第81話 勇者復活
この世界には『七大聖地』と呼ばれる場所がある。
それはかつて人と神が共存していた時代、『七柱の神々』が地上の拠点としていた土地である。
神々は現在、地上の出来事には不干渉という方針を取っている。しかし地上との繋がりを完全に失わぬよう、かつての拠点だけは例外として残したのだ。
そこでは今なお、神々がほんの僅かだけ力を振るうことが許されている。
また本来、神々の声を聞くには数年から数十年の修行を必要とするが、『聖地』では誰でも神の声を聞くことができる。
……とは言っても、実際に訪れる者は極僅かだ。
前述した通り、神々は地上に不干渉である。
質問をすれば返答はしてくれるものの、未来の出来事や戦争の行方、財宝の在処など、地上への干渉に繋がる問いには一切答えない。有益な神託などは授けてくれないのだ。
それともう一つ。聖地はけっこうな僻地に存在する。
その周辺は神気に満ちており、魔物は本能的に近寄ろうとしない。しかしその代わり、燃え盛る火山地帯や深き海の底、天空に浮かぶ島々など、驚異的な自然環境が行く手を阻む。
なので実際に訪れるのは、物好きな冒険家や歴史研究者、インスピレーションを得たい芸術家、そして聖地周辺にしか存在しない希少素材を採取したい錬金術士ぐらいである。
その一つ、炎の神の聖地『ファイア・ファウンテン』。
東方大陸の南方に存在するそこに、珍しく来訪者が現れた。
◇ ◇
「ええいっ! ダメだダメだ!! 許可無き者の立ち入りは認められないと言っているだろうが!!」
炎の神に仕える神官が、赤銅色の全身鎧を軋ませながら怒鳴った。
ご利益などほとんどないと知りながら、それでもなお炎の神に仕え続ける変わり者たちである。
「え~、通してよ〜。炎の神様に無礼を働いたりしないから」
広い鍔の付いた尖った帽子をかぶった少女が、甘えた声でねだる。
その容姿はかなり幼い。ニンゲン族なら10歳前後に見える。
とはいえ、本当にそれぐらいの子供なら一人でここに辿り着けるはずはない。おそらく長命種なのだろうと神官は考えた。
少女のサファイア色の髪は、一見すると肩にかかる程度のボブヘアに見えるが、後頭部から踝近くまで太い三つ編みが伸びている。
ダイヤモンドのように輝く瞳には、見据えられると思わず身を竦めてしまいそうな圧があり、これも神官が彼女を長命種だと思った一因である。
「この先にあるマグマフラワーを採集しに来ただけだから」
と言いながら少女は、神官の背後にある壁と、その向こうにそびえる山を眺めながら言った。
止め処なく吹き出るマグマが、山肌を赤く染めている。
まさに、『炎の噴水』である。
「ダメと言ったらダメだ!」
神官は首を激しく左右に振り、強硬に反対する。
当然である。無礼者が侵入して、神の機嫌を損ねたりしたら一大事だ。
なので聖地に入ろうとする際には、七柱神殿の厳重な審査を受け、許可証を発行してもらわなければならない。
「マグマフラワーが欲しければ神殿で買いなさい!!」
そう言って神官は、門のすぐ横にある石造りの建築物を指さした。
それが炎の神の神殿で、時々来る来訪者に宿の提供と土産物の販売を行っている。
そこでは少女が求めるマグマフラワーも販売されていた。
しかし少女は、眉を顰めて小さく舌打ちした。
(神殿で買ったら、くっそ高いじゃん……。なんとかして通り抜ける方法はないものか……)
マグマフラワーとは、このファイア・ファウンテンのみに生息する希少植物で、水の代わりにマグマを吸って成長するという出鱈目な生態を持つ。
そのお値段は一本1万マナ(約100万円)で、少女の懐事情ではちょっと手が出ない。
しかしこっそり侵入しようにも、山をぐるりと取り囲む壁に阻まれる。
この壁は神話時代からの遺物で、破壊はまず不可能だ。
上を飛び越えようにも灼熱の結界が張られており、それに触れたらあっという間に焼き尽くされる。少女の手に負える代物ではない。
唯一の方法は、今目の前にいる神官に守られている門を通るしかないのだが、その許可を得るには膨大な費用と時間がかかる。
どうしようかと悩んでいると、少女の背後から足音が聞こえた。
振り返ると、黒髪を七三分けにし、メガネを掛けた細身の青年がいた。
彼は神官に向かって、軽く右手を胸の前に掲げて挨拶する。
「や……やぁ、どうも。お久しぶりです」
「勇……アツシさん!? 御無事だったのですか!? まったく連絡が無いので、てっきり……」
神官が上ずった声を漏らす。
驚きと安堵、そして敬意が混じった口調だった。
「申し訳ありません、色々忙しくて……。あの、通っても?」
「もちろんです! どうぞどうぞ!」
神官は即座に門を開けた。
許可証の提示も、手続きも一切なし。この「アツシ」と呼ばれた青年が明らかに特別な扱いを受けている人間だと、少女にもすぐにわかった。
少女はこれ幸いと、密かに呪文を唱えた。
神官の目がアツシに向けられている隙に発動させる。
(不可視の衣!!)
