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ミリオンクエスト ~魔法使えないのに100万MP渡されて邪神倒してこいと言われました~  作者: 糠酵太
第三章 禄存星 ~茨姫と太陽の騎士~
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第76話 『物理無効』について


 主計班の報告を聞き終わった後、裕真は船内に新設された錬金工房へと足を運んだ。

 そこではニーアが、先日手に入れた賞金首の素材を使って新たな装備を造っているという話で、裕真は好奇心を抑えきれず、見学に来たのだ。


 工房の扉をノックすると、「どうぞ」と明るい声が返ってきた。

 

 扉を開けると、元は倉庫だった空間がすっかり立派な工房へと生まれ変わっていた。

 まだ新品同然のガラス器具や蒸留装置、その他裕真には名前も分からない機材がピカピカと輝いている。棚には色とりどりの薬品と魔道具が整然と並び、作業台の上にはやはり新品でピカピカの工具が並んでいる。

 

 裕真の姿を認めると、ニーアが作業台から顔を上げ、にこりと笑った。

 彼の白いエプロンには細かな粉末が付着し、頰にも少し汚れがついている。作業に没頭していたことが一目でわかった。


「どう? 装備できた?」

「はい、さっそく第一弾完成です」


 そう言って、ニーアは両手で何かを差し出した。金色に輝く布――いや、布というよりは、生きているように柔らかく光を反射する毛皮だった。その輝きに裕真は見覚えがあった。先日倒したゴールドライオンのやたらと豪華な毛皮だ。


