表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミリオンクエスト ~魔法使えないのに100万MP渡されて邪神倒してこいと言われました~  作者: 糠酵太
第三章 禄存星 ~茨姫と太陽の騎士~
77/80

第77話 極東の国『統星』

挿絵(By みてみん)


 次の目的地、『統星(すまる)』は、三大陸の外縁部に位置していた。


 外縁部は別名『この世の果て(ワールドエンド)』と呼ばれ、強大な魔物が跋扈する危険地帯だ。そんな土地に飛空船で侵入するなど、船ごと落としてくれと言っているようなもので、自殺行為に等しい。


 しかし統星だけは例外だった。

 その理由は、ミッドランドと統星を結ぶ『精霊海』の存在にある。

 この海とその上空は『海の精霊』たちの加護を受けており、凶暴な魔物は近寄れない。飛空船もミッドランドと同じ感覚で安全に航行できるのだ。


 そのおかげで統星は外縁部でありながら容易に行き来が可能となり、その独特の文化はミッドランド全土に広く知れ渡っていた。

 一部はすっかり定着し、日常生活に溶け込んでいる。お米や醤油、味噌といった食材がそうだ。

 その味は現代日本のものと比べても遜色がなく、おかげで裕真はホームシックに苛まれず異世界生活を満喫できている。


 そんな極東の国へ、ミリオン号は静かに到着した。



【 統星国 上空 】


「おおっ! 本当に和風な建築物がいっぱい並んでる!!」


 ミリオン号の展望デッキから覗く市街地の光景に、裕真は思わず感嘆の声を上げた。

 瓦屋根の木造家屋が、まるで時代劇の町並みのように連なっている。遠くには天守閣を頂いた白壁の城がそびえ、街のあちこちから細い煙が立ち上っていた。

 空気にはかすかな木の香りと、どこか懐かしい醤油のような匂いが混じっていた。


「こんなに似てるなんて……。異世界なのに不思議なものだな」


 裕真が呟くと、胸ポケットのスマホから明るい声が返ってきた。


「おそらく収斂進化ってやつですね。気候、環境が日本と似ているため、日本と似たような文化が栄えたのかと」

「そういうもん? もしかしたら日本からの転移者が造ったとかない?」

「ふふふ、逆かも知れませんよー。こちらの世界の転移者が、日本の文化を造ったのかも」


 アコルルが冗談めかして言う。いつもの軽やかな口調に、裕真もつい笑みがこぼれる。

 そんな他愛もない雑談を交わしていると、裕真の視界に異様なものが飛び込んできた。

 それは、緑と紫の毒々しい斑模様に染まった小山だった。街中にぽつんと佇むその姿は、ひどく場違いに見える。


「……ん? なんだ、あの変な山? なんか毒々しい色してて、せっかくの景観が台無しだなぁ」


 裕真が眉をひそめると、すぐ後ろから小さな手が肩に置かれた。


「ユーマ、アレは山やない……。『怪異獣(かいじゅう)』の死骸や」

「……カイジュウ?」


 振り返ると、茜が遠くの斑模様の小山を指差していた。


「見ての通り、くそ馬鹿デカい魔物や。あれでまだ“小さい方”って言ったら、どんだけ恐ろしいか分かるか?」

「マジで……」


 裕真はドン引きした。改めて見つめると、確かに生物の死骸のようだ。

 周囲の木造家屋と比べると、高さだけで50m以上ある。これが生きて立ち上がっていた時、どれほどの巨体だったのか……。


「この国の東には大鯨洋(たいげいよう)って海が広がっててな。その名の通りクジラがわんさか泳いでるんやが、そのクジラを主食にしてるのが怪異獣なんや」

「クジラを……」

「けどたまに、クジラを食べ飽きた奴がふらっと上がって来るねん」

「マジか……」


 あまりにスケールが大きい話に言葉を失った。

 まず、クジラがわんさか泳いでいる海という時点で想像を超えているのに、それを主食にする巨大生物が当たり前のように生息しているという。

