第69話 ダイヤの時計
ミリオンハンターズ、次の目的地『新帝都カペラ』に向けて航行中――
空は晴れ渡り、風は穏やかで、絶好の飛空コンディションだった。
だが、それとは裏腹に、船内の空気は重く湿っていた。
甲板を行き交う船員たちの表情は一様に重く、作業の手つきにもどこか覇気がない。無理もない。十分な休息も取らぬまま、半ば強行する形で出航したのだから。
やがて主計班のバサーニオが、皆を代表するように裕真へ苦言を呈した。
「団長、船員から不満の声が上がっています。ろくに休ませず出航するから……」
言われるだろうとは思っていた。だが、実際に口にされると、やはり胸にくるものがある。
裕真は首をすくめ、申し訳なさそうに視線を逸らした。
「うう……仕方なかったんだ……」
そう言いながらも、どこまで説明すべきか迷う。
他人の身体を乗っ取り、首を切り落としては箱詰めにする怪人に狙われている――などと正直に話せば、船員たちが恐怖で逃げ出しかねない。
言葉に詰まる裕真を見かねて、同じく主計班のアントニオが助け舟を出した。
「まぁ、この程度の不満なら、ボーナスを弾んであげれば収まりますよ。お金は人間関係も円滑にしてくれます」
その一言で、裕真はパッと顔を上げた。
「おっ そうか! お金で済むなら安いもんだ!」
単純だが効果的な解決策に、すぐさま乗っかる。
こうして裕真は、ばら撒き政策を覚えたのだった。
◇ ◇ ◇
【 船内 作戦会議室 】
裕真は会議室に五人のメンバーを招集した。
主計班のアントニオ、バサーニオ、シャイロック。
工房班のニーア、ベアトリス。
いずれも前線には立たない、後方支援担当の面子だ。
彼らに新たな敵、『フェルダン』についての情報を伝える。
他者の精神を乗っ取って増殖し、時を止めるイバラを操り、さらに『勇者』の一人を捕えて洗脳している可能性があるということ。
説明が進むにつれ、室内の空気がじわじわと重く沈んでいく。
中でもアントニオの顔色は明らかに悪い。かつて邪神の手下であるマリクに脅迫されたときの記憶が、まざまざと蘇っているのだろう。
「――と、いうわけで、そいつと戦うには、まず『眠りのイバラ』をなんとかしなきゃいけない。じゃなきゃ何百もいる“分身”の一体にも勝てない」
「だから『時属性』の耐性防具が必要というわけですね」
ニーアが目を細める。少し前にロビーで交わした話を思い出しているのだろう。
「なるほど、私たちを集めたのは、それを探してほしいからですか」
アントニオの確認に、裕真は「そうそう」と頷く。
ここに集めたのは、もともと商売や工房を営んでいた者たちだ。戦闘班よりも魔道具に関する知識に明るいはずだった。
「となると、ぱっと思い当たるのは『ダイヤの時計』だねぇ」
金髪を編み込み、頭上で纏めたエルフの貴婦人が、顎に指を当て記憶を探るように視線を泳がせる。
彼女の名はベアトリス。元錬金ギルドの長であり、おそらくこの中で最も魔道具に詳しい人物だ。
「ダイヤの時計?」
「魔法帝国の時代に造られた時耐性防具だよ。時間を操るデーモンを討伐するため、ごく少数だけ生産されたそうだ」
「ごく少数って、どれくらい?」
「帝国時代で百に満たない数。今も現存してるのは十個かそこらじゃないかねぇ」
「その程度か……。もっと造ってくれれば良かったのに」
思わず漏れた本音に、ベアトリスは呆れたように肩をすくめた。
「無茶言うんじゃないよ。そもそも時魔法自体がめっちゃ難しいんだ。更にそこから魔道具を造れる人材なんて、ほんの一握りしかいないよ」
裕真は「ほーん」と感心したように唸る。
そう言えば以前、『時の精霊』と契約できれば、それだけで一生食うのに困らない、という話を聞いたことがあった。
「それと、これを見な」
ベアトリスは腰のマジックポーチから、一冊の本を取り出した。
重厚な装丁のそれは高級魔道具のカタログらしい。慣れた手つきでページをめくり、ある項目で止める。
覗き込んだ裕真は、思わず目を見開いた。
その名称から宝石で飾られた時計を想像していたが、そこに描かれていたのは想像を大きく上回る代物だった。
握り拳ほどもある巨大なダイヤモンド。その内部に、時計の針と文字盤が閉じ込められている。
「見ての通り、本体だけじゃなく、針も歯車も全部ダイヤモンドで造られている」
「はえ〜……なるほど、高価なわけだ……」