「ゴールドライオンの毛皮から作った、《ゴールド・ケープ》です!物理攻撃を無効化する魔力を宿しています」


 ニーアはうきうきとした様子でケープを広げ、工房の灯りにかざした。金色の繊維が光を受けて上品にきらめく。その輝きに負けないくらい、彼の瞳も嬉しそうに輝いていた。


「へぇ……物理無効ねぇ」


 裕真は腕を組み、感心しつつもどこかピンときていない様子だった。魔法の理屈がよくわからない、と言わんばかりだ。

 ニーアはそんな裕真の心情を察し、悪戯っぽく微笑んだ。

 ケープを近くのマネキンの肩に優しく被せると、作業台から小振りなハンマーを取り、裕真に手渡した。


「試しに、これで叩いてみてください。マネキンを壊すぐらいの気持ちで」

「ん? おお、わかった」


 受け取ったハンマーを軽く振り回してみた。仮に壊れたとしても、マネキンぐらい安いものだ。遠慮はいらない。

 ハンマーを大きく振りかぶり、マネキンの肩を全力で叩きつける。

 その瞬間、奇妙な感触が手に伝わった。

 ハンマーが毛皮に触れた途端、衝撃が巨大なスポンジに吸い込まれるように一瞬で霧散した。重い打撃の反動が、まるで幻のように消えていく。

 もちろんマネキンには、傷一つ付いていない。


「おお……これが物理無効ってやつか!」


 裕真は感嘆の声を漏らした。 ニーアは満足げに頷き、マネキンを指差す。


「次はケープに覆われていない箇所を叩いてみて下さい」


 言われるままに、今度はマネキンの頭部を狙ってハンマーを振り下ろした。

 再び、同じ不思議な感触。攻撃は完璧に防がれ、頭部にも何の痕跡も残らない。


「ご覧の通り、このケープは『装着した者の全身』を護ってくれるんです。《ガードバングル》のように不可視のバリアが張られているのだとお考え下さい」

「凄いな! 覆われてないところも! ほんと凄いよニーア!」


 裕真は感激のあまり、思わず手を叩いた。

 手放しで褒め称えられ、ニーアの頰がぽっと赤らむ。照れくさそうに視線を逸らし、指先でエプロンの端をいじった。


「凄いのは私じゃなくて素材ですよ。強い魔物の素材は、単純に加工するだけで、強力な魔道具になるんです」

「ふむ……上等な肉なら、そのまま焼くだけで旨い! みたいなもん?」

「ま……まぁ、そんな感じです」


 裕真の例えに、ニーアは一瞬言葉を詰まらせ、曖昧な笑みを浮かべた。

 正確ではないが、あながち間違いでもないため、反応に困る。

 裕真はさらに興味を深め、ふと思いついたように尋ねた。


「それじゃ、凄く強い魔物の素材を使ったら、『神器』級の魔道具を作れたりするの?」


 その直後、ニーアの頰がぴくりと引きつった。

 裕真は「まずいこと聞いたかな?」と内心で慌てたが、ニーアはすぐに息を整えて答えた。


「……え〜と、作れます。例えば伝説の『神喰らいの魔物(ゴッドイーター)』を素材にすれば、神器級の魔道具が誕生します」

「おー、そうなんだ」

「ただ、とても“危険”です」

「危険?」


 ニーアは真剣な目で頷いた。


「ゴッドイーターは生命力もずば抜けている、というのは知ってますよね? それこそ肉片の一つからでも復活するぐらい」


 裕真は、その話で以前訪れた『アンタレスの殻』を思い出した。

 あの巨大な魔物は九百年前に討伐されたはずなのに、今もなお再生を続けているという。


「まさか、魔道具に加工された状態から蘇るとか?」

「それならまだ良い……いえ! 良くないのですが! 更に最悪なのは使用者を洗脳して操ったり、肉体を侵食して乗っ取ったりする場合もあるんです!」

「うわ……マジか……」


 裕真は背筋に冷たいものが走るのを感じ、思わず肩を震わせた。

 ゴッドイーターとは、ただデカくて強いだけじゃない。非常に嫌らしい、執念深い魔物なのだと改めて知った。そういえば、『邪神ゾド』もその一体だった。そう考えると、納得がいく。

 ニーアは少し心配そうに裕真の顔を覗き込み、念を押した。


「……というわけで、仮にゴッドイーターの素材が手に入っても、使おうとしないで下さいね?」

「うん、分かった。やっぱり『神器』を探した方が安全か」


 会話が一段落したところで、裕真はふと別の疑問を口にした。


「ところで“物理攻撃”って、どこからどこまでが“物理”なんだ?」

「どこまで物理か……ですか?」


 ニーアが唇に指を当て、キョトンとした表情を浮かべる。裕真は自分の言葉が足りなかったことに気づき、慌てて補足した。


「例えば、《念動》の魔法で物を飛ばし、ぶつけたとする」


 そう言いながら腰の《どうぐぶくろ》から《念動の杖》を取り出し、実際にハンマーを宙に浮かせてみせた。ハンマーはふわりと浮かび上がり、ゆっくりと回転する。


「この攻撃は“魔法”?“物理”?」

「あ~、はい、そういう意味ですか」


 ニーアは納得したように何度か頷き、丁寧に説明を始めた。


「まず、ユーマさまが挙げた例ですと、『物理攻撃』に含まれます。ですが飛ばす物が『魔力で形成された物体』なら『魔法攻撃』になります」

「……魔力で形成?」

「え~と、ラナンさんは戦う時、精霊の力で石のハンマーを作りますよね?」

「うん」

「あれが『魔力で形成された物体』です。石のように見えますが、実際は魔力の塊なわけです」

「なるほど! それなら解る!」


 裕真はぽんっと手を打ち、目を輝かせた。


「つまり直接身体に触れるのが、『普通の物質』か『魔力の塊』かが判定の基準ってこと?」

「そう! それです!」


 疑問が解けてスッキリした裕真は、満足げに息を吐く。

 しかし、すぐに次の疑問が湧き上がってきた。


「しかしそうなると、『武器の魔道具』はどうなるんだ? 例えばこの《アダマンブレイカー》」


 今度は大剣を取り出した。

 分厚い金属板を無理矢理剣の形に形成したような代物で、《装甲貫通》と《筋力上昇》の魔力が宿っている。

 ニーアは剣をまじまじと眺めてから答える。


「え〜と、付いてるエンチャントは『補助魔法』だけですよね? 補助魔法は攻撃属性に影響しません。つまりその剣は『物理属性』のままです」

「あ、そうなん?」

「ですが仮に《炎属性攻撃》のエンチャントが付いていれば、『炎属性』の攻撃になり、物理無効を貫通できます」

「ふむ……なるほどなぁ」


 裕真は剣を《どうぐぶくろ》に収納し、また別のものを取り出した。

 それは金属の如雨露(じょうろ)のようなものが、太いホースで円筒形のタンクに接続された機械だった。

 先日、フレイマー・フラガンスからいただいた古代ドワーフの『火炎放射器』である。


「これは物理? 炎属性?」

「え? 炎属性ですけど……?」

「そうか? この武器は魔法の力を使ってないぞ? 自然の炎は『物理現象』じゃないのか?」

「あ~……そうですね……」


 ニーアは目を泳がせ、しばらく言葉を探した。どう説明すればいいのか迷っているのが裕真にも伝わってきた。


「本来の言葉の意味からすると、ユーマさまのおっしゃるとおりですが……魔道具の『物理属性』とは剣や鈍器など質量のある物体を使った攻撃を指しまして、炎、雷、冷気といったエネルギー攻撃はまた別の扱いなのです。まぁ、魔術界隈の業界用語だと思っていただければ……」


