第64話 冒険都市セレス
セレス近郊の空港に降り立った裕真は、思わず天を仰いだ。
眼前に広がる圧倒的スケールに度肝を抜かれたのだ。
世界七大遺産、『至天の塔』
手前に並ぶセレスの街や、島に点在する小山、それらよりも遥かに巨大な建造物が、空の彼方、肉眼では頂点が判別できないほどの高さまで伸びている。
そしてこの光景を見るのは仲間たちも初めてなようで、口々に驚きの声を上げた。
「すげえ……本当に頂点が見えねぇ! 手前の街や山がミニチュアに見える!」
ラナンが大きな目をさらに見開いて叫ぶ。
「デカすぎて遠近感狂いますね……。見てたら、ちょっと気持ち悪くなりました……」
普段から顔色が良いとは言えないアニーが、いつも以上に青ざめていた。
「一フロアの面積がトリスター市の二、三倍ぐらいあって、それが全部で9,999階層あるそうです」
一方、ブラウン髪の気の良さそうな青年、主計班のバサーニオは冷静だった。
元トリスターの商人だった彼は、仕事でこの街に訪れることも度々あったからだ。
今現在、街に降りたメンバーは、裕真と戦闘班の六人(イリス、アニー、ラナン、茜、モモ、ルナ)。
それに街の案内役として主計班のバサーニオを加えた計八人。
それ以外の面子は、各種手続きや補給、整備などのために船へ残っている。
「トリスターって人口100万人の都市だろ? それより広いフロアが9,999階も!? こんな馬鹿デカい塔、何の為に造ったんだ?」
「神々は創造した生き物を、まずこの塔に住まわせて地上に放って問題ないか確認したそうです。だから別名『揺り籠の塔』とも呼ばれてます」
バサーニオは淀みなくすらすらと答える。
裕真の質問は、この街に訪れた者がほぼ確実に口にする定番のもので、その返答も半ば定型文になっていた。
「7,000年間探索され続けたけど、まだ半分も攻略されてなくて、お宝もタップリ眠ってるそうだぜ!」
ラナンがウキウキした様子で言う。
メンバー内でも一際冒険好きな彼女は、ここへ来る前から入念に情報を仕入れていたのだ。
「強い魔物もタップリね」
イリスの冷静な指摘に、ラナンが「うっ」と言葉を詰まらせる。
そう、塔攻略が未だに終わらないのは、広さだけではない。
生息する魔物たちの数と強さもまた、桁違いだからだ。
裕真は改めて塔を見上げる。
文字通り“天”まで伸びるそれは、視界のみならず、想像力の限界さえ超えていた。
「7,000年って、地球じゃ石器時代の頃からか……凄いスケールだ」
「ユーマのチートなら楽勝――とまでは行かなくても、ええ感じで攻略できて『神器』とか見つけられるんやないの?」
茜もワクワクした様子で言う。
もっとも彼女の場合、冒険そのものよりも神器の資産的価値に胸を躍らせているのだが。
神器と聞き、裕真は懐からスマホを取り出した。
「アコちゃん、この塔にある神器は?」
すると、スマホの画面に虹色の髪と虹色の瞳をした幻想的な容姿の少女が映し出される。
『守護七星』の管理のために造られた、人工精霊の『アコルル』だ。
「はい、冥王からの情報によると、《ブルーソニック号》と、《さいごのかぎ》の二点ですね」
《ブルーソニック号》
ドラゴンの攻撃すら弾く無敵の飛空船。
《さいごのかぎ》
この世界に存在するあらゆる封印を“開錠”する万能の鍵。
以上が冥王から聞いた神器の能力だった。
だが裕真は「ふーむ」と唸り、手を顎に当て俯く。どうやら乗り気ではない様子だ。
「それも役に立つんだろうけど……やっぱり先に戦闘用の『神器』が欲しいな」
邪神の手下『最悪の七人』に、いつ遭遇するか分からない。
そいつらに対抗するため、戦力の確保は急務だ。
「探索は他の遺跡を優先しよう」
「えー」
「えー」
ラナンと茜が揃って不満の声を上げる。
「だけどよ、ユーマ。塔には他にも神器が眠っているかもしれないんだぜ?」
「せや、現にセレスじゃ、年に一つは新たな神器が見つかるっちゅー話や」
食い下がる二人に、裕真は首を横に振った。
「前にも言ったけど、運試しをするつもりはないから。確実に存在が確認されている神器から手に入れる」
ガッカリと肩を落とす二人。
だが理屈の上では裕真に分があり、それ以上反論できなかった。
◇ ◇ ◇
【 セレス 市街地 】
「なんていうか、汚い街だね」
街に足を踏み入れた途端、ルナが遠慮の欠片もない感想を口にした。
