第68話 禄存星の恐怖
【 至天の塔 487階 ドームハウスの中 】
レギンから重要な情報を手に入れた。
新たな敵『フェルダン』は相当に厄介な相手らしく、その対策を早急に練らなければならない。
だがその前に、裕真はレギンに問いかける。
「レギンさんは、これからどうします?」
「この街から脱出するわ。……それで悪いんだけど、あなたの飛空船に乗せてくれる? お礼は払うから」
「もちろん良いですとも」
「……あ、敬語も『さん』付けもいらないわ。これからお世話になる身だし、同じぐらいの歳でしょ? あなたがニンゲン族なら、だけど」
思いがけない言葉に、裕真は少し戸惑った。
確かに年齢は近いが、ハンターとしての実績と名声は彼女の方がはるかに上だ。
対等な口を利くのは、どこか気が引ける。
そんな裕真の背中を、イリスがぽんっと軽く叩いた。
せっかくの申し出を断れば、かえって相手に気を遣わせてしまう。
それに裕真だって、いっぱしのクランの長だ。必要以上に下手に出る必要はない。
言葉はなかったが、そんな意図が伝わってきた。
「分かった。ところでどうやって脱出する? 変装とかする?」
もし自分がフェルダンの立場なら、塔の入口に見張りを付けるだろう。素顔のままでノコノコと出ていくなど論外だ。
「そうね……。でも変装なんてしたことないから、バレないか不安ね」
「あのー。変装しても無駄やと思うで」
控えめに挟まれた茜の言葉に、皆の視線が一斉に集まる。
「ウチがフェルダンなら、塔に入場したパーティの編成を記録する。それで、出ていくパーティの人数が増えていないか確認するわ」
その説明に、ラナンが首を傾げた。
「そこまでやるかなぁ」
「相手はレギンはんだけやなく、クランの仲間まで狙うような奴やで?」
場に小さなどよめきが広がる。
一理ある。レギンの話だけでも、相当粘着質で執念深い性格であることがうかがえた。
「でもそれじゃあ、どうやって脱出するの?」
率直な疑問を投げかけるパルテナ。
それを聞き、裕真の頭に一つの策が浮かび上がった。
だが、それを口に出していいものか迷う。
そんな折、モモがぱっと顔を上げた。
「あ! 《どうぐぶくろ》に入ってもらえば見つからないのでは!?」
無邪気な提案に、その場の空気が一瞬凍りつく。
「ちょっ! モモちゃん!!」
「こらっ!」
ルナと茜に同時に叱られ、モモは「ひぇっ」と肩をすくめる。
その様子を、レギンが怪訝そうな顔で見つめていた。
「……人が入るマジックバッグ? あんたら、禁制品を持ってるの?」
裕真は気まずそうに目を泳がせる。
そう、人間が入るマジックバッグの所持は、どの国でも法律で禁止されているのだ。誘拐や密航、死体遺棄などの犯罪に利用されるので。
だがレギンは少し考えたあと、あっさり頷いた。
「……いいわ、それで構わない。非常事態だもの、細かいことは言いっこなしよ」
どうやら当局に通報するつもりは無いらしい。一同はほっと胸を撫でおろす。
「そうと決まれば話は早いわ。出発しましょう」
イリスがそう言って立ち上がる。それに合わせるように、他のメンバーも席を立った。
「船員さんには悪いけど、すぐ出航の準備をしてもらわないと」
裕真は申し訳なさそうに言った。
普通なら、長期航行のあとに寄港すれば数日は休暇を与えるものだ。
それをいきなり出航準備とは、酷な話である。
だがその時、アニーの表情が急に強張った。
「あ……今、怖いことに気付いたのですが、もう船員が“フェルダン”にされてるって可能性は無いですかね?」
その言葉に、全員が戸惑いながら顔を見合わせた。
裕真は懐からスマホを取り出し、画面の中にいるアコルルへ問いかける。
「アコちゃん、《禄存星》の洗脳って、どれぐらいかかるんだ?」
「洗脳というより、『同期』ですね」
アコルルはやんわりと訂正してから続けた。
「使用者の腕次第ですが、だいたい2〜3分で完了します」
「そんなに早いの!?」
「はい、ただし相手を心身共に抵抗できない状態にする必要があります。たとえば眠らせるとか」
眠らせる……。
フェルダンは『眠りのイバラ』を意のままに操る。つまり『同期』の条件を容易く満たせるのだ。
最悪の組み合わせである。