 裕真はこの信じがたい話を、漫画の〇ン〇ースでいうカームベルトの海王類みたいなものか、と脳内補完することで受け入れた。


 仲間たちも怪異獣の異様さにどよめいていた。モモが若干青ざめながら口を開く。


「なんでこんな土地に住もうなんて思ったんですか……!?」

「逆に言えば、怪異獣さえどうにかできれば安全なんや。こんな危険な土地、新帝国も連邦も欲しがらんからな」


 その言葉に茜以外のメンバーは、きょとんとした表情で顔を見合わせた。茜はため息を一つ吐き、付け加える。


「人間にとって一番の敵は、人間や」


 そう言われても、西方大陸出身の彼女たちには実感が湧かない。

 彼女たちの故郷である西方大陸では、ここ百年ほど大きな争いは起きていない。あるとしても領主同士の小競り合い程度だ。一番の脅威はやはり魔物であり、人間は二の次だった。


「そんなわけでこの国は、故郷に居られなくなった訳ありな奴や、怪異獣と戦って名を上げたい奴が集まる場所でもある。だから『修羅の国』とも呼ばれてるんや」

「こりゃまた、えらい国に来てしまったな……」


 ふと風向きが変わった。鼻を突く異臭が裕真の顔をしかめさせる。怪異獣の亡骸から漂う、甘ったるく腐ったような臭いだ。 

 しかし茜は、まるでそれが当然のように淡々と語った。


「あの死骸は、この国にとって大切な資源になるんや。脂肪は燃料や石鹸に、内臓は魔法薬の原料に、皮と骨と牙は装備品や建材に……。そして一番の宝は、特大の『魔石』や。それ一つで、統星市の消費魔力一年分が賄えるんやて」


 茜は鼻を袖で覆いながら死骸を眺めた。


「ちなみに肉だけは大して価値がない。固くて臭くて、とても食えたもんやない。せいぜい発酵させて、畑に撒く肥料にするぐらいや」


 裕真は改めて、眼下に広がる異次元の現実を噛みしめた。

 ここは、ただの美しい和風の国ではない。

 襲来する超巨大生物を撃退することで生きる糧を得ている、修羅の国でもあったのだ。



 ◇ ◇ ◇



 ミリオンハンターズは、いつものように三班に分かれて行動することになった。


 ニーア、ベアトリスの工房班は、転移門(ポータル)の設置と錬金素材の仕入れ。

 アントニオ、バサーニオ、シャイロックの主計班は情報収集と交易品の売買。

 残るメンバーは、裕真と共にハンターギルドに挨拶に向かう手はずだ。


 だが出発の直前、妙なことが起きた。

 自室から出てきた茜が、目の部分だけ穴をあけた白いシーツを頭から被り、全身を覆っていたのだ。

 それはまるでハロウィンの幽霊か、オ◯Qのようだった。


「ちょっと茜さん……なんなの、その恰好?」

「なんでもあらへん、ただのファッションや」


 裕真の質問に、茜はつっけんどんに答える。


「いやいや、ファッションって……いくらなんでもそれはないっしょ? そういうのに疎いオレでも、おかしいって分かるぞ?」

「失礼なこと言うなや! 統星じゃコレが普通や!!」


 なにかのお遊びかと思いきや予想外の剣幕で怒鳴られ、裕真は訳も分からず困惑する。

 その肩を、後ろからそっとイリスが掴んだ。裕真を少し離れた場所へ連れていき、小声で囁く。


(待って、ユーマ。アカネさん、この国の出身でしょ? 多分、色々と訳ありなのよ……)


 ん? と眉根を寄せる裕真。ワケアリなのと、◯バQの仮装が繋がらない。

 イリスはさらに声を落とし、もう一言加えた。


(顔を合わせたくない知り合いがいる、とか)

(あ〜……)


 ようやく合点がいった。

 そういえば茜さんは統星出身だと聞いていたが、具体的に何をしてたのかは一切知らない。……というか、聞いてもはぐらかされていた。


(……分かった、これ以上の詮索はやめておこう)


