第71話 第二王女と人体再生
ギルドへの挨拶を済ませた裕真たちは、一旦ミリオン号へと戻った。
船内のロビーに足を踏み入れると、指輪を借りるため別行動していたパルテナの姿が目に入る。
だが、その表情はどこか冴えない。なにやら不機嫌さと疲労感が滲み出ていた。
裕真の胸に、嫌な予感が走る。
「ルナ姉、ごめん、ダメだった……。メネ姉さん、指輪を貸して欲しければユーマさん本人が来いって」
報告を聞いた瞬間、ルナの眉が鋭く吊り上がる。
「はぁ!? まったく、あの子は!!」
ルナは露骨な苛立ちの声を上げる。 今にも飛び出していきそうな勢いだ。
裕真は慌てて間に入る。
「いやまあ、筋は通ってるよ。神器のような貴重品を借りるんだから、俺が直にお願いするべきだった」
そう言いながらも、内心では少し面倒だなと感じていた。
もっとも、それを表に出せば、ますますルナがヒートアップするので抑える。
「……いや、あの子の目的はそれだけじゃないよ」
ルナは「はぁ」と大きく息を吐き、額に手を当てる。
「あの子はね、オリオン王国に絶対王政を敷くことを企んでるんだ! 現在の王族、貴族、庶民からなる三部会制度を廃止してね!!」
「野心的!?」
ギョッとして声が裏返る。あまりにもスケールが大きい話だ。
だが同時に、まったく理解できないわけでもなかった。
トリスターの事件では、犯人にその制度が悪用され、行方不明者の捜索が大幅に遅れたのだ。
もっとも、あれは例外中の例外で、また同じことが起きる可能性は極めて低い。それでも、万が一の時は中央集権体制の方が迅速に動けるだろう。
「ボクはそれでも良いと思うんだけどなぁ。いちいち議会の邪魔が入らなくて済むし」
どうやらパルテナも、裕真と同じ結論に至ったらしい。
しかし、長女はゆっくりと首を横に振った。
「いいや、ダメだね。父上がよく言ってるでしょ? “権力は毒”だって。強すぎる権力は人の心を腐らせる。そう、この新帝国の貴族みたいに」
「……そんなに腐ってるの? ここの貴族」
裕真はまたしてもギョッとする。
ここの腐敗は、海を隔てた王国にまで知れ渡るほどらしい。
できれば関わりたくないな、と心底思う。
「たぶん、メネが直接会いたがってるのはユーマを味方に引き込むつもりだからだよ。色々誘惑されても乗らないでね!!」
ルナは真剣な表情で、裕真の肩を強く掴む。
力の入り方に、本気の警戒が伝わってきた。
「……うん、まぁ、元より政治には関わらないつもりだから」
そう答えつつも、胸の内は穏やかではない。
実際に頼まれたらどう断るべきか。下手に機嫌を損ね、「やっぱり指輪貸さない」などと言われたらどうしよう。
なにか穏便に済ませる方法は……などと頭の中でぐるぐる考えながら、裕真はメネの元に向かうのだった。
◇ ◇ ◇
【 メネが滞在しているアパート 】
メネ姫が借りているアパートは、こじんまりとしているが、細部にまで気が配られた、上品な空間だった。
無駄な装飾はないが、家具や調度のひとつひとつに統一感がある。
部屋の中央にあるテーブルには、既にお茶の支度が整っていた。
その傍らに立つメネが、にこやかに話しかける。
「ようこそ、いらっしゃいませ。あなたがユーマ様ですわね? はじめまして、わたくしがメネです」
優雅に一礼する第二王女。
顔立ちは姉とよく似ているが、切れ長の目元と、肩口で揃えられたサファイア色の髪が、すっきりとした印象を与える。
衣装もタイトなスーツにズボンと、活動的だ。裕真は思わず、やり手のキャリアウーマンという言葉を連想した。
席を勧められ、裕真が腰を下ろす。それを確認してから、メネも静かに向かいへ座った。
「あなたの活躍は聞き及んでおります。我が祖国を救ってくれたこと、感謝いたしますわ」
「いやいや、とんでもない。こちらこそオリオン王国の皆さまに助けられました」
それは謙遜ではなく本心だった。
あの事件は裕真一人の手に負えるものではなかった。皆の助けがあったからこそ解決できたのだ。
「それで、その……邪神討伐のために、貴方の指輪を貸していただきたいのですが――」
おずおずと言葉を選びながら、本題を切り出す。