オークションで2,000万マナ(約20億円)などという、べらぼうな額が付いたことに納得する。
だが同時に、別の疑問が浮かぶ。
「でもなんでダイヤで? もっと安い素材もありそうなものなのに」
本から顔を上げ、ベアトリスの方を見る。
だが、それに答えたのはニーアだった。
「魔道具を作るには、素材が持つ“魔術属性”を活かさなければいけません。たとえばダイヤモンドには“不破”、“永遠”、といった属性を持っています」
と言いながらニーアは裕真の傍に寄り、同じページを覗き込む。
ふわりと揺れる紫の髪から甘い香りが漂い、裕真はドキリとした。
「それを“時計”の形状にすることによって、時属性攻撃への防衛能力を持たせたわけです」
「ほーん……なるほどなー」
魔術の話はサッパリだが、裕真はとりあえず相槌を打った。
「他に時耐性のアイテムは?」
「あるっちゃあるが、神器とか伝説級になるから、更に高価……つーかもう、金じゃ買えねーよ」
そう言いながら、ベアトリスはキセルに火をつけ、ゆっくりと煙をくゆらせた。
白い煙が卓上に広がり、鼻先をかすめる。裕真は思わず眉をひそめるが、周囲の面々は誰一人気にした様子がない。
どうやらこちらの世界では、分煙や受動喫煙といった概念はまだ知られていないらしい。
「つまり、金で買えるのはその時計ぐらいしかないわけか……」
「そうなりますね。時計は私共で探すとして……購入資金はいかがなさいますか?」
バサーニオの問いに、裕真は言葉に詰まる。
助けを求めるように皆の顔を見渡すと、一人の老人と目が合った。
「ふふふ、金のことならワシに任せいっ!」
白髪をオールバックにしたドワーフ、元金融ギルドの長、シャイロックが胸をどんっと叩く。
「銀行から融資を受けよう! おぬしに名声なら、5,000万……いや、1億マナは借りられよう!」
「……融資? 借金しろと!?」
思わず声が裏返る。
「いや……借金はちょっと……」
裕真は、日本にいた時に読んだ闇金漫画を思い出す。
それに登場した不良債務者たちの悲惨な末路が、今でもトラウマになっていた。
「なにを言っておる。一刻を争う事態じゃろ。フェルダンとやらに首を持ってかれてもいいのか」
その一言に裕真は「うっ」と言葉を詰まらせた。
次の街カペラでも奴と遭遇し、今度は問答無用で襲撃される可能性もある。
そう考えると、悠長に構えている余裕などないのは分かっているのだが……。
踏ん切りがつかず額に皺を寄せる裕真に、バサーニオが柔らかく声をかけた。
「大丈夫ですよ。ユーマさんの力なら、返済手段なんていくらでもあるじゃないですか」
「……また賞金首100体狩り、とか?」
「それも一案ですが、もうひとつあるじゃないですか。神器の《どうぐぶくろ》が」
言われて、裕真は腰から吊るした袋へ目を落とす。
「交易とか、運送業とか?」
「そう、それです。きっと儲かりますよ。ユーマさんなら輸送のリスクをほとんど無視できますから」
「リスク?」
「魔物や盗賊の襲撃、自然災害などによる積荷の破損ですね。どれもユーマさんなら問題ないでしょ?」
裕真は腕を組み、少し考え込む。
「まぁ、よほどの大物じゃない限りは……。ただ問題はMPだなぁ。いざという時に残しておきたいし」
「でしたら、少量でも価値が高いものを運べば良いのです。貴金属、宝石、美術品……。それとガラス細工や姿見の大鏡とかもどうです? 普通なら壊れやすい品ですが――」
「……《どうぐぶくろ》なら安全に運べる!」
「ええ、大儲けできますよ!」
互いに顔を見合わせ、思わず笑みがこぼれる。
返済の見通しが立ったことで、場の空気が少し軽くなった。
そのとき、ベアトリスが軽く手を挙げる。
「あたしからも提案がある。これからSランクダンジョンに挑むつもりなんだろ? それで見つけたお宝はどうするつもりだい?」
不意の問いに、裕真は一瞬きょとんとした。
「ギルドに売るつもりだけど?」
それを聞いたベアトリスは、またしても呆れた顔をした。
「ああ、聞いてよかった。そんな勿体無いことするつもりだったのか。いいかい、お宝の中でも実用的じゃない物――美術品や骨董品はね、ハンターギルドじゃ安く買い叩かれるんだよ。あいつら芸術の価値が分からないからね」
煙をひとつ吐き出しながら言う。
またしても漂ってきた煙に、裕真はわずかに顔をしかめた。