 イリスと視線を交わし、二人は小さく頷き合った。



 ◇ ◇ ◇



【 統星の街中 】



 本当にいた。


 空港から続く大通りを歩き始めた途端、裕真は目を疑った。

 茜と同じように白い布を被った人が、そこかしこにいるのだ。


「あの格好が本当に流行ってんの?」


 裕真の問いに、スマホ内のアコルルが答えた。


「この国では精霊と契約している人が多いんです。外縁部(ワールドエンド)の超強い魔物に対抗するために」


 その後、ちょっと言いづらそうに視線を泳がせ、声量を落として続ける。


「それでほら、精霊の力を使いすぎると、肉体が“侵食”されるじゃないですか」

「ああ……」


 裕真はようやく事情を飲み込んだ。

 精霊と契約すれば便利な能力を得られるが、代償として肉体が少しずつ“侵食”されていく。頭に獣耳やキノコが生えたり、肌に金属光沢の縞模様が浮かび上がったり。ひどい場合は全身がほぼ猫になってしまった人もいる。


 シーツを被っているのは、そういう変貌を人に見られたくないからだろう。

 よく見れば、完全にシーツを被っている者ばかりではなく、顔だけを覆面や頭巾で隠している人も少なくない。そして街の人々はそれらを気にする様子もなく、この街では本当に当たり前の光景だというのが伺える。


 ……しかし、それでは特に変貌していない茜がシーツを被る理由が分からない。

 やはり人間関係のトラブルだろうか?