透明になった彼女は、アツシの背後にぴったりと張り付き、門をくぐった。
「……あれ? さっきの子供はどこ行った?」
少女の姿が消えたことに神官は首を傾げたが、すぐに「まあ、帰ったのだろう」と呟き、いつもの業務に戻っていった。
◇ ◇ ◇
炎の神がいる山頂までの道は古くから整備されており、凄まじい暑さと噴き上がるマグマの恐怖に耐えられれば、辿り着くこと自体は難しくない。
山頂は平らになっており、そこには黄赤色に発光するマグマで満たされた巨大な池が広がっていた。
それはまるで巨大な盃に注がれた神酒のようであり、人々からこう呼ばれていた。
“灼熱の杯”と。
篤志は肌を焼く熱気に耐えながら、“杯”の縁に片膝をつき、首を垂れた。
すると異変が起きた。“杯”の中心部がゆっくりと盛り上がり、人の形を成していく。
最初はただの塊だったそれが、次第に輪郭をはっきりさせていく。
燃え盛る炎の髪と赤銅色に輝く肌、全長数十メートルの豊満な肢体をマグマのドレスで包んだ女性の姿。
炎の神『フレア』の降臨である。
ただし、この場に現れたのは分身で、本体は地中の奥深く、マントル層の更に奥から大地を温め続けているのだという。
炎の神は篤志の姿を認めると、眉を逆立て不機嫌そうに口を開いた。
「アツシか……よくも我の前に顔を出せたものだ。この恥知らずめ」
湖面の溶岩がぼこりと泡立つ。
その声に込められた怒気だけで、周囲の温度がさらに上がったように感じられた。
だがアツシは怯まず、溶岩湖のほとりに片膝をついたまま頭を垂れる。
「わざわざここを訪れるとは、どういうつもりだ? まさか今更『勇者』に戻りたいなどと言い出すつもりではあるまいな??」
「ご明察の通りです……恥ずかしながら、今一度お力を貸して頂きたく――」
最後まで言い切る前に、炎の神の眉が険しく歪んだ。
「ふん、羞恥心だけでなく知能まで欠落したか?」
吐き捨てるような言葉に、アツシは何も返さない。
反論の余地がないことを、自分自身が一番よく分かっていたからだ。
「愚か者が! 貴様が勇者を降りていた間に、どれだけの魂がゾドに喰われたと思うてか!!」
怒声が山頂に響き渡った。マグマの湖面が激しく震え、火花を散らす。
「我が身可愛さに使命を捨てた貴様に貸す力など無いわ!! 帰れ!!」
明確な拒絶の言葉が、まるで雷鳴のように篤志の鼓膜を貫いた。
「おっしゃる通りです……。確かに虫が良すぎる話でした。返す言葉もございません……」
篤志はなおも頭を垂れたまま、力のない声で続けた。
「お騒がせして申し訳ありませんでした。失礼いたします……」
そう言うと立ち上がり、深く一礼したのち、踵を返す。
「……えっ!?」
どうやら、篤志が本当に帰るつもりだと気付き、炎の神は内心で焦った。
(しまった! 少し言い過ぎたか!?)