「それと、『同期』を行えるのは禄存星を持つ個体のみです。吸血鬼みたいに倍々ゲームで増えることはないので、ご安心を」
「それでも恐ろしい速さだ!」
「その程度の時間で済むなら、うちの船員がやられててもおかしないな……」
茜が言う通り、裕真たちが上陸してから半日が経過している。
裕真たちはまだフェルダンと直接敵対してはいないが、奴の気まぐれで数名が『同期』されている可能性は否定できない。
「何か見分ける方法は――」
「ふふふ、ユーマくん。私の存在を忘れてない?」
ルナが裕真の方に手を置き、不敵に微笑む。
裕真ははっとなり、以前聞いた話を思い出した。
彼女は『月の大精霊ディアナ』の加護により、“邪悪”を見分けることができる。そしてその“邪悪”には、禁呪をたっぷり織り込んでいる『守護七星』も含まれているのだ。
「ああ、うん、そうだった。でもそれでフェルダンだけを見つけることってできる?」
「できるよ。“邪悪”といってもいろんな種類があって、それぞれ“色”が違うからね」
どうやら、視覚的に判別できるらしい。
「あの……あまり邪悪邪悪言わないで貰えます? 本来は皇家を守護する神聖な力なんですから」
スマホの中で、アコルルが頬を引きつらせながら抗議してきた。
他者の精神を乗っ取る能力など、十分邪悪じゃないかと皆は思うのだが……。
「ああうん、ごめん。ここで言う“邪悪”ってのは、ぶっちゃけディアナ様の主観によるものだから、あまり気にしないで」
数千年前の価値観を引きずるアコルルと真面目に議論しても仕方がない。
ルナは軽く手を振り、その話題を適当に流した。
◇ ◇ ◇
裕真たちはレギンを《どうぐぶくろ》の中に隠し、そのまま何食わぬ顔で一階の大ホールへと移動した。
広い空間には、以前と変わらず多くのハンターが集まっている。
キャンプで装備の手入れをしたり、仲間と酒を酌み交わしていたり、英雄像の前でお祈りしたりと、ありふれた光景が広がっていた。
だが、この中の何人かがフェルダンの分身かもと考えた途端、この人混みが得体のしれない何かが潜む魔境に見えてきた。
この不安を払拭するには、まず“フェルダン”を見つけ出すしかない。
裕真は周囲に気取られないよう、さりげなくルナの隣に寄ると、声を潜めて囁いた。
「さっそく頼めるか?」
「もちろん。リングちょうだい」
短いやり取りの後、裕真はMPをチャージ済みの《フォローリング》を手渡す。
ルナはそれを指にはめると、軽く息を整え、静かに目を閉じた。
その瞬間、彼女の気配がわずかに変わる。
目には見えないが、ルナの内側で魔力が緩やかに、しかし確実に高まっていくのを、裕真は肌で感じ取っていた。
やがてルナが目を開くと、その双眸は青白い光を宿していた。
思わず息を呑むほど神秘的なその輝きは、かつて王宮で目にした『大精霊ディアナ』が降臨した時の光と酷似している。
それは今のルナが、邪悪を見抜くディアナの瞳を“借りている”ことを示していた。
「月光真眼」
小さく告げると、ルナはゆっくりと視線を巡らせ、大ホール全体を見渡す。
しかし、その動きは長くは続かなかった。
次の瞬間、彼女はふいに顔を伏せ、視線を切るようにして周囲を見るのをやめた。
「どうしたんだ?」
裕真が訝しげに問いかけると、ルナはすぐに近づき、そのまま耳元で声を潜める。
「いる……沢山いる。『守護七星』と同じ魔力の持ち主――おそらくフェルダンらしいやつが!」
その答えに、裕真の背筋が粟立つ。
「……沢山って、どれぐらい?」
「200……いや、300!」
「!!?」
思考が一瞬止まった。
思わず叫び出しそうになるのを、必死に堪える。
Sランクでも逃げるしかない相手が300人……。
そんなのが一斉に襲いかかってきたら一溜まりもない。
気づいていない振りをしなくては。
頭の中で必死に自分へ言い聞かせながら、裕真は震えそうになる声を押し殺し、スマホに小さく話しかける。
「アコちゃん……分身ってそんなに沢山作れるもんなの?」
「可能です。禄存星の制作者、第三代皇帝テセウス陛下は、数千人と『同期』していましたし」
あまりにもさらりと返された言葉に、裕真は腰を抜かしそうになる。
「やっぱり邪悪じゃないか!」
「ひでぇな魔法帝国!」
あまりにヒドイ話に、皆が思わずツッコミを入れる。静かにしなきゃいけないのに。