  ◇ ◇ ◇



【 ハンターギルド 統星支部 】



『 この者、罪人也 逃がす以外は何をしても良し 狩人協会 統星支部 』


 そう書かれた粗末な立札の下に、数名の男たちが首から下を土に埋められ、並んでいた。

 顔は土埃にまみれ、目だけが虚ろに虚空をさまよっている。

 その前には、竹でできた鋸や串、棘つきの鞭が無造作に積まれていた。

 つまり、これは道行く通行人に「好きに刑を執行せよ」と委ねているということだ。


 裕真は思わず足を止めた。

 江戸時代に似たような刑罰があったな……と、ぼんやり思い出す。

 こんなところまで日本に似せなくていいのに、と思うと同時に、背筋がぞくりと冷えた。


「おっ、統星支部はセルフサービスですか! 気が利いてますね!」


 などと言いながら、アニーはフヒヒと笑った。まるで面白い見世物でも見つけたように。

 もちろん裕真は微塵も笑う気になれない。


 顔をしかめ、足早にその場を離れると、狩人協会(ハンターギルド)の重厚な木製の門をくぐった。



◇ ◇



 外の陰鬱な光景に反して、ギルド内は思ったより明るく清潔だった。

 天窓から差し込む陽光が、磨き上げられた床板を淡く照らしている。

 受付カウンターの向こうで、黒髪のおかっぱ頭をした二十代前半ぐらいの女性がにこやかに頭を下げた。


「いらっしゃいませ~。狩人協会(ハンターギルド)へようこそ!」


 黒い烏帽子にはギルドの銀の記章が付けられ、袖の長い黒い狩衣をまとっていた。

 黒目がちの瞳が印象的で、笑顔が柔らかく、どこか親しみやすい。


「自分は受付を担当しております、『秋津島友子(あきつしまともこ)』と申します」

「どうも、ハンタークラン『ミリオンハンターズ』の代表を務めている星の裕真というものです。さっそくですが、この国の賞金首情報が欲しいのですが」


 秋津島さんは一瞬、怪訝そうな顔をした。


「ミリオンハンターズ? 外国の方ですか?」


 彼女は少し声を落とし、申し訳なさそうに続けた。


「それなら初めに断っておきますが、あまり美味しい賞金首はいませんよ」

「……え? それはどういう?」

「美味しい賞金首――狩りやすくて賞金が高い獲物は、ハンターより先に『サムライ』様が狩ってしまうので」


 そう言いながら、彼女は背後の大きな掲示板へ視線を向ける。

 そこに貼られた手配書のほとんどに、赤い『討伐済み』の判子がべったりと押されていた。


「……サムライが? それはハンターとどう違うんです?」

「サムライというのは、他国で言う『騎士』のようなものであります。国に仕え、主君と民衆の為に戦う戦士階級……その辺りは他国と同じです」


 裕真の質問に、秋津島さんは淀みなく答えた。

 おそらく、外国から来た者によく聞かれるのだろう。彼女の口調は慣れたものだった。


「大きく違うのは採用の基準が緩いことですな。例えば騎士になるには実力の他に血筋や教養、偉い人の推薦などが必要になります」


 裕真は知らなかったので、思わず隣のルナに目をやった。

 ルナは小さく頷く。そういうことらしい。


「ですがサムライは、相応しい実力があれば即採用です。卑しい血筋でも経歴不明な者でもサムライになれます」


 なるほど、実力主義か。裕真は内心で納得した。

 しかし今度は、ルナが首を傾げた。

 騎士というのは一介の兵士とは違い、国の名誉を背負って立つ存在である。

 その騎士が不名誉な行いをすれば、国の威信に傷がつく。なのでその選出には厳しい審査が必要なのだ。


「そんなにホイホイ採用して大丈夫なんですか?」

「だいじょばないであります」


 さらりと言い切る秋津島さんに、ルナは面食らった。


「採用されたサムライのうち、八割は一年以内に戦死、もしくは士道不覚悟などの理由で切腹を申し付かります」

「ええ……」


 一同の表情が引きつる。どうやら新選組どころではない、容赦のない粛清が行われているらしい。


「そんなわけでサムライ様は、影で“死狂い”などと揶揄されて――おっと、今のは失言でした。サムライ様には内緒であります」


 秋津島さんは慌てて口に人差し指を当て、「しーっ」と小さくジェスチャーした。

 どうやら彼女は、あまりサムライを敬っていないらしい。


「もちろん言いませんよ……。つーかそれだけ危険なのに、サムライになりたがる人っているんですか?」

「沢山いますよ。……特に外国の方が」


 秋津島さんは声をひそめ、まるで秘密を打ち明けるように言った。


「大きな声では言えないのですが、この国には故郷を追われたワケアリな方がよく来ましてな。そういう方々が新天地で一旗揚げようとサムライに志願なさるのです」

「ははぁ……なるほど」


 地球でも似た話は聞いたことがある。移民が永住権を得るために軍へ志願する、といったような。


「つまり、そういう人たちが手柄を立てようと、魔物を狩りまくってるんで、賞金首も少ないわけですね」


 モモが掲示板をじっくり眺めながら、ぽつりと呟く。

 その瞳は、統星特有の珍しい魔物のイラストに釘付けになっていた。


「そういうことであります。残っているのは労力と報酬が釣り合わない雑魚首と、腕の立つサムライ様でも敵わない超大物だけです」

「……その『超大物』って、どんなやつです?」

「こちらであります」


 秋津島さんはカウンターの下から数枚の手配書を取り出し、丁寧に並べた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