確かにセレスには古びた建物が多い。
外壁は煤け、窓枠は歪み、補修の跡が幾重にも重ねられている。
土地が限られているせいで建物は上へ上へと伸び、五階以上の建物が隙間なく立ち並び、陽光を細く切り取っていた。
昼間だというのに路地は夕暮れのようだ。
事実ではある。だが、言っていいかどうかは別の話である。
モモが慌ててルナの袖を引く。
「ルナちゃん、言い方!」
「薄汚い街だね」
「直ってない!」
二人のやり取りに、バサーニオは苦笑する。
「まぁ、トリスターと比べたら、そう見えるかもしれませんね。王都の何倍もの歴史を持つ街ですから」
セレスは『至天の塔』を中心に発展した街だ。
塔が本来の機能を失い、魔物が巣食うダンジョンと化してから7000年。その探索を目的に築かれた街は、増築と改築を繰り返しながら今日まで存続してきた。
結果として、街並みは整然さとは無縁の、積み重ねられた年月そのものの姿を晒している。
そして道行く人々に目を向ければ、その大半が鎧や武器を身につけている。刃こぼれの残る剣、無数の傷が刻まれた盾、血痕の消えきらない革鎧。いずれも探索帰り、あるいはこれから塔へ向かうハンターなのだと一目で分かる。
薄汚れている、と言えばそれまでだが、見方を変えれば、それは生き延びてきた証でもあった。
「住人の半数はハンターって聞きましたけど、本当なんですねぇ」
周囲をきょろきょろと見回しながら、アニーが感心したように呟く。
「それ以外の人たちもハンターに関わる仕事をしているらしいわよ。武器屋とか宿屋とかギルドの職員とか」
「まさにハンターのための街……“冒険都市”っていうわけか」
イリスの補足に、裕真は小さくうなずいた。言葉にしてみると、どこか胸が高鳴る響きだ。
「さて、まずはハンターギルドに行きましょう。せっかく推薦状を貰ったんだし」
イリスが視線を向けた先には、街並みの中で異様な存在感を放つ建物があった。
灰色の石壁に囲まれた巨大な構造物。まるで城塞のように四角く、重厚な影を落としている。
その要塞じみた建物こそが、『ハンターギルド総本部』だった。
「おっ、そうだな。Aランクになれば買える魔道具も増えるし!!」
途端に顔を輝かせ、裕真は足取りを軽くする。その背に、バサーニオが落ち着いた声を投げた。
「私はその間、宿の手配をしておきます」
頼もしい一言に軽く手を挙げて応え、裕真たちは総本部へと向かった。
◇ ◇ ◇
【 ハンターギルド 総本部 】
遠目にも威圧的だったが、近づくにつれその威圧感はさらに強まった。
分厚い石壁は継ぎ目なく積み上げられ、矢狭間のような細い窓が規則正しく並ぶ。高い外壁の上には見張り台が設けられ、武装した職員が周囲を警戒していた。正門は巨大な鉄扉で、黒光りする鋲が無数に打ち込まれている。
もうこの異様さだけでも近寄りがたいが、さらに剣呑な空気を漂わせているものがあった。
それは正門前に並べられた無数の“晒し首”である。
少なく見積もっても百以上あり、首の名前と罪状が記された木札と共に晒されている。
「さすが総本部……晒し首の数も半端ねーな」
ラナンがごくりと喉を鳴らす。
晒し首自体は珍しくないのだが、数が尋常ではない。マイラやトリスターのギルドでは、せいぜい数個程度だった。
これだけ並べられると、見慣れているはずの現地住人でさえ足がすくむ。
地球人の裕真にとっては、尚更こたえる光景だった。
「……これは、この街のハンターが多いから相対的に罪人も多いだけであって、総本部が特別厳しい、とかじゃないよね?」
裕真が狼狽えながら振り返る。その視線を受けた仲間たちは、気まずそうに目を逸らした。
皆、総本部を訪れたのは初めてなのだ。
「……だったらええな!」
茜が顔を引きつらせながら、皆の気持ちを代弁した。
裕真は猛烈に帰りたくなったが、推薦状を無駄にするわけにもいかない。
一度深く息を吸い込み、腹をくくって正門をくぐった。
【 総本部 ロビー 】
要塞めいた無骨な外観とは裏腹に、建物の内部は驚くほど洗練されていた。
磨き上げられた大理石の床は柔らかな光を映し、高い天井から吊るされたシャンデリアが淡く空間を照らしている。
ロビー中央には来訪者用の重厚な革張りのソファーがゆったりと配置され、そこには数人のハンターが腰を下ろし、低いマホガニーのテーブルに討伐依頼書を広げて何やら真剣に話し込んでいた。