「幸い、あたしにはそういうのを欲しがる知り合いが世界中にいる。ギルドより高く売り捌いてやるよ」
自信に満ちた声音だった。
だが、その言葉にアントニオが疑問を投げかける。
「今のあなたの立場で、話を聞いてもらえるんです?」
そう、今のベアトリスは建前上、裕真の“奴隷”という扱いである。
上流階級の方たちと対等に交流できるような立場ではない。
しかし彼女は動じることもなく、裕真へ視線を向けて口角を上げた。
「そこは“ご主人様”の名声を最大限に活用させてもらうさ。トリスターを救った英雄が、新たな冒険の為に軍資金を必要としています! どうかご援助を! てな感じでね」
軽やかに言い放ち、はははと笑う。
裕真も思わず吹き出しそうになった。仲間になって間もない頃のアントニオも似たようなことを言っていたのを思い出したからだ。
続いて、ニーアも手を挙げた。
「お金稼ぎ、私も協力できると思います! 倒した魔物の素材をギルドに売らず、私に任せてくれませんか?」
「ニーアさんに?」
「はい、今までかなり高レベルな素材をそのまま加工所に売ってますよね? 勿体ないな〜って、ずっと思ってたんです。貴重なアイテムが沢山作れるのにって」
「そうなの? 例えばどんなのが作れたんだ?」
「そうですね……マイラにいた頃、ナッツイーターを倒して、睾丸を手に入れてましたよね?」
ナッツイーター……。
その名を聞いた瞬間、裕真の表情が露骨に歪む。
男性の睾丸を主食にするという気色の悪い生態。さらに、裕真が初めて死の恐怖を味わった相手でもある。思い出したくもない記憶だった。
だがニーアはそんな事情を知る由もなく、平然と続ける。
「あれがあれば『再生ポーション』を10本は作れました」
「……え!?」
裕真は目を丸くする。
ナッツイーターの睾丸の買取価格は72,000マナ。
それに対して『再生ポーション』は、一本でおよそ10万マナ。
それが10本も作れるなんて……。
「マジか!? 俺はギルドに搾取されてたの!?」
思わず身を乗り出す裕真に、商人たちは苦笑しながら口を挟んだ。
「いやいや、『再生ポーション』は誰でも作れるものじゃないですし、そこまで暴利ではありませんよ」
「加工できなきゃ生ゴミだもんねぇ」
錬金術は、レシピさえあれば誰でも同じものを作れるわけではない。
高度なアイテムを作成するには、術者本人の技量や魔術的資質も必要になる。
ベアトリスが属していたトリスターの錬金ギルドには数千人の錬金術師が所属していたが、再生ポーションを安定して作れる者はほんの一握りに過ぎなかった。
「そ……そうだよな。ついつい原価厨みたいなことを言ってしまった」
裕真は気まずそうに頬をかく。
「ていうか、あんた再生ポーションを作れるのかい? たいしたものだねぇ」
ベアトリスが感心したように息を漏らす。
ちなみに彼女自身も作れない。錬金術の腕よりも、経営手腕と政治力で成り上がってきたタイプだ。
「ええ、いっぱい勉強しましたから……」
ニーアは視線を落とし、少しだけはにかむ。
その仕草に、どこか引っかかるものを覚えたのか、ベアトリスがじっと顔を覗き込んだ。
「……ん? あんたどこかで会ったことないかい? 師匠か親御さんが高名な錬金術師だったり――」
「き……気のせいじゃないですか!? 私の親はアウトランドの田舎者でして……」
明らかに動揺した様子で言葉を濁すニーア。
ベアトリスは訝しげに眉を寄せるが、すぐに視線を外した。自分の記憶にも絶対の自信があるわけではないし、今はそれを掘り下げる場でもない。
「まぁ、いいか! ポーションも良いけど、香水とか美容品も作っておくれよ。そういう品があればセレブ達も喜ぶし、交渉も円滑になるってもんだ」
「……身長……いや、なんでもない」
裕真は何か言いかけて、口をつぐむ。
ひとまず、サポートメンバーの今後の方針は固まった。
アントニオとベアトリスは《ダイヤの時計》に関する情報収集。
バサーニオは交易品の仕入れ。
シャイロックは銀行からの融資交渉。
そしてニーアは、船内に錬金工房を設ける。
役割が明確になったことで、サポートチームは一気に忙しさを増すことになる。
だが、不平を漏らす者はいなかった。
かつて一つの街を取り仕切っていた彼らにとって、出来たばかりのクラン運営は、むしろ手持ち無沙汰に感じるほどだったのだから。




