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ミリオンクエスト ~魔法使えないのに100万MP渡されて邪神倒してこいと言われました~  作者: 糠酵太
第三章 禄存星 ~茨姫と太陽の騎士~
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第67話 予言者の孤独



【 ハンターギルド 総本部 会議室 】



 モダンな色合いの扉の奥にあるその会議室は、ギルドの長い歴史をそのまま閉じ込めたような空間だった。

 高い天井は濃い色の梁で支えられ、壁には古びた黒板と色褪せたポスターが貼られている。

 中央には分厚い木材で作られた長い楕円形のテーブル。長年使い込まれた天板には細かな傷が刻まれており、この部屋でどれほど多くの決断が下されてきたかを物語っていた。


 そのテーブルを囲むように、四人の男女が座っている。

 人数分のコーヒーと茶菓子が用意されていたが、誰も手を付けていない。

 そんな気分ではないからだ。


 重苦しい沈黙の中、一人が席を立った。

 鮮やかなエメラルドの髪と捻じれたヤギの角を持つ淑女――Sランクハンターの『ヘカーテ』が、生白い顔をした大男へ歩み寄る。


「私が何を話したいかもうわかってると思うけど、一応聞くわね……。レギンちゃんが犠牲になったのは何故?」


 射抜くような視線が大男に向けられる。

 唇には微笑みが浮かんでいるが、それは人を安心させる類のものではない。

 獲物を前にした猛獣が牙を見せるような、不穏な笑みだった。

 

「そりゃ邪教徒の報復はあると思ってたわ。やったらやり返される、そんなの常識。そのこと自体に文句は無いわ」


 両手を軽く広げ、肩をすくめる。

 そう、今この場にいないレギンを含めた四人のSランクハンターは、邪神の計画を潰したことで逆恨みされ、黒尽くめの怪人『フェルダン』の襲撃を受けたのだ。


「でもね、あんたの能力なら、相手がいつどこで襲ってきて、どんな能力を持ってるかも分かったんじゃない? トリスターの事件で見せた手際の良さは、どこに行ったのかしら?」