「ええ、はい、もちろんお貸しいたします。わざわざ御足労いただいて申し訳ありません。貴方がどんな人物か、直に見たくて」
くすりと柔らかく笑う。
その自然な対応に、裕真の肩の力が抜ける。
「……それともうひとつ、個人的にお願いしたいことがありまして。指輪を貸すかわりと言ってはなんですが――」
その一言で、背筋に緊張が走る。警戒が顔に出たのが自分でも分かった。
「お願いですか!? 政治に関わる話ならお断りします!」
「政治?」
メネは小首を傾げ、きょとんとした表情を見せる。
「俺は邪神を倒すことに専念したいので、絶対王政がどうとか面倒事に関わりたくないんで!」
「……ああ、はいはい。お姉様から聞かされたのね」
納得したように頷くメネ。
「違いますわ。その件じゃありません。……というか絶対王政とか、もうどうでもいいのです」
「……え? そうなん?」
思わず間の抜けた声が出る。
メネはティーカップを指先でつまみ、わずかに視線を落とした。
「父はよく言ってましたわ、“権力は毒”だって。その言葉の意味、この国に来てよく分かりましたわ」
静かに語る声には、確かな実感がこもっていた。
「何をしても叱られない、罰せられないという環境は、人間を際限なく増長させ、堕落させますわ。花に水を与え過ぎれば、腐ってしまうように」
そう言うとメネは一口お茶を含む。
裕真は、その言葉がこの国の貴族を指しているのだとすぐに理解した。
「やはり権力には、それを監視する仕組みが必要なのですわ。トリスターの制度は間違ってなかったのです」
その結論に、裕真は素直に感心した。
同時に、彼女がここまで言い切るほど腐敗した貴族の存在に、身の毛がよだつ。
「……まぁ、改善すべき点は多々ありますけど」
「その話、ルーナ姫にすれば喜びますよ!」
「え……イヤです恥ずかしい。というか今話したこと、お姉様には絶対言わないで――」
そう言いかけた瞬間、メネはふと気配を感じ、視線を窓へ向けた。
すると、そこにはルナが張り付き、こちらを覗き込んでいる。
ちなみに、この部屋は三階である。
あまりのことに言葉を失うメネ。
ルナはそんなことなどお構いなしに、窓を勢いよく開け、そのまま部屋に飛び込んでくる。
「妹よ!! ようやく分かってくれたんだね!!」
着地と同時に一直線にメネへと駆け寄り、その勢いのまま抱きしめた。
「はぁ!? 勘違いしないで!! 今の体制を全肯定してるわけじゃないんだからね! そもそも事態が悪化したのは、商人達に権限与え過ぎたせいで――」
先ほどまでの淑やかな口調はどこへやら、メネは一気に砕けた調子でまくし立てる。
どうやら、こちらが素の彼女らしい。
突然の来襲にしばし呆然としていた裕真だったが、気を取り直し、軽く咳払いをして話を戻した。
「……ところで、俺に頼みたいことってなんです?」
「……あ、そうですわね。話を戻しますけど、私の友人で『ルビーナ』という子がいましてね……。実はその子、この国の第一皇位継承者なんですの」
思いがけない肩書きに、裕真とルナは揃って驚く。
「次の皇帝ってことですか!?」
「そりゃまたエラい人と知り合ったね」
「“冥王に選ばれた勇者”よりは普通です。……でも。今はその地位が危うくなっていますの」
冗談めかした言い方のあと、メネの表情が引き締まる。
「アルカディアの次期皇帝は、皇族の中で“最も魔力が高い者”が就くという習わしがあります。まぁ、申し訳程度の『魔法帝国』要素ですわね」
ふむ、と裕真は小さく唸った。
後に聞いた話だが、魔法帝国にも同様の習わしがあり、マイナロス家がそれを模倣したのだという。
「つまり、一番高いのがルビーナさん?」
「そうです、“現在の皇族”の中では」
そう言いながら、メネは自然な所作で茶器を取り、ルナの分の茶を淹れる。
わずかな沈黙を挟み、湯気の立つカップがテーブルに置かれた。
「だけど過去には、ルビーナより魔力が高い者がいました。『ラピス』という子なのですけど、3年ほど前から行方不明なのです」
席に戻ったメネは、テーブルに肘をつき、指を組む。
眉間に皺が寄り、表情がわずかに険しくなる。