怪異獣属【おおなまず】  討伐Lv 120

賞金 1,000万マナ

 全長100mの巨大ナマズ。

 地中を泳ぎ、超広範囲に地震を起こす。



怪異獣属【うしおに】  討伐Lv 135

賞金 2,000万マナ

 牛の頭に蜘蛛の身体を持つ怪物。全長120m。

 この怪物を殺した者も『うしおに』になってしまうので注意。


※討伐の結果、新たな『うしおに』が誕生した場合、賞金は支払えません。



怪異獣属【せっしょうせき】  討伐Lv 150

賞金 4,000万マナ

 全長200mの浮遊する巨岩。

 死の呪いを撒き散らし、周辺の生物を殺傷する。

 一説によると強大な怪異獣が封印されているらしいが、詳細不明。



怪異獣属【やかんずる】  討伐Lv 180

賞金 6,000万マナ

 全長150mの動く薬缶。

 ありとあらゆるものを飲み込む。

 体内は異次元になっており、脱出は非常に困難。



怪異獣属【がしゃどくろ】  討伐Lv 200

賞金 7,000万マナ

 全長200mの人骨。

 何十万という怨霊の集合体。

 倒してもこの世に怨念がある限り、何度でも蘇る。


※賞金の支払いは、二度と蘇らないようにした場合のみ。



怪異獣属【だいだらぼっちの人差し指】  討伐Lv 250

賞金 1億マナ

 伝説の巨人『だいだらぼっち』の人差し指。全長100m。

 本体は封印されているが、この人差し指だけが切り離され活動を続けている。

 触れたもの全てを土に変える。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「――以上がサムライ様も恐れる超大物賞金首ですな」

「他のギルドじゃ見たこと無い数字が並んでる……」


 賞金額に息を呑む裕真の横で、モモが目を輝かせた。


「一番強い奴の賞金が1億マナ(約100億円)ですって! これ一体倒せば借金返せますよ!!」

「……倒せればね」


 イリスは呆れ半分で返しながら、別の手配書へ視線を移した。

 そこに書かれていた説明文を読んで、眉をひそめる。


「あの……この『うしおに』って、“倒した人間も『うしおに』になる”って書いてありますけど……。それじゃどうやって討伐するんですか?」

「分かりません」

「分からないって……」


 あまりに潔い返答に、イリスは絶句する。

 その横で今度はラナンが手を上げた。


「この『がしゃどくろ』ってやつ、“この世に怨念がある限り蘇る”ってあるけど、そんなのどうすりゃいいんだ?」

「分かりません」

「ええ……」

「分からないからこそ、この額なのであります」


 一同は顔を見合わせた。

 もはや討伐依頼というより、災害の一覧である。


「つまり、攻略法から見つけないといけないってことだね」

「よく見たら、他の賞金首もとんでもない能力持ってる……」


 ルナとパルテナが並べられた手配書を眺め、「うーむ」と唸る。

 『おおなまず』は地面の下を泳ぐため発見が困難で、たとえ見つけても分厚い地盤に守られている。

 『せっしょうせき』『やかんずる』『だいだらぼっちの人差し指』に至っては、その特殊能力のせいで近づくことすらままならない。

 さらに厄介なのは、その巨体だ。仮に攻略法を見つけたとしても、そもそものサイズが桁違いすぎる。並の攻撃では掠り傷すらつけられないだろう。

 これだけの高額賞金が懸けられているにもかかわらず、誰も手を出さない理由がよく分かる。


「アコちゃん。こいつらの倒し方って分かる?」


 裕真はポケットからスマホを取り出し、画面へ向かって話しかけた。

 映し出されたアコルルは「うーん」と唸り、虹色の髪を指先でくるくる弄りながら考え込む。


「いくつか策は思いつきますが……それらを安全に実行するには、戦力が足りません。少なくとも戦闘用の『神器』が必要かと」

「結局はその結論になっちゃうのか……」


 裕真は少しがっかりした様子でため息をついた。

 どうやら後回しにした方が賢明らしい。


「つーか、こんな化け物がいて、この国大丈夫なのか?」


 ラナンが皆の疑問を代弁するように言った。


「こいつらは人里離れた場所に生息してますから――というか、我々の方が、こいつらが来ない土地に街を作ってるのでありますな!」


 秋津島さんはハハハと明るく笑った。

 笑い事ではないと思うが、この国の人々にとっては、もはや日常の一部らしい。


「海も陸も化け物だらけか……そりゃどこの国も欲しがらないわな」


 裕真は小さくつぶやき、手に取っていた手配書を秋津島さんに返した。

 その時、秋津島さんの視線が裕真たちの後方――白いシーツを被った茜に止まった。


「その独特のシルエット……もしや茜さんじゃありませんか?」


 シーツがビクッと震えた。


「私です! 秋津島です! ほら、同じ部隊にいた――憶えていませんか?」

「い……いえ! 存じ上げませんわ!!」


 茜は普段出さないような甲高い声で叫んだ。

 あまりに無理のある誤魔化し方に、裕真たちの何人かが思わず吹き出す。


「その声、やはり茜さん!! お久しぶりであります!」


 必死の変装は、あっさりと見破られてしまった。


「ダンナさんはお元気ですか!?」


 ――ダンナ?