 ヘカーテの顔から微笑みが消える。

 視線は更に鋭くなり、気が弱い者ならそれだけで心臓が止まりそうな圧力を帯びていた。


「私たちはもう用済みだから、どうなっても良いと思っていたのですか?」


 次に口を開いたのは、闇夜のような黒髪と、虹色に輝く切れ長の目を持つ美女。

 征魔平定軍の長、『葦原咲夜(あしはらさくや)』だった。

 ヘカーテほど露骨ではないが、彼女の視線にも鋭い刃のような気配が宿っている。


「……君たち、そう悪い方にばかり取るんじゃない。神のごとく全てお見通し、とはいかないのだろう」


 丁寧に撫でつけた白髪に、濃紺の外套をまとった老人が、穏やかな声で二人を窘めた。

 (つるぎ)の賢者『イルマリネン』。彼だけは険悪な空気に流されることなく、冷静さを保っていた。


 だがここで、今まで沈黙を保っていた生白い顔の男――時の勇者『時野忍(ときのしのぶ)』が口を開く。


「いいや、皆さんが襲われることは予知していた。レギンさんが行方不明になるのも」


 その言葉に、部屋の空気が一瞬で凍りついた。

 イルマリネンは額を押さえる。

 庇おうとした矢先、当の本人が自ら火に油を注いでしまったのだ。


「だが俺は、未来を確定するため、あえて皆さんには伝えなかった。本当に申し訳ない」


 ぺこりと頭を下げるシノブ。

 しかし張り詰めた空気は、まったく緩まなかった。


 ヘカーテがゆっくりとシノブに迫る。

 会議室の空気が、さらに一段冷え込んだ。


「私ねぇ……レギンちゃんのこと結構気に入ってたのよ? 私の“正体”を知っても物怖じせず、真っ直ぐに見つめ返してくる太陽みたいな瞳が好きだった……」


 一瞬だけ、寂しげな表情が浮かぶ。

 それを見て、一同は意外そうな顔をした。

 彼女はよくレギンをからかったり皮肉を飛ばしていたりしたが、それは好意からくるものだったのだと、このとき初めて理解したのだ。


「……そんな可愛い子が捨て駒にされて、どんな気分だと思う?」


 彼女の瞳に、露骨な敵意が宿った。

 そしてもう一人、葦原咲夜の目にも危険な光が灯る。


「巻き添えになって、多くの隊員が犠牲になりましたわ……」


 咲夜の脳裏には、首を持っていかれ床に転がる隊員たちと、血に染まった征魔平定軍の事務所が浮かんでいた。


「ずいぶん余裕のあるご様子ですけど、私が“何もしない”と予知したからですか? だとしたら、それを覆したくなるのですけど」


「これっ!」


 さすがに危険だと判断したイルマリネンは、二人とシノブの間に割って入る。

 だが、それでもヘカーテと咲夜の視線は外れない。

 一触即発の空気が、会議室を満たした。


 と、その時――


「まぁまぁ、皆さん、落ち着いて下され」


 穏やかで落ち着いた、それでいてどこか威厳を帯びた声が響いた。


 全員が振り向く。そこにいたのは、不思議な女性だった。


 白いローブに毛皮のガウンを羽織ったその人は、虹色の瞳を持ち、同じく虹色に輝く髪を踝に届く寸前まで伸ばしていた。

 頭には猫とも狐ともつかない大きな三角形の獣耳があり、腰の後ろからはやはり虹色の毛に覆われた長い尾がゆったりと揺れている。


「グランドマスター!!」


 葦原咲夜が思わず声を上げた。

 そう、今、眼の前に現れたこの人こそ、世界規模の大組織ハンターギルドを統括する『グランドマスター』なのであった。


「皆の不満は分かります。じゃがまず、ワシの話を聞いて下され」

「あ~……うん……」


 グランドマスターの言葉に、先ほどまで殺気立っていたヘカーテが大人しくなった。

 声は穏やかで、威圧感など欠片もない。だが不思議なことに、逆らおうという気が起きない。

 自然と耳を傾けなければならないような、そんな空気がそこにはあった。


 見た目の年齢は、どう見ても少女ほど。

 しかしその佇まいには、長い年月を生きてきた者だけが持つ落ち着きが漂っている。

 外見と実年齢が一致しない者は、この世界では珍しくない。エルフのような長命種も存在するからだ。

 だが彼女から感じられる気配は、それともどこか違う。

 まるで天から地上に降り立った神獣のような、超常的な風格があった。


「予知能力というのは便利に見えて、実は非常に扱いにくい能力なんじゃよ。なぜなら“未来を知る”という行為そのものが、“未来を変えてしまう”からじゃ」


 説明を聞いたシノブ以外の面々が、揃って首を傾げた。

 グランドマスターはその反応を見て、小さく頷くと、さらに言葉を続ける。


「例えば、あなた方が予知能力を持ってるとして、“子供が川で溺れ死ぬ”という未来を見たとしましょう。さて、あなた方はどうなさる?」


 問いかけは簡潔だったが、内容は重い。

 だがSランクの面々は、それほど悩むこともなく答えを口にした。


「助けます」

「まぁ、助けます」

「可愛かったら助けるわ」


 グランドマスターは「ふむ」と鼻を鳴らす。

 予想通りの答え、といった様子だ。


「まぁ、そうじゃろうの。では、シノブどのは?」


 視線を向けられたシノブは、ゆっくりと頷きながら答えた。


「……助けないだろ」

「はぁ?」


 ヘカーテが呆れた声を漏らす。

 善人ぶるつもりはないが、自分たちにとって子供一人を助けるぐらい大した労力ではないはずだ。

 他の二人も声には出さないものの、怪訝な表情を浮かべた。

 そんな空気を察したのか、グランドマスターがおもむろに口を開く。


「なに言ってんだコイツ、とお思いじゃろうが、人の運命というものは複雑に絡み合っておる」


 そう言うと、グランドマスターはテーブルに置かれた角砂糖を一つ手に取った。


「たとえばその子供を助けたことで、その子自身のみではなく、親、兄弟、友人たちの運命もガラリと変わってしまう」


 言いながら、角砂糖をコーヒーに落とす。

 小さな音を立てて沈んだ砂糖を中心に、液面には静かな波紋が広がっていく。

 それはまるで、運命の変化が周囲へと伝わっていく様子を表しているかのようだった。


「そうした者たちの影響を受けて、そのまた周辺の者たちの運命も変わる。“運命の改変”は連鎖的に広まっていくのじゃ」


 続けてミルクを注ぎ、スプーンでゆっくりとかき混ぜる。

 黒かったコーヒーは、徐々に色を変えていく。


「まぁ、その子供を救うのが目的ならそれで良い。じゃが、他に果たさねばならぬ目的があるなら別じゃ。改変の連鎖が広まれば広まるほど、予知した未来は遠ざかる」


 ミルクをたっぷり注がれ、かき混ぜられたコーヒーは、もはやカフェオレと言った方がいい色合いになっていた。


「その結果、本来の目的が達成出来なくなる危険があるのじゃ」

咲夜「だから見捨てる、と……」


 咲夜がぽつりと呟いた。

 その声音には、どこか感心したような響きが混じっている。


「我々には簡単に事件を解決しているように見えて、その裏では苦渋の選択を強いられているわけですな」


 イルマリネンの言葉に、グランドマスターはこくりと頷く。


「そうじゃよ、それも常にじゃ。今までの勝利は、シノブ殿の苦悩と数多の犠牲者の上に築かれたのじゃよ」

「……っ!!」


 ヘカーテはシノブの方を見て、複雑な表情を浮かべた。

 納得しかけている自分と、それでも割り切れない感情が胸の中でせめぎ合っている。


「……認めたくないけど、トリスターの事件はあなたの力なしでは解決出来なかった。今度の相手はそれと同じ……いえ、それ以上の強敵なの? レギンちゃんの犠牲が必要なくらい?」


 問いかけられたシノブは、ゆっくりと顔を上げた。


「ああ、まだ仔細は話せないが……とてつもなく恐ろしい敵だ」


 その言葉に、場の空気がわずかに重くなる。

 彼の口ぶりからすると、あの怪人にはイバラと自己複製以外にも何かがあるらしい。現時点でも十分に難敵だというのに。


「それと、レギンさんは無事だ。近いうちに元気な姿であなたの前に現れるだろ」

「はあ!? それを先に言いなさいよ!! 凄んだ私がバカみたいじゃない!」


 思わず頬を赤らめるヘカーテ。

 その様子に、張り詰めていた空気が一気に緩んだ。

 グランドマスターも「ふぉっふぉっふぉっ」と独特の笑い声をあげる。




 ……しかし、シノブにはまだ打ち明けていないことがあった。


 それはフェルダンとの戦いが、邪神を倒せるかどうかの重要な分岐点になる……ということだ。


 シノブの計画が全て上手くいけば、勝利はほぼ確定する。

 だが、失敗すれば……世界は滅びる。


 それでもシノブは、この重要な事実を誰にも打ち明けられなかった。

 話してしまえば未来が変わってしまうからだ。


 予言者の孤独と苦悩は、まだまだ続く。



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