だが幸いにも、周囲の喧騒に紛れ、その声が注目を集めることはなかった。
「えらいこっちゃ……すぐ街から脱出だ!」
声を抑えたままそう告げると、裕真は何事もないように歩き出した。
「せやな! 慌てた素振りを見せず、自然に、自然にな!」
茜の言葉に皆がうなずき、それぞれ平静を装って後に続く。
もっとも、その足取りはどこかぎこちなく、内心の動揺までは隠しきれていなかった。
それでもミリオンハンターズは、人混みに紛れながら違和感のない動きを保ちつつ、静かにホールを後にし空港へ向かう。
背後から300もの“敵”が迫るかもしれない、という恐怖を抱えながら。
◇ ◇ ◇
【 飛空船 ミリオン号 】
船内に設けられた共有スペースのロビーは、長距離航行に備えたゆとりある造りになっていた。
中央には低めのテーブルを囲むようにソファが並び、窓際には外の景色を眺められるカウンター席も設けられていた。
今はまだ地上に停泊しているため、窓の外に見えるのは空ではなく、慌ただしく行き交う空港の人影だ。
街に出た船員を呼び戻している最中で、すぐには出港できないが、とりあえず空港周辺に“フェルダン”の姿がないことは確認できた。
ひとまず胸を撫で下ろしたところで、ニーアが全員分のお茶を用意してくれる。
湯気とともに広がるハーブティーの香りが、張りつめていた神経をわずかに和らげた。
その時、裕真はふと気づく。いつの間にか一行の中に、レギンだけでなくパルテナの姿も混ざっていた。
ルナがソファにしなだれかかる妹に声をかける。
「パルテナも着いてきちゃったの?」
「そりゃそうだよ。首切り魔が街に何百人います、なんて言われたら、怖くて残れないって」
パルテナは「はぁっ」と息を吐き、首を左右に振った。
「王族は1パーティに1人だけ! なんて、硬いこと言わないでよ? 緊急事態なんだから」
「まぁ、それはいいけど、船に乗る以上、ちゃんと働いてもらうよ?」
「任せて。こう見えても神官だから、姉さんよりディアナ様の加護を使うの上手いよ♪」
その言葉に、ルナが「うっ」と呻く。
ルナは基本的に戦士系の技術を磨いており、魔法関係の技量はあまり高くない。
神官として魔法を学んでいるパルテナの方が、ディアナ様の加護を上手く扱えるのだ。
(この妹、さっそく姉の仕事を奪いに!)
思わぬ形で自分の立場を揺さぶられ、ルナはわずかに鼻白む。
「ところで、次はどこに行くんだ?」
お茶請けのクッキーに手を伸ばしながら、ラナンが口を開いた。
「ああ、予定通り『カペラ』に向かう。あそこは『新帝国』の首都だし、時属性の防具があるかも」
その答えに、皆がうなずく。
フェルダンと戦うには、まずイバラの時止めを防ぐ手段が必要だ。
しかし、その話を初めて聞いたニーアが「えっ」と目を丸くした。
「時属性の防具……ですか? それ、見つけても、購入はかなり難しいと思います」
「え? そうなの? なんで?」
「以前、オークションで出品されているのを見たことあるんですけど……落札価格が2,000万マナ(約20億円)でした」
全員が、ぶーっとお茶を吹き出した。
あまりにも桁違いの金額である。
裕真が所持する現金すべてと、ほとんど同じ額だった。
「マジか……。無理してようやく一つ買える――」
「いえ、あくまで当時の落札価格ですから、もっと掛かる可能性も――それ以前に再び出品されるかも分かりませんし」
裕真は頭を抱えた。
どうやら想像以上に入手困難な代物のようだ。
「参ったな……。なんでそんなデタラメな額になるんだ?」
その疑問にアコルルが答える。
「以前申しました通り、魔法帝国でも数えるほどしか生産されていない品だからでしょう。歴史的価値や、魔術資料としての価値も加算されたのかと」
「ついでに資産運用にも利用されとるんやろな」
茜が苦笑いしながら付け加える。
裕真は「うーん」と唸った。
資産運用なら土地や美術品など他にも色々あるだろうに、よりにもよって自分が一番必要としているものが投機の対象になっているとは。
「それにしても、“刃のお姉さん”はなんで平気だったんでしょうね?」
モモはこぼれたお茶を拭きながら言った。
“刃のお姉さん”とは、レギンを助けてくれた謎の女戦士のことだ。