壁には年代物の掲示板と、歴代功労者の肖像画が整然と並び、長い歴史を誇りながらも一切の古びた印象を感じさせない。
正面奥の長い受付カウンターに立つ女性が、こちらに気づいて柔らかな声を向けてきた。
「いらっしゃいませ。ハンターギルド総本部へようこそ♪」
短く切りそろえられた金色の髪に、同じ色の瞳。頭上には淡く輝く天使の輪が浮かび、背には大きな翼が折り畳まれている。
『天使族』か、と裕真は思ったが、その羽根は純白ではない。
鷹の羽を思わせる褐色の斑模様が入り、どこか鋭い気配をまとっている。
「戦天使よ」
イリスがそっと耳打ちした。
余計なことを言い出しかねない裕真への、さりげない牽制でもある。
『戦天使』とは、その名のとおり戦闘力が秀でた天使で、希少な天使族の中でもさらに数が少ない存在なのだという。
その力は、ドラゴン(討伐レベル100)を凌ぐとか。
そんな戦天使を受付に立たせているあたり、総本部の層の厚さがうかがえた。
「こちらをご利用されるのは初めてですよね? はじめまして、わたくし受付を担当するシグマと申します」
淀みない所作で一礼するシグマ。その姿には隙がない。
裕真も慌てて頭を下げた。
「どうもはじめまして、星野裕真です。本日の要件ですが、トリスターのギルドで頂いた推薦状を――」
そう言いながら、懐に手を入れたところで、裕真の動きが止まった。
視線の先、ロビーの掲示板に貼られた一枚の紙が目に入ったからだ。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
[ この人を探しています ]
レギン・リーヴ 15歳
クラン『戦士の館』所属
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
赤髪の少女の似顔絵が描かれた捜索願。
それはトリスターの事件で裕真たちを助けてくれた、Sランクハンターの一人だった。
張り紙を見た瞬間、仲間たちの間にざわめきが走った。
「……なんや、この張り紙!?」
「レギンちゃんが行方不明って!?」
驚きと困惑が重なり、ロビーの空気がわずかに揺れる。
シグマは事情を察したように眉を寄せた。
「ああ、そちらですか……トリスターの街で起きた事件を知ってます? 邪教徒が起こした集団幻覚事件」
「……ええ、俺たちはトリスターから来たので」
裕真は目を泳がせながら答えた。
知ってるも何も当事者だが、どこまで話してよいか判断に苦しむ。
今はとにかく適当に濁した返答をした。
「それならレギンさんが犯人を討伐したのも御存知でしょ? 恐らく、それを逆恨みした邪教団から報復を受けたものかと」
裕真の胸の奥が冷たくなる。
本来なら真っ先に狙われるのは自分のはずだった。
だが事件の真相を伏せたせいで、レギンさんが犠牲になってしまった……。
青ざめて立ち尽くす裕真に、イリスが静かに語りかける。
「……ユーマ。あの人たちは素人じゃない。敵の報復があることぐらい覚悟の上だったはずよ」
「……分かってる、悪いのは邪神とその手下共だ。くよくよしてる暇があったら、奴らを倒すことを考える」
真相を伏せたのは王国側の判断だ。だが裕真もまた、それで安心していた。まだ邪教団と全面対決しなくていい、と。
だが、その結果がこれである。
もっと力をつけなければならない。奴らと正面から戦えるだけの力を。でなければ、また犠牲が出る。
そう密かに決意する裕真の横で、モモが疑問を口にする。
「あの〜……。邪教団の仕業なのは間違いないのですか?」
「同じく事件解決に関わった三人のSランクハンターも狙われました。これはただの偶然とは思えません」
その答えに、裕真は身を乗り出す。
「その人たちは無事なんですか!?」
「はい、現在『グランドマスター』と今後の対策を協議中です」
「そうですか、良かった……」
安堵した直後、裕真はあることに思い至る。
今、話に出てきた『グランドマスター』とは、ギルドで最も偉い人のはず。
「あの……つかぬことを伺いますが、俺もグランドマスターに面会するって、できますか?」
仲間たちが驚きの視線を向ける。ハンターにとって、グランドマスターは雲の上の存在だ。
シグマも少し困ったように首を傾けた。
「面会ですか……それは難しいですね。グランドマスターはごく一部の職員と、Sランクハンターとしかお会いになりませんから」