実は最初からアツシを 『勇者』として復活させるつもりだったのである。
なにしろアツシの“代わり”は存在しないのだから。
神々は『勇者召喚』に関して数多くの制約を設けている。
その一つが、『一つの事件に対し、一柱の神が召喚できる勇者は一人のみ』という規則だ。
なぜそのような制約が設けられているのか。理由は二つある。
一つは人道的な理由。
破格の報酬を用意しているとはいえ、異世界から呼び寄せた人間を半ば強制的に命懸けの戦いへ投入するのはどうなのか、という意見があったからだ。
また、召喚数に制限がなければ、神々が何人もの『勇者』を呼び出し、使い潰すような真似をしかねない。
もう一つは、『勇者』そのものが新たな脅威になり得ると懸念されたからだ。
たとえチート能力を与えなかったとしても、異世界人の知識や思想、価値観がこの世界に予期せぬ影響を及ぼす可能性がある。
神々はそうした事態を避けるため、召喚できる人数に厳しい制限を設けた。
そして協議の末に定められたのが、先ほど述べた『一神一勇者』の原則である。
また、召喚された『勇者』が任務を達成する前に死亡した場合はもちろん、離反やリタイアによって任務を放棄した場合でも、代わりの勇者を召喚することは許されない。
神は『勇者』の選定に責任を持つべきであり、たとえ望まぬ結果になったとしても、それを受け入れなければならないのだ。
一回勝負など厳しすぎると思われるかもしれない。
だが、それに対して光の神『フォウス』はこう言った。
『我々が適切な候補を選べば良いだけの話だ。それとも神意の代行者を何度も選び直すという無様を晒すつもりか?』
こう言われては、他の神々も反論できない。
神の誇りにかけて、「出来る」と答えるしかなかったのである。
(一通り罵詈雑言を吐いた後、勇者に戻してやるつもりだったのに……諦めるの早すぎだろ! もっと粘れよ!!)
心の中で理不尽な文句を垂れる炎の神。
ここまで焦るのに、一度リタイアを認めたのは何故か?
それは当時のアツシが仲間を失ったショックから憔悴しきっており、今にも首吊りか身投げをしそうな状態だったからである。
しかし、そんな内心を表に出すわけにはいかない。
炎の神は神としての威厳を保ったまま口を開いた。
「待て、アツシ! 断られると分かっていながらわざわざ来た理由は何だ? 貴様もそれほど暇ではあるまい!!」
篤志は足を止めた。そして再び炎の神へ向き直り、膝をつく。
「実はカクカクシカジカ※ということがありまして……」
篤志は今までの経緯――マイラとトリスターで邪神の下僕と遭遇したことを説明する。
「こう言ってはユウマに悪いのですが……いずれも幸運に助けられた薄氷の勝利でした。そんなのがまだ五人もいるのです……。ボクももう、戦いは嫌だ、人が死ぬのを見たくない――なんて甘えは通用しないと思ったわけです」
「ふむふむ」
炎の神は内心でガッツポーズをとった。
復帰を認める口実ができた。 「ようやく勇者の使命に目覚めたのだな!」とか、「友の為に過去のトラウマを乗り越えたのだな!」とかそれっぽい立派なこと言って『勇者』に戻してやろうと考える。
「あ……でも、よく考えたらボクじゃなくても良いですね。世の中にはボクより優れた人なんていくらでもいるのですし……」
「は?」
炎の神は一瞬、言葉を失ったように口を開けた。
「ですので勇者はそういう人にお任せします。それでは……」
再び立ち去ろうとする篤志。
(いねーよ! 代わりなんていねーよ!! 出来るならとっくにやってるわ!!)
炎の神は内心で激しく叫んだ。
本当なら今すぐにでも篤志の頭を掴んで怒鳴りつけたいところだったが、さすがにそれはできない。
炎の神はぐっと歯を食いしばり、深く息を吐いた。
「それは違うぞ、アツシ!! 確かに能力だけなら、貴様より優れた者はいくらでもいる。だが大切なのは能力より「心」だ! 我は貴様が『勇者』に相応しい心の持ち主だから選んだのだ!!」
篤志は少し戸惑ったように目を瞬かせた。
「心……と言われましても……。ボクは一度、世界を救う使命から逃げ出した男ですよ?」
「貴様がリタイアしたのは、仲間を失った悲しみからだろう? それぐらいの事情は存じておる! それは貴様が優しい心を持つ証だ!! 我の与える力を使えば、何千何万という人間を容易く屠ることができる! 故に貴様のような心優しき者にしか任せられん!!」
その声には揺るぎない確信が込められていた。この部分だけは炎の神のまごうことなき本心である。
だがその熱弁に対し、篤志は苦笑いを浮かべ、首を横に振った。
「いえ、ボクそれほど優しくないですよ? 死刑制度賛成派ですし、未成年でも凶悪犯は〇せと思ってますし、日本の〇武装に賛成ですし……。やはり『勇者』の力はボクより優しい人にお譲り下さい」
(そう来やがったか!! こいつ分かっててやってないか!?)