「ラピスが住んでいた屋敷が、何者かに襲撃されて……。一緒に住んでいた母親の遺体は見つかりましたが、彼女とその兄が行方不明のままで」
その話に、裕真とルナはカップを持つ手を止めた。湯気だけが静かに揺れている。
「状況からして生存は絶望的だと判断され、ルビーナが継承権一位になったわけですが……。最近、彼女がラピスを殺したんじゃないかって噂が流れていまして」
「実の妹を? なんでそんな話に!?」
「おそらくルビーナを皇位に付けたくない何者かの策謀かと。次期皇帝でも兄妹殺しは許されませんから」
裕真は「はあ……」と息を吐き、椅子の背にもたれかかる。
歴史の授業やドラマなどで良く見た、身内同士の権力争い。
それが現実に起きていると知り、なんともやるせない気持ちになる。
「……ちなみに彼女は、そのようなことをする人間ではありませんわ。ディアナ様に誓ってもいい。天使のように良い子なのです」
迷いのない言葉に、ルナは内心で驚いた
ここまで断言するほど、メネはその友人に強い信頼を寄せているらしい。
「根も葉もない噂なら、無視すれば良いだけじゃない? それとも何か証拠でも出てきたの?」
姉の問いに、メネの眉間の皺はさらに深くなった。
「物的証拠はありません。ただ、これから“作られる”かもしれませんわ」
その一言に、裕真とルナの表情が固まる。
「宮廷で重視されるのは“真実”よりも“損得”です。ルビーナが皇位につかないことで得をするなら、皆喜んで嘘を信じます」
淡々とした説明だったが、その深刻さは裕真でも理解できた。
「濡れ衣着せる気か……えげつないな。それで俺に何をしろと?」
「潔白を証明する一番の方法は、ラピスを見つけることです。貴方様は世界中を飛び回っているのでしょう? その道中でラピスらしき人物の情報を手に入れたら教えて下さいまし」
「それだけ? それならお安い御用だけど、そんなもんで良いの?」
無実の人が罪を被せられるのを見過ごせない。
裕真も今は余裕があるとは言い難いが、それでも可能な限り力を貸すつもりだった。
「まあ、今頼めることはそれぐらいです。……ですが最悪、この国からルビーナを逃がさなければいけないかも。その時は――」
「む……そんなに状況が悪いの? 分かった、その時は協力する」
幸いにも、自分たちには一瞬で国外へ移動できる転移門がある。
いざとなれば、逃がすこと自体は難しくない。
裕真が現実的な段取りを頭の中で組み立て始める一方で、ルナは腕を組んだまま考え込んでいた。
「でも仮に、その子が見つかったら、ルビーナさんは次の皇帝になれないんじゃないの?」
「ふふっ、姉様。彼女はそんなこと気にしませんわ。むしろ妹の無事を喜ぶはずです」
即答だった。
あまりに迷いがなく、ルナはわずかに鼻白む。
彼女から見てメネは、警戒心が強く、なかなか人に心を開かない子だ。
そんな妹に、そこまで言わせるルビーナという人物に、少し興味が湧いた。
◇ ◇ ◇
無事に指輪を借りた裕真は、次の目的地であるカペラ市郊外の屋敷へと向かった。
そこはクランの所有物として、新たに購入した建物である。
購入した理由は二つある。
一つは、その地下に巨門星を使ってダンジョンを作成し、転移門を設置するため。
もう一つは、フェルダンに襲われ、首だけの姿にされたレギンの仲間、『フリスト』を元の姿に戻すためだ。
四肢の一本程度なら従来の魔法で再生できるが、首から下すべてを修復するのは、さすがに不可能とされている。
そこで目を付けたのが、巨門星のもう一つの機能、『守護者作成』。
その仕組みを応用し、人体を丸ごと修復しようと考えたのだ。
これは実際にマリクが行っていた手法でもあり、成功する見込みは高いはずだった。
屋敷に到着した裕真を、すでに先に来ていたニーアとベアトリス、それと全身鎧を身にまとった小柄な人物が出迎えてくれた。
全身鎧の中身はレギンである。フェルダンの目を欺くための変装だ。
「どう? うまくいった?」
裕真の問いに、三人はそろって微妙な表情を浮かべた。
どうやら結果は芳しくないらしい。
「あー、そうだな……。まずは見てくれよ」
ベアトリスに促され、裕真は屋敷の地下へと足を運ぶ。