 少し不安げに説明するニーアの声に、裕真は腕を組んで「ふーむ」と低く唸った。


「なるほど、狭い意味での使われ方か……」


 完全に納得できたわけじゃないが、そういうものだと割り切ることにした。


「となると、このケープ、けっこう防げない攻撃が多くて、思ったほど凄い品じゃないなー」

「う……」


 ニーアは小さく声を詰まらせ、肩を縮めた。

 裕真が言う通り、強力な魔物は大抵魔法の力を備えている。

 それに裕真たちも戦闘の時はほぼ魔法に頼っており、物理攻撃だけで戦う機会などほとんどない。


「物理も魔法も防げる《ガードバングル》のほうが便利だなー」

「うう……」


 ニーアの瞳が、うるうると潤み始めた。長い耳の先が、しょんぼりと垂れる。

 しかし裕真は、そんな彼女の変化にまるで気づいていない様子で、その使い道を考えるかのようにケープを眺めていた。


 その時――


「なに言ってんだ! この唐変木!!」


 勢いよく扉が開き、ラナンが飛び込んできた。


「物理無効、めっちゃ便利じゃないですか!!」


 続いて、アニーも息を弾ませて後ろから入ってくる。


「なんだいきなり!? 覗いていたのか!?」

「ふふふ……当然ですよ! そのケープが誰のものになるか、めっちゃ気になるじゃないですか!!」


 アニーは胸を張って開き直り、悪びれた様子もない。

 どうやら二人とも、ニーアが作った魔道具をいち早く入手しようと、こっそり様子をうかがっていたらしい。


「お前は有り余るMPでバリアを張れるから気付かねーかもしれないがな! 普通の人間が同じ事してたらあっという間に魔力切れになるんだよ!!」


 ラナンの言う通り、《ガードバングル》のバリアは物理も魔法も防ぐ便利な防具だが、MPの消費が激しいのが最大の欠点だった。

 アニーがラナンに続いて発言する。


「そうです! 例えば我々一般人が、サイクロプスに踏まれても無傷で済むのです! それが“凄くない”とか、ちょっとイヤミですよ!?」

「ええ……そんなつもりじゃ……」


 裕真がたじろいだ瞬間、二人は左右からすっと近づき、耳元に顔を寄せてささやく。


(てゆーか、ニーアさん落ち込んでるじゃないですか!)

(せっかく作ってくれたのに、気を使えよ!)


 その言葉に、裕真はハッと目を見開いた。

 慌ててニーアのほうへ向き直り、頭を掻きながら照れくさそうに笑う。


「ごめん、ニーア。無神経なこと言ってしまって……」

「あ……そんな……ユーマさまが謝る必要なんて──」

「いいや、悪いのは俺だよ。ニーアはその……何というか、親しみやすくて、ついつい遠慮ない態度を取ってしまった」

「私が……親しみやすい……」


 ニーアの頰に、ぱっと朱が差した。

 耳の先まで真っ赤になり、両手を胸の前でぎゅっと握りしめる。

 嬉しさを隠しきれない様子だった。


「ユーマさま、私に遠慮なんていりません! どんどん厳しい意見を聞かせて下さい! その方が励みになりますから!!」

「お……おう? そうなん?」


 胸を張って、意気揚々と答えるニーア。

 なぜ彼が急に元気になったのか、裕真にはさっぱり分からなかった。



 一方その頃、裕真の背後では――


「オレは前衛だから、攻撃を受ける機会が多い!! 優秀な防具が必要だろ!!」

「私は貧弱だから、強敵のワンパンで死にかねません!」


 ラナンとアニーが、ゴールドケープを引っ張り合いながら、醜い争いを繰り広げていた。


「ちょっと! 喧嘩は止めて! 仲良く! 万事仲良く!」


 裕真が慌てて止めに入ろうとするが、二人はケープを離そうとしない。

 まるで獲物を奪い合う獣のように、ぐいぐいと力を込めている。


「皆さん! ケープはもう一枚ありますから!」


 ニーアが慌てた様子で、机の引き出しからもう一枚のゴールドケープを取り出した。

 瞬間、ラナンとアニーの表情がぱっと変わった。


「やったー!」「わーい!」


 先程までの剣幕はどこへやら、二人は肩を組み、満面の笑みを浮かべ合う。


 なんだかなー……という感じでそれを見つめる裕真だった。


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