もはや正面からの理屈ではこの男を動かせないと判断した炎の神は、作戦変更を決意する。
「残念だが、代わりを選ぶ気は無い。我はこの件から手を引く」
「……え!?」
篤志の顔が途端に青ざめた。
「手を引くって……。邪神を野放しにするつもりで!?」
炎の神は意味深に目を細める。
「問題だ、アツシよ。既に他の神によって召喚された『勇者』がいることは知っているな? だというのに何故、勇者同士を共闘させないと思う? その方が断然有利なのに」
「そ…… それは……」
篤志は目を伏せ、言葉を濁した。
「構わん、怒らないから思ったままを言ってみろ」
「……『邪神ゾド』を倒すことで、神様に何らかの利益がある……それを独占する為に――」
「ほぼ正解だ。『邪神ゾド』は我らの同胞たる神々を喰らうことで力を得た怪物……いわゆる『ゴッドイーター』だというのは知ってるな?」
こくりと頷く篤志。
「特にゾドはその中でも、一際多くの神を喰らっておる……。そうしてたっぷり力を蓄えたゾドを逆に我らが喰らえばどうなる?」
篤志は、溶岩で満たされた湖面の近くにいるというのに、強い寒気を感じた。
「その者は他の神より飛び抜けた力を持つことになるだろう。絶対唯一の『主神』となることが出来るのだ」
「それでは邪神討伐は人類のためではなく――」
「そう、我ら自身のためだ。我ら『七柱の神』にとって一番の脅威は邪神ではない。同じ『七柱の神』なのだよ」
篤志は唖然として言葉を失った。
炎の神は淡々と続ける。
「数多く設けた『協定』も、“世界の秩序を守る”というのは建前……お互いの足を引っ張るためのものだ」
ふぅ、と大きく息をついて、遠い目をする炎の神。
「だが我はこのような争いに疲れた。もはや付き合いきれん……。まったく、こんな下らぬ事をしてるから、いつまで経ってもアニマの怨念が晴れぬのだ……」
そう言うと、自分だけは違うとアピールするように、小さく肩をすくめるのだった。
「し……しかしそれでは地上は邪神に蹂躙されてしまいます! それを放置するのは、あまりにも――」
言いかけて、篤志は言葉を詰まらせた。
「あ……いえ、リタイアしたボクが言えた義理じゃないですが……」
「よい、貴様の言いたいことも分かる。同じ人類としては見過ごせんわな。だがなぁ……我はもう手を引くつもりだし――」
炎の神は腕を組んで「うーん」と唸ってみせた。
その仕草に、篤志の顔がますます青ざめる。
そして次の瞬間、慌ててその場に土下座した。
「……フレア様!! 今一度! 今一度お願いします!! ボクに貴方様のお力をお貸しください!!」
(よっしゃ!! 手間かけさせおって!!)
ようやく思惑通りになったと、炎の神は密かに安堵した。
「ふむ、そこまで言うなら仕方ないな。貴様を再び『炎の勇者』として任命しよう。だが一つ条件がある。『闇の勇者』とは手を組むな」
闇の勇者とは、冥王に選ばれた星野裕真のことだ。
意外な要求に、篤志は目を丸くする。
「は!? なぜです!?」
「『闇の勇者』の前世が、『七代目魔法皇帝』であることは知ってるな? これはただの偶然だと思うか?」
「……いえ、思えません。意図的に選んだとしか」
「そうだ、ボイド(冥王)に何らかの企みがあるように思えてならん。奴が邪神の封印を解いた元凶だとしても驚かん」
流石にそれは考えすぎでは、と思う篤志だが、強くは否定できなかった。
「確かに冥王は怪しい言動が多く、無辜の民の虐殺も厭わない方ですが……当のユーマ……闇の勇者は善良な人間で、冥王が立てた作戦が非人道的なものなら、絶対に拒否しますよ?」
「その者が善良だとしてもだ……同じパーティにいては貴様の行動は全てボイドに筒抜けになってしまう。もう二度と会うなとは言わん、ただ距離を取れ。貴様は貴様自身のパーティを結成し、独自に活動せよ! そして出来れば貴様の手で邪神を倒し、ボイドの企みを未然に防ぐのだ!!」
「りょ……了解しました!!」
篤志は畏まって頭を下げた。
また裕真とパーティを組めないのは残念だったが、それが『勇者』に戻る条件なら、従わざるを得ない。
それに、考えようによっては悪くない選択でもある。
例えば敵に奇襲された場合、勇者たちが全滅するリスクを減らすことにはなるのだから。
一方、その様子を透明化して隠れ見ていた少女は、目を大きく見開いていた。
(な……なんだって!? あの男が『炎の神』に選ばれた『勇者』!? つまり我が祖国を救ったユーマという人と同格の存在なのか!!)