ほのかに光を放つ天井に照らされた灰色の階段を下りると、小ざっぱりとした空間に出た。
そこには設置されたばかりの転移門、そしてその手前にはベッドに横たわる一人の女性の姿があった。
銀髪で、年の頃は二十代半ばほど。
衣服は身に着けておらず、白いシーツが体を覆っている。
その顔に、裕真は見覚えがあった。『キューブ』の中に収められていた、フリストさんだ。
「これはフリストさん本人ではありません。試しに作ってみた素体なのですが――」
「へぇ……成功しているじゃん! よかったよかった」
素直に喜ぶ裕真。
しかし、それとは対照的に三人の表情は晴れない。
やがてレギンが兜を外し、口を開いた。
「もっと良く見てよ。肌とかさ」
「んん?」
言われるまま、裕真は改めてその身体を観察する。
すると違和感に気付いた。
なんというか、肌が妙に滑らかというか、作り物っぽいというか……。
これではまるで、精巧に造られた蝋人形である。
ニーアは肩を落とし、悔しそうに言う。
「どうしても上手く再現できないんです……。人体を作るのがこんなに難しいなんて……」
「そんなに難しいの? マリクはいとも容易くやってたのに」
「申し訳ありません……」
その言葉に、ニーアはさらにうなだれた。
(しまった……)と、裕真は内心で焦る。
どうフォローすべきか迷っていると、スマホからアコルルの声が割り込んだ。
「ニーアさん、仕方ありませんよ。認めたくはないのですが、あのマリクという男、かなりの天才です。下手したらダイダロス陛下より上……いえ同等ぐらいの」
『ダイダロス』とは、巨門星を作成した二代目魔法皇帝の名である。
裕真は「へぇ」と感心する。
あのマリクの才能は、帝国至上主義のアコルルでさえも認めざるを得ないほどのものらしい。
邪神が彼に巨門星を与えたのは、ただの気まぐれではなく、その才能を見抜いていたからだろうか。
「ごめんなさい……。あの! もう少しお時間をいただければ、きっと完璧に再現できます!」
「いえ、それには及びません」
必死に食い下がるニーアを、アコルルはぴしゃりと遮った。
「それより確実な方法があります。陛下のチート魔力で《再生》の魔法を使うのです」
「……リジェネート?」
「欠損した身体の一部を修復する高位回復魔法です」
「ああ……、《再生ポーション》の魔法版ね」
裕真は納得したように手を打つ。
「はい、通常なら手足の一本を修復するのが精一杯ですが、陛下なら全身丸ごと再生できるはずです」
「なんだ、そんな方法でいいのか」
ほっと胸を撫で下ろす裕真。
だが、その楽観をベアトリスが即座に崩した。
「いやいや……。《再生》が使える魔道具なんて超貴重品だよ!《ダイヤの時計》ほどじゃないけどさ!」
裕真「……やっぱ、お高いの?」
恐る恐る尋ねる。
「少なくとも300万マナ(約3億円)はするねぇ」
「うっわ……」
やはり高かった。
レギンが申し訳なさそうに口を開く。
「ごめん、お金は後で必ず払うから……。その……あいつを倒して銀行に行けるようになったら」
「ああ、うん、銀行にも奴の分身が潜んでるかも知れないからな……」
改めて、厄介な敵だと実感する。
「いいさ、気にしなくて。俺はこれから1億の借金をするんだぜ? それに300万加わるくらい軽い軽い!」
そう言って、裕真は朗らかに笑った。
お金で解決するなら安いものだ、という認識が裕真の中で固まりつつある。
それを楽観的すぎると呆れる者もいるだろう。
だが少なくとも、レギンにとっては違った。
それはとても頼もしく、救われるような気持ちになるのだった
【 おまけ 】
第二代魔法皇帝 『ダイダロス』
巨門星の開発者。
ダイダロスの時代、帝国はまだ弱く、魔物や異民族の脅威にさらされていた。
そこで彼は、巨大なダンジョンを作り、全国民をそこへ移住させようとした。
だがその計画は受け入れられず、反発した者たちの手によって暗殺される。
しかし、ダイダロスが造った無数のダンジョンはその後も残り続け、やがて魔物の巣窟と化した。
国民の安全を守るために造られたそれが、今では人々の安全を脅かしているのは、皮肉な話である。