そう言って背後の肖像画に目を向ける。そこには金髪を短く刈り込んだ精悍な青年の姿が描かれていた。
「わたしたちハンターギルドを疎んじる輩は多いんです。ですのでグランドマスターには常に暗殺の危険が付きまとっています。現に初代グランドマスター『ユリシーズ』様は、敵対組織に暗殺されてしまいました」
肖像画の青年が、その初代グランドマスター『ユリシーズ』らしい。
ギルドは敵が多いとは聞いていたが、暗殺とは……。
この総本部が要塞のように物々しいのはそのためか。
「だから限られた人としか会わないのか……。うむ、ならば本気でSランクを目指そう! グランドマスターとも色々話したいし!」
今まで、ハンターランクに大したメリットを感じなかった裕真だが、ここに来て明確に上げる理由ができた。
邪神とその手下と戦うのに、世界規模の組織であるハンターギルドの力があれば非常に有利になる。
そのためには、まず上に立つ人物と直接話せる立場にならなければならない。
そう腹を括った矢先、隣から鋭い視線が突き刺さった。
「は? 今まで本気じゃ無かったの? Sランクになろうって約束したのに……」
イリスの目がまったく笑っていない。
射抜くようなその視線に、裕真は反射的に背筋を伸ばした。
「あっ! いや! それは言葉の綾ってやつで! 邪神討伐の方が優先だっただけで、決して忘れてた訳じゃないでごわす!!」
しどろもどろに弁解する。
そう、忘れていたわけではない。ただ優先順位を後に回していただけだ。
裕真としては邪神討伐後にゆっくり達成すれば良いな、ぐらいに考えていた。
その後、裕真はAランクハンターへの昇格を果たし、総本部を後にする。
ふくれるイリスを宥めながら。
◇ ◇ ◇
次の目的は、この街で修行中のオリオン王家第四王女に会い、《フォローリング》を借りることだった。
裕真たちが向かったのは、セレス市内の『七柱神殿』。
彼女は神官として神殿の仕事を手伝う代わりに、宿舎を借りて滞在しているらしい。
神殿の様子は、マイラの街にあったものと大差なかった。
白い石材の壁と立派な石柱で組み上げられた荘厳な造り。神々の像が並び、治療を受けに来た病人や怪我人たちが長椅子で談笑している。
違いがあるとすれば、その古さだ。
壁の石はところどころ風化し、床には幾度も磨かれてきた跡が残っている。長い年月、この街を見守ってきた重みが感じられた。
まずルナが、近くにいた神官へ妹を呼んでほしいと伝える。
ほどなくして、奥の回廊から軽やかな足音と共に、ルナの妹にして第四王女『パルテナ』が現れた。
整った顔立ちは姉とよく似ているが、印象はかなり違う。
サファイア色の髪をツーサイドアップにまとめ、大きく丸い瞳が人懐っこく、どこか無邪気な雰囲気を漂わせている。
本来は清楚な神官のローブを、大胆に袖を詰めてノースリーブにしており、丈も短く仕立て直しミニスカートに変えている。
艶やかで引き締まった太腿が覗き、布越しにも分かる豊かな胸元が存在感を主張していた。
今まで出会った王女、ルナ、マーニ、ヒナとはまるで違う、健康的で屈託のない色気に、裕真は目を瞬かせる。
「よっ、パルテナ、元気?」
ルナが気安く声を掛ける。
なお「パルテナ」という名は古代の女神に由来するもので、この世界では特別珍しいものではないらしい。
なので偽名を名乗る必要はないのだという。
「ルナ姉! 良いとこに来てくれた!!」
パルテナはパッと顔を輝かせ、駆け寄ってくる。
「ねっねっ! せっかくセレスに来たんだから、『至天の塔』を見に行かない? ボクが案内するよ!!」
勢いよく詰め寄ってくるパルテナに、一同はわずかに顔を見合わせた。
先ほど裕真が述べた通り、今は急ぎの用事があり、観光を楽しむ余裕はない。
「あ~、悪いけどゆっくり観光するつもりはないから。他の姉妹にも会わなきゃいけないし」
ルナが代表して断る。
「まぁまぁ、そんなこと言わずに!」
「いや、ほんとに急いでるし」
それでもパルテナは引かない。
にこにこと笑みを浮かべたまま、ふっと声の調子を落とした。
「……来てくれないと指輪も貸さないから」
空気がわずかに張り詰める。
冗談めいた笑顔とは裏腹に、その目は本気だった。
裕真は無意識のうちに、街の向こうにそびえる灰色の巨塔へと視線を向ける。
あの塔に、いったい何があるというのだろうか。