レギンは名前を聞いておかなかったことを少し後悔していた。命の恩人なのだから。
「さあ? お金持ちって感じじゃなかったから、時の精霊と契約してたのかも――」
その時、イリスがハッと顔を上げた。
「そのお姉さん、『カナメ』って人を探しているのよね!? ユーマ、その名前に聞き覚えない?」
「……カナメ?」
裕真は記憶を探るように眉を寄せる。
「あっ! 思い出した! マイラの街でシノブさんから聞いた――」
「そう! たぶん『勇者』かもしれない人!」
【※第22話参照】
裕真は「ああー」と声を漏らした。
確か、半年前にはトリスターにいたという話を聞き、探すつもりでいた人物だ。
だがその後の大騒動――デュベルやマリクとの戦いに追われ、すっかり忘れてしまっていた。
思い出して胸のつかえが取れた……その直後。
裕真は再び頭を抱えた。
最悪である。
もし彼女が本当に『勇者』だとしたら、すでに『同期』されている可能性がある。
そしてその場合、敵として裕真の前に立ちはだかるかもしれない。
重苦しい空気が、船内に静かに満ちていった。
◇ ◇ ◇
セレス市内のどこかにある、窓も少ない古びた倉庫。
人目を避けるように閉ざされたその場所に、奇妙な集団が集まっていた。
全員が黒一色の全身甲冑とサーコートを身にまとっている。その姿はまるで同じ型から作られた人形のようだった。
フェルダンの分身……いや、正確には精神を『同期』させられた被害者たちである。
「やれやれ……まさか四人全員『保護』に失敗するとは」
「Sランクハンターの力を甘く見ていましたねぇ」
「反省しませんと」
倉庫の中に、機械じみた声がいくつも重なる。
口を開いているのは複数の人間だが、実際にはすべて同一人物の発言――フェルダンの独り言に過ぎない。
ヘカーテと葦原咲夜の二人は、時属性への耐性を持っていた。
そのため、『眠りのイバラ』はほとんど通用しなかった。
イルマリネンは耐性こそ持っていなかったが、その超絶剣技で切り抜けてしまった。
変幻自在な神器を極限まで細く変形させ、絡み合うイバラの髪の毛ほどの隙間を貫いてフェルダンを撃退したのだ。
「イバラの力を過信していましたねぇ」
「ほとんどの“身体”は普通の人間。イバラ無しではSランクの戦闘力には勝てません」
「やはりこちらも“切り札”を使うべきですね」
「ええ、出し惜しみはいけません」
そう言うと、黒甲冑の集団は一斉に同じ方向へ顔を向けた。
視線の先、倉庫の奥に一人の少女が立っている。この場にいる中で、唯一黒甲冑を身に纏っていない。
黒髪のおかっぱに丸い顔立ち。黒目がちの瞳が柴犬のような愛嬌がある。美女というほどではないが、どこか親しみやすい、少し可愛らしい普通の女の子という印象だ。
だが、装備だけは異様だった。
頭部を除く全身が、黒紫色の甲冑に覆われている。
滑らかな曲線を描く装甲は彼女の体にぴたりと密着し、洗練された意匠を持ちながら、どこか禍々しい気配をまとっていた。
さらに背中には、彼女の背丈ほどもある巨大な長方形の盾を背負っており、その表面には蝗を模した不気味な彫刻が刻まれ、鎧以上に不吉な気配を放っている。
ほんわかとした少女の雰囲気と、呪具めいた装備のアンバランスさが、異様な存在感を醸し出していた。
少女が口を開く。
「ふふふ……。邪神にはすぐ始末するようにと言われてましたが、残しておいて正解でしたね」
そう言いながら、自分の体を見回す。装甲の動きを確かめるように腕を動かし、くるりとその場で一回転した。
「神から与えられた『勇者』の力。存分に発揮してもらいましょう」
くすりと笑う。
それは少女自身のものではなく、彼女を操っている“フェルダン”の笑みだった。
少女の名は『山野かなめ』。
大地の神マグナに選ばれし『勇者』で、邪神討伐の使命を受けし者。
だが今はフェルダンに操られ、最強の手駒と化していた。
【 お ま け 】
第三代魔法皇帝 『テセウス』
禄存星の開発者。
「国家の繁栄には個人の意志や自由は不用」という思想を持っており、それを自分自身にも適用した人物。
数千人の臣下と精神を『同期』させ、ひとつの意思で国家を動かそうとした。
最終的には全国民との『同期』を目指していたが、その思想は当然ながら危険視され、計画が完成する前に暗殺された。