 予想外の単語に、その場の空気が一瞬止まる。

 全員の視線が、一斉に茜へ突き刺さった。


「すまんユーマ! ウチ、先に帰るわ!!」

「あっ! 茜さん!?」


 止める暇もなく、茜はシーツを翻して全力疾走でギルドを飛び出していった。

 残された面々はぽかんとした顔で、その背中を見つめるしかなかった。

 裕真は気を取り直し、秋津島さんに尋ねる。


「茜さんとはお知り合いで?」

「同じ部隊――『征魔平定軍』に所属していた『戦巫女(いくさみこ)』でありました」


 征魔平定軍……聞き覚えがあった。

 確かこの統星を護る精強なハンタークランだったはずだ。

 しかし『戦巫女』とは?


「……戦巫女ってなんですか?」

「あっ、外国の方は知りませんか。まずこの国は『八大精霊』様に護られています。そして戦巫女とは、八大精霊様のいずれかと契約を結び、その力を授かった巫女のことであります」


 裕真は「なるほど」と頷いた。

 月の大精霊『ディアナ』様と契約したオリオン一族のようなものなのだろう。


「自分は海の大精霊『ワダツミ』様と、茜さんは風の大精霊『イカルガ』様と契約しております。自慢じゃありませんが、この国にやってくる怪異獣の八割は自分たち戦巫女が撃退しております!!」


 秋津島さんは誇らしげに胸を張った。

 そんな彼女に、アニーが素朴な疑問を投げかける。


「その戦巫女が、なんで受付嬢を?」


 秋津島さんは一瞬、バツが悪そうな顔をした。


「その……自分は予備兵力とか、二軍というやつでして。よほどの緊急事態でない限り、お呼びがかからないのであります」


 アニーは「あ……」と小さく声を漏らし、口を閉ざした。

 一方、イリスは腕を組みながら考え込む。


「アカネさん、そんな話は全然しなかったわね……。あの人の性格ならめっちゃ自慢してきそうなのに」


 確かに不思議だった。

 大精霊との契約者はとても貴重で、大抵の場合、社会的に高い地位を持つ。

 さらに秋津島さんの話では、戦巫女はこの国を護るエリートだ。


「それは戦巫女を引退なされたからでは? ご 結 婚 されたのを切欠に」


「「「「「「「ケッコン!?」」」」」」」


 皆が揃って驚きの声を上げた。


「その話も聞いたことないぞ!?」

「どーゆーこと!?」

「……あっ!」


 パルテナだけが、何かに気づいたように声を漏らす。

 皆の視線が彼女に集まった。


「その……たぶん離婚しちゃったんじゃないかなぁ……。それなら茜さんの態度がおかしいのも説明付くし」


 その推測に、一同は「あー……」と微妙に納得した顔になった。

 あの露骨な逃げっぷりにも説明がつく。


「なるほど……。結婚を機に戦巫女を辞めたのに、破局してしまって気まずかったと……」


 ルナが顎に手を当てながら状況を整理すると、背後で秋津島さんの顔がみるみる青ざめた。


「自分、無神経なことを聞いてしまったであります……」


 場の空気が急激に重くなる。

 裕真は咳払いし、小声でまとめた。


「うん、この話題にはもう触れないほうが良いな……。そっとしておこう」


 こうして裕真たちは、なんとも言えない気持ちを抱えたままギルドを後にした。

 背後では、秋津島さんが小さく頭を下げながら見送っている。その姿が、閉まりかけた扉の隙間からかすかに見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