驚くと同時に、頭の中で素早く算盤を弾き始める。
(これはチャンスだ!! 末っ子であるがゆえ玉座から一番遠かったオレが、次の国王になれるチャンス!!)
少女の名は『アルテミシア』。オリオン連合王国第七王女。
年齢は11歳。本来ならまだ修行の旅に出なくてもよい歳なのだが、彼女は本気で次期国王の座を狙っており、そのための功績を積むため強引に志願したのだ。
(さて、どうやって取り入ろう……? 無邪気な子供のフリをして近づくか、それとも素直に地位を明かすか……)
などと眉根を寄せて思案していると、炎の神がパチンッと指を鳴らした。
鮮やかな閃光が周囲を包む。
思わず目を閉じ、再び開いた時には、己に掛けたはずの《不可視の衣》が完全に解除されていた。
炎の神と視線が重なる。
圧倒的な存在に少女は本能的な恐怖を感じ、身を竦め立ち尽くした。
「そこの者! 今の話を聞いていたのであろう? 我が気づかぬと思うてか」
アルテミシアは舌を巻いた。
力が大きく制限されているとはいえ、神はやはり神だった。自分の過信を痛いほど思い知らされる。
だが炎の神は、怒るどころか愉快そうに口元を緩めた。
「丁度良い、我が勇者の仲間となり、補佐せよ。さすれば貴様が望むものも手に入ろう」
「……ええ?」
篤志とアルテミシアは同時に顔を見合わせた。
とはいえ、篤志としては神命に逆らうつもりはないし、アルテミシアにとっては渡りに船であった。
こうして唐突な話ながら、新たな勇者パーティが結成されたのだった。
◇ ◇ ◇
アルテミシアは篤志の馬車に同乗する。
その馬車はかつて裕真がマイラで購入したもので、篤志が裕真パーティから離脱する時に貰い受けたものだった。
「さて、これからどうする勇者さん」
馬車の御者台に座る篤志に、アルテミシアは話しかけた。
「アツシで良いですよ、仲間なのですから。そうですね、マグマフラワーを沢山もらって当分資金には困りませんし――」
そう言いながら荷台一杯に積まれたオレンジ色に発光する花を眺める。
炎の神から許可を貰ったので、積めるだけ積んだのだ。
ちなみにこのとき篤志は、アルテミシアから自分がオリオン姫であることを明かされていたが、特に気負った様子はなかった。
「まずは娘たちと合流しようかと」
「……娘? 子供を連れ歩く気か?」
自分が11歳だということを棚に上げ、アルテミシアは片眉を吊り上げる。
彼女の懸念を察し、篤志は慌て気味でフォローした。
「まぁ、子供といっても自立してるので大丈夫。足手まといにはなりませんよ。……おっと、その前にユーマたちに手紙を送らないと」
「ああ、それなら『アルデバラン』のハンターギルドだな。オレも姉さんたちに一報入れておくか」
世界各地に支部を持つハンターギルドは、ハンター同士の連絡手段としても広く利用されている。
こうして二人は、アトラス連邦の首都、『アルデバラン』へと馬車を進めた。
◇ ◇
【 アトラス連邦首都 アルデバラン 】
数日の馬車旅の末、ようやく街の姿が見えてきた。
アルデバランを囲う巨大な城壁は、白く滑らかな曲面を描いていた。
まるで巨大な生物の骨や殻を寄せ集めて造られたかのような、不思議な質感の壁だ。陽光を受けて柔らかく光り、どこか有機的で美しい。
しかし、城門まであと少しというところで異変に気づいた。
街の中から、人々が次々と逃げ出している。悲鳴や怒号が、遠くから風に乗って届いてくる。
「いったい何が!?」
篤志とアルテミシアは馬車から飛び降り、逃げてくる人々のもとに向かった。
そのうちの一人、若い男にアルテミシアが話しかける。
「おいあんた! 街で何が起きたんだ!?」
「さ……殺人鬼だ! 真っ黒な全身鎧の男が、人の首を狩りまくってるんだ!」
「はぁ!?」
「それも一人や二人じゃない! 何百人……いや! 千人以上もいたんだ!!」
「はあぁ!!?」
少女は思わず声を裏返らせた。
篤志も顔を強張らせ、城門の方を睨む。
どうやら勇者復活早々、とんでもない事件に出くわしてしまったらしい。




