康的に日焼けした肌、そしてキリッとした目元が印象的で、宝塚歌劇団の男役のような魅力を放っていた。
ヨミはそんな彼女の大ファンらしく、入場前に持っていた花束も彼女へ贈ったそうだ。
しかし、パルテナとルナは揃って「うーん」という微妙な顔をした。
「え〜? その人、歌もダンスもヘタッピじゃん」
「そうだね、他のメンバーと比べて場馴れしてないというか、素人臭いというか」
二人の容赦ない指摘に、ヨミの額に青筋が浮かぶ。
「は? なに? 戦争? 戦争?」
「仲良く! 万事仲良く!!」
険悪なムードを察し、慌てて止めに入る裕真。
そんなやり取りをしていると、突然、劇場ロビーに歓声が沸き起こった。
役者たちが登場したのだ。そろそろ握手会が始まるらしい。
ヨミはさっきまでの不機嫌さなど忘れたように、目を輝かせてそちらへ駆け寄っていく。
裕真も後に続くが、ふと役者たちの後ろに立つ、とある人物に目が留まった。
眼鏡をかけ、タキシードを着た細身の青年。
「ん? あの人、どこかで見たような……」
裕真は懐から一枚の紙を取り出し、広げてみた。それはカペラのギルドで貰った指名手配書だった。
【 死霊術師 ラザロ 】 賞金 300万マナ(生け捕りのみ)
「やっぱり! 賞金首の『ラザロ』だ!!」
仲間たちが「え?」と振り返るより早く、裕真は地面を蹴って飛び出した。ラザロに覆い被さるように飛びつき、刑事ドラマで見た通りの逮捕技で地面に押し倒す。
「確保!」
あっという間の出来事だった。周囲がどよめき、騒然となる。
裕真は「これは捕り物です!」と説明しようとしたが、次の瞬間――
組み敷いたはずのラザロが、パッと消えた。
……本当に「パッと消えた」としか形容できない。まるで動画編集でラザロが逃げる場面だけをカットしたかのようだった。
裕真は膝を地面につけたまま、呆然と両手を見つめた。
「……え? あれ? 消えた!? 確かに捕まえたはずなのに!?」
ルナが裕真の元に駆け寄り、目を細めて周囲を警戒する。
「幻術? それとも空間転移かな? 簡単には捕まえられないようだね……」
「くっ……高額の賞金を掛けられるだけあるってことか」
裕真は悔しげに歯噛みした。
その時、皆はまだ気づいていなかった。
ラザロと一緒に、役者のハヤテも忽然と姿を消していたことに。




